Four day 鼓動 I love … ろりこん。
Four day 鼓動 I love … ろりこん。
休日の朝。遅く起きていたころが懐かしい。まあ、あのメンバーでは早く起きては来ないから、ゆっくりとテレビでも眺めている。休日やっているのはニュースやら情報番組ばかり。スポーツ界の騒動だったり、芸能界の話題だったり、国内外の情勢だったり。どれも自分にかけ離れていて現実味がない。大人になれば何もかも分かるんだろうか。
サスペンスが始まり、ことことと階段を降りる音がする。ねねが起きてきたのだろう。そのままトイレの扉を開けた音がして、トイレを流す音。閉める音もしないし、これほど大きな音が流れているのだから、開けたまましたのだろう。これじゃあ、まだお嫁に行かせられない。
「お腹空いた。」
ねねが扉を開けて言う。
「ねね。お兄ちゃんを置いていかないでくれ。」
「何言ってるの。ロリコン。」
ぐさっとくる。こんな小さな子もその内お嫁に行くのだと思うと、なんとも・・・
「分かった。何か作るよ。」
作れるといってもなにかできるわけじゃない。昨日の残りの唐揚げがあるし、それを電子レンジで温めて、後は市販の素で作る炒飯だ。もう時刻は昼前。
フライパンでご飯を炒めていると、足音が聞こえる。乱雑でかみ合わないリズムは二人分の証拠だ。やっと起きてきたか。
「ねね。ゆきちゃんのところに行くのは二時でいいか。」
「うん。」
ねねと一緒に家を出よう。
麻怜さんと波風はねねと同じくぼさぼさの髪で降りてくる。普段の朝よりは覚醒している様子だ。みんなで朝食兼昼食を食べる。やはり、波風に及ばないのは悔しい。
「二時に家を出るのでいいか?」
俺は波風に確認を取る。波風は首をコクリと上下に振ったのみだった。
「じゃあ、誰か、ねねの着替えを手伝ってくれ。」
ある程度ねねでもできるが、ちょっと心配なのだ。麻怜さんと波風は不機嫌そうな顔で互いを見やった後、波風が根負けして、ねねを着替えさせに二階へと向かう。
「今日、買い物に行くんだってね。」
けだるく麻怜さんが言う。
「何か買ってきましょうか。」
「じゃあ、下着頼むわ。Gカップ。」
「それほど大きくないでしょう。」
「何で知ってるのよ。」
「麻怜さんの下着を毎日洗っているのはどこの誰だと思っているんですか。」
「ちゃんと干してるもん。」
そこは感謝しなくてはいけないところなのだが。
「菜々のも洗ってるの?」
「ええ。それは当然。」
今日はもう既に干してある。
「なによ。その反応。臭いを嗅いだりしないの?染みを見つけようとかさ。」
「ねねの前じゃないから許してあげます。」
麻怜さんの笑えない冗談だ。その辺り、一度波風に確認を取った方がよかったか。
「菜々。どのくらいの大きさなの?」
「言えません。自分で聞いてください。」
「私が触って確認したところだと、CからDなんだけど。」
「言いません。」
別に確認してないし。洗濯物を干すときは悟りの境地だ。
「しっかり中に干してるわよね。」
「ねねのも含めてしっかりと。」
「けっ。ロリコンが。」
「お留守番よろしくお願いします。」
「あいよ。」
そうこうしているうちにねねが着替えて戻ってくる。髪もしっかり結われている。波風も私服に着替えていた。何も言わないでいると、波風はひどく不快そうな顔で俺を睨んでくる。
「何か気に障ることでもしたか?」
「いいえ。何か感想でもないのかって。」
「何の?」
麻怜さんはパジャマ姿でニタニタ笑っている。
「服よ。」
そう言って俺はねねに視線を移す。女の子らしい、ドレス調の服だった。
「いいんじゃないか。女の子らしくって。」
「そ、そう。」
波風は恥ずかしそうに言う。どうして照れるのか。まあ、いいけど。
二時になるまで、俺はねねの遊びに付き合った。お絵かきや絵本。最近の子どもはゲームなどで遊ぶらしいが、俺はねねに買ってやれていない。でも、絵本やお絵かきでも楽しそうに遊んでくれるので、俺は嬉しかった。そんな俺たちの様子をテーブルから羨ましそうに波風は見ていた。
「波風も何か書くか?」
こっちにこいよ、と俺は手招きする。
「絵は苦手だけど。」
そう言って嬉しそうな顔をして波風は畳まで寄って行った。ねねは少し不安そうな顔をしたが、大丈夫、と頭を撫でてやる。
