Eight day 陰り shade ゲーム化や書籍化できると思うな!
Eight day 陰り shade ゲーム化や書籍化できると思うな!
朝、目が覚める。
「う、ん?」
時計を見る。ああ、もうすぐバスが来るなあ――じゃなくて。
「朝だ。」
「そうだけど?」
テーブルから波風が見下す。見下ろすんじゃない。見下してるんだ。
「今日も朝飯、すまん。」
「そんなことより早く・・・いえ。あなたにはあの女を起こしてもらうわ。」
「あの女?」
俺はしばらく考えなければならなかった。ようやく由実のことだと分かる。
「すまない。波風が起こしてきてくれないか。」
「どうして。」
「いや、波風のときもあるからさ。」
「ほほう。私の恥ずかしい姿は見ておいて、あの女のは見ておきたくないと。」
「あってるけど、なんだか語弊がありそうな答えだな。」
「いいから、早く息子を宥めてご飯を食べなさい。どうしても大人しくしないなら、慰めなさいな。」
「俺の息子はいい子だよ。わがままじゃない。」
俺は朝っぱらから何をムキになっているのか。それも、下半身の話題で。
「ねね。あの謎のおねえちゃんXを起こしてらっしゃい。」
「あい。」
ねねはとぼとぼと階段を上っていく。
「ねねだけで大丈夫か?」
「あなたの時ほどねねは寝ぼけてないの。あなた、甘やかし過ぎね。」
むっ。つい最近暮らし始めたばかりの奴に知った口を聞かれるのは癪だ。
「麻怜さんは?」
「トイレと格闘中。」
「便秘って言ってたもんなあ。」
そんな麻怜さんは白鳥のように舞い、食卓へと迫る。
「朝からすっきり~。」
「ご飯の前ですよ。自粛してください。」
俺がこの家で文句を言えるのは麻怜さんくらいだ。
ごとごと。階段を降りてくる音。
「おはよう。みんな。」
「おはよう・・・」
やはり、由実も朝に弱かったか。朝から元気いっぱいというイメージがあったから、意外である。
「早く、席について。」
「あい。」
ねねに誘導される由実も新鮮である。
「いただきます。」
とりあえず、朝食を食べる。
「おねえちゃん。食べないと。」
「食べさせて。」
「自分で食べないとダメ。」
いつもはねねの立場なのに、今日は由実が甘えんぼさんだ。
「いやだー。食べさせてー。」
すごく駄々をこねている。結構新鮮だ。
ご飯を食べ終えても駄々っ子由実は治らなかった。
「着替えさせてー。」
「あなた、いい加減にしなさい。」
波風がキレる。
「わーん、怖いよぉ。」
俺のパジャマのズボンの袖を握り、引っ付いてくる。
「ったく。何よ、この女。」
「お前も最近まで似たようなものだったろ?」
「忘れなさい。消火器で思いっきり殴ったら記憶を消してくれるかしら。」
「それはあれだ。衝撃で忘れるより、精神的なショックで忘れてしまうやつだ。人に消火器で殴られたのが理解できなくて殻に閉じこもるやつだ。」
「ねえねえ。着替えさせてよ。」
由実は俺のズボンをしつこく引っ張る。
「すまん。波風。お願いできるか?俺はねねの方をやるから。」
「やっぱりロリコンだったのね。」
「いや、俺が由実を着替えさせると色々と問題があるだろ?」
「何を弱気になってるの?そこを遭えてやらせるのが作者の務めでしょう?」
「急になじられて作者も困ってるよ。」
ともかく、俺がねねを着替えさせ、波風は由実を着替えさせることになった。
「ねえ、あのおねえちゃん、誰?」
ねねが聞いてくる。
「あれは由実っていうんだ。俺の幼なじみ。」
そう言えば、ねねは由実のこと知らないんだっけか?由実はねねのことを知ってた気がするけど。
「お兄ちゃんの恋人?」
「違うな?」
「違うの?」
「ああ。由実は俺の友達。恋人とかそういうのではない。」
「そう。よかった。」
ねねは俺に笑顔で飛び込んでくる。どうしたのだ、急に。
「ねね、お兄ちゃんに捨てられるかと思った。お兄ちゃんに好きな人ができたから、夜遅くなるんだって・・・」
「大丈夫だよ。ねね。」
俺はねねのお人形のような身体をきつく抱きしめる。
「俺はねねのことが一番好きだから。だから、ねねのことなんか捨てたりしないよ。」
「ホント?私、お兄ちゃんの恋人?」
「そうだよ。俺はねねの恋人だ。」
すごく恥ずかしかったけど、俺はねねの額にキスをする。
子どもが親や兄弟を好きになるのは一時的なものだ。その内、好きな子ができて、見向きもされなくなる。だから、今を大事にしていこうと思った。
「何が今を大事にしていこう、よ。朝っぱらからロリコン全開ね。」
「そんなんじゃないって。」
「そうよ。お兄ちゃんは私の恋人なんだから、誰にもあげないんだから。」
「ずるい。私もぎゅーってするの!」
