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  作者: 竹内緋色
3/12

Three day 共生 ambitios やはり、そんなプレイが好み・・・

Three day 共生 ambitios やはり、そんなプレイが好み・・・


 朝、目が覚める。いつもと扉の位置が違うことに気がついて、俺の部屋でないことを思い出す。いや、俺の部屋なんだけど。

 扉を開けると、元俺の部屋が姿を現す。そこにはすでに『菜々の部屋』というプレートが掲げられ、さらに、入ってきたら殺すという紙が貼りつけられている。いびきも聞こえないので波風はもう起きているのかもしれない。

 俺はとりあえず、朝食を作ることにする。波風はまだ起きていなかった。まあ、朝飯やら弁当やらを作るので、俺が早起きなのだろうが。

「さて。」

 俺は冷蔵庫を開けて何を作ろうかと思案する。卵は買って来てある。よし。目玉焼きだ。パンの枚数を確認する。いつもより少しストックが多いことに疑問を持つが、すぐに思い当たる。今日から一人多くなるのだ。麻怜さんもぬかりない。こいつ、初めから話す気がなかったな、と少しばかり怒りが湧く。でも、もう過ぎたることだ。

 となると、弁当も四つ必要か。先に弁当に取り掛かる。炊飯器を開けて、人数分のご飯があることを確認する。米も新しく買ってあった。ますます確信犯である。とりあえず、ご近所に泣きつくことはなさそうだ。

 弁当の準備も終わり、朝食も完成した。後は起こしに行くのみ。だが、気が引ける。波風に麻怜さんの寝室に入り込んでいるところを見られたら、また罵倒されそうだ。結構あれ、精神的にきついんだよな。まあ、喜ぶと変な奴になるから、これが正しいはずだ。

 二階に上り、まず、波風の部屋をノックする。

「朝だぞ。起きろ。」

 返事はない。まあ、ねねの準備で少し早い目の時間だから仕方がない。

「麻怜さん、ねね。起きろ。」

 激しくノックしても起きない。仕方がないので押し入る。

「入りますよ。」

 今日の麻怜さんの寝相は芸術的だった。尻を突き出し、頭はねねの体に突っ込んでいる。ねねは苦しそうながらまだ寝ている。思わず麻怜さんの尻に目が行ってしまう。少しショーツが見えてしまっている。慌てて目を逸らす。

 まず、麻怜さんをねねからどかす。麻怜さんはごろりと床に転がっていく。それでも起きない。その際の衝撃て、豊かな双丘が激しく揺れる。今日は着けてないんだな。ってそうじゃなく。

「ねね。朝だぞ。」

 ねねを揺さぶる。ねねはがばっと起きる。だが、まだ覚醒はしておらず、再び寝ようとする。

「こら。起きろ。」

 無理矢理ねねを立たせる。

「ほら。麻怜さんも。」

「やだー。ねるー。」

 ぶるぶると体を振る。胸が揺れる。なんだかイラつく。無理矢理乳首をつねって起こしてやろうかと思ったが、色々とヤバいので、必死に揺さぶる。最後は顔をはたく。昨日のことで大分フラストレーションがたまっていたのだな。

「いたい。乙女の顔に傷でもついてらどうすんの。」

「早く起きて。あと、波風も起こしてください。」

「お兄ちゃん。トイレ。」

「分かった。ちゃんと起こしておいてくださいね。」

 俺は急いでねねをトイレに連れて行く。昔失敗して廊下でいたしてしまったことがあるから、要注意だ。俺はトイレの前まで連れて行く。

「ほら。いっトイレ。」

「やだ。にぃにぃも一緒にする。」

「ダメ。絶対。」

 ねねは寝ぼけると急に年相応に戻る。駄々をこねる。でも、まあ、まずいでしょ。最近児ポルがどうのってうるさいし。

 ねねがトイレを済ませて、居間に連れて行くと、まだ誰も来ていない。

「先に食べてて。」

「あい。」

 でも、きっと食べられないだろう。あのままだと二度寝してしまいそうだ。

「麻怜さん。何してるんですか。」

 そう言いながら俺は麻怜さんの部屋へと行くが、誰もいない。もしやと思い、波風の部屋をノックする。

「起きろ。」

 だが、扉はノックのはずみで開いてしまう。きっと、麻怜さんが入ってきちんと閉めなかったのだ。そして、現れた光景に思わず息を飲む。

 波風は所謂ランジェリー姿だった。上にはなんだかひらひらしたものをつけていて、ズボンは穿かず、パンツだった。そして、麻怜さんは何故か波風のひらひらした上着の中に頭を突っ込んで寝ている。先ほどと同じく尻を突き出したまま。ズボンがずり下がり、先ほどよりもパンツが見えている。そんなことはどうでもいい。もっと問題なのは――

「はあっ。ああんっ。」

 波風がそんな声を上げていることだった。

「ちょっと。だめぇ。」

 ダメなのはこっちだ。お蔭で息子が目を覚まそうとしている。

 心頭滅却すれば火もまた涼し。

 心をまっさらにする。

 まず、麻怜さんを波風から引き抜く。これは慎重な作業だ。下手をすれば、波風の見てはいけないものを見てしまいかねない。なんとか麻怜さんを引き離す。麻怜さんはまだ寝ぼけ眼。もう一度、はたく。今度は逆の頬。右の頬をぶたれたら、というやつだ。

