Ten day 地下帝国 minoritic majority ドッキングじゃ!
Ten day 地下帝国 minoritic majority ドッキングじゃ!
また、波風より先に起きることができなかった。
「おはよう。」
「・・・・・・」
波風は一言も話さない。俺はいないかのようだ。波風に任せたままなのは心苦しいが、手を出せば噛まれそうな勢いだ。今日は金曜日。明日は土曜日。波風を入れれば九人ピッタリそろう。波風と仲直りができるという前提であるが。
「おはよう。」
ねねが一人でに起きてくる。やっとそこまで成長できたかと思うと、俺は思わず感極まる。まあ、麻怜さんが起きてこないのは仕方がない。幼稚園児よりも成長が遅れているのはいかなるものか。
「おはよう、ねね。」
ねねは不安げに俺と波風を見ている。
「どうしたんだ?」
「うん。なんでも。喧嘩はダメ。」
やっぱり聞こえていたのか。
「大丈夫。俺と波風は喧嘩なんかしていない。喧嘩しても俺たちならすぐに仲直りできるもんな。」
「・・・・・・」
俺の言葉をことごとく無視しやがる。仲が冷え切って末期というところか。なんて最悪。
「ねね、麻怜さんと由実を起こしてきてくれるかな。」
「落としていいの?」
「ああ。でも、しっかり麻怜さんを下敷きにするんだぞ。」
「わかった。」
ねねは意識がしっかりしている。ホントに成長したんだな。
「また落としたわね。それもシーン割愛とか。」
「別にエロくなかったから削られたんですよ。」
「そこをエロくするのが作者の仕事でしょう。怠惰してんじゃないわよ。」
「なんだか日本語おかしいですけどね。」
食事を始める。この場でホエホエしているのは由実だけだ。
「なっちゃん、あーんして。あーん。」
「自分で食えよ。」
俺は大分慣れた。この後、由実にあーんするとなにが起こるかが予想できる。だから、ここは断固としてはねのける。由実のパジャマから垣間見える谷間が気になっても、跳ねのけるんだ。
「さあ、着替えるんだ。由実。波風に着替えさせてもらえ。」
「やだー。」
「わがままは許しません。」
波風がねねを御したように、俺も由実を御さねばならない。何故俺が年頃の乙女を御さねばならんのかはこの際置いておこう。
「あ、そう言えば。」
俺は高坂先輩に言われていたことを思い出す。
「高坂先輩が気をつけろって。」
「 。」
「え?」
波風は何かつぶやいたようだったが、俺の疑問に答えず、さっさと由実を連れて行った。恐らく俺にはもとより聞かせるつもりはなかったのだろう。なら、問いただす必要もない。
暇を持て余していた麻怜さんにねねの髪を結ってもらっている間、俺は自分の着替えを済ます。朝からいろいろと大変である。ねねが来た当初は俺も早起きできず、何回もバスに乗り遅れてしまったなあ。当然俺は大遅刻。
「さあ、行ってらっしゃい。」
迎えのバスを送り出す。保母さんは苦笑いだけど、俺は堂々と笑顔で答える。無駄な詮索はするな、と。
「私たちも行こうか。」
「ああ。」
波風が無言であるのには慣れた。むしろ、無言である方が望ましい。お互い関心を持たなければ、争いは起こらないのだ。それこそ、平和そのものだ。
「なっちゃん、アラちゃんは?」
「いるけど、呼ばないとダメか?」
「最近アラちゃん成分が足りないから。」
基本的に吉田は俺たちが招き入れないと顔を出さない。本人は後ろから見ているだけで幸せと言っているけど、こっちは見られていい気分はしないし、何より少し可哀想であるという気持ちにもなる。
「吉田。」
「待ってました。」
「アラちゃん!」
波風は吉田を見た瞬間に飛びつく。猫がネズミに飛びつくような感じだ。
「由実さん。止めてください。くへになっへひまいほうへふ。」
十分癖になってるな。言葉を読み取れた俺も俺だけど。
「先輩。女難の相が出ています。」
「それはいつもだと思うけどな。」
唐突に言わないでくれ。ちょっと怖くなってくるじゃないか。
