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旅の宿に宿る宿命

 俺は昔から好きなことしか出来ない男なんだ。


 やれと言われたり、やらなければいけないとか言われると急にやる気が無くなる。そうじゃなきゃ、三十路手前になるまでマトモな労働をしたことがないなんてことにはならない。つまり、何が言いたいかというと――


「挫けそう」


 俺は勇者パーティーに出戻ると決めて、二日で既に挫折の瀬戸際に立っていた。

 〈軽戦士〉にクラスチェンジして〈疾駆アクセル〉のスキルの消耗が減ったところで、疲れるものは疲れる。そんでもって、疲れるとやる気がなくなってくる。やる気がなくなってくると、もういいかなぁって気分になって諦めてしまうんだ。今の俺はそのギリギリにいた。


「どっかで休憩しねぇと本格的に無理」


 体力が回復すれば、気力も復活し、やる気も戻るだろう。しかし、荒野のド真ん中に休めるような所は……


「あるじゃん」


 少し先に宿屋らしき建物が見えた。俺は残りの体力を振り絞り、宿屋へと足を進める。

 人通りのない荒野のド真ん中に宿屋があるのはおかしいが、今はそんなことを気にしてはいられない。屋根のある所で、少しでも休んで体力を回復させることが先決だ。


『旅の宿』


 辿り着いた建物には、そう書かれた看板があった。

 ……おかしいよな? 普通は『旅の宿○○』とか名前を付けない? それとも俺の感覚がおかしいのか? でもまぁ、入ってみたらマトモな宿かもしれないし……

 俺はマトモな宿であることを期待して入り口の扉を開けて、中を覗く。だが、俺の思いも空しく、宿の中は魔境であった。


 まず、客が誰も素顔を晒していない。俺以外の客は全員フード付きのマントを羽織っている。そのうえ、客の全員が帯剣し、全身から殺気を撒き散らし、今にも誰かを殺しかねない雰囲気だ。

 そして、店員だが全員山賊である。間違いない。だって、みんな男だし顔や体に傷が無い奴がいないし、腰のベルトに斧を差してるんだもん、どう考えてもおかしいじゃん。


「……客か? そこに座れ」


 スゲェよ店員が命令してきやがったよ。こんな店ないぞ。しかし、間違えましたと言える雰囲気でもないんで、俺は大人しく店員の案内で、マントの連中の隣の席に座った。

 隣に座って気づいたんだが、マントの連中の中に一人ガチでヤバい奴がいる。そいつは腰の剣を握りながら、全身を震わせていた。


『ふーっ、ふーっ、ふーっ』

『落ち着いてください隊長!』

『クソっ、禁断症状だ。誰か殺しても良い奴を連れてこい!』


 小声でヤバい会話をしてる。どうやら相当に切羽詰まっているようだ。つーか、こいつら狂血騎士団だろ。でもって、その震えてる奴は背格好からして女だし……


「ご注文は?」


 山賊の店員が俺の思考を中断させる。あぁ、注文を取るのね。食堂がついてる宿屋なんだ。

 なんか、この店の物を食べたら急に眠くなって、起きたら身ぐるみ剥がされてそうなんだけど、それでも注文するしかないんだろうか?

 そんなことを考えて、俺が注文を躊躇していると――


「きぃええぇぇぇぇぇぁぁっ!」


 震えていたマントの女が奇声をあげながら剣を抜き放ち、店員の首を斬り落とした。

 マジか!? 俺は次は自分が攻撃されるかと思い、身構える。しかし、マントの女の狙いは違った。


「く、殺せぇぇぇぇいっ!」


 マントの女は奇声をあげつつフードを下ろす。露わになった顔は予想していた通りキルマリアだった。

 キルマリアの号令で狂血騎士団は一斉に剣を抜き放ち、店員に襲い掛かる。


「こ、こいつら!?」

「ぐぁっ?」

「ぎぇぇぇぇぇあ!?」


 仲間を斬られた店員たちが斧を手にして騎士たちに反撃を始め、一瞬で宿の中が戦場に変わる。

 いや、待って? こいつら何しに来たの? 俺を追いかけてきたわけじゃないの? もしかして、俺は無関係で逃げても良い感じ?