 そして、次は、波風。

 色々仕方がない。起こした後どうなるかは分かっている。俺は覚悟して、波風を揺さぶる。

「起きろ!」

「ひやっ。」

 上体を起こし、目をぱちくりさせる。そして、俺の顔を見て、

「おはよう。」

 と言う。まだ目が半開きだ。俺は急いで麻怜さんを掴んで部屋を後にしようとする。

 波風は自分の姿を見る。そして、次に俺の顔。俺は慌てて部屋を出ようとする。

「――――」

「――――」

「きょううぇわあああぁぁぁぁぁ。」

 怪獣の発するような声を上げて、物を投げてくる。俺は急いで出る。麻怜さんを盾にしながら。お蔭で麻怜さんは目を覚まし、俺は無傷で済んだ。めでたし、めでたし。


 みんな居間に降りて食事をする。俺以外、まだ寝ぼけている。波風は怒りながらも、まだランジェリー姿だ。

「あの、ご主人様。ひどく目のやりように困るのですが。」

「見るな。」

 箸を投げてくる。危ない。死ぬぞ。

 無理矢理テレビの方ばかりを見て、飯を食べる。その内、みんな食べ終わる。

 朝から疲れた。学校休みたい。

「ほら。ねね。そろそろ時間だぞ。」

「お兄ちゃん。ちじょがいるよ。」

「指さしちゃいけません。」

「なんだと?おらぁ。」

 波風は子ども相手に本気で喧嘩しようとする。

「ほら。早く着替える。みんなも早くご飯食べて。あと、痴女。早く着替えろ。本気で投げ出すぞ。」

「なんらと?おれはここのやぬしだぞぉ。」

「家主は俺だよ!」

 ははははは。コーヒーを飲んで覚醒した麻怜さんは笑っている。

「麻怜さん。波風を部屋で着替えさせてください。」

「ええー。」

 文句を言おうとする麻怜さんにもう一度言う。

「着替えさせろ。」

「は、はいっ。」

 俺の凄味に怯えて、麻怜さんは波風を部屋に連れて行く。俺はねねを着替えさせる。

「ほい。これでいいでしょ。」

 麻怜さんは波風を連れてきた。きちんと制服を着ている。

「ちなみに、着けてません。穿いてません。」

「ふざけないでください。」

 それはしないだろうと分かっていた。後で露見すると、麻怜さんは波風に磔にされるだろう。

「すいません。麻怜さん。ねねの髪を梳いてください。あと、波風のも。」

「人使い荒いねえ。」

 欠伸をしながらも麻怜さんは承諾する。朝から俺の様子を見て苦笑気味だったから、少し心配してくれているのだろう。俺は今の中に制服に着替える。

「弁当は持ったか?」

 階下に降りて俺は聞く。二人の髪は綺麗に梳かれていた。思わず目を奪われてしまう。

「うん。」

 完全覚醒したねねは元気よく答える。

「あい。」

 一方の波風はまだ覚醒しきっていない。

「ほら。これが弁当。全部冷凍食品だから、文句は言うな。」

「あい。」

 まだふらふらしている。こいつ、こんなんでよく学校に来れていたな。


 玄関に出て、バスを待つ。ねねはうきうきとしていた。幼稚園に行くことが楽しいのだ。それは俺もとっても嬉しい。

 保母さんは笑顔でねねを迎える。

「おはようございます。」

「おはようございます。」

 今日はねねもきちんと挨拶をする。

「今日もねねちゃん。元気ですね。そちらは彼女さんですか?」

「う、うん。まあ、そんなところです。」

 流石に一緒に住んでるなんて言えない。もしかしたら児童相談所とかに通報されるかも。

「いいえ。こいつは犬です。」

 先生は唖然とする。

「なにをいっとんじゃい。」

 俺は波風にチョップする。そして、マズいと思った。思ったときにはもう遅く、俺はどうなったのか、地面に倒れている。

「犬は犬らしく地面に這いつくばってなさい。」

 波風は倒れた俺の頭を足で踏む。いや、靴で何度も踏み潰すと訂正しよう。

「ご主人様?見えてはいけないものが見えておりますが。」

「朝から何度も見ておいて、今さら恥ずかしくもなんともないわ!」

「おほほ。仲がいいんですね。」

 保母さんは足早にバスに乗り込み、バスは物凄い速さで去っていく。

「待ってください。誤解です。誤解なんです!」

「何が誤解だ。」

 朝と同じノリだったのが悪かった。波風は怒ったように去っていく。

「待てって。」

「ついてくるな。」

 まあ、波風と登校するとなると色々問題が起きそうだ。ただでさえ、地下帝国はヤバいわけだし。

「先輩。」

「よ、吉田?」

 俺は後ろを振り向く。電柱からひょっこり吉田が顔を出す。

「さっきのは一体・・・先輩の家から噂の転校生が・・・」

「うーんと、あー、ええっと。」

 俺は言い訳のしようもない。何か、何か言わないと。

「ええっと、波風は、その――そうだ。未来から来た猫型ロボットなんだ。俺の未来をよくするために机の引き出しから出てきて・・・」

「誰が猫だって?」

「ひいぃ。」

 俺はおずおずと振り向く。後ろには波風。

「この女は?」

「ええっと・・・」

「吉田・・・鮮・・・です。・・・先輩とは毎日登校するほど仲が良くて・・・一線を越えた仲・・・」

 明らかに嘘が一つある!吉田もしれっとした顔で嘘を言わないでくれ。

「ほほう。やはりロリコンか。」

