Seven day 由実 robbit こんな場所で脱ぐなんて・・・でも、なっちゃんがそういうなら・・・
Seven day 由実 robbit こんな場所で脱ぐなんて・・・でも、なっちゃんがそういうなら・・・
目を覚ます。なんとなく体が重い。時間を確かめて俺は驚く。
「やばい。寝坊じゃんか。」
俺は急いで下に降りる。居間に入ると、そこには着替えを済ませたねねが。
「悪い。波風。」
「早く食べなさい。」
俺は急いでパンを口に入れる。
「夏彦が寝坊とは珍しい。」
「なんでかアラームが鳴らなかったんだよ。」
俺が無意識にアラームを止めてしまったに違いない。
「まあ、そんなに急がずとも。」
「バスが来ちまう。」
「私がお出迎えするわ。」
「頼む。」
俺は波風に言って、パンを食い終わる。どたどたと階段を上っていき、制服に着替えた時にはもうバスは行ったようだった。
「すまない。波風。」
波風は何も言わず歩いていく。しばらくしてから波風は言った。
「試合、土曜日なんですってね。」
「ああ。」
「ああ。じゃないわよ。授業参観はどうするの。」
「それまでに試合が終わればなんとか。」
「バカじゃないの?」
よく切れるナイフのように波風は言い放つ。
「昨日だってねねが寝てしまったころに帰ってきて。何様のつもりよ。」
「悪い。」
「謝るのは私じゃないでしょう。ふざけないで。」
波風に協力を要請するのは難しそうだ。
「はい。」
どこからともなく吉田が顔を出す。今日はゴミ捨て場から。ニンジャの末裔かなんかかよ。
「野球しようぜ。」
「お断りします。」
「即答⁉」
即答はかなり堪える。まあ、あまり野球をできそうもないからな。
「一日中言うことを聞く。それでどうだ。」
「なるほど。先輩が私の愛玩奴隷。悪くないです・・・」
後が恐ろしい。
「考えておきます。」
「前向きに検討を。」
さて、後は――
「由実!」
「へい、らっしゃい!」
「なんだよ、それ。」
「いや、急に呼ばれたものだから、つい。」
少し驚かせてしまったか。
「野球しようぜ。」
「こ、こんなところで何言ってるの!?」
由実はあたふたとしている。ただ野球しようと言っただけなのに、どうしてそんなに慌ててるんだ。
「こんな場所で脱ぐなんて・・・でも、なっちゃんがそういうなら・・・」
「違う。大きく誤解している。それは野球でもちょっと大人な遊びのやつだ。」
どうやったら野球拳と間違えられる。まあ、大きく外れたわけじゃないけど。
「なんだ。普通のか。ちぇ。」
なんで悔しがっているんだよ。とりあえず、俺は由実に事情を説明する。
「そういうことならいいよ。」
「じゃあ、放課後、なるべく早くグラウンドに来てくれるか?」
「はい。了解いたしました。」
ピシ、と敬礼をして由実は言う。
「ありがとう。由実。」
俺は由実の手を握って礼を言う。
「も、もう、やだ。こんなところで。」
由実は顔を赤くして手から遠ざかっている。そんなに恥ずかしいことか?
「由実、そっちじゃないのか?」
「そ、そうでした!」
由実は駆けていく。こけた。
「大丈夫か。」
「へいきへっちゃら!」
由実は急いで走って行く。由実にしては珍しい。
「女ったらし。」
「軽蔑しますね。」
何故か波風と吉田に小言を言われる。
「はあ?野球?」
蛭子は半ばあきれたように言う。
「また面倒なことに足突っ込んで。」
「頼むよ。」
この通り、と丁寧に合わせた掌を突き上げ、頭を下げる。
「由実も手伝ってくれるって言ってくれたし。」
「ああ、じゃあ、いいや。やらない。」
「え?」
由実がやると思えば蛭子もやると思ったんだが。
「私は別に手伝っても良かったけど、由実が嫌がるでしょ。」
「どうして?お前ら仲良かっただろ。」
「まあ、色々とあるのよ。色々と。」
「じゃあ、由実と話をつければいいんだな。」
「そうね。できればベンチ希望だけど。」
俺だってベンチに行きたいさ。でも、これで保留2。そこそこの出だしではないだろうか。
「お前、今日は弁当か。」
「女の子にお前はないと思うけど。」
俺たちの前に蛭子が現れる。いつもは食堂なのに、今日は弁当のようだ。
「まあ、二人きりだと変な噂も立つでしょうけど。」
「そうなのか?」
「そうなのよ。」
呆れたように言われる。そんなものなのか?