波風はねねに差し出されたクレヨンで熱心に絵を描く。
「力作よ。」
波風が見せた絵にねねは感服していた。すごいすごい、とはやし立てる。だが、俺は苦笑気味だった。なぜなら、楳図かずおそのものなのだもの。怖いよ。ぐわしっ。次に書いたのは横山光輝そのもの。三国志は幼稚園児には早いとおもうぜ。とういうか、よくクレヨンでそんな絵を描けたな。とんでもない才能だ。そこだけは俺も感服しよう。
「すごいね。お姉ちゃん。」
と、ねねは自分の言葉に驚く。
「お姉ちゃん・・・」
なんだか波風は涙を流しそうな勢いだ。その気持ち、分かるけどさ。
「でも、お姉ちゃんはダメよ。ダーリンって呼んで。」
「調子乗るな。」
「でも、あなたの夫になるつもりはないの。」
「ねねはそんなつもりで言ったんじゃない。」
小動物が怯えるような目のねねの頭を撫でて、俺は言う。
「お姉ちゃんでいいからな。」
「うん。」
ねねは元気よく答える。俺はテーブルに戻って二人の姿を眺めていた。
「夫婦みたいだったわよ。」
「ぬかせ。」
麻怜さんにそう言う。
でも、二時には家をでなければならない。俺は時間よ止まれ、とバカなことを考えていた。
「では、行ってきます。お迎えよろしくお願いしますよ。」
「お土産忘れずにね。」
そう言って麻怜さんは俺たちを見送る。
すっかり打ち解けてしまったのかは分からないが、ねねは俺のと手、波風の手を握った。そして、両手で二人にぶら下がったりする。これほどねねが子どもっぽく振舞うのは久しぶりだ。
「犬の手綱を握っているのは癪だけど、まあ、いいわ。」
波風はすっかり気をよくしてそう呟いた。俺と二人きりでは決して見せない顔だけどな。
「あ、ゆきちゃんだ。」
ゆきちゃんは家の外でねねを待ちわびていたようだ。ねねは俺たちの手を離してゆきちゃんに向かって駆けていく。波風は少し名残惜しそうにねねの握っていた手をもう一方の手で包む。
「ねねちゃん。こんにちは。お兄さんも。」
ゆきちゃんも礼儀正しい。俺にぺこりと頭を下げる。別にいいんだ。ゆきちゃんからの糸が俺の目先まで近づいていることは。だって、ねねの方にももう一本向いているし。ねねよりも俺の方が糸が近いけど、いいんだ。
「こんにちは。お兄ちゃん。」
三島さんが出てくる。一時の母にしては若く見え、顔はいつも穏やかな笑顔を浮かべている。
「あれ?そちらは?」
少し驚いた顔をして波風を見る。
「ああ、ええっと・・・」
「夏彦の主人です。」
「いや。毎回その紹介やめろよ。」
「は、はあ。」
三島さんは戸惑った様子だ。そりゃあ、そうだろ。糸が俺から遠退く。ゆきちゃんの方を見ると、ゆきちゃんはじっと波風を睨んでいる。なんだか、少し怖い。
「すいません。俺たち、これから買い物に出かけるので、迎えに来れないかもしれません。家に電話すれば麻怜さんが迎えに来ますので。」
「いえいえ。私がしっかり連れて帰ります。仲いいんですね。」
一瞬何のことか分からなくなる。だが、三島さんの視線を窺って、波風を見ていることから、波風のことだと分かる。
「そうですね。俺も驚くくらいに二人は仲良くなりました。」
三島さんはきっとねねと波風が手を繋いで歩いているのを見ていたのだろう。
と、ゆきちゃんからの糸が俺に伸びてきて、首を締めようとする。糸は人の肌には触れないので、実際害はないのだが、少し恐ろしくなった。吉田並の好意だ。
「では、よろしくお願いいたします。」
「はい。」
三島さんは快く承諾してくれる。
「ねねも大人しくしてるんだぞ。ゆきちゃん。よろしくな。」
俺はねねの頭を撫でて言う。ねねは鬱陶しそうに、でも、顔を赤くしている。ゆきちゃんは何故か俺の手を凝視している。何かついているのだろうか。
俺たちは去る。
「またね!」
ゆきちゃんは俺に向かって精一杯手を振っている。姿が見えなくなっても長い間糸はまとわりついていた。
「ろりこん。」
波風は不機嫌そうにつぶやいた。
「なんだか可愛いわね。」
波風はやっと来た電車にそう言う。別に怒ったような口調ではないので、本当にそう言っているのだろう。確かに、一両編成の電車なんて都会では滅多に見れはしない。だが、可愛いかどうかは疑問である。車体のメッキは所々剥げ、錆が目立っている。流石は日本一の赤字を誇る私鉄である。一時間一本しか走らない電車に比較的早く乗れたのは幸運だろう。