 背後が怖い。なんでそんなに怒ってるんですか。ご主人様。

「では、私と登校しよう。夏彦は私の犬だ。」

「やはり、そんなプレイが好み・・・」

「待て。誤解だ。」

 とりあえず、俺は吉田に詳細を説明する。だが、あまり信用してくれていないようだった。

「とりあえず、他言無用だ。俺とお前の仲だろう。」

「はい!」

 そこだけは元気に吉田は返事する。

「私もどんな仲なのか聞きたいな。」

「だから、ただの後輩だって。」

「そ、そんな。あんなことやこんなことを強要されたのに、今さらただの後輩だなんて。汚された私の体はどうなるんですか。責任とってください。」

「やめろ。なんともないから。この場にいる俺たちは友達以上の関係はない。」

「いや、お前は私の犬だ。」

「もう、なんでもいい。」

 疲れて歩くのも億劫だ。これ以上誰にも会いたくない。

 でも、やっぱり会うんだよな。

「おはよう。なっちゃん。アラちゃん。」

 そう言って由実が挨拶をするが、直後、由実は硬直する。

「この人・・・だれ?」

 そんな目に光を失った顔をされても困るんだが。

「ええっと、波風だ。俺の従妹。」

「波風菜々だ。お前は?」

「名添、由実です。」

 恐る恐る口にする。何故か由実は波風を恐れているようだった。波風はふんっ、と鼻で笑っただけだった。

「また会うなんて奇遇だな。」

「いや。待ってたんだけど・・・」

 波風は先に行ってしまう。由実はそんな後ろ姿をじっと見つめている。

「俺たちも急ごう。」

「うん・・・」

 俺たちは歩き出す。なんだか由実は元気がない。

「波風さんって、昔一緒に遊んだ子、だよね。」

「どうもそうらしいな。俺は全然覚えてなかったけど。」

「そう、なんだ。」

「由実は覚えてるんだな。」

「え?いや、全然。」

 慌てて由実は否定する。やっぱり様子が変だ。

「じゃあ、私、こっちだから。」

 そう言って由実は足早に駆けていく。

「何だったんだろう。」

「由実さん、おかしかったですね。」

「わっ。吉田か。いたんだな。」

「影が薄いことは認めます。でも、ひどいです。」

 逆に吉田は饒舌だ。波風が来てから、波風しか立っていない。


「なんなの。この雰囲気。」

「いや、すまん。俺のせいだ。」

 別に俺が悪いわけじゃないだろうが、謝った方が気が楽になる。

 静かなる殺気。好意しか感じ取れないはずの俺でも、それははっきりと分かる。一流の暗殺者が醸し出すというあれだ。だが、母数が凄いので、否応なく体が反応する。男子どもが俺の方を見ながらひそひそと話している。きっとこれが地下帝国。

「とりあえず、宿題。」

「やってきてない。」

「嘘でしょ?数学のゆっきゅんに殺される。」

「仕方ないだろ。昨日は慌ただしかったんだ。」

 ざわめき。まさか、もうばれたのか。いや、そんなはずはない。ない、はず。

「どうすんのよ。」

「諦めて廊下に立とうか。」

 数学の大久保紫は教師の暴力がどうこうの叫ばれる現在、何のためらいもなく廊下に立たせる。近年まれに見る教師である。うん?なんかおかしいけどいいや。

 と、俺の机に何かが置かれる。それを置いた赤髪の主は教室を出て行く。それはノートだった。

「まさか、あの噂、本当だったの?」

「あの噂って?」

 俺は恐る恐る蛭子に尋ねる。

「真杉が波風さんを首輪でつないでよがり泣きさせているってのは。」

「違う。むしろ逆だ。」

 ざわざわざわ。

「まあ、真杉ならそっちよね。」

「いや、それも違うんだけど。」

 まあ、前者よりは後者のほうが大分マシに聞こえるのは錯覚か。いや、両方マズいんだけど、完全否定はできないし。

「まあ、いいや。これ、宿題でしょ?見せてもらおうよ。」

「そうだな。」

 俺たちは宿題を写す。だが、俺には一つ懸念がある。波風に無茶な要求をされないか、である。


 昼休み。

「じゃあ、ボッチ飯を楽しんで。」

 蛭子は嫌味たっぷりに微笑みながら、教室を後にする。

「へん。こっちだってなれてらあ。」

 独り言をつぶやく。ひどく虚しい。

 と、俺の机にまたも、ぽん、と物が置かれる。俺は顔を上げる。そこには波風がいた。

「こんな量食べられないわよ。」

 そう文句を言い、俺の前の空席の椅子を回転させ、俺に向かい合う形になり、弁当を開け始める。

 波風に近づいていた糸は急速に距離を開けていく。糸の距離はその人への好意の度合いを示す。吉田のように行き過ぎると、首に絡まるほどまとわりついてくる。波風に起こっている現象は、つまるところ――

「女子達と食べなくていいのか?」

 俺は恐る恐る波風に尋ねる。波風は少し怒っているように俺には見えたからだ。

「私は私のしたいことをするの。そう、決めた。」

 それはつまるところ、本来の波風として生活するということか。だが――

 俺は後ろを見る。そこには波風の机に集まり、誘いを無碍にされた女子達が俺のことを見ている。その多くは何故か怯えた目つき。そして、ただ一人、恐ろしい眼光を俺と波風に向けているものがいる。田辺である。