由実は俺とねねに向かって突っ込んでくる。
「これが大きなふくらみの性能か!」
「ダメだ、ねね。黒いサングラスなんかつけちゃあ。後、そのセリフは趣味の悪いマスクの時代だと思うよ。」
ぐりぐりと押し付けられる胸に俺たちは圧死しそうだった。
「朝からお見苦しいところを。」
「慣れてるから大丈夫だよ。」
由実はうなだれながら歩いていた。波風は俺たちに干渉しないように距離を取って歩いている。
「アラちゃん、いる?」
「ああ、いるよ。さっきから。」
玄関の前から糸が出ていたものな。
「どこ、どこ?」
「後ろ。」
「ぎゃあ。」
由実は足を縺れさせて転びそうになるが、自力で立ち直る。流石、運動神経があるだけはある。
「由実さんまでお泊り・・・どういうことですか、先輩。」
「どういうことも何もなあ。」
俺は由実を見て、説明してくれと頼む。
「それはね、野球するからだよ。」
「先輩。由実さんの言っていることは分かります。しかし、内容がよく分からないのですが。というか、因果関係?」
「まあ、そうだろうな。俺もよくは分かっていないが、追及はしないでやってくれ。」
とにかく、再スカウト開始である。
「どうだ?吉田。野球やらないか?」
「やらないか・・・誘ってるんですね。」
「何故俺の周りは脳内ピンク色なんだ。」
嘆く。
「私、運動苦手ですし。」
「大丈夫。俺よりはあるはずだ。それだけは保証する。」
「ね?アラちゃん。やろうよ。」
久々の吉田抱え。由実は顎で吉田をすりすりする。その体勢になると、吉田の背が小さいということが際立つ。しずくと同じくらいかもしれない。
「そうですね。どちらが真の小さいキャラか雌雄を決する時かもしれません。」
「なんだか誰でも心を読むようになったな。」
とりあえず、快諾してくれたようだった。後、四人。順調、順調。
「由実は快諾したぞ。」
「マヂ?」
蛭子は驚き、次いで、悔しそうな顔をする。
「まあ、仕方ないわ。運動なんて嫌いだけど、立ってるだけでいいのなら、やってあげるわ。」
「いや。俺は本気で勝つつもりだぞ。」
「嘘でしょ?」
「本気だ。」
はあ、と蛭子は溜息を吐く。そんなに運動が嫌なのか。
「とりあえず、宿題は?」
「やってきてない。」
「でしょうね。」
波風はタイミングを見計らったように俺たちの机にノートを落とす。そして、波風は教室から出て行く。
「まあ、私には関係ないことだけど、メインヒロインの好感度は上げておいた方がいいわよ。」
「メインヒロインって誰だよ。」
「・・・・・・」
蛭子がしばらく黙っているので、俺は聞く。
「もしかして、波風か。」
「当たり前でしょう。物語は彼女が転校してきたところから始まってるんだから。」
「でも、あれがメインヒロインな。役不足じゃないか。」
「お前、そんなこと言うと、波風さんに殺されるぞ。」
「うん。冗談じゃないことだけはわかるよ。」
本当に聞かれてなくてよかったと俺は思う。少なくとも、面と向かって言えることではない。
「でも、波風がメインヒロインってのはなんだか納得いかないなあ。」
「私ではないことは確かでしょう。」
蛭子は粛々と波風の宿題を写している。
「まあ、そうだけど。」
思いっきり足を蹴られる。丁度弁慶の泣き所だ。女って手加減を知らないよな。
「一般的にパッケージにでかでかと書いてあったらメインよね。後は一巻の表紙とか。」
「ゲーム化や書籍化できると思うな!」
「作者が悲しむから。」
もうすぐ授業が始まるので俺は宿題を写す。
「早く仲直りしてよね。」
蛭子は呟く。
「そんなに仲が悪いか。」
俺たちはこんなものだと思うけど。
「この文字の羅列を見てもそう思える。」
「そうだな。なるべく仲良くしようと思った。」
鉛筆でどうやって書いたのか分からないが、波風の文字はまるでインクが垂れたかのような自体になっていた。ホント、どうやって書いたんだ?まあ、クレヨンで楳図かずおを書いちゃうくらいだからな。
「おまけ。」
「うっ。」
俺は思わずうねる。二頁まるまる使って書かれていたのは恐怖に歪んだ楳図かず調の俺の似顔絵。これは恐ろしい。アイツは楳図先生のファンか何かなのか?もう服赤白の横ボーダーでいいじゃねえか。そう言えば、そんな下着干した記憶があるな。
野球。それは白い球を追いかけた頃の思い出。
野球。それは何も考えず無邪気だったころの幻影。
野球。それは――
「なっちゃん。ボールをよく見て。」
ガコン。衝撃。痛い。
「大丈夫ですか、先輩。」
「どんくさいぞ、同僚。」
吉田と蛭子に心配される。俺たちは今、フライを取る練習をしていた。フライって何?揚げ物なの?