俺は弁当を開けて感嘆する。非常にバランスの取れた食事だ。まるでその道のプロが考え出したみたいに思える。
「ありがとな。波風。」
俺は純粋に思ったことを口にする。波風は何も言わない。
「同じ弁当だとは思ってたけど、やっぱり波風さんが作ってたのか。夫婦?」
「ただ単に同じ家に住んでるだけよ。」
あ、それは――
「いやあ、軽く言ったわね。」
「あれ?知ってるのか。」
「そりゃあね。もうずいぶんな噂よ。転校生と地味な男子が同棲してるって。」
「はあ、そうなのか。」
暴動などが起きていないあたり、大分浸透しているのか。
「地味な男子のところは追求しないのね。で、どこまで行ったの?キス?ぺた――」
俺は蛭子の口に唐揚げを押し込む。波風の唐揚げを蛭子にやるのは仕方ないが、これ以上は禁句だ。
「急にびっくりするでしょうが。でも、美味しい。私も波風さんの家にお世話になろうかしら。」
「俺の家だ。」
「あら。あんな狭い犬小屋が気に入ったの?」
「これ以上要らんイメージを植え付けないでくれ。」
俺は箸でご飯を口に運ぶ。なにやら蛭子が俺をじっと睨んでるので気になってしょうがない。
「何か気になることでも?」
「あ、いや。真杉が気にしていないならいいんだけど。」
「はあ、そうか。」
それなら、と気にせず俺は弁当を食べる。
「真杉と暮らすと気苦労が多そうね。」
「分かってくれる?」
なんだか波風と蛭子は意気投合したようだ。訳が分からん。
とりあえずあと四人。協力してくれそうなのは――朝露夜霧ペア。
まずは――第一相談室部に向かう。
その道すがら、誰かにぶつかる。どうも第一相談室部から出てきたようだが。
「あいたたた。」
その子はころんで廊下に尻もちを搗く。
「ごめんね。」
白銀の髪。青い瞳。そして、人形のように整った顔に、雪のように白い肌。転んでちらと見えているふとももから靴下までの足のラインは眩しいほどに芸術美。
「大丈夫?けがはない?」
俺はその少女に声をかける。
「大丈夫。痛くないのだ。」
舌足らずに言う。可愛い。
「嬢ちゃんどうしたの?お兄ちゃんかお姉ちゃんの忘れ物を取りに来たのかな?」
「私は高校生だ。子ども扱いすんな!」
よく見れば確かにうちの制服を見ている。
「私は生徒会副会長、黒江銀だ。」
「副会長?」
こんなお子様が?
「嘘はいけませんよ。全体朝礼の時、生徒会はみんなステージに上がるはずです。」
そんな見た目ならすぐにわかるはずなのに。
「・・・・だ。」
「はい?」
「だから、ちっちゃいから見えないんだ!」
廊下に響き渡る声でそう言った。大声を出されて俺はたじろぐ。
「私は先を急ぐからな。今度会ったら覚悟しておけよ!」
いやあ、幼女に覚悟しておけと言われてもな。はて、黒江銀。どこかで聞き覚えのあるような・・・
「で、何かね。」
機嫌が悪そうに朝露先輩は俺を睨む。
「実は、今度野球部の練習試合に出ることになりまして。」
「それで?」
俺は朝露先輩の覇気に気圧されそうになる。だが、負けはしない。
「高坂先輩が朝露先輩に出て欲しいと。」
俺は考えた。朝露先輩は真正面からぶつかっても協力はしてくれない。だが、高坂先輩の話となると別だ。しっぽを振って引き受けるに違いない。
「高坂は出るんだな。」
「え、ええ。もちろん。」
冷や汗。だが、まだ嘘じゃない。結果的に高坂先輩を引き入れればいいだけだ。だが、朝露先輩は首を縦に振ろうとしない。
「何か予定でもあるんですか?」
難しい顔をして黙っているので俺はじれったくなり、先輩に問う。
「いや、そういうことではないが、夜霧はどうするのかと思ってな。」
一人では心細いということか。
「夜霧先輩はすでに承諾してくれています。」
これでどうだ。
「なるほど。だそうだ。夜霧。」
「ったく、大法螺吹きが。」
影の中から現れる人影。夜霧先輩だった。
「げっ。」
逃げ出したい気持ちをぐっとこらえる。ここで逃げ出したらすべてが終わりだ。
