Two day 反発 counter 俺はお前の犬。それでいいだろう?
Two day 反発 counter 俺はお前の犬。それでいいだろう?
朝起きたら千の天使がバスケットボールする。
そんな詩を書いたのは書いたのは誰だったか。確か、汚れっちまった悲しみに、と謳った人だ。別にその人に興味がある訳ではなく、その宿酔という詩を歌にしたどこかの大学の先生の歌が耳に入って離れない。一度聞いてみる価値はある。内容は二日酔いの感想なのだが。
俺は朝起きると朝食の準備をする。そんな大層なものではなく、トーストを焼いて、卵を使って何かしらの料理を作るだけだ。昨日は目玉焼きだったから、今日はスクランブルエッグ。目玉焼きと卵焼きとスクランブルエッグの三つしかレパートリーがないので、大抵その繰り返しになる。一番卵焼きが面倒なので、卵焼きは週に一回くらい。
ついでに弁当に使う冷凍食品も解凍する。俺とねねと麻怜さんの三人分。
毎度冷凍食品ばかりでねねには申し訳ないが、俺が全部作った弁当よりは喜んでくれる。下手に作ろうとするととんでもないものができるからな。俺も色々と学ぶのだ。
さて、二人を起こしに行こう。これが毎日気が進まない。
「起きろ。」
扉を叩く。でも、こんなことでは二人は起きないので、仕方なく部屋に入る。
「入るぞ。」
二人はあられもない姿をしていた。いや、あられもない姿をしているのは麻怜さんだけだが。布団を蹴飛ばし、大の字になっている。お腹はむき出しで、ちらりと下着が見えてしまっている。まあ、着けていてくれるだけありがたい。一方のねねはしっかりと布団を麻怜さんに飛ばされないように握っている。気持ちよさそうに寝ている姿は妙に艶めかしかった。少し乱れている髪はねねが女性であることを意識させる。
ロリコン。
そんな言葉を投げかけられ、スイッチを切り替える。とりあえず、カーテンを開く。でも、起きないので、体を揺らす。まず、ねねから。
「おはよう。」
寝ぼけ眼でねねは挨拶する。笑顔が輝かしい。
「ご飯ですよ。」
「ごはんっ!」
そう言って揺す振ると麻怜さんは起きやすい。まだ春先なので起きやすい方だ。冬は頑張っても起きない時はある。そういう時は仕方ないので耳をつんざくほどのアラームを鳴らした後放置だ。時折目覚まし時計を壊されるので、その時は弁償させる。いい大人だしな。
二人は姉妹のように似た足運びで危なっかしく階段を降りる。そして、飯を食べる。
「ねね。ケチャップがついてる。」
まだ寝ぼけ気味なので仕方がない。バスが来るまで時間があるので、それまでに覚醒してくれればそれでいいので気にしない。俺はテーブルの上のティッシュをとり、ケチャップを拭ってやる。
「夏彦。私もー。」
「自分でやってください。」
顔を俺に差し出し、麻怜さんは要求する。朝から心臓に悪いよ。
「私がやってあげる。」
ねねはティッシュを取り、麻怜さんの口を拭い、そのティッシュを麻怜さんの口に無理矢理押し込む。
「にゃにゃにゃにゃ⁉」
ぷふっと麻怜さんは口からティッシュを噴き出す。
「こら。ねね。そんなことしてはいけません。」
「ごめんなさい。」
多分自分がやったことの半分も理解していないだろうが、礼儀正しく謝る。
「新しい愛の形ね。」
麻怜さんさっきので完全に覚醒したようだった。
「コーヒー頂戴。」
「自分で淹れてください。」
「ちっ。ロリコンが。」
悪態を吐きながら、麻怜さんは自分でコーヒーを淹れる。インスタントなので、熱湯を沸かし、コップに入れるだけなのだが。
「麻怜さん。食器洗いとゴミ出し、それと卵を買ってきておいて。」
「人使いの荒いお兄ちゃんね。」
まあ、そういう約束だしな。一番出るのが遅い麻怜さんに朝の雑用は任せている。居候をただだらけさせるのは良くない。
「ねね。着替えるか。」
「うん。」
「私が着替えさせようか?」
「いや。麻怜さんには無理です。」
まだ朝なのでねねの気が緩んでいる。麻怜さんにも着替えさせることはできるだろうが、前に一度頼んだら、前後逆だったり、リボンがきちんと結べてなかったり、制服じゃないものを着せていたりした。
ねねは自分でパジャマを脱ぎ、パンツだけになる。俺は上から着せていく。スカートを穿かせ、上着を装着する。
「後はよろしくお願いします。」
「あいよ。」
髪を結うのは麻怜さんの役割だ。俺には到底無理だ。出来が悪すぎて、ねねに泣かれてしまった。あの時は本当に大変だった。ねねが髪を結われている間に俺は自分の着替えを済ませる。
「じゃあ、行こうか。」
「うん。」