「気を付けるよ。」
どう気をつければいいのか分からないけどな。とりあえず、頭上には気を付けておこう。
教室の雰囲気は妙だった。違和感がある訳じゃない。むしろ、その逆だった。違和感がなさ過ぎる。教室というのは常に不定形で、日々姿を変える。まるで海について語る猟師みたいだが、あながち間違ってはいない。海に生きる者にとっては生きるか死ぬかの問題で、教室という場所も学校という共同体で生活をする上では、その情勢によってその人の未来が決まることだってある。
海が静かだった。まるで、嵐の前の静けさ。津波の前に波が引いていく不気味さ。その中で一番心を休めていたのは田辺であろう。彼女は心からの平穏を望んでいた。それが実現している。救われたような顔をしていた。
「なあ、蛭子。教室が普通じゃないか。」
「何を当たり前のことを言ってるのよ。」
蛭子に呆れられてしまう。まあ、俺も自分の言っていることが変なことくらいは分かる。
「まあ、今日は宿題がないからみんな浮かれてるんでしょう。土日に宿題が出されるから、その現実から逃げるために。」
俺にはそんな風には見えなかった。誰も何一つ波風を立てないようにしているような、そんな感じ。
「なあ、俺に女難の相は出ているか?」
「月は出ているか、みたいな感じで聞かないでよ。私に分かるとでも?」
「確かにそうだな。」
「真杉は常に女難じゃない。それ以上の女難となると、もはや女災よ。」
まさかの災害レベル。
「また、喧嘩した?」
「波風か。」
波風は俺たちの机に来ようとはしなかった。自分の机で一人黄昏ている。その姿に多くの糸が集まっている。が、俺から見れば、田辺とあまり変わらない姿だった。田辺の名誉のために言っておくと、田辺にも多少の糸は伸びている。特に大人しくなってからは雨に濡れた子犬のようだと糸が伸びている。さっきのは本人に話せないな。
「喧嘩、したな。」
直接話したから、今度は実感が湧いた。まあ、今一何に怒っているのかは分からないけれど、俺はきっと波風の心に土足で入って行ってしまったのだ。でも、こうしないといけなかったし、こうすることで、少しは関係が良くなることを期待している。
「仲直り、するの?」
「したい、な。どうすればいい?」
「裸になれ。」
「俺はあまりこういうことを言いたくないんだが、舞鶴湾に沈む勇気はあるか。」
「ちゃんとはっきり言いなさいよ。死ねって。死ね。」
「なんで俺が言われなくちゃならない。」
「とにかく、今の状態だと時間が解決してくれることはないわ。むしろ、悪化するわね。膿を出すわ。蛆が湧くわ。だから、今のうちに痛い消毒をして、絆創膏を貼るべきね。」
分かりやすいような分かりにくいようなことを言ってくれる。だが、今一契機が見つからないんだよな。仲良くなろうにも話してくれないし。
昼休みは三人で食べた。だが、波風は俺とは決して話さない。蛭子とだけ話していた。俺も蛭子とだけ話し、蛭子がすごく困ってなんとかしろという顔をしていた。でも、何にもできす、また、なんだか無視されると気がめいってしまうから、校舎を散歩することにした。
桜が散って、もう真っ青な葉を茂らせている。ゴールデンウィークが終わり、もうすぐ夏が近づいている。そんなのだから、冬服が暑く感じてしまう。今は日光ガンガンだもんな。もうすぐ梅雨だろうけど、そんな予兆を全く見せない。ずっとこのまま梅雨を通り越して夏に行ってしまいそうだ。そんなことを考えていると、とんでもない雨が降って、街中洪水に見舞われるんだ。台風が来るたび街中パニックだよ、全く。
俺は熱くなってきたので学ランを脱ぐ。この周辺で学ランが男子の制服なのはウチの学校くらいである。ちなみに、女子はセーラー服ではなく、ブレザー。みんなださいと言っているし、あれなら学ランの方がマシだとは思う。昭和からデザイン変わってないんじゃないか。まあ、公立だから仕方ないけど。
頭上注意。そんな言葉を思い出す。何故って?広げた学ランの上に植木鉢が落ちてきたからだ。学ランは泥にまみれている。最悪だ。
