強さとは評価できないものである
ステータスとか一度も書いたことが無いんだよね
レグルに連れられてアインドラの街の冒険者ギルドにやってきた俺。レグルが言うには俺はこれから冒険者になるんだと。そんでもって、少しずつでもいいから真っ当な労働で金を稼ぐことを覚えるべきなんだとか。
――で、肝心の冒険者なんだけど、冒険者って言うのは要するに何でも屋だ。依頼を受けて、人の生活を脅かす魔物を退治したり、薬なんかの素材を収集、護衛や用心棒をやったり、探し物や探し人をする。そして成功したら依頼主から報酬を貰える仕事だ。
俺は修行に忙しかったから冒険者にはならなかった。修行の時間を労働で潰すのが嫌だったんだよ。冒険者は実戦こそが最高の修行だなんて言うけど、実戦経験なんて冒険者にならなくても積めるから、わざわざ冒険者になる必要がない。生活費は両親からの仕送りがあったしさ。
「連れてきて言うのもなんだけど、兄貴には向いてないかもな」
冒険者ギルドの建物の中に入るなり、レグルは顔をしかめて俺に言う。
ギルドの中は酒場と受付で構成されており、室内はガラの悪い連中しかいない。でもまぁ、俺より弱い奴しかいないから大丈夫だろ。
俺は超一流の戦士なので、一目見るだけで強さが分かるんだよ。そうしてギルド内を見てみても、俺より強い奴はいないね。
ふっ、修行が足りない奴らばっかりだ。労働時間を修行時間に当てるべきだな。
「確かに向いていないかもしれないな」
こんな意識の低い奴らと一緒に働くとか嫌だね。親の脛を齧ってでも修行する気概が無いような奴らの強さなどたかが知れている。
「依頼か、レグル?」
冒険者の一人が弟に話しかけてきた。雑貨屋だし、こういう連中とも関りがあるんだろうな。
「いや、兄貴が冒険者になりたいらしくて、付き添いだ」
レグルがそう伝えると冒険者は不躾に俺を見てきた。
「アンタが音信不通だったっていう、レグルの兄貴か。その歳まで親の脛齧りをしていると聞いたが、ようやく働く気になったんだな」
いや、働いていたし! 勇者パーティーで魔王軍と戦ってたからな!
でもまぁ、勇者パーティーにいた頃は勇者の支援者から、お小遣いを貰っていた感じだから、厳密には労働しているとは言えなかったかもしれない。
「過去はどうあれ働く勇気を出したのは立派だ」
冒険者はそう言って俺の肩を叩いた。
褒められているはずなのに全く嬉しくない。むしろ死にたくなってきた。
「とりあえず、受付に行ってきな。そこで手続きをすれば冒険者だ。そうすりゃ親の脛齧りも卒業できるぜ」
気を取り直していこう。こいつは悪い奴じゃない。だからイラついたら駄目だ。
「行こうぜ、兄貴」
弟よ、兄は既に逝きそうなんだが。この時点で俺は相当なダメージを食らっているんだが。しかし、逃げるわけにはいかないんだよな。レグルが逃がしてくれるわけはないしな。
「いらっしゃいませ、ご依頼ですか?」
「いや、冒険者になる手続きをしてほしい」
受付のお姉さんにお願いする。だが、よくよく考えてみると、お姉さんよりは俺は年上なんだが、お姉さんと言うのは適切なんだろうか?
「ええと、お兄さんが冒険者になるんですか?」
「何か問題でも?」
「い、いえ、ちょっと珍しいかなぁって思いまして。あ、すいません、失礼でしたよね?」
珍しいって年齢が? 冒険者も採用には年齢制限があるのか? 俺はまだ三十歳にはなってないぞ?
くそぅ、なんだかダメージを受けることばかりだ。受付のお姉さんが上目遣いで謝ってきても、全く心が晴れない。
「と、とりあえず書類に必要事項を記入してください。それが終わったら、能力測定をしますので宝玉に手を触れてください」
受付のお姉さんは申し訳なさそうに、書類と青く輝く宝玉を俺に差し出した。
書類への必要事項の記入。それだけ聞くと、ある程度の知能があるならば苦労しないように思える。だが、俺はこれが一番恐ろしい。
なぜなら、経歴を書かないといけないからだ。俺は震える手を押さえて自分の経歴を書いていき、書き終えると同時に疲労で何もしたくない気分になる。
「空白期間ながっ!」
受付ぇ! 殺されてぇのか! この歳になるまで、まともなことをしてなかったんだから仕方ねぇだろうが!
勇者パーティーにいたってのは機密事項だから書けないし、そうなると……
「っていうか、空白期間しかない!?」
受付ぇ! いちいち声に出すんじゃねぇ!