ねねと手を繋いで玄関を出る。バスは家の前で止まってくれるので、家の前で待つだけだ。しばらくすると、バスが来た。
「おはようございます。」
若い保母さんがバスに降りて挨拶をする。
「ゆきちゃんおはよう!」
先に乗っていたゆきちゃんを見つけてねねはバスに駆け込む。
「こら。ねね。先生に挨拶しなさい。」
すでにバスに乗っていたので、聞こえていないだろう。幼稚園に行くと、年相応になるようだ。
「すいません。先生。」
「いえ。あれくらい元気があっていいくらいです。まだねねちゃんは聞き分けが良い方なので。」
保母さんは笑顔であるが、少し曇っている。うちが少し特殊な家庭環境であるから、心配なのかもしれない。
「よろしくお願いします。」
「はい。」
保母さんはバスに乗り込む。そして、バスは行く。行きすがら、ねねとゆきちゃんが手を振ってくれたので、笑顔で手を振り返す。
ゆきちゃんの手から伸びた糸が俺の顔面まで接近してくる。最近の幼稚園児はませているようで。
バスを見送った後、俺も学校に向かう。一人での登校。
だが、首に絡みつく糸が鬱陶しい。
「吉田。つきまとわないでくれるか。」
俺は振り返らず言う。俺の背後を電柱から覗き込む気配には勘付いていた。この能力はこういう時にも使える。
「昨日の放課後は用事があったので、先輩をストーキングできませんでしたから。」
「しなくていいから。」
吉田鮮。俺と同じ学校に通う、俺の後輩だ。少し前に第三相談室部で依頼を解決して以来、こうして時折ストーキングされている。まあ、盗聴器やらを仕掛けられているわけではないので、問題はないが。
「後ろからついてこないで、一緒に登校しようぜ。」
「そんな、恐れ多い。恥ずかしくて爆死しそうです。」
「そうか。」
俺は気にせず歩く。吉田は極度の恥ずかしがり屋なのだ。いつも前髪で顔を隠している。
「うぎゃっ。」
それ故によく転ぶ。今も転んだようだ。俺は仕方なく、後ろを振り返り、吉田に向かって行く。
「だ、大丈夫ですから。」
「手から血が出てるだろ。貸せ。」
ぶるぶると手を振る吉田の手を掴む。そして、ポケットから絆創膏を取り出す。
「ひゃっ。」
そんな声出さないでくれよ。こっちが恥ずかしい。
「消毒はないから膿んだらごめんな。」
「そんな・・・でもできたら唾液で消毒を・・・」
「調子乗るな。」
俺は吉田の頭を小突く。それだけで吉田は熱を発する。
「気をつけろよ。」
「ありがとう、ございます。」
吉田は手を引っ込め、大事そうに片方の手で包む。
「それと、パンツ見えてる。」
「見せてるんです。」
「死ね。」
まあ、ほとんど毎日のお約束になっているから、問題はない。
まだ、地面にへたりこんでいる吉田を放っておいて、俺は先に進む。
「おはよう。久しぶりだね。」
今日の朝は人に良く合う。俺の学校とは違う、私立高校の制服。名添由実だ。
「久しぶり。」
「アラちゃんもおはよう。」
今日も由実は元気いっぱいである。電柱に隠れている吉田に近寄り、あいさつをする。
「お・・・おはようございます・・・」
蚊の鳴くような声で吉田は答える。由実はすばやく吉田の背後に回り、抱きしめ、頭をなでる。
「やめて・・・」
吉田はまた顔を真っ赤にして抗議する。だが、説得力はない。
「うん。かわいいよぉ。アラちゃんかわえぇ。」
吉田も由実にかかれば愛玩動物である。
「こんな可愛い後輩がいるなら、なっちゃんと同じ学校に行けばよかった。」
本当に残念そうに由実は言う。
「ねねちゃんと古里は元気?」
「ああ。ねねは朝から麻怜さんに可愛がられてる。蛭子は元気に腹黒だ。」
「古里ちゃんのお腹は黒くなんかないよ。とっても白くて艶やかなんだから。」
そういうわけじゃないんだが。由実と俺は幼なじみ。そして、蛭子と由実も幼なじみ。俺と蛭子が知り合ったのは中学からだが、その前から由実と蛭子は仲が良かったらしい。
「あ、そろそろ行かなきゃ。」
「電車に乗り遅れるなよ。」
「うん。バイバイ!」
由実は元気よく手を振って駆けていく。後ろを向きながら手を振っていたので、つまずきよろけるが、なんとかこけずに済む。由実は運動神経がいいから、滅多なことではこけない。躓くところは十分ドジなのだが。
「ふう。なんだかくせになりそうです。」
髪の毛をぼさぼさにしながら吉田は言う。たわけ。
「やっぱ人気は衰えないね。」
蛭子が話しかけてくる。
「そうだな。」
俺はわりかしどうでもいいので、空返事をする。波風は大分馴染んでいた。今は女子達とラインの交換をしている。
「クラスのグループに入れてあげるね。」
その直後、俺のポケットが震える。