「次、由実ちゃん。」
「はい。」
元気よく受け答えをする。見事に球を取った後、由実はしずくに投げ返す。
「ごめんね。ちょっと飛ばしずぎちゃって。」
「全然大丈夫だよ。」
流石だな。
「次、吉田さん。」
「はーい。」
吉田は頑張ったものの、ボールが近づくと怖がって逃げてしまう。
「怖がらないで。ボールは友達よ。」
「それ、サッカーですぅ。」
まあ、怖がる気持ちもよく分かる。俺だってこんだけ当たってたら怖くなるもんな。夢でボールに当てられてる。そんなこと言うとマゾだのなんだの言いよるバカばっかだから言わないけど。
「次、蛭子さん。」
「ほい。」
俺が驚いたのは蛭子の身体能力だった。意外と運動神経は高いようだった。まあ、俺から見ればであって、女子の平均くらいかもしれないが。
蛭子は難なく球を取って、投げ返す。ワンバウンドでバッターボックスまで届ける。
「意外と運動神経いいじゃないか。俺と同じくらいだと思ってたけど。」
「平均よ。これが。」
「お前、目立たないもんな。」
「喧嘩売ってるの?」
蛭子は淡々とメニューをこなしている。由実との間に会話がないのは少し不思議に思ったが、気分は上々だった。
「なっちゃんばかりに人探しさせてごめんね。」
練習終わりにしずくは言った。
「いや。俺も女の子ばかりすまない。」
「そんな、謝らなくても。」
「じゃあ、おあいこってことで。」
そうだね、と互いにくすくすと笑う。
「なんかいい雰囲気です。」
「ったく、家でイチャイチャしろ。」
「家では私といちゃいちゃするんだから。」
あ、まずい。
「家?由実、どういうことだ?」
蛭子が由実に聞く。由実はあたふたとしている。
「な、なんでもないのですよ。なんでも。」
「怪しいな。」
蛭子は訝しんでいる。由実も隠そうとしているあたり、気を使ってくれてるのだろう。波風との同棲というだけでマズいのに、由実もとなったら大変である。由実も中学時代中々の人気を誇っていたものなあ。俺も何故か恨まれたり、恋のキューピッドを演じたり。まあ、そのどれもが失敗だったが。そんな俺が主に恋愛相談を担当することになるなんて、人生って分からないものですね。
「とりあえず、着替えよー。今日は私もバッティング行くからね。」
「二人はどうする?」
俺は蛭子と吉田に聞く。
「強制だったら行くけど、別に行かなくていいでしょ?」
無気力そうに蛭子は言う。
「うぅ。先輩。行きたいのは山々ですけど、私体が・・・」
うん。分かるよ、その気持ち。俺も今さらになって体に疲れが出始めてるから。
「じゃあ、今日は三人か。」
俺はいいか、としずくに問う。
「う、うん。そうだね。三人、で行こうか。」
何故か三人を強調したように言う。なんか怒ってる。
「ほら、早く着替えてこいよ。」
「はーい。」
ジャージでの下校は認められていないので、みんな制服に着替える。俺は部室の中に入る訳にはいかないので、外で着替える。まあ、男の着替えなんて好んでみるヤツはいないだろ。
「アラちゃん、お肌すべすべ。」
「由実さんやめてください。汗臭いから。」
「そうでもないよ。いい匂い。ああ、胸も小さくて可愛い。」
「テメェがでけぇだけだろうが!」
「急にぐれた!どうしたの、アラちゃん。」
「ほら。後ろから襲撃だぁ。」
「しずくさんも乗らないでいいですよ。」
ははは。なんだか笑えてくる。これは一種の焦らしプレイだな。