「大丈夫ですか?ケガはないですか?」
「え、ええ。」
上の階から声がかけられる。どうも不注意で落としてしまったらしい。
「ちょっと待っててください。」
「いえ、持っていきます。」
とりあえず、学ランの上の土を綺麗に植木鉢の中に戻して、上へと持っていく。学ランに乗った土も丁寧に落とす。校舎を少し汚しただけでもうるさいものね。うちの学校。
四階の教室に行く。よくも無傷で受け止められたものだ。備品が壊れなくてよかった。一階から二階、二階から三階、そして、三階から四階へと進んでいくと、なんだか人の気配がしなくなった。そう言えば、四階って特別教室群じゃなかったか?理科室とか音楽室とかの。
恐らくここだろう、と理科室の前に立つ。辺りに人通りはない。休み時間に特別教室に行くやつなんて早々いないしな。
「失礼します。」
「入って。」
そう言って扉を開けたのは男の人だった。教師だろう。俺は見たことがなかったけど。
「ごめんね。つい花を観察していたら落としてしまって。」
「いえ。鉢が壊れなくてよかったです。」
メガネをかけたもじゃもじゃな頭の教師は何故か驚いた顔をする。なんだか、俺の知り合いは似たような姿だな。
「君は怒っていないのかい?」
「どうしてですか?」
「下手をすれば君が死んでいたかもしれないんだから。真杉夏彦くん。」
「そう言えば、そうですね。」
俺はこの時、自分が死ぬかもしれなかったことに気付いた。
「君は、実に、面白い。」
俺はおかしなものを視た。教師の体から黒く禍々しい糸が出ている。俺は気のせいだと思いながらも、その複数の糸から目が離せなかった。
「そう言えば、いい匂いがしますね。花の匂いですか。」
どうして今まで気がつかなかったのだろう。部屋にはいい匂いなんて表現では余るほどに濃い臭いが充満していた。鼻の粘膜がひりひりする。そのひりひりは俺に早く出ろと警告しているようだった。
「いい匂い、か。君は見る目があるね。これはラベンダーさ。理科室でラベンダーってえのは、日本のおなじみだろう?」
男が何を言っているのか寸分も理解できていなかった。さっきから俺の視界はぐるりぐるりと歪んでしまっている。絶対に何かおかしい。俺が一番おかしいと感じたのは、男がこの環境の中で何不自由なく元気に過ごしていることだった。
「この花の匂いですか。素敵です。」
そういうのがやっとだった。俺は鉢植えを机の上に置き、部屋から出ようとする。しかし、俺の体は俺の意に反して少しも動かなくなっていた。鉢から手を離した瞬間、俺の体は床に倒れていた。衝撃が直接頭に響き、視界が大きく歪み続ける。吐き気がする。このままだと、本当に酔ってしまう。
「残念ながら、この花の匂いではないよ。この花はマリーゴールド。君も小学生の時育てたんじゃないかな。花言葉は、『嫉妬』だ。」
くっくっく、と男は何が面白いのか、顔に手を当て、背を仰け反らせる。
「ちなみに、ラベンダーは色々あってね。期待とか沈黙とか、疑問とか。」
俺の耳には自分が呼吸をしている音しか聞こえてこなかった。呼吸している限り俺は生きている。でも、決して安心できる状態ではないのも確かであった。
目を覚ました。体を動かそうとしても動かない。
「最近、主人公にこの仕打ち多くないか。」
「黙れ。」
パシン。物凄く痛い。
「どうだ。これが百万円の痛みだ。」
俺の目の前には札束を持った少年が一人。
「くれ!」
「札束より、この仮面をまず気にしろよ。」
少年は仮面を被っていた。そして、手には札束が握られている。
「ありがとう。君は恩人だよ。」
「やらないからな。絶対にやらないぞ。」
「ちっ。ドブネズミが。」
「急に口が悪くなったな。」
何故か驚かれる。手には札束。
「もう札束は忘れろ。」
少年は学ランの内ポケットに札束をしまい込む。
「お前、何者だ。ウチの生徒だな?」
学ランはうちしかないからな。
「さて、どうかな。」
