今年が俺の最後のバレンタイン
ガコッと自分の下駄箱を開ける。
靴を入れ、スリッパを取り出して履く。
「…………ふーん」
いいし、別に。チョコなんか入ってなくても。
そんなふうに内心思いながらも、いつもより早く学校に来て友達に見つからないように確認しようなんてしてる時点で俺は馬鹿だ。
パタンと閉じ、ぼーっと見つめる。
不毛に感じて自分の教室に行こうと階段に向かう。
少しイラつきながら靴の先をとんとん、と床に打ち付けると後ろから声をかけられた。
「おい、お前さ……期待しただろ?」
ははっと笑いを含みつつ声をかけてきたのは同じクラスの龍馬。
このイケメンが。朝からその面下げてこっちに来るんじゃねえ。
「別にしてねーよ。期待するだけバカだっつーの」
俺の肩にぽん、と手を置きながら手に持ったものを見せつけてくる。
「ほーん。俺はもう既にもらったのでー」
くくっ、今日中に1個でも貰えればいいなぁ? なんて言ってくる。
死ねよ! 期待した俺が悪かったけど!
横についてくる龍馬もチョコが貰えない自分もいらいらする。
パタパタとうるさく音を立てながら教室に入る。
そして自分の机をのぞき込む。
入ってるわけがないんだけどな。
「ぜってー今日中に1個くらい貰ってみせる……」
朝一番からショックを受ける俺のライフはゲージの半分までも削られていたのであった。
*
俺は普通に男子高校生をしている。
本当にごく普通。たまたま親友が小学校時代からものすごくイケメンで今日、二月十四日。俗に言うバレンタインデーというものに十数個チョコレートを貰っていてそれを少し分けてもらうしがない男子高校生。
自分で言ってて悲しくなる。
もちろんこれまでもらったチョコは龍馬からのおすそ分け。
全部だよ、全部。
一つでいいから、かわいい女子から貰ってみたい……。
今年こそは、と何年も期待するが一年も女子から貰ったことはない。
「もう俺やってらんねーよ」
呟いた一言がずーんと心の底に沈んでゆく。
もたれかかった屋上のフェンスがかしゃん、と音を立てる。
そして今は昼の休み時間。
教室ではチョコを交換し合う女子と廊下の一角では顔をりんごのように真っ赤にし、男子に告白する女子がいたり、背が高い男子顔負けのキリッとした雰囲気の女子が両手にたくさんチョコを抱えていたり。
世間はバレンタイン一色に染まっている。
俺を除いて。
あと三分で休み時間は終わる。せっかく逃げてきたのにまた甘々な空間に戻らなければならないなんて憂鬱だぁ……。
俺が何かしたのかよ。世間は俺に対して冷たすぎんだよ、ばーか。
なんて言いつつ、自分が吐いたため息は白く空にのぼっていった。
あと一分くらいしかないから、急ぎ足で階段を降りて教室に駆け込むものの、まだ告白イベントは終わってなかったのか席に座ってる人は少ない。
明らか一人だけ落胆してる俺を慰めるような目線で見てくる龍馬が憎らしい。
これもまた、いつも通りなんだけどな。
それなり俺は友達がいるとは思っている。決して目立たないが、女子ともたまには話す。
なのにチョコは貰えない。強請るなんてかっこ悪い虚しいことはしたくないから真顔で椅子に座りつつ今日の授業も終わってしまった。
*
もちろんこの時点でもらったチョコはゼロ。
どんまーい、とか気の抜けた声で男友達に言われるが、そんな一言で救われるような傷ではないのだよ……。
ライフのゲージはあと一言でも慰めの言葉をかけられてしまったらゼロになるくらいしか残っていない。
というかそいつはそいつで彼女からチョコを貰ってやがる。
「何故俺はこんなに……別にいいよ、買うし自分で」
「ぶっ……虚しいわ。まぁ、見てて面白いけど」
机に突っ伏した俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回す龍馬は昼休みどころかみんなが解散しても渡してくる女子がいる。いつも校門を出るまで誰かしらがチョコを渡しに来るのを俺は何回も見せつけられているのだ。
「お前はさぁ、貰えるからそんなことが言えるんだよ、死ね」
「死にません。だけどな、貰うからにはお返しもしなきゃいけねーの。お前料理できたっけ?」
ぐっ、と喉がつまり、嫌な汗が背中を伝う。
「無理です……」
「ほら見ろ、貰ったって何も出来やしねーじゃん」
「うるせーよ」
「あーあ。綾人、お前そんなんでいいのか? せっかく貰ったのおすそ分けしてやろうと思ったのに」
「ごめんなさい、下さい」
「良かろう。やるよ」
ほら、とカバンの中から青色の袋でラッピングされた手のひらサイズのチョコを貰った。
ありがとうございます。神様、仏様、龍馬様と土下座しつつカバンにしまう。
「でもさぁ、毎年人にもらったのを俺にあげちゃっていいの?」
ふっと一瞬目を見開く龍馬はなにか照れくさそうに項を掻く。
「……毎年お前にあげてたチョコは女子に貰ったやつじゃない」
「はぁ?」
「人の好意を大切にしない男は最低だからな」
俺は反応に困る。人にもらったものじゃないなら、誰のものなんだ、と。眉を八の字にしながら聞き返す。
「だから誰の、」
遮って龍馬が言う。
「俺の。しょうがねえからお前に作ってやってんの。どうせ貰えないだろうから」
呆然とする。え、という口の形のまま固まる俺は頬が少し赤いように見える龍馬を凝視する。
逆光のせいで暗く龍馬の顔は見ずらいが、でも確かに頬が赤い、気がする。
「勘違いするな。チョコを貰えないお前が可愛そうだから俺が仕方なく作ってやってるだけだから」
矢継ぎ早に出てくる言葉は照れ隠しにしか感じなかったので、ここは素直に礼と謝罪だけしておく。いちいち聞き返すのも野暮だからな。
「ありがとう。貰えねえとか言ってたけどお前に毎年貰ってたのにな。それはすまん」
「は……察しが悪いんだよ、ばーか」
互いに笑う。もう俺は十数個もチョコは欲しいと思わない。
一つで十分だった。
「今度、ちゃんと美味いの作って返す」
「不味いの渡してきたら、ぶん殴るからな」
了
初のボーイズラブを匂わせる小説。
作者はそこまで好きかと言われればそうでもないのですが、こういう男子の一面があってもいいな、と思ったので書きました。
チョコはまだ作っていません(笑)