見ててね、という風に手を振り、由実はバッターボックスに入る。初心者とは思えないほど自然な構えだった。力が入っていない構えはどんな球が来ても迅速に対応できる。へっぴり腰の俺とは全く違う。
「やっぱり由実ちゃん、すごいね。」
興奮気味にしずくは言う。
「昔っから何でもできたからな。」
俺は由実とは違って何にもできない子だった。だから、昔から憧れていた。
「そう言えば、由実ちゃんとなっちゃんっていつから知り合いなの?」
「多分、俺の妹と同じくらいの歳かな。六歳くらいの時、ここに越してきたんだ。幼稚園で仲良くなった。近くに同年代の子はいなかったしな。」
「そうだね。ここって近所の子のところに行くにも三十分はかかるもんね。」
「まあ、俺と由実とはそういう関係だ。」
「なるほど。六歳の頃から惚れてたのね。」
「いや、そういうのじゃないから。」
女ってのはこういう話が好きだ。男と女が近くにいるだけでそういう話に持ち込みたがる。
「まあ、なっちゃんが惚れてるっていうよりかは――」
「終わったよ。」
由実が笑顔で駆けてくる。俺は由実にハイタッチをする。
「私が行ってくる。」
「頑張れ。」
俺はしずくに言う。由実が打っていたのは当然最速。しずくも由実を意識し始めているようだった。
「しずくと何話してたの?」
早速聞いてくる。さっきからこれの繰り返しだ。
「由実といつから知り合いなんだって。」
「で、なっちゃんはなんて言ったの。」
「なんて言ったも何も、幼稚園からの知り合いだって。」
「それだけ?」
「それ以上になにがあるんだよ。」
ばか、と由実に言われるここ最近の女の子にばかと言われる確率が高い気がする。
「なっちゃんは初めて会った時の事覚えてる。」
「うーん。」
その辺りの記憶が曖昧なのだ。思い出そうとしても、写真の切り取りのように断片的にしか思い出せない。
「確か、父さんが死んでふさぎ込んでた俺に声をかけてくれたのが由実だったよな。」
「うん。そうだよ。」
由実は俺の手を握ってくる。
「どうしたんだよ、急に。」
俺は恥ずかしくなって手を離そうとするが、由実は俺の手をしっかりと握ったままだ。
「だって、なっちゃんと別々の学校に行って、波風さんとかしずくとか、可愛い女の子と一緒にいるから、なんだか寂しくなって。」
「大丈夫だよ。離れて立って俺と由実との友情は変わらない。俺は由実に感謝してるんだ。俺を救ってくれたのは由実だからな。由実がいなかったら俺は今でも泣いたままだったかもしれない。」
少なくとも、ねねを引き取ることはできなかっただろう。今の幸せは由実のおかげなのだ。
「そう・・・なんだね。」
由実は少し暗い顔をする。なにかあったのか。俺は由実から手を離して、その後は沈黙だった。
「終わったよ。」
「次は俺だな。」
一番遅い球速でバント練習。そろそろ当たるころになってきたので、もっと早いものに変えてもいいかもしれない。
ちらっと由実としずくの方を見る。二人は始めは少し話していたものの、すぐに黙ってしまったようだった。歓談という感じではなさそうだった。
「ただいま。」
「ただいま。」
大分遅くなってから家に着く。二人一緒に。
「お帰りなさい。別にあなたの家じゃないけど、上がってらっしゃい。」
波風は由実に言った――のかと思いきや、俺の方を凝視して言っている。俺に言ってるの?