「夜霧。お前は練習試合に出ることになっているが?」
「んなわけねえだろうが。高坂も承諾なんかしてねえ。」
「ふん。」
朝露先輩は鼻で笑う。初めから分かっていて、ずっとバカにしてやがったのか。だが――
「どうか、練習試合に出てください。」
俺は頭を下げる。ザ・土下座。これでどうだ。
「嘘つきの土下座など何の価値もないな。」
「死んじまえ。」
だが、諦めない。これはもう意地だ。
「よろしくお願いします。どうか助けてください。」
だが、二人は何も言わない。俺は頭を下げ続ける。
コツコツコツ聞こえる足音は二つ分。その足音は部室の扉を開け、廊下に消えていった。
「くそっ。」
俺は拳を力いっぱい振り上げ、床にたたきつける。床はびくともしない。ただ、俺の拳が砕けるほどに痛くなっただけだった。
「ちくしょう・・・」
俺は情けない奴だった。助っ人を集めるといいながら、まだ一人しか、それも女子しか集めることができていない。
「練習しなきゃな。」
俺は静かに部室を後にした。
しばらくしずくとキャッチボールをしていると、由実が訪れた。
「その制服で入ってきて大丈夫なのか?」
「誰にも合っていないから大丈夫なんじゃないかな?」
由実がそういうので気にしない。今日も正規の部員はさぼっていた。
「まあ、着替えてこいよ。」
昨日制服のまま練習をしたので波風に小言を言われてしまった。まあ、クリーニングに出すのは俺なんだし。今日はジャージを着ている。学校指定のジャージだ。
「俺もユニホームとか買った方がいいのか。」
「いや、いいよ。その、すんごく高いからさ。」
そう言えば、スポーツ用品は物凄く高いと聞いたことがあった。
「彼女が由実ちゃん?」
「ああ、そうだ。」
「可愛いじゃん。」
しずくは割と本気で投げてくる。捕れたのが奇跡だ。まあ、俺も捕球くらいなら徐々に慣れつつあった。やはり、投球は難しい。ピッチャーをやっているしずくは偉いと思う。肘と膝との間でストライクとかボールなんだろ?そんな小さなことで勝敗が決まっても困るけどな。
「お前が考えているような関係じゃないよ。」
よろよろと、でも、しずくの方にボールは進む。しずくに向かって投げることだ出来るのが俺は嬉しくなっていた。
「お待たせ。」
由実はジャージに着替えてきていた。うん?下半身は穿いてない?
「お前、下・・・」
「ああ、ブルマだよ。この日のために取っておいたんだ。」
何の日のためだよ。訳分からんわ。
「寒くないか。」
「大丈夫。」
ふっくらとした太もものラインが眩しい。上半身はピンク色のジャージ。恐らく市販の物だろう。
ゴン。
「こら、なっちゃん。ちゃんと見ていろ。」
「投げるなら投げるって言えよ、しずく。」
絶対わざとだ。俺が聞いていなかったとか言い訳するだろうけど、絶対にわざとだ。
「もう下の名前で呼んでるんだ。」
「なんか言ったか?」
「ううん。」
「豊郷さん。三角形になるように広がって。」
「わかった。あと、由実でいいよ。私もしずくちゃん、て言うから。」
「ちゃん付けはちゃんづけで照れるな。」
しずくは帽子を深くかぶって照れ隠しをする。
「よし、ばっちこい。」
しずくから由実へ。由実は難なくしずくの球を取る。
「いくよ、なっちゃん。」
由実から俺へ。きちんと届く球だった。
「無理してないか。」
「全然。」
すごいな。流石運動神経の塊。神経の半分はきっと運動神経なのだろう。それは俺も一緒か。
「しずく。いくぞ。」
俺は投げる。精いっぱい投げたつもりだが、よろよろとしずくのもとに行き、しずくと俺との中点でぴたりと止まる。
「ど、ドンマイ。なっちゃん。なっちゃんは少しは無理した方がいいかも。」
わかってるよ。そんなこと。
「うん。もうちょっと近寄ろうか。」
由実としずくとならもっと遠くで投げ合いを出来るのだろうが。ほんと、面目ない。