「大丈夫なのか?」

 波風は、なにが、という目つきで俺を見るが、ふと息を吐いて言う。

「私だって、普段のままじゃ嫌われるって分かってる。でも、面倒臭いの。まあ、三日あわざば君子豹変す、って言うでしょ。」

「そうなの、か?」

 まあ、波風が決めたことならどうでもいい。ただ、俺に火の粉が降りかからないことを願うのみである。

「ご飯の量、多い。食べなさい。」

 波風は遠慮なく俺の弁当に自分の弁当の白米を半分載せる。

「おい。しっかり食べろよ。大きくなれないぞ。」

「もしかして、ねねにもこんなに多く入れてるの?」

「いや。もっと小さめだけど。」

「私もそのサイズにして。」

「弁当箱がないし。」

「じゃあ、明日買いに行きましょう。休みでしょう?」

「まあ、そうだけどさ。」

 きっとはた目から見ると、俺と波風は仲睦まじく見えるのだろう。背筋が凍る。

「もう少し周りの目を気にしませんか?」

「別に、私とアンタは何でもないでしょう?だったら、気にすることもないじゃない。」

「そうだけど、周りはどう思うか分からないし。」

「アンタ、意外と臆病ね。当事者以外のことなんて気にしなくてもいいじゃない。」

「いや。波風が度胸があるだけだろう。」

 唐揚げも一個入れてくる。

「食べろよ。」

「私に肥れって言うの?それに、冷凍食品の弁当なんて美味しくない。」

「作ってもらえるだけ感謝とかしろよ。」

「感謝に足りるものを作ればね。でも、白米は美味しいはわ。」

「嫌がらせかよ。」

 白米なんて、水を入れて炊飯器のスイッチを入れればいいだけのものだ。俺の大したことない手間暇を無碍にして。

「波風、朝碌に作れないだろう。感謝しろ。」

 俺は似合わず意地になる。何故か波風といると急に子どもに戻ったみたいになる。

「まあ。確かに朝弱いことを認めるわ。じゃあ、こうしましょう。私が夜におかずを作っておくから、朝、弁当に詰めなさい。それでいいわね。」

「でも、波風が大変じゃないか?」

「構わないわ。私、夜あまり眠れないから。夜遅くまで勉強できるし。だから、あれほど朝に弱いのかもしれないけど。」

「一人じゃ寝れないとか?」

 波風は、怒りとそのほかのごちゃまぜの感情を有した視線をぶつけてくる。

「悪かったよ。」

 とりあえず謝っておく。

 その後、大した会話もせず、食事を終える。だが、波風はなかなか自分の席には帰らない。

「帰らないのか?」

「私にボッチになれと?」

 それなら、女子の輪から逸脱するようなことをしなくてもいいじゃないか。

「もしかして、俺が一人だったから、心配して?」

「おめでたい発想ね。」

 あたかも初めて気が付いたような表情を波風は見せる。やっぱりおちょくってやがる。

「こうやって地味な男といれば、面倒な虫も引っ付いてこないだろうし。」

「ひどい言いようだな。」

 俺は呆れかえる。まあ、それ以上話はないようだから、俺は文庫本を取り出し読む。

「人前で本を読みだすなんて。それもラノベ?」

「文句あるかよ。」

「いえ。カバーもつけずにラノベを読むなんて、自殺行為以外の何者でもないから。」

「そりゃあ、悪かったな。」

 まあ、俺の心象が悪くなるだけだろうし。

「『螺旋のエンペロイダー』?」

「ああ。」

「どんな話なの?」

 それを聞かれても答えるのは難しい。上遠野ワールドは説明が難しいのだ。

「無気力な中学生の弟と勝気な小学生の姉の話。」

「言っている意味が分からないわ。」

「ちなみに、二人は双子。」

「私には理解できない話だわ。」

 そうだろう。俺にだって難しい。相克波動やら奇跡やら、ナイトウォッチや冥王を読んだって分からないんだから。

「波風は何か読んだりするのか。」

「そうね。あまり読みはしないけど、太宰治や三島由紀夫は読んだことはあるわ。」

「さいですか。」

 どちらも自殺した作家だ。太宰治に至っては多分違うだろうとは言われているが。

「そう言えば、俺たちの間に共通の話題ってないよな。」

「私とあなた。対等でもないのに対等に話したいと?」

「即答できる当たり、大分ねじ曲がっているよな。」

 まあ、無理に話す必要もないし、話すことがあれば話す程度でいいだろう。どうせ、二人で過ごす時間は長いのだから。

「そう思うと、夫婦の中が冷え切るっていうのにも納得できるわね。」

 窓の外。遠くを眺めるようにして波風は言う。

「ずっと一緒だと話すこともなくなっちゃうだろうし、ずっとご機嫌ばっかとってると、気が狂うんじゃないかしら。」

「そう、なんだろうな。」

 俺では立ち入れない問題な気がした。波風も立ち入ってほしいなどと思ってもいないだろう。ただ、心からほろりとたまっていたものが落ちていっただけ。


「とまあ、学園は大変なことになっているわけだが、当事者としてはどうかね。」

「興味ないわ。」

 滅多に人の来ない第三相談室部には俺と高坂先輩と、そして、波風がいる。

「なんでいるんだよ。」

 隠れてやっていたことが親にばれたような心境で少し恥ずかしい。

「いえ。幼い妹を放っておいて何を呆けているのかと気になったの。でも、まさか、不純異性間交友だったとはね。」

「うん?異性?」

「真杉。流石に怒るぞ。」

「不純なのは否定しないの?」

「まあ、真っ当ではないないからな。言葉の指す行為は否定させていただくが、言葉そのものの意味は異性ということを除いて認めよう。」

「真杉。本当に怒るからな。」

 無視しすぎたせいか、高坂先輩は泣きそうな顔でバカ、と連発する。きっと朝露先輩や夜霧先輩が見ると涎を垂らすような光景だろう。

「で、お前宛の恋愛相談はどうしようか。」

「破って捨てなさい。」

 まあ、そう来るとは思ったが。

「波風は好きな人とかいないのか?」

 分かり切ったことを聞く。波風からは一本も糸が出ていないのだ。誰かが好きであるとかそういうことはないはずだ。しかし――

「好きな人くらいいるわよ。でも、何故犬に言わなきゃならないのかしら。」

「犬扱いとは。全く噂通りだな。」

「噂?」

「波風は男を奴隷扱いする悪女ってヤツだ。まあ、それを流すように仕向けたのも私なんだが。」

「何を勝手にしてくださっているのかしら。」

 波風はこめかみをピクピクさせながら、先輩に食って掛かる。先輩だろうと容赦ないな。コイツ。

「ま、待て。話を聞かんか。」

「そうですね。高坂さん。私も伺いたいことがあります。そこの二人とも一緒に。」

 ノックもせずに朝露先輩が入ってくる。

「誰?」

 波風は朝露先輩を怪訝そうな目で睨む。ああ、分かった。コイツは先輩だろうと後輩だろうとなりふり構わず喧嘩を売るタイプだ。そして、最後には勝利する。相手が男だろうと女だろうと。つまり、近年少なくなった番長タイプなのだ。