顔を隠すより衣装を何とかしろよ。モブの顔なんて覚えてないんだからさ。
「そろそろ四天王様がいらっしゃるぞ。」
理科室の扉のそばにもう一人、似たような生徒がいた。ラベンダーの香りはしない。換気したのか。
「四天王ってなんだよ。」
「地下帝国の四天王様だ。」
地下帝国ってこんな感じだったんですね。驚きだ。
「やあ、諸君。彼は目を覚ましたかね。」
入ってきたのは黒いコートの男。顔を隠していないから分かる。理科室にいた教師だ。
「お前は一体何者だ。」
「全く威勢がいいね。」
男は俺におかまいなしに、机で何やら作業をしている。
「君たち二人には本当に感謝しているよ。まさか、しずく帝国の人員がこれほど使える人間だとは思いもよらなかった。」
「いえ。我らこそ、菜々帝国の幹部様に見初められて光栄です。」
「我々はぽっとでの菜々帝国なんかよりもずっと訓練を積んできましたから。」
「しずく帝国と菜々帝国は同盟を結んだ。真杉夏彦という、共通の敵を前にしてね。」
男はビーカーにライトグリーンの発光色の液体を入れている。なんだかつんとした匂いがする。ミントとかキシリトールの匂いだ。薄荷臭とでもいうべきか。
「他の女子にも手を出していた真杉夏彦はとうとう、対真杉大帝国と名付けるべき巨大組織を創り出してしまったのだよ。その肥大化した組織を維持するにはそれなりの人材が必要でね。私は四天王に立候補させてもらった。」
「お前は誰なんだ。この学校の人間じゃないな。」
「ああ。そうだ。私は帝都の人間。ヴィルヘルム・シュバイッツァーとでも名乗っておこう。」
「外国人か。」
確かに、日本人にしては背が高く、体格もいい。
「でも、問題の所在はそんなところにはないのだよ。はっきりと言おう。私は君を殺したいほど憎んでいる。この気持ちは、そうだね。マリーゴールドの花言葉そのものの、『嫉妬』だよ。」
「何故俺が嫉妬されなきゃいけない。」
「それはこれから話すんだ。」
男が試験管を揺らす度に匂いが増していく。
「私はある組織に属していてね。いや、あれは宗教かな。入信してるんだ。そこの幹部様が君の知っている通り、波風菜々の父親でね。」
俺は頭が真っ白になる。これは聞いてはいけないことだったのではないか。少なくとも、本人の口から聞かされるべきではないか。
「その顔、もしかして――くっ。妬ましい。嫉妬だ。どうしてお前がお嬢様の寵愛を受けている。妬ましい。」
勘違いだ、と訂正しようとして、体がだるいことに気付く。
「あの匂いはなんだ。俺に一体何をした。」
「いや。まだ何もしていない。あれは心を穏やかにするためだけのものだ。いささか、君には効き過ぎたようだけど。それなら、これからすることにも効果は発揮してくれそうだ。」
男は試験管の液体を注射器で吸い上げる。注射器と謎の液体。そこから連想されるものはただ一つ。
「やめろ。」
男は俺に薬物を投与しようとしている。俺はなんとか束縛から抜け出そうともがくが、体は自由にはならない。男からは黒い糸が伸びている。その糸は俺に伸びるわけでもなく、宙を彷徨っている。あれは嫉妬なのか。でも、男は俺に嫉妬しているわけではないのか。では、一体何に――
男は俺の腕を掴む。ひんやりと冷たい手。にやにやと不気味に浮かぶ笑顔。それはもう人間のものとは思えないほどに醜く歪んでいた。針が俺の体を貫く――
「待ちなさい!」
そんな刹那、理科室に声が響く。光が遮られていた教室から、一筋の光が俺たちを照らす。橙色の夕日に照らされるは赤く燃えるような灼熱の赤髪。
「菜々お嬢様!」
仏を拝んだように涙を流して男は波風を仰ぎ見る。注射器は男の手から離れて、俺の足元に転がる。
「私を名前で呼ばないで。殺すわよ。」
それは決して脅しではない。波風が殺すと言ったら必ず殺す。そんな殺気が漂っていた。
「私の名前を呼んでいいのは旦那様だけよ。それも、一生を添い遂げる、唯一無二のね。」
「うわぁ。意外と乙女チック。」
「犬は黙ってなさい。」