「由実。蛭子も誘おうと思うんだけど構わないよな。どうも蛭子はお前に遠慮しているみたいだったんだが。」
「う、うん。別にいいよ。私も古里とできて楽しいし。」
やっと三人目である。後、五人。
二人はもっと長距離でやりたいから、と二人でキャッチボールを始める。俺は一人で素振りである。昨日肉刺が潰れるまで練習したから手が痛い。それでまだ振れるから振る。うまくはなっていないだろうが、少なくとも球を当てられるようにはしたい。後四日しかないんだし。
その後、捕球の練習。球は届かないけど、近くに落ちたらなんとか掴んで近くの誰かに渡せるようにはしておきたい。加減を間違ってしずくが飛ばした球を由実は走ってとり、地面を転がってその勢いのまま立ち上がり、しずくに向かって投げる。プロ野球でもなかなか見れないファインプレーである。
「流石ね。」
今度はバッターをしずくから由実に変える。
由実も適度に取りにくいところを狙って球を打つ。
「由実ちゃん、経験者かなにか?」
しずくが俺に聞く。
「いいや。アイツ天才型だから、案外何も考えずやってるよ。」
由実が俺に投げ方のアドバイスをしてくれたが、向こうにどばーん、とかがごーん、とか、づびゃーんとか言って、何を言っているのか分からなかった。天才が教えるのが上手いとは限らないとよく言うが、これほどまでとは思わなかった。
「ちょっとピッチング練習していいかな。」
「ああ。すまないな。つき合わせたせいで自分の練習ができないだろ?」
「いいえ。そうでもないわ。初心に帰ることで基本を思い出せたし。基礎は本当に大事だから。普段の練習も今の練習とあまり変わらないのよ。」
由実にキャッチャーをやらせ、しずくはマウンドに立つ。
「マスクつけないと危なくないか。」
「大丈夫。それに、あれ、可愛くないし。マスクつけるとキャラが分かりにくいから大変なんだよ。私、あんな潰れた顔の面々と並ぶの、嫌なんだから。」
「うん分かるぞ。キャッチャーって大抵あんな顔だもんな。でも、キャッチャーやってる子に失礼だぞ。」
由実は皮肉など言わないので本心で言っているのだろう。天然って怖え。
「じゃあ、いくよ。」
「しまっていこー。」
しずくは投げる。俺はお飾り程度にバッターボックスに上っていたが、何が起きたのか分からなかった。
「ストライク。」
「え?いつの間に?」
俺の緊張感が足りなかったせいだろう。見えない球など存在しない。
「次。」
「え?」
やはり見えない。これが消える魔球?
「どうしたの?なっちゃん。」
「由実が心配そうに聞いてくる。」
「いや、球が見えなくてさ。」
「でも、あれは普通のストレートだよ?」
「速すぎるのか?」
「なっちゃんにはそうなのかもね。」
そう言えば、練習試合の対戦相手は男子なんだよな。今の俺たちでなんとかなるんだろうか。
「ねー、しずくちゃん。私も投げたい!」
由実がそういう。
「そうだね。まだポジションも決めてないし・・・そうだ。なっちゃん、キャッチャーやりなよ。」
「分かった。やってみる。けど、防具は着せてくれ。」
俺のどんくささではどうなるのか目に見えている。まあ、運動神経のいい由実なら暴投などしないとは思うが。
「よーし。ばちこい。」
「球が来るところに構えて、受け取ればいいからね。」
キャッチボールの時もそう言われたけど、取れなかったよな。でも、今の俺には防具がついている。防具が着いていたら人間最強である。クウガだって最強だったもんね。まあ、クウガの最強は四色の中で緑が通説なんだが。
由実は足を大きくあげ、大きく前へ踏み出し、そのまま伸ばした腕を勢いよく振るう。
「どごっ。」
由実は俺がグローブを構えた所にきちんと入れてくれた。だが、俺は後ろに大きく吹き飛ばされる。
「ど、どういうことなんだよ。」
「百五十キロを優に超えてるわ。」
「嘘だろ。」
だが、バッティングで鍛えてきたしずくが言うのだ。間違いはない。今の世界最速って何キロだっけ。百七十?