それでも三十分は待ったが。
この私鉄は実は隣の県まで伸びていたりするが、そのことを知っている地元民は少ない。だって、伸びてるのもここと同じくらい田舎な場所ばかりだもの。他県の人間が使うこともあまりないだろう。あるとすれば、かつては開催されていた上等とは言えない花火大会を見物に来る人くらいだ。その花火大会も数々の事情故に今は行われていない。少し寂しい。なにせ、あの、歪んだ花火を見れないのだから。キャラクターものの花火を打ち上げるコーナーがあって、その花火は十発に九発は歪んで打ち上げられて、何のがらかわからない。かろうじてニコちゃんマークか猫だろうと分かるくらいだ。その二種類しかないから分かるんだけど。他の花火も、テレビで見るような大きな花火ではないし、場所が河川敷だから、虫刺されがひどい。あまり行きたくはない。そういえば、ねねは見たことないんだろうな、と思うと、一度は連れて行きたくはなる。まあ、この町のイベントなんてその花火大会くらいしか大きなものはないからな。
電車の内装もひどいものだった。床は禿げているし、座席の綿ははみ出している。波風はなんのためらいもなく座る。度胸が据わっている。
「どのくらいでつくのかしら。」
「まあ、二駅分だから十分越えかな。」
「二駅で十分⁉」
波風はひどく驚いていた。そりゃあ、帝都と比べれば田舎だしなあ。
「ちなみに、一度、鹿をはねたことがあった。」
「そんな。大事じゃない。」
「いや。駅員さんがさっさと片づけたよ。五分くらいで再運行。」
「ごめんなさい。田舎を舐めてたわ。」
まあ、運転手さんの手際の良さには俺もおどろいたけど。担架で線路外に運んでいった。都会だと色々検査するんだろうけど、日常茶飯事だから、きりがないんだろうな。
そうこうしているうちに駅に着く。俺たちは整理券とお金を駅員さんに渡す。
「そういえば、ワンマン電車には驚かないな。」
無人駅に降り立って俺は言う。
「ここに来るまでに経験済みよ。まさか、ICが使えないなんて思わなかったから。」
そりゃあ、大変だろうな。なにせ、特急が止まる町の中心の駅でさえ、未だ駅員さんが手で切符を切っているのだし。
「で、こんな辺鄙なところで降りてどうするの。」
「いいか。波風。俺はこれから衝撃的なことを言うぞ。ここは、二番目に町で潤っている場所だ。」
「お、驚かないわよ。」
いいや、絶対に驚いてるぜ。ちょっと挙動不審だもの。
「ある程度覚悟はしてたわ。駅までさえ、最寄りの書店まで一キロはあったから。」
駅前は一番潤っている場所だ。それでもそのざまだしな。
「そして、あれがこの町で一番大きなデパートだ。」
「駐車場のこと言ってる?」
「いいや。あれがこの町で一番大きなデパートなんだ。」
そもそも、この町でフロアが二階より多くある店なんてない。平たく、低い。金持ちの家だぞ。
そして、俺たちの目的地もそのデパート。駅前には衣料品専門店もあるが、ちょっと遠い。他のものも買うなら、ここが一番手っ取り早いのだ。
「知ってるけど行ったことの無い系列店ね。」
それは凄いな。この町の人なら週一で行くぞ。よく見知った顔に出会うし。
俺たちは自動ドアをくぐり、中に入る。
「まずは何を買う?服とかなら二階だぞ。」
「なんだか雑多ね。」
まあ、一応いろいろとフロアは分かれているのだが、明確な壁はなく、どこまでがどのフロアなのかは一目では見抜きにくくはある。
「まず、服を見に行きましょう。」
「あいよ。」
近くのエスカレータから二階へと進む。
「本当に二階から上はないのね。」
疑っていたのか。でも、実際見て知った衝撃はすごいのだろう。逆に俺は何階もあるデパートを見ると、すごく驚くかもしれない。遊園地だと錯覚するだろう。
「うん。すごくダメね。流行も糞もありはしない。」
婦人服と紳士服の境の曖昧な場所で波風は言う。まあ、当たってるけど、店員さんに聞かれないようにな。
「それ、男用。」
「分かりづらい。」
まあ、男用も女用も見た目の違いはない。色が明るいか暗いかくらいでようやく判別がつく。
「部屋着程度にしかならないけど、丁度部屋着が欲しかったから、いいわ。」
「部屋着ってジャージじゃないのか?」
はあ、と波風に溜息をつかれる。なんかおかしなことを言ったか。