俺は嬉しさのあまり、呟いてしまったが、波風はばっさりと切り捨ててしまう。流石、波風。
「どうして、ここまで――」
「あの包囲網をどうやって突破したんだ。」
お面の生徒は波風を見て驚愕している。
「あんなの、簡単よ、と言いたいところだけど、今回は高坂先輩と黒江銀の力を借りたから、そうは言えないわね。ことは急を要すると分かったわけだし。」
あの波風が誰かを頼るなど、考えられなかった。何でも一人でこなしてしまう、完璧超人が波風菜々だと思っていたからだ。
「くっ。こうなったら。」
「女だからって容赦しないぞ。」
言葉が先に出て、体が後に動く。三下の典型例、いや、模範例だ。その隙に、俺の足元に何かが走る。ネズミかな、などと不気味に思っていたが、違った。気がつくと、俺に施されようとしていた蛍光グリーンの注射器は男の手に握られていた。
「待ちなさい!三下がァ!」
男は自分の腕に注射器を刺し勢いよく薬物を注入する。そして、その刹那、三下の動きは止まった。黒い糸に貫かれて。その拳が波風に達する前に三下どもは地面に崩れ落ちた。
「あなた・・・」
「憎い憎い憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!」
男は呪文を唱えるようにブツブツとつぶやく。目には獣の光。そこには理性の欠片もない。
「シュバァ!」
男は奇妙な音を発して波風に突っ込んでいく。波風は難なく避けたものの、男が壁にぶつかった勢いに、体を吹き飛ばされる。
「AX2型。完成していたの?」
波風の顔は憎しみに満ちる。悲しみと悔しさのごちゃ混ぜになった感情。
「これは、カミサマーAの出番だな。」
「は?」
俺の束縛が解かれる。俺の後ろに立っていたのは紛れもない神出鬼没。高坂先輩だった。
「どうも、高坂天女です。みなさま、お久しぶり。」
「そんなこと、どうでもいいです。なんですか。カミサマーAって。」
「冒頭で言っていただろう。」
「あれは冗談じゃなかったんですか。」
「見せてやれ、波風クン。」
はぁ。と一息ついてから、波風は男を見る。男は壁への衝突による衝撃から回復し、今、立ち上がろうとしていた。
「GO!カミサマーGO!」
波風は腕にしていた真紅のブレスレットに声を吹きかける。
世界を塗りつぶすカラフルな光。そんな中、波風の衣服が徐々に虚空に消えていく。その下に現れたのは生肌ではなく、光のシルエット。完全に光のシルエットになった波風はくるりくるりとその場で周る。その際に音を発し、腕に赤き鋼鉄のガントレットが。軽く地面をたたくように蹴った足も赤き鋼鉄のブーツ。ぷりっ、と突き出す腰にはひらひらとした短めのスカート。腕を胸にかざすと、胸の中心部に赤い光が現れ、その部分だけ光が取り払われる。赤き宝石のブローチ。滑っていく腕に合わせて胸に胴にひらひらの衣服。そして、どこからともなく現れてくる、同を一部覆う鋼鉄の赤き鎧。極めつけは、頭に手をやる。両手で何かを形作るようにすると、そこには光が宿り、白いヘッドドレスが。手をそのまま胸の前まで持っていき、大きく前面に突き出す。
「正義を貫く赤き衝動。」
波風はそのまま流れに任せてポーズをとる。
「カミサマーA見参!」
「なんだと、カミサマーAだと!?」
「なんで高坂先輩が言うんですか。」
「バーサーカー状態の彼が言えるはずもないだろう。」
「さいで。」
俺は目の前の光景に驚いていたさ。なにせ、この小説で初めて非現実的な事象が起こったのだもの。それも、作者が張り切りまくって描写を事細かに書いてるし。
「高坂先輩。これはなんですか?」
「カミサマーAだ。」
「いや、なんで波風が魔法少女になってるのかですよ。」
「カミサマーAだからだ。」
ああ、聞いても無駄なのね。
男はカミサマーAだろうが波風だろうがお構いなく、突っ込んでいく。ホコリを立て、机を破壊し、阿修羅のごとく猛進する。もう、人の身でなせる業ではない。
波風は――瞬間移動した!