「まあ、あの田辺に気に入られたなら安泰でしょう。」
「そう・・・だな。」
田辺とは、クラスのヒエラルキーの頂点に位置する女子である。田辺さゆり。だが、俺は心配だった。糸が出ていない女子は田辺だったからだ。
「どうしたの?なんか心配事?」
「いや。女子ってさ、別に好きでなくとも好意があるように接するから、怖いよなって。」
「まあ、中にはそんなやつもいるけど、目的があって近づいてるからね。そういうのって後が怖いよね。悪女ってやつ?」
「悪女のお前が何を言う。」
「私のどこが悪女よ。」
「じゃあ、宿題見せてやらない。」
「ふん。そっちがその気なら――」
俺の手に蛭子が手を載せる。突然現れた温かさと柔らかさに心臓が大きく脈打つ。
「しゅ・く・だ・い・み・せ・て。」
耳元で艶めかしい声を出す。俺は慌てて手を振り払う。糸が俺に伸びてはいたが見ないふりをする。
「やめろよ。」
「もっといいことしない?」
「もってけ。」
俺は宿題をカバンから取り出し蛭子に渡す。
「ありがと。」
もっと頭のいいやつに宿題を見せてもらえばいいのに、とつくづく思うが、蛭子曰く、丸写ししてもバレないからということである。全問正解で式も何もかも同じだとバレるけど、ほどよく間違える俺の回答は、いい隠れ蓑になるとのこと。そんなところで頭を使わずに勉強に費やせとは思うが。
「蛭子は放課後、何してるんだ?」
「家でごろごろ。」
「どうだ?部活に入らないか?」
高坂先輩は部員は俺が決めろと言った。で、蛭子に目を付けた。もとより高坂先輩も蛭子に目をつけていたらしい。
「面接で部活に青春を捧げてましたっていうやつ?そんなたまじゃないの。私は。」
そんな理由で俺の勧誘は常に断られていた。
「あのストーカーっ子を引き入れればいいじゃない。」
「吉田は、却下。」
「かわいそう。」
多分、人見知りの吉田は入りたがらないだろう。入ったところで先輩のおもちゃ確定だ.
「宿題ありがとね。」
そう言って蛭子は早々に退散する。悪魔め。
昼休み。俺は一人で弁当を食う。一人で弁当なんてさびしー、と蛭子は食堂へと向かって行く。お前も一人だろうに。一方の波風は田辺をはじめとする女子達と円卓を囲んでいた。なんだか寂しくなる。
俺は早めに弁当を済ませる。冷凍食品なので、少し油っぽいものが多い。ねねは食べられているかな、と少し不安になる。残して帰ってくると少しショックだしな。でも、なるべく表情に出さないようにしないと。ねねは人の顔色を窺っていい子になろうとするところがあるし。
弁当を食べ終わって、しばらくぼーっとしていると尿意がしてきたのでトイレに向かう。用をたした後、暇だから図書室にでも行こうかと考えていた。
ふう。
至福のひと時。一物を収めて、水を流す。そして便器から立ち去ろうとした時、そこには波風がいた。
「貴様、見ているな!」
「何言ってんだ!どこのディオ様だ!」
いや、そんなことを言いたいのではない。だが、思わずつっこんでしまった!
「真杉夏彦。貴様、見ているな!」
それが言いたかっただけなのか。だが、俺は気が気ではない。今は俺以外に誰もいないものの、誰かが入ってくれば、俺は転校生を早々に便所に連れ込んだクソ野郎ということになる。それは社会的な死だ。
「話があるなら場所を変えよう。ここは、色々と、マズい。」
「いいや。ここでいい。」
いや。俺がまずいんだってば。
「私とお前との関係をはっきりとしておきたくてな。そうじろじろといつも見られては気が散る。」
俺はそんなに波風を見ていたか。後ろの席から見られるとそりゃ目立つだろうけど。
「お前と私は主人と奴隷の関係だ。分かっているとは思うが、私が主人でお前は犬だ。」
なぜ、初対面の人間に犬扱いされねばならない。
「お前は俺のなんなんだ。」
今の波風は教室の波風とは全く違う。大人しそうな優等生が、仁王立ちで腕を組み、偉そうな顔をして俺を睨んでいる。
「だから、主人だ。犬。」
とりあえず、関わるのは止めておこう。
「そこ、どいてくれないか。」
「犬であると認めるならどいてやる。」
無理矢理どかしてもいいが、トイレに横たわる転校生と俺の姿を誰かに見られたら、それこそ言い訳が立たなくなってしまう。
「分かったよ。犬だ。俺はお前の犬。それでいいだろう?」
どうせもう波風と関わることはない。もう波風も見ない。目も合わせない。それでよかろう。
「そうか。分かった。」
波風はためらいもなくトイレから出て行く。なんか、ものすごくかかわりたくない奴と関わってしまったな。
「その波風という転校生はどんなヤツなんだ?」