「部屋着で散歩するなんて、とうとう犬であることを意識したのかと思ったけど、あなた、それ、外出着だったのね。」
ひどい。結構最近買った奴だぞ、これ。わざわざタンスの奥から引っ張り出したのに。
「パジャマも、こんなものか。いいわ。安いし。」
波風は夫の服を適当に選ぶ主婦のように俺の持っている買い物かごに衣服を放り込んでいく。いや、アニメのデートみたいに『これ似合う?』とかやりたかったわけじゃないけど。いや、ぶっちゃけ期待してました。
「さあ、早くお会計に行くわよ。」
衣服やら隣のおもちゃコーナーやらと一緒に会計するカウンターに衣服を持っていき、会計を済ませる。近くのゲームセンターの音が聞こえる。まあ、子ども向けのフロアなので、大人向けの音楽ゲームなんてものは存在しない。
「さあ、次は子ども服よ。」
「え?」
俺は間の抜けた声を出す。
「呆れた。」
呆れたというよりも怒った顔を波風はしていた。
「ねね。もう服が小さくなってるの。気付いてなかったの?」
そういえば、大きめに買った制服も今ではピッタリである。
「子どもの成長は早いの。特に胸周りとか。」
「そうか。俺としたことが。」
「ちっ。」
何で舌打ちですか。まあ、俺の過失は認めるけど、いちいち幼女の体を確かめるのもまずいし。今でさえ、保母さんからロリコンみたいな目で見られているのだから。
「どう。これ、似合うかしら。」
波風は子ども服を自分の体に当てて言う。なんか違うなあ。
「ねねはなんでも似合うからなあ。」
「それは認めるわ。でも、あなたが言うことじゃない。」
冷淡に言い放つ。
「こういうのはどう?」
少しスポーティッシュな服装だった。俺は脳内でねねに着せてみる。それもアリですね。
「あなたの顔は気に食わないけどいいわ。サイズはどのくらい?」
俺は記憶にあるサイズを波風に告げる。
「じゃあ、少し大き目を買っておきましょう。」
波風は自分の衣服にかける何倍もの時間を費やして、ねねの服を選んでいった。
「会計。」
「はい。」
カウンターに持っていく。
「あれ?」
波風が自分の財布を取り出したのを見て言う。
「俺が払うよ。ねねの服だし。」
「私はかなりお金をもらってるの。貧乏なあなたとは違うわ。女を幸せにするのはお金だけよ。」
波風と接することにより、女の子の闇を知る。俺の思い描く女の子は幻想なんだな。
「次は下着。」
「ねねのは買っただろう。」
「私のよ。」
ニタニタと波風は笑う。
「じゃあ、俺は適当に休憩を・・・」
「ダメよ。来なさい。じゃないと罰ゲームにならないから。」
罰ゲームだったんですか。俺、罰ゲームを施されるようなことをした覚えないんすけど。
なんだか、本当に首輪をつけられた犬のような気がしてきた。ここは吹っ切れて、わんっ、と叫ぶべきか。
バカなことを考えているうちに下着コーナーに着く。ここの会計はさっき波風の衣服を狩ったところと同じはずだ。わざわざ別にしたんじゃなかろうな。
「うわあ。目立っているわね。」
お客は少ない。波風を含めてニ三人。店員さんは一人。その店員さんの不審者を見る目つき。確かに罰ゲームである。
「はあ。」
俺は波風から距離をとってついていく。律儀だなあ、俺。
と、お客さんとばったり出くわす。
「男⁉」
まあ、そういう反応だろう。
「ってなっちゃん⁉」
お客は二度驚く。うん?どっかで聞いた声。
「由実か?」
知り合いとばったり出くわす。こんなところで。
「な、なにしてるの。なっちゃん。え?ええ?」
すんごいテンパってる。俺もテンパってるけど、俺の比じゃない。
「いやあ、波風がついてこいと。」
俺は波風の方に目を向ける。波風は俺の方をちらと見た後、無視して下着の物色をする。
「そ、そうなの。」
まだテンパっている。
「ど、どうかな。似合う?」
由実は自分の胸に桃色のブラジャーを当てて見せる。すいません。想像以上の破壊力です。
「に、似合ってますとも。」
俺は目を背けて言う。
「でも、ちょっと小さいかな。いつものが小さくなって見に来たけど、これ以上のものになると可愛いのがないし。」
俺は否応なしに目が由実の胸に行く。由実は上目遣いで頬を赤らめて俺を見ている。
「そうなのか。」
「うむ。Eと見た。」
「うわっ。」
俺の横に気配なく忍び寄る影。
「なんで先輩がこんなところに。」