「カミサマーAは見た目に反して早い。計十五個もの噴出装置がついているからな。だが、狭いここではいささか不利だな。」
男は顔から血を流して、それでも波風に突っ込んでいく。波風は避けるが、男はそれを読んでいたかのように波風に爪を立てる。波風は両手のガントレットで攻撃を防ぐ。
「噴出装置の弱点は直線的にしか動けないことだ。初めてにしてはよく調整できている。普通なら教室を突き抜けかねないからな。しかし、直線的でなく高速で移動することは、構造上無理だ。」
波風は男の猛攻をしのぎながら、後ろに逃げる。そして、片足をつき、片足だけで体を止める。体は一本足で支えられたまま、弧を描くように下がっていく。そして、そのまま振り上げた足の噴出装置を発動して、男に回し蹴りを食らわせる。男は吹っ飛び、黒板にめり込む。
「どうだ!」
波風が言葉を発する。だが、男は――
「くきききかか!」
変な言葉を紡ぎ、立ち上がる。そして、コートを広げる。そこには俺が投与されそうになった薬品と同じものが何本もしまわれていた。
「あんなに変質薬を――まさか!」
試験管に何本も閉じ込められていたそれを男はこじ開け、口に入れる。ごくり、ゴクリ。栄養剤だって一日に一本だ。何故なら、それ以上飲もうものなら、肉体が壊れてしまうから。
「あれは、ヤバい――」
俺にだってわかってしまった。あれがもはや人ではないことに。全ての薬を飲みほした瞬間、男の背後から黒い糸が血のように噴き出す。それには何の意味もないはずなのに、俺は恐怖を覚えてしまった。
「くっ。」
波風の口から息がこぼれる。気がつけば、波風がいた場所に男がいて、波風は遥か後方の壁に吹き飛んでいた。
「大丈夫か。」
「・・・・・・」
この期に及んでもまだ口を聞かない。俺はなんだか腹が立ってきた。
波風は立ち上がり、男を撃滅せんとする。しかし、男も速い。男は波風の背後に回り――波風はすでに男の背後にいた。そして、右手に固い拳を握り、男に渾身の一撃を放とうとして、波風の拳は止まった。
「何があった、カミサマーA!」
高坂先輩が叫ぶ。
「腕が動かない――」
俺には視えていた。波風の腕を黒い糸が貫いていたのだ。
「腕の上側を斬れ。」
俺の言葉に波風は反応して手刀を持って腕の上部を払う。糸は斬れて、波風の体は自由になる。そこへ、男の蹴り。波風は大きくバランスを崩しながら、後方へと移動する。
「波風!」
俺は波風のもとへと向かう。今は俺の力が必要だと感じたからだ。
だが、波風は俺のことを見ないように目を合わせない。ふざけんな。
「波風。避けろ。」
俺と波風は左右にそれぞれ逃げる。今まで俺たちがいた場所に糸が天と地を縫うように迫っていた。男は微塵も動いていない。これはなんなんだ。
「波風。俺の言うことを聞け。」
また、何も言わない。
「ダメだ。むやみに突っ込んでは。」
波風は男に突っ込み蹴りを入れる。しかし、難なく躱され、胴を抱え込まれ、そのまま俺の方へと向かって飛んでくる。俺は波風とぶつかる。衝撃が半端じゃない。トラックにぶつかったような衝撃。まあ、ぶつかったことなんてないんだけど。
「どうやったら勝てるの。」
波風は忌々し気に呟く。早く退いてくれません?