高坂先輩が俺に聞く。それを聞かれてもなあ。ちょっと困るよ。
「まあ、大人しめの優等生という感じです。」
トイレの件は黙っておく。面倒なことになりそうなので、人に広めたくはない。
「そうか。そういう態度が人を惹きつけるのか。それとも美貌故か。」
先輩は投函された十枚の紙をトランプのように手に広げながら、降参という風に机に投げ出す。
「波風菜々という名前が特定された投稿が五枚。転校生や赤毛の君など名前が特定できない投稿が五枚。そのどれもが気を引きたいというものだ。」
先輩は大きくため息を吐く。高坂先輩は恋愛関係の相談をとても苦手としている。
「そもそもなんだ、こいつらは。どいつもこいつも恋愛がどうのこうの。幻想を抱いて溺死しろ。」
「まあ、本人にとっては溺死してしまうくらい重要な問題なんですから。」
恋愛関係の回答は主に俺が担当している。第三相談室部を知っている人間はきっと高坂先輩が書いていると思っているのだろう。だが、高坂先輩に書かせると、今のセリフそのものを書くだろう。
「よし。波風菜々を召喚しろ。そうすればカタがつく。目の前で全員フラれろ。」
「それは絶対にダメです。」
とはいえ、俺もお手上げだ。あの女に関わりたくない。
「波風は男子と話したりはしているのか?」
「いえ。今のところ見たことはありませんね。今は女子が囲っているので。」
「なるほど。その女子達もなかなか考えたものだ。男を近寄らせないように壁を築いたのだな。だが、そうなれば、そのうち地下帝国ができよう。」
「地下帝国ってなんですか?」
「まあ、ファンクラブのようなものだよ。そこで特定の人物の情報交換をする。明確な場所でサバトを行うわけではないが。」
「高校生も大変なのですね。」
第三相談室部は依頼が来てから一週間以内に回答を出すことをセオリーとしている。まあ、大抵は紙を掲示して、発表するのだが。今回もそれに該当する。
「真杉もだめか。」
「今のところ、お手上げです。十枚もとなると、逆恨みも怖いですし。」
一週間ぎりぎりまで引き延ばすほかないか。
「そうだ!朝露や夜霧に話を聞いて来い。いいアイデアが閃くやもしれん。」
「第一と第二に行くんですか?」
俺は気が進まなかった。高坂先輩はともかく、俺は何故か二人に目の敵にされているのだ。
「内申に響くぞ。」
そのくらいでは響かないだろうが、影の実力者たる高坂先輩だ。そのくらいはなんなくできそうで怖い。
「分かりました。話を聞いてきます。」
多分、適当にあしらわれるだろうし、高坂先輩がついてこないということは、そうなることも承知しているはずだ。
まずは第一に行く。一番忙しそうで、適当にあしらわれそうだからだ。第一相談室部は生徒会の横に部室がある。
「すいません。第三相談室部の真杉ですが。」
「なんだ。」
「うわっ。」
俺が入ろうとするなり、朝露先輩が俺の前に立ちはだかる。
「今は忙しいんだが。」
「何かあったんですか?」
「ちょっと、な・・・」
相談室部には生徒会のメンバーも来ていた。大分重苦しい空気である。
「高坂先輩がうちに来た相談について意見を聞いて来いと。」
朝露先輩の顔が輝く。さすが、高坂先輩だ。
「少しだけなら聞いてやらんではない。」
「では。うちに波風菜々に対する恋愛相談が来たのですが。」
「そちらもか。」
朝露先輩は深刻そうな顔をする。何かあったのか。
「まあ、お前に教えてやる義理もないんだが、知っておいても損はないだろう。その波風という転校生の件で少し問題が起きていてな。」
「どうしたんですか?」
恐らく、その関係で生徒会も集まっているのだろうと見て取れる。
「青少年特有の性衝動を抑えられなくなった一部生徒が器物損壊を起こしてな。まあ、部活棟の校舎に落書きした程度のものだが。」
そんな折、中から言い争う声が聞こえる。
「こんなことをみすみす看過していては被害は増えます。早く犯人を捕まえるべきです。」
「しかし、これは単独犯ではないだろう。一日二日でこんな精巧な芸術作品は作れない。」
「一体、何が?」
「うん。高坂さんのお力を借りることになるかもしれんから、見せてやろう。」
朝露先輩は俺に写真を見せた。校舎に描かれた落書き。だが、それは芸術的だった。モナリザもかくやという神秘的な美しさ。もちろん、題材は波風菜々。次の写真には作りかけの等身大の波風の像。確かに、これは一人でできる代物ではない。
「これが高坂先輩の言っていた地下帝国か。」
「そうだな。我々は美術系のクラブが怪しいとは思っているが、彼らを一気に検挙するわけにもいかない。全校集会で注意するとか、ホームルームで釘をさすとかしか解決策はないだろうな。」