「私は神出鬼没と気配遮断がステータスだ。」
「なんですか、それ。」
「キャラが定まったのだ。作者も喜んでいよう。」
「萎えるので、作者の話はしないでください。」
「君はどのサイズだ。吉田。」
下着の陳列棚からひょっこり吉田が顔を出す。神出鬼没キャラその二。やはりいたか。偶然か?電車にはいなかったはずだが。だが、吉田のことだ。影から影に移動することなど造作もなかろう。
「B、いや、Fです。」
あからさまな嘘。でも、正直なんだな。Bか。うん似合っている。
「ちなみに黒。」
「言わんでいい。」
「犬。早く籠を持ってきなさい。」
「はい。ただいま。じゃあ、またな。」
俺は由実にそう告げ、急いで波風のもとに急ぐ。その時には二人は微塵の気配も残さず消えていた。
「どうやら罰ゲームにはならなかったようね。」
波風は忌々し気に言う。いや、思う存分罰ゲームを味わいましたもの。
「ちなみに、私はエイチカップよ。」
「あからさまな嘘を吐かんでいい。」
「奇遇だな。私もHだ。」
「声だけってどんなスキルですか。」
ともかく、会計を済ませる。色んな色のを買ったな、とか思ったけど、それ以上のことは考えていない。大悪魔に誓って。
「疲れたわ。休憩しましょう。」
俺の方が疲れていますよ絶対。とにかく、フードコートに向かう。その道すがら、子ども向けのゲームセンターを通る。そこには子ども向けのアーケードゲームが並んでおり、長蛇の列が出来上がっていた。確かに休日はこういうゲームは混む。だが、こんなに列ができるのはおかしい。
よっぽど人気なのか。保護者らしき大人が殺気だっている。
明らかに大きなお友達が占拠していた!
「蛭子。連コインはご法度だぞ。」
やはり、顔見知りでした。
「なによ。今やこの手のゲームを支えているのは大人なのよ。」
「幼女先輩方に失礼だろ。」
「あんなガキども――」
俺は無理矢理蛭子をゲームの筐体から引き離す。
「なにしてくれるの。まだ続きなのに。」
「大人げない。」
疲れて怒る気にもなれない。
「もう少しであの忌々しい『ねね』の記録を塗り替えられたのに。」
本当に悔し気だ。
「うん?それ、もしかして、うちの妹じゃないか?」
「嘘でしょ?」
絶望に近い表情を浮かべて蛭子は俺を見つめる。蛭子がプレイしていた筐体はたまにねねが遊ぶものだった。
「そんなの嘘よ。重課金厨の私がおこちゃまに負けるなんて。あり得ない。『ねね』は醜いおっさんに違いないわ。」
まあ、ねねはそんなにプレイしているわけではないから、違うだろう。
「とりあえず、今日はプレイ禁止だ。守らないと宿題見せない。」
「いいもん。波風さんに見せてもらうもん。」
蛭子は波風を見る。
「……」
波風は何も言わない。
「ね?」
「―――」
やはり、何も言わない。
「分かりました。私はあなたの下僕です。」
うわっ。俺よりプライドねえ。
「早く休憩に行くわよ。」
始終無表情だった波風が歩き出す。俺は三歩後ろをついていく。波風は卑しい笑みを浮かべていた。コイツ、蛭子をおもちゃにしやがったな。
「ここもごっちゃね。」
三つの店が並んでいるエリアにフードコートがある。そのフードコートはその三つの店で共用である。日本一有名なドーナツ店と日本一有名なハンバーガーショップと日本一無名な中華なのか麺屋なのかわからない店。
俺はドーナツ店へ行く。波風は席から動かない。俺は自分から率先してドーナツを買いに行ったのだ。下僕が板についている。そう実感した瞬間だった。
俺は数種類のドーナツを買って、レジに並ぶ。大分余分に買った。ねねと麻怜さんの分だ。
「一緒にポテトはいかがですか。」
きっと店が違うぞ、それ。
「スマイルとコーヒー四つ。」
「追加で一万円いただきます。」
レジにスマイル九千円と表示される。ここのサービスはとんでもなくいかがわしいものなのか。俺は仕方なく一万円を出す。おつりはなかった。
「なんでコーヒーを四つも?」
「今に分かる。」
俺の予想は的中した。四人掛けの椅子の二つは一人でに移動し、昔の特撮ものみたいに二人は急に現れた。
「なんでテレポートできるんですか。」
「できないの?」
「できないのか?」
「できないんですか?」
当然のことのように三人は言う。これは女の子のステータスなのか?女の子は宇宙人なのか?