「失礼した。私は第一相談室部の朝露雪花だ。よろしく。」

「波風菜々よ。夜露死苦。」

 うわあ、うわああああ。

「第二相談室部の夜霧切歌だよ。よろしくね。」

 昨日とは打って変わってとんでもなくきゃるんきゃるんした夜霧先輩が現れる。何があった。

「夜露死苦。」

 もう、放っておこう。

「さて。これで現在の部員は全て揃ったな。」

「高坂先輩。一つ伺っていいですか。」

「なんだ。」

「その部員って誰と誰ですか?」

「私、お前、朝露、夜霧、そして、波風の五人だが?」

「はい?初めて聞きましたけど?」

「うん。初めて言った。」

 そんな正直に言われても。

「いつ入部されたんですか。他三人は。」

「昨日、だな。」

「それは随分急なことで。」

 もう追及は止めておこう。昨日のことで大分耐性はついた。

「さて。まず、自己紹介だ。私は高坂天女。第三相談室部の部長だ。」

「ぷふふ。」

「真杉。何がおかしい。」

「いや。先輩の名前ってやっぱ先輩に似合わないなって。」

「最低だな。」

「最低です。」

「最低。」

「ドブネズミとして一生を終えろ。」

 最後の言葉を言ったのは誰だ?みんな俺から目を逸らして何もなかったことにしている。それならそれでいいんだけど。

「まず、現状報告からお願いしようか。朝露、夜霧。頼む。」

「はい。第一の方には大きな事件などが起こったという報告は届いていません。例の落書きなどは一端なりを潜めた、と見ていいでしょう。」

「だが、いつなにが起こるか分からないということだな。次、夜霧。地下帝国の動きはどうだ。」

「はーい。切歌ちゃんだよー。私からは地下帝国について。まず起こったことを話すね。まず一つ。ファンクラブはひとまず瓦解してしまいました。次に、地下帝国も今は地下深くに沈んでる状態です。これは裏が取れてない、というより取りようがないので推測になるけど、ファンクラブは波風さんとそこの糞との関係に絶望してみんな意欲を無くしてるみたいなの。そのうちまたファンクラブが勃興するかもだけど、前とは大分メンバーとか違うものになってるんじゃないかな。地下帝国が地下に潜ったってことはどういうことかはみんな分かってるよね。」