恐ろしき地下帝国。いや、真に凄いのは男どもを虜にする波風の魅力なのか。
「こちらも恋愛相談は日に日に増えている。だが、目下この対策に必死でな。転校二日目でこの有様だ。早く手を打たないともっと大事になりかねない。」
じゃあな、と朝露先輩は足早に去っていく。俺は扉を閉めて、第一相談室部を後にする。
第一相談室部は生徒会から派生したこともあって、生徒会と協力して問題を解決する場合が多い。あの姿を見せられると、部活しているな、という感じが見て取れる。二人だけでのんびりしているうちとは大間違いだ。
第二相談室部は第三相談室部と同じ校舎の中にある。第三相談室部の階下だ。俺は第二相談室部の扉をノックする。
「合言葉は。」
「いや、第三相談室部の真杉なのですが。」
「部長から第三の真杉が来たら射殺するように言われている。だが、私は情け深い。今すぐ立ち去るのなら見逃そう。」
「高坂先輩が話を聞いて来いとおっしゃるので。」
「待っていろ。」
俺は射殺対象かよ。おっかない。しばらくすると、部長が直々に現れる。
「次に私の前に現れる時はお前が死ぬときだと前に言っておいたはずだが。」
夜霧先輩は開幕早々物騒なことをのたまう。
「波風菜々について話を聞いて来いとのお話ですが。」
「例の転校生か。うちもそれで大分もめていてな。」
「地下帝国ですか。」
「なるほど。一連の事件は知っているようだな。なら、話は早い。我々第二相談室部は地下帝国を支援するかしないかで意見が割れていてな。」
扉から部室を垣間見る。第二相談室部の中はカーテンが閉め切られ、さらに窓に黒い布をかぶせている。中は暗くてあまり様子は見れない。こちらの方がよっぽど地下帝国らしいが。
「ファンクラブ設立に協力してほしいと直々に相談に来られたが、一連の事件はどうもやりすぎでな。相談者はそいつらとは関係ないと言ってはいるが、怪しい。今、全力で事実関係を洗っているところだ。我々は第一とは違いアウトローなのだが、校内秩序の崩壊だけは避けたいのでな。」
と、夜霧先輩に誰かが連絡をする。夜霧先輩はただ聞いているだけだった。
「すまないな。まだ会議の途中でな。どうすればいいか、高坂の意見が聞きたい。また、来てくれ。」
どうやらどのクラブも大変そうである。一人の転校生に対してみんな大袈裟じゃないか。ともかく、第二相談室部を後にする。
さて、高坂先輩になんて伝えればいいのか。
「なるほど。大分面白いじゃないか。」
高坂先輩は面白がっていた。こういう事件は高坂先輩の本領だしな。
「だが、私たちに来た依頼はどうでもいい恋愛相談だ。あまり役には立たないな。」
だが、俺たちの回答によって運命が大きく変わるかもしれない。そんな大事ではないだろうけど。
「もう時間も遅い。ご苦労だった。まあ、問題は明日に持ち越そう。私も何か考えては来るが、お前には期待しているぞ。」
まるで他人事である。まあ、高坂先輩は無責任ではないので、俺に丸投げというわけではないのだろう。言葉通り期待されているということと取っておこう。
「そう言えば、どうして高坂先輩は第一も第二も抜けられたんですか。」
俺が実感した限りだと、やはり高坂先輩は第一か第二にいた方がいい気がする。
「そうだな。第一は生徒会との繋がりが強過ぎて、公正さに欠けると思ったんだ。それで第二を作った。でも、第二は少し秘密工作気味になってしまってな。どちらも私の理想には沿っていなかった。無責任だから、朝露も夜霧も私を恨んでいるようだが。」
「そんなことないと思います。恨んでいたらこんな風に頼られたりしませんし。」
先輩が暗い顔をするのがやりきれなくて俺は言葉ばかりの回答をする。だが、実際二人は高坂先輩のことを恨んではいないだろうし。
「まあ、過ぎたる話だな。それに私はこの第三が気に入っているんだ。だから、あまり悲しい質問をしないでくれ。」
俺は先輩を悲しませたようだった。
「すいません。」
「そんな申し訳ないような顔をするな。もう過ぎたることだ。全て私の選択だしな。」
それは全ての責任を自分一人で負うということだ。この人は強いな、と俺は感心した。
「早く帰るぞ。もう下校時刻だ。」
俺たちは部室を後にする。
外はすっかり暗くなってしまっていた。また麻怜さんとねねに怒られると思い俺は家に入る。人の家というのは心が落ち着く場所だ。だから、ゆっくりと睡眠もできる。
俺は玄関を見て、ふと不思議に思う。小さいくつはねねのものだ。幼稚園の制服の一部。そして、見慣れた成人女性の靴。これは麻怜さんのもの。では、あと一足は?