「二人の分も買っておきましたよ。」
俺は考えるのを止めた。
「このドーナツにかかってる白い液体はなに?」
「そんな言い方止めろ。練乳だ。」
「まさか!」
「そんな顔するな。普通の甘い液体だ。」
「誰の胸から搾り取ったんだ?」
「牛さんです!」
「なら、私だな。この中で一番牛なのは私だ。」
「先輩。聞き捨てなりません。私の分泌物です。」
「わ、私だって・・・」
やめんか、もう。この小説、銃白金だな。
「ご注文お決まりですか?」
いざこざが絶えない中、店員が注文を取りに来る。おかしいな。こんなシステムないはずだ。まさか、うるさいから釘を刺しに来たのか。
「ご注文はお決まりですか。」
もうひとり来た。服装からするに名のない何でも飲食店だが。
「天女の注文は私がとるんだ。」
「私よ!」
「お前らかよ。」
「「犬にお前呼ばわりされる筋合いはない‼」」
声をそろえて朝露先輩と夜霧先輩に叱咤される。唾は全て俺の顔に。
「では、一番高いものを。」
「「はい。スマイル二つですね。」」
仲良く声をそろえて言う。朝露先輩と夜霧先輩は高坂先輩にのみスマイルを届ける。
「計二万円はそこの犬につけておきますね。」
「頼む。」
「かしこまりました。」
俺に微塵も笑顔を振りまいてくれないのに、俺に請求かよ。それも、高額。どうなってんだよ。
結局俺は二万円払うことになった。こんなの詐欺だ。
「体力ないわね。」
食料品を買い込み、デパートを出た俺に波風は言った。荷物は全て俺が持っている。俺はまるで歩くブドウのように見えていることだろう。
「一つぐらい持ってから言えよ。」
俺は体力を振り絞って電車に乗り込む。発車した電車から見える景色はもう茜色だった。電車から見える植えられた稲の数々はもう見慣れたものだった。そんな景色を物珍しそうに波風は見ている。
「この町、気に入ったか。」
「全然。」
残念だ。
「でも、人は気に入ったわ。あなたは犬だから該当しないけど。」
「さらっとひどい発言。」
「でも、今日一日であなたが人気なのは分かったわ。」
「マスコットとしてか。」
「ほんと、朴念仁ね。」
でも、今日あった人物で俺に糸を伸ばしていたのは吉田とゲームに並んでいた子どもたちだけだったぞ。
「一日もあっという間だったわ。」
「一日の半分寝てたお前が言うか。」
「あなた、一言少なければもっと好かれるのに。」
「二言も三言も多いお前が言うか。」
だが、本当にあっという間だった。電車は家に最寄りの駅に着く。
「でも、満ち足りた一日だったわ。」
波風は運転手に運賃を渡し、プラットホームに躍り出る。プラットホームと電車の間は結構間がある。
「それはなにより。」
運転手に運賃を渡し、俺も波風と同じようにプラットホームに躍り出る。その時、波風にぶつかり、意図せずして、波風が俺の胸に顔をうずめる形となってしまった。
それはとても長い時間に思えた。
俺と波風の間の小指の赤い縄がたなびく。
「何してるの。はやく退きなさい。」
「いや、荷物が多くて動けない。」
それでもしばらく波風はそのままだった。
だが、それもつかの間。きっと一秒か二秒に違いない。波風は綿のように軽く、さらりと俺の胸から体を離す。ひどく名残惜しいと思う自分の気持ちを抑えることができなかった。どうして俺は荷物なんて持っているんだろう。もし持っていなかったら――持っていなかったらどうしていたのだろう。
波風は先にプラットホームからさり、駅を出る。無人駅だから、改札なんてない。その時、波風は何か言った気がした。
「大きくなったのね。」
そんな風に聞こえた気がした。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「ダイジョばない。死ぬ。」
俺の体は熱を持っていた。長い間体を酷使し続けたせいだ。ひどくだるい。
「もうすぐご飯だよ。」