「ドッキングじゃ!」
「ドッキング!?」
波風は驚いている。俺は何のことやらわからない。
「本当にやるの?」
「それしか方法がない。」
合体でもするのか?合体ってまさかな。
波風は俺に近づき、目を閉じる。
「高坂先輩?」
「真杉。波風にキスをするのだ。」
「嘘でしょう?」
俺は思わず目を背ける。こんな状況でキスなんてしたくない。
「早くして。」
目の前で聞く波風の声は妙に艶っぽく聞こえてしまう。俺は意を決し、目を閉じて、高鳴る心臓の鼓動を必死て抑え込んで、そして――
「やっぱり無理だ。」
男はだんだんとこちらに向かってきている。しかし、できない。俺の大切なファーストキスなんだ。しっかりとした状況で、大好きな人と――
「おでこにチューくらいできるだろう。」
「ああ、それなら。」
案外簡単にクリア。俺は波風の額にキスをする。少し触れるだけのぎこちなく、震えるようなキス。その途端、俺の意識は別の世界に飛ばされた。
俺と波風。その肌は光でできている。二人は一つになっていく。体の感覚を共有していくにつれ、何もかもが入り混じった、混沌なる無の快楽が押し寄せてくる。体の芯から芯まで、脳髄の髄から髄まで蕩けてしまいそうになる。
今、俺たちは一つになる――
「ビビッド・夏彦オペレーション!」
さして変わったところはない。あるのならば、鎧が軽量化され、ひらひらとした布の部分が増えたこと。そして、正義の味方のようなバイザーが装着されたこと。
「カミサマーA、タイプスレッド。オペレーション開始します。」
俺の脳内から声が聞こえる。
「なんだ?」
俺の口はもうない。俺が発せよという命令を送ったから、どこからか俺の声は聞こえているのだ。
「なんだ、という発言は抽象的過ぎてお答えできません。」
「お約束だな。」
俺に響いてくる機械的な音声はそういう。
「じゃあ、まずはどうなったのか教えてくれ。」
「あなたとカミサマーAはドッキングし、新たな姿となりました。あなたの意識、つまりは魂という概念に当てはめられるものは、カミサマーAのデバイスの中に保管されています。あなたの肉体も同様に保管されてはいますが、状況により、ホスト、つまり、カミサマーAの有機的部分の損傷に当てられるでしょう。しかし、ご安心ください。あなたの身体データは保存されていますので、示現領域から有機物を生成し、再び元の姿に復元が可能です。」
「つまり、俺は波風と一緒になったってことか。」
「正確には、違います。二つの生命は独立して生きています。このカミサマーAドッキングオペレーションシステムは二人の意思疎通を円滑に進める為のものです。出来ることとして、意識、感覚の共有です。」
「うん。よく分からん。とにかく、俺はあんたとこうやって呑気に話していていいのかな。」
「はい。今、あなたの思考は電気信号となって私と疎通している状況です。電気の速さですから、あなたがカミサマーAとドッキングしてから一秒も経ってはいません。」
「そうか。で、俺はこれからどうすればいい。」
「まず、このカミサマーAに起こっている諸問題をお伝えします。現在カミサマーAは運動能力に百パーセント脳内メモリを使っています。簡単に言うと、脳筋状態です。」
「言い方悪いな。」
しかし、言いたいことは分かる。複数の噴出装置を調整しながら攻撃をこなすとなると、頭で考えている余裕はなくなる。
「ですから、あなたにはカミサマーAの頭となっていただきたいのです。人工知能である私では脳波が同調せず、彼女との意思疎通ができません。私と彼女の意思疎通を助けることができるのはあなただけなのです。」
「つまり、AIの代弁者って訳だ。」
結局パシリかよ。
「そして、私があなたに期待していることがあります。」
「機械が期待とは大げさだな。」
「先ほどカミサマーAの腕に起きた異常。あれは現在のカミサマーAでは、いや、人類では認識できない『ナニカ』です。予測はできますが、それをしたところで今は意味がないのです。ですが、あなたは対処できていた。あなたには何かが視えるのですね。」
「ああ――」
「いえ。言う必要はありません。そして、それはむやみに言いふらしてはいけないものです。あなたは世界を敵に回す可能性だってある。」
「確かに俺には視えている。だが、視界を共有すれば波風にも見えるんじゃないのか。」
「恐らくは無理でしょう。出来るのは感覚共有のみ。つまり、同一の電気信号を二人に向けて同時に放つだけなのです。もし、あなたが特殊な電気信号を感知し、カミサマーAに送ることができても、彼女の脳はそれを認識できずに、打ち捨ててしまうか、別の信号として、別の脳の分野にパルスを流してしまいかねません。」
「つまり、波風が危険ってことだな。じゃあ、どうすれば。」
「カミサマーAに語りかけるほかありません。あなたが近くしたものを言葉で伝えるのです。」
最大のミッションだと思った。
「以上がチュートリアルです。何か質問は?」
「ない。」
「では、オペレーションスタートです。」
結局AIの言っていることの半分も理解出来なかった。しかし、習うより慣れろである。俺は説明書は読まない派だからな。
「行くぞ、波風。」
「頭の中で語りかけないでよ。」
「仕方ないだろ、これしか伝達手段はないんだから。」
「引っ込んでなさいよ。」
「そういうわけにもいかないんだ。」
俺は波風を死なせるつもりはない。波風が死んで俺が生きていても、そんなの受け入れられるわけがない。俺はもう誰も失わないって決めたんだ。そのために、つないだこの手を絶対離さないんだ。
『タイプスレッドは噴出装置が使えません。』
じゃあ、どうすれば。
『その分、身体能力が飛躍的に上がっています。』
なら、俺のオペレーション要らないんじゃない?