俺は嫌な予感がした。あの人が帰ってきたのか。あの、一生恨んでも恨みきれない最低な女が。
急いで居間に入った俺は自分の想像が百八十度を通り越して、ぐるぐると三百六十度を延々と回ったことを知った。それ以上に予想外で、理解出来なくて、あり得ないことだったのだ。
「お帰り。夏彦。」
麻怜さんの声。
「お帰り。お兄ちゃん。」
ねねの声。
「帰ってくんな。犬。」
( ^ω^)・・・。
「なんでお前がこんなところにいるんだよ。」
「犬が主人をお前呼ばわりなんて、いい度胸ね。」
俺はねねを見る。ねねは視線を麻怜さんに移す。俺は視線を麻怜さんに移す。
「この子は波風菜々。」
「知ってるよ。そんなこと。」
「今日からここで暮らすの。」
「は?」
言われていることが分からなかった。俺は必死で麻怜さんの言っている言葉の意味を探す。麻怜さんの言った以上の言葉の意味がない事を理解しながらも、必死で自分に都合のいい解釈を探り続けた。
「だから、今日からここで暮らすのよ。」
「はああぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ?」
絶叫した。
「叫ぶほどのことじゃないでしょ。」
「そら叫ぶわ。」
波風にそう反論する。なにがどうなってやがる。
「前に言ってなかったけ。」
「初めてだわ。初耳だね。所見だよ。」
謎の三段活用。
「まあ、そういうことだから。」
「なにがどうなってんのか。」
「お兄ちゃん。落ち着いて。」
ねねはお茶を示し、席につくように促す。そのしぐさで少し落ち着いた。俺は座り、お茶を飲む。確かに落ち着く。
「事情の説明をお願いします。」
「菜々は私の従妹。で、親の都合でここに転校することになったから、ここで暮らすの。」
俺はお茶を飲み心を落ち着かせる。
「隣の麻怜さんの家、空いてますよね。」
「でも、私、ここに入り浸ってるし、もう荷物も運びこんでいるから。」
お茶を一口。
「それは誰の?」
「菜々の。」
また一口。
「どこに?」
「アンタの部屋。」
咽る。
「俺の荷物は?」
「空き部屋。」
ということは父さんの書斎か。
「なんで俺の部屋に?」
「いやあ、ダブルベッドのある部屋に女の子を置けないでしょ。整理整頓もできてたし。」
「安心して。下着やらなにやらはしっかりと部屋に放り込んだし、布団もシーツも新しいものに替えたから。」
「そういうことじゃねえ!」
俺は波風に唾を飛ばす。
「汚いわね!犬!」
ねねは波風にティッシュを渡す。
「ねねはどう思う。」
「もう荷物も運び終わったみたいだから、仕方ないと思う。」
「そうだな。」
流石に今すぐ出て行けというのも鬼の所業だ。もう腹をくくるほかない。全てを受け入れるのだ。
「で、俺より先に飯を食っていたと。」
テーブルには豪華な料理が並んでいた。俺では決して作れないような手料理の数々。
「お前、こんな小さな子を一人で長い間お留守番させて。お腹空かせてたわよ。恥を知りなさい。恥を。」
確かに、悪い。それは認めよう。だが、初めて家に入った奴にそんなことを言われても困るんですよね。なんか癪ですわ。
「ありがとう。波風。」
「土下座ね。」
癪に触る。だが、ねねに対する罪悪感は抜けない。
椅子から降り、膝をつき、手を地面に置き、頭を下げる。
「ありがとうございました。波風さん。」
あらゆる勝敗が決まった気がした。俺はこの家で一番偉かったはずなのに、この一瞬でなにもかも崩れ去る。でも、俺ではこんなねねを喜ばす料理はできないし。
「面をあげなさい。」
俺は面を上げる。波風は気分を害したような顔をしていた。面を上げた時、波風の制服のスカートからピンク色の下着が垣間見える。
「ピンクか。」
俺は波風に思いっきり蹴り上げられる。顎に直撃。意識は失わなかったものの、しばらく床に転がっていた。
「お風呂に入ってきなさい。」
「はい。」
ねねは大人しく返事をする。麻怜さんは火の粉が降りかからないようにとねねとお風呂に行く。ねねは嫌がらなかった。ただ、部屋を出る時、俺を不安そうな目で見ていた。
「家では仲良くしよう。」
「仲良くお風呂に入るの?」
「話をそらさないでくれ。」
俺と波風は二人っきりでテーブルをはさみ座っていた。
「俺たちが言い争えば、ねねが不安になる。だから、仲良くしよう。」
「とんだロリコンね。」
「ロリコンでもいいさ。」
なにせ、たった一人しかいない肉親なのだから。
「波風が家に住むのは別にいい。」
「あなたに許可される筋合いはないわ。」
なんだ。この女。喧嘩を売っているのか。しかし、我慢だ。ねねのため。ねねのため。
「話は済んだわね。」
そう言って波風はキッチンへと向かう。
「食器洗いは俺がするよ。」
俺は急いでキッチンへと向かう。波風は何も言わずテーブルに戻り、テレビを点ける。波風はお笑い番組をつまらなさそうに見ている。
「あと、ご飯美味しかった。ありがとう。」
目を合わせて言えなかったので、俺は背中を向けて言った。