俺はテーブルの上に突っ伏している。明らかに邪魔だ。
「あんまり食欲ない。」
「夏彦がそんなこと言うなんて。」
麻怜さんはいつもは冗談で済ませるのに、こんな時に限って本気で心配そうな声をする。年に一回か二回あるかないかだ。
「大丈夫ですけど、疲れたので寝てきます。」
立った瞬間だった。
「あ――れ?」
瞬く間に天地が逆さまになる。
鼓膜に何かが震える。それは誰かの声だとは分かる。でも、何を言っているのかは分からない。
その日、父さんは倒れた。俺の食事だけ作って、自分は食欲がないから、と机に突っ伏していたが、突然寝る、と言いだして椅子から立ち上がった。その瞬間だった。父さんは崩れるように倒れた。俺は平気だった。父さんにはしょっちゅうあることで、倒れた後、「ごめんごめん。またドジっちゃったよ。」と笑顔で僕に言うのだ。だから、その日もすぐ立ち上がって
「ごめんごめん。またドジっちゃったよ。」
と言ってくれると思っていた。でも、父さんは動かなかった。目を覚まさなかった。僕は父さんに駆け寄った。
「大丈夫?大丈夫!」
叫ぶようにして言ったにも関わらず、父さんは、パパは目を覚まさなかった。
どうしていてくれないんだよ。ママ。
そのときほどあの人を恨んだことはない。僕は覚えたての知識で電話に助けを求める。
「はい。××署の――」
「パパが!パパが!」
僕は何を言ってたのか覚えていない。今思えば、110番に電話したみたいだったけど、そんなことどうでもよかった。とにかく、危ないってことだけは分かっていた。
死ぬ。
それがどういうことなのかよくは分かっていなかったけれど、とにかく必死だった。
嫌だ嫌だいやだ。
恐怖に駆り立てられ、とにかくしゃべった。
気がついたら、知らない部屋にいた。目の前にはお医者さん。横にはパパ。
「その、いいんですか?」
「ええ。」
そう言ってパパは僕の頭に優しく手を置く。
「夏彦。お前は強く生きなくちゃいけない。だから、しっかりと聞いておくんだ。」
かみもぼさぼさで、あごにはちくちくいたいおひげ。まあるいめがねのおくのめはほそく、わらっているようだった。
「春海さんは、お父さんはもう長くありません。」
なにをいってるんだろう。
ぱぱがせつめいしてくれる。
「パパは死んじゃうんだ。」
ことばはしっていた。いみはわからない。でも、ずっとずっととおくにいってしまうのはわかった。分かってしまった。だって、父さんは今まで見せたことないくらい優しい笑顔で、今まで見せたことないくらい泣き出しそうだったからだ。
「いやだよ。いっちゃいやだよ。」
ぼくはぱぱにだきつく。ぱぱはずっとぼくのあたまにてをおいたままでなにもいわない。
「夏彦は優しいな。」
そんなごまかしでごまかせるほどこどもじゃない。
「残り短い中、どうなさるかはお二人で決めることです。」
ぼくはおいしゃさんをにらむ。おいしゃさんがぱぱをとおいところにつれていくんだとおもったからだ。
でも、お医者さんは、お医者さんの顔は能面のように表情がなかった。でも、時々ひくひくと顔が痙攣するように動いて、
このひともかなしいんだとおもった。
「そうだよ。夏彦。強くあるってことは誰も悲しませないってことなんだ。夏彦はお友達のななちゃんが泣いていると悲しくなるだろう。それはパパみたいな大人でも同じなんだ。だから、泣くときは一人で泣かなくちゃいけない。それは誰にでもできることじゃない。本当に強い人にしかできないんだ。でも、どうしても我慢できないときは泣いてもいい。悲しみまで我慢することはないんだ。」
少し太った体。碌に運動しないから、いつも体重のことを気にしていた。でも、増えることを気にしてたんじゃないんだろう、父さん。父さんには分かってたんだ。自分の体がもう長くないってことを。
それをぱぱはずっとかくしてたんだ。
「ぼく、つよくなる。つよくなってぱぱをたすける。だから――」