 どうも、俺以外は分かっているようだ。

「すいません。俺、分かりません。」

「高坂先輩にスカウトされておきながらそんな為体とは。お前は何なんだ。」

「いや。すまない。私が碌に説明してなかったから。地下帝国とぶつかり合うなんてないと思ってたからさ。」

「でも、天女の予想は正しかったにょ。再び地下帝国は現れた。第一第二で異端者扱いされて追放されてもなお、切歌は信じてたよ。」

「うん。分からん。」

 ひと昔のロボットアニメごっこをしているようにしか思えないんだが。そう思うのは俺だけか。

「つまりは、地下帝国は力を蓄えに本拠地に戻ったということだ。そして、再び地下帝国は侵略を始める。実力行使に出る、ということだ。」

「じゃあ、波風が襲われるってことか?」

 それは一大事だ。俺が波風を守らないと。

「はあ?アンタ、ちゃんと話聞いてたの?」

「いや。聞いてたけど。」

「じゃあ、なんで私が襲われるっていう結論に至るのよ。」

「だって、波風に対する地下帝国なんだろ?」

「襲われるのはアンタよ。」

「ナンダッテ――」

「あら?それを前提に我々は話しているつもりだったんだが。」

「偏差値の低い俺でも分かるように説明してください。」

「つまりはハオの卵理論だ。なんですか。それ。」

 説明好きっぽい朝露先輩が説明する。

「何もない場所で××が×××した時、そこには×××しかない、ということだ。」

「うん。放送禁止用語のオンパレード。反転しても読めません。」

「冗談が過ぎたようだ。つまりは、何もない場所で卵が一人でに受精じゃなくて、破裂したとき、そこには男女の交わり、じゃなくて、原因は卵にしかないということだ。」

「余計な単語が無くても分かりにくいんですが。」

「つまり、あらゆる可能性を排除していって最後に残った答えが、真実となるってことさ。」

「あれ?案外当たり前ですね。」

「あらゆる可能性を排除していった結果、お前が襲われることが確定したのだ」

「そもそも、陰気なヤツが私を襲うなんてできないでしょ。その八つ当たりにアンタを狙うって訳。」

 波風の説明が一番説得力のあるものだった。

「じゃあ、俺はどうすればいいんだ。」

「天女。例の物は完成したのか?」

 朝露先輩は熱のこもった演技を見せる。

「まだじゃ。奴を動かすには鍵が足りない。」

「その鍵とは一体――」

 今度は夜霧先輩。

「乙女のラヴパワーじゃ。それでカミサマーAは起動する。」

「それって、展開上襲われてから起動するんですよね。」

「バカな質問ね。そんなもの存在する訳ないじゃない。」

 ああ。俺より現実的なヤツがいた。

「ま、なるようにしかならないさ。それに今回は真杉が自分で蒔いた種だろう?そうなると私たちが助ける理由もないな。」

 はっはっは、と高坂先輩は笑う。いや、自分で蒔いた種ですらないんですけど。

「まあ、そういうことだ。天女。私は帰るぞ。」

「切歌ちゃんも帰るー。」

「犬。帰りましょう。」

「え?でも、まだ下校時刻には――」

「ねねを一人で待たせておくつもり?高坂先輩。今後真杉は早めに帰りますから。残業とかは言いつけないでください。休日を返上してやりますから。」

「だから、勝手に決めるなって。」

 だが、ねねの話が出ると弱い。確かにねねを一人にしておくのはよくない。今日は麻怜さんがいるだろうが、それでもよくない。

 俺たちは二人で帰ることにした。


「そう言えば、夕食の買い物はどうしているの?今から買いに行くの?」

 波風は聞いてくる。

「いや、麻怜さんに任せてるけど。」

「は?」

 怖い言い方で聞いてくる。それはどうも心底呆れかえっているどころか、怒りさえ覚えているといった風である。

「お前。どうやって夕飯を作ってたの。」

 俺は怒られるであろうことを覚悟しながら、勇気を振り絞って答える。

「麻怜さんの買ってきた食材から作れる料理の素をチョイスしてだな・・・」

「アンタ、ふざけてる?」

 なんかもう、呆れかえってしまっているようだった。

「まあ、少し才能を感じてしまうほどよ。」

 褒められてはいない。

「それで、あの二人の肌が荒れていないのは驚くべき事ね。体型も崩れていない。」

 あれ?褒めてたのは俺じゃなかったか。

「今すぐ買いに行くわよ。」

「今から?」

「遅くなるのは仕方がない。それに、今の時間は最適よ。そろそろ値引きシールが張られる頃だし。」

「ああ、ええっと。この近くにスーパーってないんだよな。商店街ばかり。」

「なるほど。まだ開いているわよね。」

「ぎりぎりな。」

「じゃあ、走るわよ。」

 そう言って波風は走り出す。波風は走るのがとても速い。多分俺なんかより、ずっと。まあ、俺が全然運動ができないからなんだけど。

「ちょっと待て。どっちか分かっているのか?」

「いいえ。分からないわ。だから、案内して。私より速く走って。」

「ごめん。無理だ。」

「あのね。食卓を預かる身として恥ずかしくないの?というか、お金は持ってる?」

「いや、下ろしてないし。」

「分かったわ。今日は私の驕り。後、会計について食後ゆっくりと話しあいましょう。」

 波風の性格はかなりキツイ。だが、それは彼女の過剰なまでの責任感から来るものだと俺は理解した。その責任感は正義感のようにさえ思える。なんだか、男として憧れてしまう。