「あのくらいも作れないの?」
「ああ。作れない。だから、これからも作ってくれると助かる。ねねがあんなにおいしそうに食べているところ、初めて見た。」
俺では決して作れない笑顔を赤の他人が簡単に作ってしまったのだ。悔しかったけど、ここは負けを認めるべきだろう。
「情けないわね。それで兄を名乗ってるの?」
胸が痛い。でも、仕方ない。
「ああ。だから頼むよ。そのためなら俺は土下座でもなんでもする。言うことをなんでも聞く。」
「あなたにはプライドってもんがないの?」
「そんなもの、持っていたって仕方がない。」
俺はもう後悔はしたくないのだ。だから、ねねを引き取った。
「でも、びっくりしたよ。学校の波風と全然違うからさ。」
ごとり、という音がする。何事かと思い、テーブルに振り向くと、波風は湯呑をテーブルに置いていた。テーブルにはお茶が飛び散っている。勢いよく湯呑をお茶に叩きつけたに違いない。
「あんなの私じゃないわ。ただ、仮面を被っているだけ。」
「だと思った。」
平然を装っているものの、波風はどこか居心地が悪そうだった。そして、それは今も同じ。
「あんたに何が分かるの?」
「ごめん。」
波風は舌打ちをする。でも、喧嘩はしないと決めたんだ。俺が我慢すればそれでいい。
「波風も急にこんな家に越すことになって、居心地が悪いだろう。俺もお前がここを自分の家だと思えるように頑張るからさ。」
「自分の家?何もかも知った口をきいて!」
波風は急に立ち上がる。足の力で押された椅子がごとりと音を立てる。
「お風呂あがったわよ。」
麻怜さんが呑気に居間に入ってくる。そこで俺たちのやり取りは終わった。
「お風呂行ってくるわ。覗かないでね。」
「覗かねえよ。」
そう言って波風は居間を出て行く。
「険悪ね。」
「全ての元凶が何を言ってるんですか。」
俺は興奮気味に麻怜さんに当たる。
「まあ、あの子も、色々あったから。」
「私、部屋に戻る。」
「ごめんな、ねね。」
きっとねねには嫌な記憶を思い出させたに違いない。さっき、約束したのに、なんてことだ。
麻怜さんはねねを二階へと連れて行く。そして、戻ってくる。その時にはもう食器は洗い終わっていた。
「あの子、あんな感じでしょ?前もちょっと棘のある子だったけど、今は特にひどいの。久しぶりに会った私も驚くほどに。」
麻怜さんは俺の向かいに座っていった。
「今は後悔してる。でも、私一人ではどうにもできないって思ったから。ごめん。」
「いいですよ。」
麻怜さんは泣き出しそうに言うので、俺も宥めないわけにはいかない。
「あの子、親が再婚してね。厄介払いされちゃったのよ。で、部屋が空いてるって理由だけで急遽うちに来ることになって。一人になるとどうなるか分かったもんじゃなかったから。」
確かに、波風は少しヒステリック気味である。一人にすると、自傷行為に走るかもしれないという危惧は俺でも抱く。
「だから、昨日遅かったんですね。」
「そう。駅前のホテルまで様子を見に行ってたんだけど、すぐに帰れって言われちゃって。」
あの様子では簡単に予想がつく。
「まあ、その内、馴染めますよ。麻怜さんに似て図太そうですから。」
何のためらいもなくトイレに入ってきたことからも、麻怜さんの従妹って感じがする。
「いや、それは夏彦に似たんじゃない?」
「へ?どうして俺の名前が出てくるんですか?」
「え?だって私とアンタって従弟じゃない。」
初耳だよそんなの。
「初めて聞きましたよ。」
「うそ。アンタ、赤の他人を家に上げてたわけ?」
「いつの間にか図々しく家に上がり込んでたんでしょうが。」
「とにかく、あんたと菜々も従妹。かずんよ。まあ、仲良くしてやって。」
「英語で言うと余計分かりづらいですけど。」
でも、これでなんとなく納得がいった。何がっていうと、糸についてだ。きっと血縁とか、似た者同士とか、そう言うのに起因しているのだろう。
「で、今晩襲うの?」
「襲いませんよ。」
「なんで?私と似て美人なのに。」
「自分で言いますか。」
確かに、麻怜さんと波風は美人だ。顔つきもどことなく似ている。
「なんなら、お風呂覗いてきなさいよ。今なら黙っておいてあげるから。」
「俺が波風に殺されます。」
「というか、波風って言ってるの?菜々のこと。昔のように菜々ちゃんって呼べばいいのに。」
「はい?」
「あれ?覚えてない?昔、夏彦と菜々は一緒に遊んでたの。今のねねちゃんと同じくらいの歳だったかな。」
そんな覚えもあるような、ないような。
「将来菜々ちゃんのお嫁さんになるって言ってたわよ。」
「それ、無理矢理記憶を刷り込ませようとしてません?」
「いや、ほんとよ。昔も今のように菜々の尻に敷かれてたわ。」
記憶を思い出そうとして、止める。きっと思い出せないのは思い出したくないからだと考えたからだ。今からでも察することはできる。それはトラウマの類だ。
「あいつは覚えてるんですかね?」
「さあ。私とは少しも口を聞いてくれなかったから。だから、例え喧嘩でも、私は驚いてたの。あの子、あんなに話すんだって。」