でも、父さんは無情にも言い放つ。
「それはできないんだ。僕はもう死んでしまう。でも、それは悲しいことじゃない。少しも悲しいことなんかじゃ・・・ない・・・んだ。」
ぱぱのほっぺにあったかいあせがながれる。それはあせだとぱぱはずっといっていた。だからあせなんだ。おとことおとこのやくそく。それは「涙」じゃない。
ぼくはぱぱをかなしませている。ぱぱもかなしい。きっとぼくよりかなしんだ。でも、ぱぱはじぶんのためにあせをながしているんじゃない。ぼくがしんぱいでしょうがないんだ。だから、ぱぱをかなしませないようにしようとおもった。ぱぱをかなしませないようにつよくなろうとおもった。つよいひとっていうのはわからないけど、だれもかなしませないひとがつよいんだ。ぱぱはそういっているんだ。
その後、父さんは何かに没頭し始めた。俺はただその背中を眺めていた。日に日に小さくなっていく体。でも、心配はしなかった。父さんを悲しませるから。
父さんが何を作っているのか知ったのは、父さんが死んでからだった。
これは真杉夏彦のずっと忘れていた、そして、決して取り戻すことのない記憶。
真杉夏彦が能力を手に入れるずっとずっと前のお話――
ひっくひく。
おかしいな。悲しくとも何ともないのに。何故か泣き声が聞こえる。
ひっくひく。それは俺のものではないはずだ。でも、俺の顔には温かいものが落ちてくる。
「泣いているのか。」
俺は波風に問うた。
「泣いてなんていないわよ。」
また要らぬ心配をしてしまった。本人が泣いていないというのなら泣いていないに違いない。だって、波風は強いから。だから、人前で泣かない。一人で泣くんだ。俺は邪魔をしてしまった。
「どうなったんだ。」
「そんなの、自分がよく知っているでしょう。」
そんなことを言われても、分からないものは分からない。
「俺、死ぬんだな・・・」
それは俺にも分かった。
「は?ただの風邪よ。」
「本当に?」
「ええ。悪い夢でも見てたんじゃない。」
目を赤くしながらもバカにした目つき。これは本当にただの風邪のようだった。
「心配かけたな。すまない。」
「本気で怒るわよ。」
俺、本気で怒られるようなことしたか?
「謝るのは私の方じゃない。」
それこそ見当違いじゃないのか。
「あんた、朝から調子悪かったんじゃないの。」
「そんなことはないけど。」
「嘘よ。」
「本当だって。」
確かに俺は元気だったはずだ。
「倒れるまで無理して、バカじゃないの?」
「お前が無理させたんだろうが。」
波風は雷に打たれたような顔をする。俺の前で、そんな顔しないでくれ。
「ごめん。」
先に謝ったのは波風だった。
「もういいって。」
俺は体を起こそうと思ったが、怠くて起こせない。どうも本格的な風邪のようだ。
「みんなは?」
自分の体がだるい、と自分で認識した瞬間、俺は話すのもつらくなった。
「隣。」
波風が見やるので、俺はそっちの方向に目をやる。驚いた。俺の目の前に足があるのだもの。麻怜さんだ。臭い、と思ったが、そうでもなかった。とてもいい匂いだった。入浴剤かボディシャンプーの匂いだった。女の子のいい匂い。麻怜さんも女の子だったのだ。
「 。」
波風がなんて言っているのか聞こえなかった。俺の頭は眠りに入っていた。でも、予測はできる。「足を嗅ぎながら眠るなんて変態ね。」そう言っているのに違いなかった。
真杉ねねについて
ねねちゃんは六歳。小さな女の子。でも、黒髪で、目鼻立ちもしっかりしていて、将来じゃなくても美人さん。モデルはやはり、キラプリおじさんと幼女先輩の千鶴ちゃん。彼女より幼く小さいですが。
少し大人びているのは複雑な家庭環境のせい。最初はおにいちゃんも苦労しました。
かく言う私も子どもの頃は親の顔色ばかり窺い、無理をしていました。こんなおにいちゃん、こんなお父さんがいたらいいな、と思って書いた小説でもあります。