「ほら。走って。」

「嘘だろ。」

「明日休みなんだから。気にするな。犬は駆け回るものでしょう。飼い主に引きずり回される犬なんてみっともないわ。」

「はい。全力を尽くします。」

 俺は心臓をバクバク言わせながら、商店街へ行きつく。大分店を閉めてはいるが、帰りの遅い主婦たちのためか、食料品の類はまだ開店している。

「私は美人よ。なら、やるべきことは分かっているわよね。」

 波風は八百屋の店主にそう言う。

「はい。全て半額にいたします。」

 おっちゃん。気前が良過ぎだ。波風は迷いなく野菜を選んでいく。そして、俺に野菜を持たせ、肉屋に行く。

「あのお嬢ちゃん、すごいね。女房とかぶっちまって、思わずしたがっちまったよ。まあ、野菜ってのは売れ残ると廃棄になるからただでも引き取ってもらうとありがたいが。」

「すいません。うちの飼い主が。」

「いいってことよ。頑張れよ。」

 何故か泣きながら店主に肩を叩かれる。ああ、この人も大分苦労しているのだと思った。だよな。俺だって二日目で体力がもたないもの。

「急げ。」

「はい。」

 波風の待っている肉屋に走る。肉屋も半額。肉屋の親父は何も言わなかったが、八百屋の親父と同じ顔で俺を見ている。

 波風は次々に店を転々とし、買い物を終えた。

「なあ、少しは持ってくれないか。」

 俺は懇願する。だが、波風は言った。

「荷物持ちしかできないなら、それを全力でしなさい。」

 なんだか嬉しそうである。やっぱり、この女ドSだ。きっと戦場ヶ原ひたぎでさえもっとましではないか。


「ただいま。」

 俺はくたびれた声で言う。

「おかえり。」

 ねねは笑顔で答えてくれる。ああ、癒されるなあ。

「お腹空かせてないか。」

「空いてるけど、ゆきちゃんのおかあさんがお菓子くれたから。」

「お菓子ばっか食べてちゃダメだぞ。」

「うん。ほとんど麻怜が食べた。」

「麻怜さん!」

 子どものお菓子を横取りするとは、どんな大人だ。

「早くどいてくれないかしら。」

 背後の波風が言う。

「ごめん。」

 俺は玄関で靴を脱ぎ、そのまま台所へと向かう。

「おかえり。」

 ねねが背後で言う。波風に言ったのだろう。

「ただいま。」

 波風の響きは冷たいものだった。まだ、仲良くはなれていないのだろう。あれほどねねのことを気遣っていたのにな。

 波風は台所で、阿修羅のごとく、料理を作っていた。腕が六本に見えたのは気のせいではないだろう。

「何か手伝うことはあるか。」

 俺は聞いてみる。

「タイミングを見計らってご飯でもつぎなさい。」

 なかなか難しい注文である。まあ、料理ができたころにご飯をいれろということだろう。

「じゃあ、ねね。着替えるか。」

「うん。」

 俺はねねを着替えさせて、その後、居間でぼーっとしていた。なんだか波風一人にやらせるのは申し訳ないが、変に介入すると、包丁で体をバラバラにされそうだった。

「そう言えば、麻怜さんは?」

「寝てる。」

あの人は食っちゃ寝しかしないのか。

「まあ、匂いがすると起きてくるだろう。」

 それは予想通りだった。麻怜さんはしばらくすると階段を軋ませる音を立てて、降りてきた。

「お腹減った。」

 そう言って椅子に座り、テレビを点ける。お笑い芸人が芸を披露している。そう言えば、昨日も同じ芸人が出ていたな。

「麻怜さん。ねねのおやつを食べたらしいですね。」

「いやあ、晩御飯が食べられなくなると困るじゃない。」

 いや、きっとそれを真剣に考えていたのはねねだ。麻怜さんはねねの残した分を遠慮なく食い散らかしたに違いない。

「太りますよ。」

 しばしの沈黙。

「別にいいもん。彼氏できてから痩せればいいんだもん。」

「それより前のことだと思うけど。」

 ねねが鋭く指摘する。幼女って怖い。

「大丈夫ですよ、麻怜さん。麻怜さんならその内彼氏くらいできますって。」

 落ち込んでいる麻怜さんを励ます。

「童貞に言われたくないわ!」

「子どもの前でそんなこと言わないでください。」

「お兄ちゃん。大丈夫。そのくらい知ってるわ。お兄ちゃんは童貞の呪いで彼女ができないのよね。」

 正しく知っているのか間違っているのか分からない。ただ、ねねにまで哀れまれているのはショックだ。

「そろそろご飯ついでくれない?」

「はい。」

 俺は席を立ち、ごはんをつぐ。

 食卓に並んだのは今まで見たこともない料理ばかりだった。別に地中海風なんとかがあったりとかするわけではない。揚げてある唐揚げ。トンテキ。煮物。サラダ。すごく家庭的なものだが、それ故に味付けや細部の細かさで家庭それぞれの味が出る。つまりはおふくろの味のオンパレードだった。

「うまい。」

 誰もが一口目にそう言った。

「煮物なんてよくこんな短時間にできたな。」

 確か半日近く煮なきゃいけないんじゃいけなかったか。

「圧力鍋よ。あなたは知らないでしょうね。あったけど一度も使った痕跡はないから。」

 煮物に手を付ける。圧力鍋とかいう物騒なもので煮た割に、箸で崩れない。しかし、ジャガイモは口の中に入れた途端、崩れる。そのジャガイモから染み出るだしは驚くほどに美味い。

「これは何で味付けを?」

「醤油とみりんよ。」

「みりん?」

 なんだかよくわからなけど、美味ければいい。

「でも、醤油とみりんだけではこんな深みは出ないと思うけど。」

 ねねは俺より分かった口調で言う。もしかして、ねねは俺より料理が上手いんじゃないだろうか。

「この世にはね、万能調味料、だしの素っていうのがあるの。」

 波風は得意げに言う。所謂隠し味というものなのだろう。自分の料理の腕を誇示できてうれしそうである。

「このトンテキは?」

「あなた、料理の才能ないわね。それは豚肉を憎しみを込めて叩いて塩と胡椒をまぶして焼いただけ。」

「なるほど。憎しみが隠し味なんだな。」

 気にせず言ったが、考えてみると恐ろしい。

「唐揚げは――」

「それは市販の粉よ。」

「ごめんなさい。」

 俺って、地雷を踏む天才とか?

「この味噌は?」

「これは私が家から持ってきたの。赤みそと白みそのブレンド。美味しいでしょ。」

 ねねに対しては笑顔で答える。初めて波風の笑顔を見たぞ。別に俺に向けられたものじゃないから悔しいとか思ってないし。

「豆腐の切り方から細かさが伝わってきます。」

「うん。もっと褒めて。」

 なんだか、波風の頬が落ちてしまいそうなほど緩んでいる。さてはコイツ、ロリコンだな。まあ、ねねの可愛さに誰もがほほを緩めてしまうのは仕方がないが。

「お代わり。」

 麻怜さんは俺に茶碗を差し出す。

「太りますよ。」

「太ってから考えればいいのよ。」

 ああ、ダメな発想だ。でも、ご飯が進むのは仕方がない。俺だってお代わりだ。

「お兄ちゃん。私も。」

 ねねも小さな茶碗を差し出してくる。わかったよ。お兄ちゃん、ねねのためならたとえ火の中水の中森の中。

 俺は三人分のご飯をついで持ってくる。

「波風は?」

「私に肥れと?」

 波風の茶碗はすでに空になっていた。

「いや。別に太ってなんかないだろ。」

 ああ、無神経だったか。

「そう。そう思うのなら、下さるかしら。」

 なんだか素直だ。俺は茶碗を受け取り、ご飯をつぐ。少し少なめにしておいた。

「ありがと。」

 顔を赤らめて波風は言う。初めてお礼を言われて、俺の心は踊る。

「ごちそうさまでした。」

 ご飯の時間はあっという間に終わった。みんな笑顔に溢れていて、本当に家族みたいなひと時だった。

「ねね。お風呂に行ってきなさい。」

「うん。」

「ねねちゃん。一緒に入らない?」

 波風が言う。でも、ねねは困った顔をした。

「ごめんなさい。」

 麻怜さんは苦笑いしながら、ねねを風呂に連れて行く。

「じゃあ、俺は食器洗うわ。」

 俺はテーブルの食器を下げて、台所に持っていく。しかしまあ、一緒に風呂に入ろうなど、波風も大分丸くなったものだ。まあ、ねねに対してだが。

「ねねちゃん。私のこと、嫌いなのかしら。」

 食器を洗う俺の背中に波風はそう聞いてくる。

「それはないと思う。」

 それだけは断言できた。

「ねねと暮らし始めて、ねねは長い間俺と口をきかなかったから。今日、ねねと波風が話していて驚いたよ。」

「そう。あなたたち、ずっと一緒に暮らしていたんじゃないの。」

「そうでもない。二人っきりで暮らし始めたのは一年ほど前だ。」

「あなたも大変なのね。」

 波風はそれっきり何も聞いては来なかった。それは波風なりの心遣いなのだろう。

「でも、ほんと、波風はすごいよ。あれだけみんなが楽しそうにしているのは初めて見た。」

「そうでもないわ。」

 これまたご謙遜を。

「みんなが楽しくできるのはあなたの功績よ。夏彦。あなたが頑張ってみんなを繋ぎとめてきた。それくらいは私でも分かる。」

 なんだか、波風らしくない。

 俺は食器洗いを済ませて、波風の向かいに座る。

「で、会計の話だったか。」

「ええ。あなたの家はどうやって成り立ってるの?大人もいないのに。」

「まあ、親父の貯金だな。昔すんごく儲けて。そのほとんどを俺のために残しておいてくれた。学費とか生活費はそこから崩してる。あと、麻怜さんの仕送りかな。麻怜さんの方は俺もよくは知らないけど、食材は全て麻怜さん持ちだった。」