まあ、初めて口を聞いて早々、犬扱いされたし。そうか。初めてではなかったのか。でも、久しぶりに会って犬扱いとか、俺は昔、どんな扱いを受けていたのか。
「とりあえず、私はねねちゃんと寝てくるわ。隣からイケない声が聞こえたらねねちゃんの耳を塞いであげるから。」
「ばかおっしゃい。」
麻怜さんは嬉しそうな顔をして去って行った。俺は部屋に戻っても良かったが、居間に誰もいないと波風が驚くと思ったので、テレビを点ける。テレビは帝都で大きな事件があったと告げていた。昨日のことなので、波風は巻き込まれていないのだろう。何故かホッとした。どこかのカルト集団がテロまがいのことを始めて、帝都は混乱しているという。こんな田舎まで魔の手は伸びないだろうから、俺は他人事のようにテレビを見ていた。
「お風呂あがったわよ。」
「ふにゃ?」
俺は寝ていたようだった。波風の言葉に目を覚ます。波風は濡れた髪を垂らしながら、頭にタオルを載せていた。格好はパジャマだった。それは見たことがある。麻怜さんのものだった。
「なにじろじろ見てるのよ。変態。」
「いや、それ、麻怜さんのだなーって。」
確かにほんのりと上気した波風はいつもより一層美しく見えた。でも、従妹と知ったのだから、もう異性とは見れない。家族だ。
「急いで来たから、服があまりないの。だからって、俺の服を着せてやるぜ、とか言わないでよね。」
ゴミを見る目で波風は俺を睨む。かなり心外だが、年頃の男女が同じ屋根の下なのだ。心配するのは仕方がない。
「大変だったな。」
俺はそれだけ言う。
「あと、お風呂の栓、抜いておいたから。」
「はい?」
「女の子が三人も入った後の湯船で何をしようっていうの?まさか、私が来るまであの二人が入った後に・・・」
「いや。普通に入ってたよ。」
「不潔。なんなの?熟女好きなの?ロリコンはカミングアウトしたけど、まさか・・・怖い。」
「本気で怯えないでくれ。そんなぶるぶる震えるな。早く髪を乾かして寝ろ。」
麻怜さんを熟女と扱うか。麻怜さんに言いつけてやろう。
「寝ろですって?そんな夜這いなんて。」
「そんなことしねえよ。俺をそんな目で見るな。」
とはいえ、風呂で落ち着いたのか、先ほどまでのヒステリーは抜けているようだった。
「じゃあ、風呂、というかシャワーに行くよ。」
「張っておいたけど?」
「うーん、いいや。これから張り直さなくても。お湯代がもったいない。」
なにせ、この家の家計は父の残した預金と麻怜さんの仕送りで賄われている。無駄遣いはできない。
「そう。」
俺は居間を出ようとした。
「同情してる?」
波風は俺にそう聞いてきた。
「いいや。してない。」
それは冷たい言葉だったと思う。波風は同情してほしかったのかもしれない。だが、俺が一番つらかったのは、何も知らない奴に同情の目で見られることだった。だから、同情はしない。
俺は風呂に行った。
二階には一本廊下があり、その左右に二つずつ部屋がある。その右側の階段寄りが父さんの書斎。奥がねねの部屋。左側の階段寄りが元俺の部屋で、奥が麻怜さんの個室。もう部屋でもいいが。
俺は父さんの部屋に入る。そこは物凄い有様だった。
「思いっきり投げ入れたな。」
それだけで伝わるだろう。何もかも散乱している。今晩は片付けだけで終わるだろう。明日宿題を蛭子に見せてもらおう。やってきてなければ、どうしようもない。
「そうか。波風に見せてもらえばいいんだ。」
見せてもらえる保証はない。でも、朝は早いんだ。仕方なかろう。
片付けが終わり、俺は部屋を眺める。父さんの書庫。父さんは小説家だった。でも、一冊売れたきり、それ以上本を出すこともなく、どこかの会社勤めだった。
『小説家は短命だからなあ。』
自分の死をそう言って受け入れていた。丁度ねねと同じ年の頃に父さんは死んだ。その時には母親は別の男を作り、俺はこの家に独りぼっちになった。
そうだ。その頃、だれか親戚が俺の家で世話を見てくれていた。それが波風の家族ではないか。でも、そのあたりは曖昧だ。きっと記憶がないのは波風の所業に対するものではなく、父親が死んだことに対するものだったのだろう。そして、しばらくすると母親は帰ってきた。別の男を連れて――
「うん?」
俺は違和感に気付く。どこからか物音というか、声が聞こえる。麻怜さんとねねはとっくに寝ている頃だろう。だとすれば、波風か。
聞こえてくるのは、すすり泣きの声。きっとそうだろう。
俺は何も聞かないふりをして布団に潜り込む。嫌な記憶を思い出しそうで嫌だった。
波風菜々について
容姿は赤毛のロング。それもストレート。背はすらりと高い。カップ数はCかな。イメージは戦場ヶ原ひたぎ。もう、そのものってくらい。ひたぎさんにツンデレ要素を盛り込んだ感じ。
主人公と過去に何かあったみたいですが、本作では語られません。いつか書くかもしれませんし、書かない可能性が高いです。応援してくださったら書きます。