「あっ、すいません。人には色んな事情がありますもんね、騒いでしまって申し訳ありません」
受付のお姉さんの視線が生暖かいんだけど。くそっ、死にたくなってきた。
「えーと、お名前はラルドさんですね。じゃあ、宝玉に触ってください。そうすれば、ラルドさんの能力が数値化されて表示されてきますので、ラルドさんの得意なことだって見つかりますよ。もし、得意なことが見つからなくても、これから頑張れば良いんです。冒険者ギルドは職業訓練にも力を入れているんで、安心してください」
ちくしょう、優しさが辛い。さっさと冒険者の登録を終わらせて、修行しよう。修行してれば嫌なことは全部忘れられる。
俺は現実逃避をしながら宝玉に手を触れた。すると、宝玉は強い光を放って輝きだした。ちょっと輝き過ぎじゃないですかって不安になるくらい輝いている。光は受付に留まらず、酒場の方まで照らし、酒盛りに興じていた冒険者連中も何事かと集まってくる。
「普通はこんなに光らないんですけどね」
光が収まると、受付のお姉さんは首を傾げながら宝玉の表示を見る。さて、俺の能力は――
名前:ラルド
年齢:29歳
ランク:SSS
称号:戦士マスター
メインクラス:戦士
サブクラス:聖戦士・暗黒戦士・魔法戦士・獣戦士・狂戦士・槍戦士・弓戦士・守護戦士・騎戦士・竜戦士……
技能:体術EX、剣術EX、斧術EX、槍術A、弓術A、盾術EX、聖剣EX、暗黒剣EX、魔法剣E、騎乗EX……
うん、概ね予想通りだね。クラスと技能が多すぎて全部表示できていない。表示できてない所に自慢したい俺の修行の成果があるし、それを自慢したいんだけど、それは我慢しよう。しかし、SSSランクってのが良く分からないな。受付のお姉さんに聞いてみるか。
「あの――」
聞くより先にお姉さんが俺の襟首を掴んできた。そして、なんだかヤバめな目つきと、低い声で俺に質問してきた。
「……SSSランクってどういうことですか?」
それは俺が聞きたいんだけど――
「どう考えてもありえないでしょうが! アンタみたいな脛齧りが、SSSランクだなんて絶対におかしいわ! 何か不正をしたんでしょう!」
「待ってくれ、俺はそもそもSSSランクがなんなのか分からないんだが」
「アンタの強さよ! ランクは強さの目安。最下位のFからE、D、C、Bとあがり、普通はAが最高のランクなの。でも、中にはAの範囲内に収めるのが不適切だと宝玉が判断する人間がいて、それがSランクという規格外のランクに設定されるの。そして、Sランクとしておくのも不適切だと判断されたらSSランクになるの」
説明ありがとう。つまり、俺はSSランクにしておくのが不適切な人間だということだな。しかし、SSランクの人間の強さが全く分からないので、それが凄いのか分からないな。
「アンタは知らないでしょうけど、SSSランクの人間は本当に一握りの存在よ。SSランクだって達人なんてレベルで収まるような人たちじゃないのに、そういう人たちと同じ枠内に収めることが不可能な強さ。それがSSSランクなのよ? 噂では勇者レイオルがSSSランクらしいけど、それだって眉唾物よ」
レイオルだったらSSSランクでもおかしくないと思うけどな。アイツはすごく強いし。
「だから、アンタがSSSランクだなんてありえないのよ。さぁ、どんな不正をしたの、さっさと白状した方が罪は軽いわよ」
うーん、最初に応対してくれた時とは全くの別人になってしまったぞ。俺の受付のお姉さんは何処に行ってしまったんだ。
「俺は不正なんかしていない。これは修行の成果なんだ」
俺は必死に弁解したんだ。だけど、受付のお姉さんは相手にしてくれない。
「話は牢屋で取調官にしなさい。冒険者登録の不正は身分を偽造することであり、公文書の偽造にも当たるわ。罪は重いから覚悟しなさい」
ちょっと待ってくれ、冤罪だ! 俺は無実だ!
「衛兵は呼んでおいたぞ。やっぱり、親の脛齧りをするような奴は碌な奴じゃねーな」
テメェは俺を励ました冒険者! 俺を官憲に売るというのか? 俺に期待してくれたアンタは何処へ行ったんだ!
「兄貴……」
「レグル、助けてくれ! 誤解なんだ!」
弟よ、お前だけは俺を見捨てないよな? 俺を助けてくれるよな?
「ちゃんと罪を償ってから、ゆっくり話そうぜ。今の兄貴は家族として見れねぇよ」
畜生、こうなったら、お前ら全員ぶっ飛ばしてやる。こちとらSSSランクだぞ。
「衛兵だ! 手を挙げろ!」
あぁ、公権力には勝てない小市民の性が出てしまう。思わず手を挙げてされるがまま拘束されてしまう。
「ちきしょう、覚えてろよ! お前ら後で泣かすからな!」
「こら! 抵抗するな!」
勇者パーティーにいた時はこんなことにはならなかったのに!
勇者、全部お前のせいだからな!