「私も貢献するわ。手料理となると出費も増えるし。」

「ありがとう。」

 俺は素直に感謝する。

「あと、明日の予定だけど。」

「ああ、買い物に行くって話か。」

「場所も分からないから、ついてきてくれるとありがたいわ。問題はねねちゃんだけど。」

「麻怜さんも一日中いるとは思うけど。どうなんだろ。ねねは三島さんのところに遊びに行くかもしれないな。」

「三島さん?」

「ねねの友達のゆきちゃんのところだよ。どうするのかはねねに聞いておくよ。」

「そうね。お願いするわ。」

 やっぱり柔らかくなったな。

「なに?その顔は。欲情してるの?」

 いや。あんまり変わってないか。

「してるっていったらどうする?」

 あ、またやっちゃった。変な空気が流れる。

「犬風情が・・・何言ってるの?」

「そうですよね。」

 吠えるように歯を見せて言う波風の方がよっぽど犬らしいとは言えない。

「でも、大分落ち着いたみたいだな。」

「なにが?」

「昨日みたいに怒鳴り散らすこともなくて、安心だと。」

「人を手が付けられない獣みたいに言わないで。」

 いや、昨日のあれはその言葉通りな気もしたけど。

「まあ、その。昨日のことは謝るわ。ちょっとやり過ぎたような気もしないでないような。」

 照れ隠しというわけでもなく、本気でそう思っているようだった。いや、お嬢様。ちょっとやり過ぎでしたよ。

「でも、気をつけろよ。」

 ありのままの波風の方が俺もいいとは思う。だが、気にかかるのは田辺のことだ。

「あの田辺。お前にいい感情を抱いていないかもしれない。」

「なに?その微妙な言い回し。根拠がないなら言わなくてもいいんじゃない。それと、田辺って誰?」

 うっ、と俺はうなる。まさか、コイツ・・・

「クラスメイトの名前、憶えているか?」

「いいえ。覚えているのはあなたくらいだけど。」

 うわっ。キツっ。

「なんか偉そうにふんぞり返っている女子がいただろ。アイツだよ。」

「そう言えばいたわね。ソイツのどこが危険なの?素行が悪いとか、いい噂を聞かないとか?」

「そういうわけじゃないんだが。」

 別に田辺が問題を起こしたとか、いじめをしているとかは聞かない。だが、糸が全く出ていないのには注意すべきだろう。

「まあ、いい感情を抱いていないのには間違いない。根拠を問われると、困るけど。」

「ふーん。」

 なにやら不思議そうな顔をして波風は答える。

「そう言えば、あなた、好きな人、いるの?」

「ぶふっ。」

 俺は肺の空気を全て吐き出す。

「いない、よ。多分。」

 波風に伸びている縄は例外として、俺から伸びている糸はないから、いないんだとは思うが。

「変な答えね。こんな人いいなって思ったことないの?」

「ないわけはないが。」

 俺の頭に浮かんだのは由実だった。でも、それは恋とかそういうものではない。昔助けてもらった恩義だ。

「あやふやね。そんなんだから童貞なのよ。」

 確かに否定はしないが、だからといって、今日昨日あったやつに童貞がどうの言われてもなあ。

「お風呂、上がった。」

 ねねが居間の扉を開けて言う。

「じゃあ、行ってくる。風呂のお湯は抜くから。」

 そこは変わらないのね。まあ、変に意識しなくていいけど。

「ああ。早く行って来い。」

 女の風呂は長い。ねねと麻怜さんも一時間近くは入るしな。波風は風呂に行くために居間を出る。行き違いにねねが入ってくる。

「波風さん。私のこと、嫌い?」

 ねねは波風がさっきまで座っていた俺の向かいに座って言った。俺は微笑ましい。

「そんなことないぞ。波風だって、ねねが自分のこと嫌いか気にしてたから。ねねは波風が嫌いか?」

「嫌いじゃないもん!」

 何故か怒る。でも、可愛らしいなあ、ほんと。

「そうか。波風もねねも仲良くしたいと思ってるなら、仲良くなれるさ。」

 と、ここで妙案を思いつく。

「波風を名前で呼んだらいいんじゃないか。菜々って。」

「それはダメ。」

 ねねはきっぱりと断言する。

「名前が似てるから、キャラ被りするもの。」

 今の幼稚園児はどんな教育を施されている。

「気にしなくてもいいと思うが。」

「ダメ。これは読者が困るもの。似たような名前ばかり。作者は何を考えているの?」

「そもそも読者がいるかもわからないけど。作者、特に決めずに名前つけるからなあ。高坂先輩なんて、今日初めて名前をつけられたから。」

「そんなんだから三文文士なのよ。」

「作者泣くぞ。」

 作者の批判を存分にした後、ねねは寝室へと階段を上がっていった。



 吉田鮮について

 名前はアラタと呼びます。身長は低め。イメージカラーは黒。というか、Fateのナーサリーライムそのもの。性格は違いますけど。

 引っ込み思案な彼女ですが、主人公ととある事件に巻き込まれて仲良くなります。

 噂によると、宇宙人だとか、魔眼持ちだとか。

 私は小さな子が好きなので、お気に入りです。

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