「次、変化球行くよ。」
「嘘。投げれんの?」
「なんの球か分からないけど変化のさせ方は何となく分かる。」
「天才って怖いな。」
再び由実は大きく腕を振るい、体全体で球を押し出す。それは俺にも見えた。だんだん米粒のようなものが大きくなっていく。そして、止まった。
「え?なんで止まんの?」
そう突っ込んだ瞬間だった。俺の股間に衝撃。いや、衝撃なんて一言で済ませていいものではない。世界の消し飛ぶ瞬間とはこんなものだろう。何もかも感じれなくなる。それは何故だか分かっている。あまりもの激痛を体が襲っているからだ。
「大丈夫?なっちゃん!」
由実はマウンドから俺のもとに向かって来る。
「しっかりしろ。なっちゃん。」
しずくは俺を揺さぶる。
「ゆ、揺さぶらないでくれ。痛みが・・・」
とりあえず安静にしてほしかった。
「大丈夫?なっちゃん。なっちゃんを傷物にしちゃったんだね。私、責任とってなっちゃんと結婚するから。」
「そんな大事じゃないって。」
「じゃあ、私が貰っていいのか?」
「なんで乗るんですか。こんな冗談にもならない冗談、乗らないでください。」
「私達の間に子供が生まれなくても私、全然平気だからね。むしろ、夜に思う存分楽しめるから。」
「そういう話、ダメ。」
「でも、しっかりと起き上がってくれるかな。」
「しずくも本気で心配するのはやめてくれ。」
俺も不安になってくる。子どもとか結婚とかなんて遠い未来のことだから考えもしていないけど、ひょんな事故から後遺症が残るってあるからな。
俺は結局部活の終了まで休憩になった。言っても三十分くらいだから、問題はないだろう。
「ほら。着替えるから、出てくれ。」
「全く、ケガ人に対する態度か。」
「別に私はなっちゃんに見られてもいいよ。ちゃんと立つのか心配だし。」
「もうそのネタ、忘れてくれません。」
何より、しずくが敬語で話さなくなって、より気が楽になった。
「協力してくれて、ありがとな。」
俺は部室から出て、由実に言う。
「別にいいよ。あっ。しずくの体、小さくて可愛い。」
「どこ触って・・・きゃあ。」
ああ、聞こえない聞こえない。俺の息子は正常みたいだぞ。
「別に他校の生徒でも構わないよな。」
「連絡はしてみますが、構わないと思いますよ。この。今度はこっちの番だ。」
ドタバタ。
「きゃっ。そんなところ掴まないで。」
「やっぱり大きいですな。ふむふむ。」
まあ、お約束なのだろう。まあ、乗っ取らなくていいし。
男ってどうなんだろう。定番は当てはまらないよな。男同士で触りっことかキモいし。見せあいもしないな。
今日もバッティングセンターに行く。由実も誘ったが、「準備があるから。」と帰っていった。何の準備かは知らない。急にお願いして今日練習に付き合ってくれるだけでも驚きだ。
俺は今日も最も遅い急速で練習する。今日は初めからバントだ。何となく当たるようにはなっている。
「ちなみに、バントって失敗するとストライクになるから。四回失敗でアウト。」
「プレッシャーになること言うなよ。」
今ので一球外す。大抵同じところに投げられてくるのに、外れるとはどういうことだ。
「もう敬語使わないんだな。」
俺は次が来るまでの間の短い時間に言った。
「あ、ホントだ。普通に話してる。」
自分でも気づいていなかったようだ。あら、打ち上げてしまった。
「そっちの方が気楽でいいよ。」
俺は再び構え直す。
「由実ちゃんって可愛いよね。」
「ああ、可愛いよ。」
俺は何言っているんだか。集中し過ぎて何を言っているのか気にしてなかった。つい本音が出る。でも、可愛いからな。嘘ではない。
「なっちゃんはああいうタイプが好きなんだ。」
「は?な、何言って。」
くそ。バットが間に合わなかった。
「どうなの?」
「分からねえよ。そんなこと。」
自分のことなのに分からないなんて変なことだとは思う。けど、ホントだから。俺は誰が好きなのかも何が好きなのかも自分では何一つ分かっていない。
「そうなんだ。」
なんだか、風の音のようにしずくの言葉は響いた。もうすぐ次の球が来る。
「由実ちゃんとは幼なじみなんだよね。」
「ああ。」
「好きになったりしなかったの?」