「第一目標が逃げる気だぞ! 殺せ!」


 逃げようとした俺を見つけたキルマリアが叫んで、狂血騎士団どもに俺を殺させようとする。


「第一目標とか言っておいて、お前は俺以外を真っ先に殺してるじゃねぇか!」


「うるさい! 私は私のコロセンサーの導きに従って人を殺しているだけだ!」


 コ、コロセンサー!? 戦士マスターの俺ですら聞いたことのない単語であった。

 困惑によって一瞬だが動きの鈍った俺にキルマリアが斬りかかる。俺は咄嗟に腰の剣を抜いてキルマリアの剣撃を防いだ。

 確かにキルマリアはヤバいし、ヤバさに見合った強さがある。だが、俺の方が強い。なので、いくら攻撃されようとも簡単に防ぐことが出来る。


「く、コロセンサーが響かない!?」


 なんだかヤバそうなことを呟きだした。だから、コロセンサーってなんなんだよ?

 疑問に思っていると、キルマリアは急に俺に背を向け、山賊の本性を現した店員たちを斬り殺し始める。もう俺のことなど目に入っていない。


「ガチでヤバい女だ」


 キルマリアの凶行の感想を呟くと、それが耳に入ったのか狂血騎士団が俺に襲い掛かってくる。


「隊長は移り気なだけだ!」

「素敵な女性だろうが!」


 移り気なのは分かるけど、あれって単に殺しやすい奴を真っ先に殺してるだけなんじゃない? 素敵に関しては申し訳ないけど全く分からん。


「お前らも正気じゃないんだな」


 俺は哀れな狂血騎士団員たちを鉄の剣で殴り倒す。

 別に恨みは無いので殺す必要は無い。だが、俺に昏倒させられた騎士団員が山賊の攻撃を受けて殺されてしまった。迂闊に気絶させるべきじゃなかったね、すまない。


「くそっ、ひでぇ状況だ」


 宿の中は乱戦で混沌としている。だが、山賊どもに俺を攻撃しようという意思は感じられない。どういうことだ?


「へへ、テメェからは俺達と同じクズの臭いがするぜ」

「同じクズ同士、力を合わせてコイツらをぶち殺そうぜ」


 俺は山賊二人をキルマリアの前に突き飛ばした。山賊どもはキルマリアに頭をかち割られて死んだ。

 さて、どうして俺は山賊に攻撃されないんだろうな? 全く分からないな。


「コロセンサーが導く!」


 眼がイってしまってるキルマリアが俺に斬りかかってきた。

 マジで正気じゃねぇよ、この女。凛々しく美しい女騎士の見た目なのに眼が濁りすぎだ。とはいえ、対処できない相手じゃない。山賊の数も減って来たし、このままいけば脱出のチャンスはある――――訳はなかった。


「冒険者ギルドだ! 手を挙げろ」


 状況が収束しそうなところで思わぬ乱入者の登場である。完全武装の冒険者集団が宿の中に突入してきたのだ。


「見つけたぜ、脛齧りぃ……!」


 冒険者たちに遅れて、聞き覚えのある声の主がゆっくりと宿の中に入ってくる。


「テメェを逃がすわきゃねぇだろうがよぉ」


 すまん、どなたでしょうか? 受付嬢さんだとは分かるんですが、格好が暗殺者そのものなんですが。


「何の用だ」

「何の用? テメェの両手足切り落として、お持ち帰りしにきたんだよ」


 やっぱりね。もう、何を言っても駄目そうな感じだ。というか、騎士団も山賊も何をやってるんだ。さっきまで殺し合ってたろうが、なんで急に止まってるんだ。

 おい、キルマリア。お前も急に震えだしてどうしたってんだよ? あの受付嬢にビビってるのか?


「テメェら動くんじゃねぇぞ! 武器を捨てて手を挙げろ、そうすりゃ命だけは見逃してやる!」


 山賊より山賊っぽいんだが。知ってます? あの人ってギルドの受付嬢なんですよ? でもまぁ、やっぱり、受付嬢なんだろうな。戦場の空気って奴が全く読めてない。

 武器を捨てろって言われて捨てるか? 捨てるわけないだろ。逆にそんなことを言う奴には――


「殺せぇぇぇぇぇぇっ!」


 キルマリアが奇声を上げながら脇目も振らずに受付嬢に突撃する。

 それを合図に騎士団、山賊、冒険者の三つ巴の戦いが始まる。もはや、止める手段は無い。他の勢力が全て壊滅するまで戦い続けるだろう。そんな戦いの中で俺は……






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