「ここ、俺の家なんだけど。俺の家だよね。」
なんだか不安になる。俺が今まで信じてきたことは全て嘘だったのではないかとさえ思えてくる。
「あなたの家は犬小屋に決まってるでしょう?また休日に家を見に行きましょう。」
「嫌だよ。家を見に行くってすごく幸せな新婚さんみたいな響きなのに、見に行くのは犬小屋で、それも自分が住む家とか。絶対に嫌だよ。」
「吼えるなら、外に出てなさい。」
「ごめんなさい。ご主人様。」
俺は波風に屈した。
「言い過ぎじゃないかな・・・波風さん。」
由実が怯える小動物のように波風に言う。
「あなたが、よりによってあなたが私に意見するの?」
俺は背筋が凍るのを感じた。波風から発せられる怒りの熱気が尋常ではなく、心臓が止まってしまったのだ。いや、止まってないよ。でも、二人には俺の知らない確執があるように思えた。
「早く食べて、早く寝なさい。最近の朝の失態には目をつぶってあげてるの。分かってて?」
「はい。急ごう、由実。」
「うん。」
靴を脱いで、急ぎテーブルにつく。またも、几帳面にラップしてある食事が並んでいる。ラップって包むのに結構コツがいるんだよな。下手にやると、目も当てられない状況になるし。このラップでの包み方だけで相手の力量は計り知れる。波風はどうも料理になれているみたいだ。でなければ、こんなおいしい料理を作れるわけがないからな。
「波風さんの料理、おいしいね。」
「そうだな。」
「いつも作ってたりしたのかな。私では到底及ばないよ。いっつもお母さんが作ってくれるから。」
「まあ、そうだな。」
気の利いた話ができない。もともと会話は苦手だし。
「どうしてこんなに上手なんだろ。」
思い当たらない節がないではない。アイツの家庭環境のせいだと簡単に予想はつく。だが、あまり気乗りする話ではない。
「なんか、波風と昔あってるみたいな話してたけど。」
「うん。あってるよ。」
「へえ、そうなのか。俺、全然忘れててさ。」
俺と波風が昔あってるといわれても、本当に思い当たる節がないからな。犬呼ばわりするのにもそこらへんと関係があるのか。
「思い出さない方がいいよ。」
と、由実は冷たい響きでそう言う。
「え?」
俺はなんだか裏切られたような、突き放されたような気持だった。一気に崖の下へと向かっている疾走感。
「なっちゃんには辛いことだろうから。」
やっぱりそうなのか。俺の過去と、隠した記憶の欠片と関係があるのか。
「ありがとう。由実。」
「なんで?」
「え?」
「なんで感謝なんてするの?」
そんなの当たり前じゃないか。
「由実は俺のことを思って、思い出すなって言ってくれたんだろ?それを言うのはきっと勇気がいることだと思う。由実はそれを俺のために言ってくれた。だから、感謝してるんだ。」
由実は無表情の顔で俺を見る。無表情の由実なんて拝むことは滅多にないから、怖い。だが、次の瞬間、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「さあ、ご飯も食べたし、お風呂にでも行ってくる。」
食い終わるの、早っ。俺、まだ食えてないぞ。由実は俺の二倍の速さで平らげたようだ。
「一緒に入る?それともなっちゃんは覗くのがいいの?」
「やめんか。」
「昨日、ガン見したくせに。」
「あれは事故だ。」
「ホントかなあ。」
確かに、見たいという気持ちもあるけど。でも、幼なじみなのだ。そんなよこしまな感情、抱いていいわけがない。
「早く行って来い。お前の裸なんざ見飽きてる。」
「それは昔のことでしょう?ちゃんと成長したもん。」
確かにね。色んな所が女の子っぽくなってる。って、いかん、いかん。
「全然変わってないよ。」
だからこそ、今でも俺はお前に救われてばかりだ。
「ばかー。なっちゃんのばかー。」
「ばかって言う方がバカなんだよ。バカバカ。」
「なっちゃんのことなんか知らないもんね。私がモテまくってから後悔しても遅いんだから。」
向こうの学校でのことは知らないが、由実はモテていると思う。それとも、女子高だったけ?いや、共学だった気がするけど・・・
ともあれ、なかなか低俗な罵りあいをしたものである。こういうのも子どもに戻ったみたいでいいか。最近は犬だの主人だのばかりだしな。
ちゃぷん、ちゃぷんという水音。俺はあったかい湯船でのんびりとしていた。俺の体を包む人肌より五度高い俺の表皮から体の芯へとじんわりと広がっていく。体の中身が蕩けてしまいそうだよ。
あと、四人。誰が残っているだろう。
蛭子古里について
ボブヘアのメガネ。真面目そうに見える面の反面、非常にめんどくさがり。いつも楽をすることばかり考えている。そんな古里さんですが、趣味にはいつも真剣。あれな本を買いに行くために新幹線に乗って大都市に向かったり、女児向けアーケードゲームに小遣いを使い果たしていたり。
いやあ、最近の子ども向けアーケードゲームは凄いですよ。グラフィックも上がってますし、カードを手に入れて強くなるという要素だけではないんです。ただ、少なくとも子どもが遣り込めるほどの要素でもないのですが。小学校の子が理解できるのかというくらい複雑なものになりつつあります。まあ、大金はたくのはお兄さんお姉さんですものね。