ぶふっ。これは鍛錬なのか?キャッチャーから何か言われたときの対策なのか?ちなみに俺はその策にまんまと引っかかっている。さっきから全然球が当たってない。
「ないよ。」
「一度も。」
「ホントに?」
「ホントだって。」
「神に誓って?」
「神に誓って。」
「私に誓って?」
「う、うん。」
「はっきりと言ってよ。」
「ああ、しずくに、誓って。」
なんだか結婚式の誓いの儀式みたいで恥ずかしかった。つい、球を見逃してしまう。
「じゃあ、嘘ついたら私と付き合ってもらうからね。」
「は?訳分かんねえんだけど。」
そもそも、そんな罰ゲームで付き合うとか間違ってるしそもそもしずくは俺のこと好きでもないのに言うとか自分を大事にしないにもほどがあるし俺も揶揄われていい気分じゃないし。
「しずく。好きでもないやつに付き合ってとか言うもんじゃないぞ。俺は別にどうでもいいけど、しずくが楽しくない思いをするだけだろ?」
「どうして私がなっちゃんを好きじゃないって思うの?」
「いや、それは――」
糸が出てないしな。
「誰かが俺を好きになるなんて信じられない。」
「そんなことないよ。」
「それはどうなんだろうな。」
俺を愛してくれた人はこの世を去った。この世には俺を愛してくれない人ばかりになった。
「もう球切れ。」
「もうか。なっちゃん、動揺し過ぎ。プレッシャーに弱いタイプ?」
確かに弱いよ。弱いけど、あれはプレッシャーとは違うんじゃないか?
「じゃあ、次は私だね。」
しずくは最速へと足を運ぶ。
「ちゃんと見ててね。」
しずくは強気なのか弱気なのかよく分からない女の子だった。野球をしている時は元気で強気な面もあるが、時折さっきのように寂し気な、弱気な面を見せる。まあ、俺の周りが強気すぎるだけで、しずくは普通なのかもしれない。
「ただいま。」
しかし、俺を迎える声は聞こえない。それもそうだろう。ねねはもう寝ている時間だし、波風は口さえきいてくれない。え?私を忘れてる?麻怜さんはおまけだよ。
「さて、と。」
また、きっちりとラップしてあるご飯がある。今日も疲れて、へとへとで早く眠りたい気分だったけど、目の前に食事が現れると、急にお腹が鳴る。
「うん。美味い。」
俺では決して及ばないうまさだ。冷めていても美味しいが、やはり、温かいままの方が美味しいんだろうなあと思うと残念に思う。あと、三日ほどしか練習はできない。人数も集まらない。そして、土曜日のことをねねにまだ話していない。波風あたりがねねに言っていないかな、と希望的観測をしてみるが、決して波風はしないと思った。彼女は自分にストイックで、他人にもストイックだから。きっと、自分でなんかしろというのだろう。
俺は野球のことをねねに言わない。練習試合がお昼までに終わらない可能性は非常に高い。それでも、言わない。それは俺が怖がっているから。誰かに嫌われるのを恐れているから。ねねとの約束。二度と破らないと誓った約束。それを破ろうとしている。そんなこと言えるわけがない。
「ふう。ごちそうさまでした。」
俺は食器を台所へと運ぶ。俺は食器を洗おうと思ったが、今日朝早く起きて洗おうと思っていたのにすっかり忘れてしまったことを思い出す。波風がやってくれたのだろう。朝食は俺の役目なのに。朝早く起きるのが苦手なはずなのに。あいつは怒っていたはずじゃないのか。怒っているはずのヤツがどうしてこんなに良くしてくれるのだろう。俺は身震いする。これは、後で何かを請求されるパターンだ。
「明日は朝早く起きよう。」
俺は風呂に行くことにした。
「電気くらい消しておけよ。」
うちは俺以外風呂の電気を消そうとしない。暗いから怖いという理由でだ。最後に入る俺がいつも消している。電気代がもったいないから、遅くなる日は消して貰ってもいいんだが。
俺は衣服を脱ぎ、風呂に入る。風呂にはあったかい湯気が充満していた。俺は風呂桶を持ち、浴槽からお湯を掬ってバシャバシャと体にかける。そして、体を洗おうとシャワーに向き直った時、異変に気付く。
「・・・・」
「・・・?」
目が合う。これは夢だろうか。
「ええっと、これは夢かな?」
「夢なんじゃないかな?」
「そうだよな、夢だよな。」
ははは、とお互い笑い飛ばす。
「そうだよな。由実がうちの風呂に入ってるわけないもんな。」
「だよね。なっちゃんが普通に私がお風呂に入ってるのに入ってきて、普通にシャンプーする訳ないもんね。」
・・・・・・
「ええっと、事情を説明してくれるか?」
「うんと、そうだね。でも、上がってゆっくりしてからの方がいいんじゃないかな?」
「そうだな。流石由美だ。」
「いやあ、照れてしまいますなあ。」
俺はシャンプーを洗い流す。浴槽には目をやれない。
「背中、流してあげよっか?」
「いいえ。結構です。」
「今なら、大きな二つのあかすりで洗えるよ。」
「抽象的なのか具体的なのか分からんわ。」
「じゃあ、一緒に入る?」
幼馴染である由実とは昔はよく風呂に入った。今でも由実はその頃の由美なのだろうか。
「いいえ。結構です。」
ぶすぅ、と由実はおかしな音を立てる。おならじゃないよな。
「違うよ。」
「何気に心読まないで。」
「読んじゃうよ。分かっちゃうんだから。」
まあ、ここまで知れた仲ならそれもあり得るだろう。なんだかピンポイント過ぎる気もしないではないが。
「じゃあ、上がるね。」
由実は音を立てて湯船から上がる。目をまっすぐに。決して振り向くな。
「バカ。」
どっちがバカなんだよ。確かに、色々と注意すれば分かったかもしれない。だが、俺は疲れて判断力が鈍っているのだし、潜むようにして物音を立てなかった由実も悪いのだ。洗濯籠には下着があったものの、うちでは日常茶飯事だから気にしてられない。
「はあ、とにかく。」
洗った体の泡をシャワーで落として、湯船に浸かる。
先ほどまで由実が浸かっていた浴槽。きっと由実の粘膜なんかが――
「もう、やめろ。」
はあ、と俺は息を吐く。波風のせいで要らぬ妄想をしてしまう。だが、浴槽は綺麗で温かく、心なしかいい臭いさえする。きっと由実の匂いだ。
「って、いかんいかん。」
疲れて碌な思考力がない。と、ここで思うのだっだ。由実はどこで寝るのだろうと。
「ねねたちが寝てない部屋だろうな。流石に居間で寝かせるわけにもいかないし。」
とりあえず、状況を確認してからだ。
恐る恐る自分の部屋に行く。そこにはやはり、由実がいた!
「何してるんだよ。」
ダブルベッドに体を横たえた由実に俺は言う。
「なにって今夜のメインディッシュを待ってたんだよ。」
「いや、待たんでいい。」
俺は居間に布団を敷いて寝ることが確定だ。
「どうして家にいるんだ。」
部屋を見ると、どうも連泊の準備をしてきているみたいだ。
「やっぱり、野球をするとなると、心を通わせないといけないと思うんだよね。だから、一緒に生活を。」
確かに、似たような話は聞いたことがある。ダブルスの選手は一つの部屋に泊まって息をピッタリ合わせるというやつだ。しかし――
「それ、やる意味あるのかな。」
「あるよ。あります。おおいにござるでやんす。」
主張が激し過ぎて、言葉を見失っている。
「そうか。そうだよな。そうでやんすでありんすよな。」
俺は部屋を出ようとする。
「ちょっと、待って。」
由実から待ったが入る。
「なんだよ。」
「一緒に寝るんだよ。」
「嫌だよ。」
「どうして。」
お前は俺と寝たいのかよ。
「私のこと、嫌いなの?」
はあ、面倒臭い。俺はラノベを読んできて、こんな時なんて言ったらいいのか心得ている。
「好きだよ。好きだから、こんな軽々しく一緒になることなんてできないんだ。」
とりあえずギザっぽく言っておけばいいのだ。それでいちころだ。
「この、甲斐性なし!」
当てが外れる。由実は枕を投げてきた。俺は部屋から出ることで回避する。全く、困ったものだ。子どもじゃないんだから、一人で寝れるだろうが。もうこの際電気代とかいいから。ずっと電灯つけて寝ておいてくれ。あと、夜中にトイレで起こさないでくれよ。
豊郷由実について
とりあえず、純正のエロゲっぽいキャラ。髪はピンク。ツインテール。エロゲならどこにでもいそうなキャラ。カップはDからE。巨乳は結局結ばれないのはお約束だよね。
とにかく明るくて、可愛いキャラである由実さんですが、実は、夏彦、波風と三人の過去に何かあった模様。そして、蛭子さんともなにかあったよう。その明るさの反面、過去は真っ黒なのです。