「波風。このタイプは身体能力が上がっている。そのまま叩き込め。」
「うっさい!」
波風は男に蹴りを食わせる。男は早い。簡単に避け、逆に波風を蹴り飛ばす。
「ちっ。蹴りではダメか。拳ね。」
「波風さん。すんごく痛いんだけど。」
「男なんだから我慢しなさい。」
出来れば攻撃は食らわないでくれ。お前は我慢できても俺は我慢できそうにない。
「波風。避けろ。」
「どっちに。」
「前以外。」
「曖昧な。」
黒い糸は左右、前方から迫ってくる。天地を縫うように。
「うおぅ。」
ギリギリで避ける。しかし、波風の目の前に黒い糸がまっすぐ伸びてくる。
「避けろ、波風。」
「どっちに。」
「首と手足を今と別の場所に。」
頭と手足を貫くように狙ってくる糸を波風はなんとか避けた、と思いきや、右手が糸で貫かれる。
「またか。」
「手の前方を斬れ。」
波風は言うとおりにする。
「くそ。何が起きているのよ。あの男、隙だらけなのに。」
波風の目の前に男が現れ、波風の顔を狙う。波風は避けて、男に拳をかます。だが、男も避ける。壮絶な拳の交わしあいが始まる。
『制限時間、後、一分です。』
聞いてないぞ。
『示現移転穴が三分以上開いたままだと閉じ無くなてしまいます。』
分からないことはいい。とにかく、今は何とかしなければならない。糸を出していない時の男は隙が無い。だから、糸を出している時を狙うほかない。つまり、糸に触れずに糸を切り裂いて行ける、そう、剣のような武器が欲しい。
何か武器は――
『あります。』
出してくれ。
『それはあなたにしかできません。やり方は分かっているはずです。』
無茶を言うなよ。
そうこうしているうちに時間は過ぎていく。だんだんと男に圧され気味になっていく。このままではまずい。
波風の拳が男の胴を捉える。男は大きく吹っ飛ぶ。
「少しは私のこと、信用しなさいよ。」
「いつも信用してるさ。」
「じゃあ、なんで。」
男は不死身のように立ちあがる。糸が来る、と直感する。俺はどうすればいい。
「なんで私に弱いところを見せないのよ。」
だって、お前に弱いところなんて見せられないだろ。
「なんでもっと頼ってくれないの。なんで無理するの。」
波風は分かっていてくれたんだ。でも、俺が助けてって言わなかったから、どうにかしてあげたくてもできなかったんだな。
「示現領域より概念抽出。解析完了。並行位相を経由して物質を移転。抽出概念をもとに物質を固定化。設計。実体化する!」
「出でよ、もう一つの世界のカタチ!」
目の前に迫った糸を斬る。波風の右手に握られたのは、ハリセン。
「って、ハリセン!?」
「でも、これならいける。」
男は糸が切られたことを認識したのか、これまでにない糸を放ってくる。
「おらああああ。」
波風はハリセンで凌ぐが、これではそのうちやられてしまう。
「夏彦!」
「あいよ!」
それだけで十分だった。俺はもう一本ハリセンを出現させる。
「ハリセン二刀流。双龍閃・凩。」
波風はその場で回転する。糸はハリセンの勢いにかき消される。
『残り、三十秒です。』
「波風。時間がない。」
「分かってる。」
波風が男の元へと向かおうとした時である。男の口元が不気味に歪んだ。
「ダメだ。波風!」
俺の言葉に波風が後ろに跳ぶ。その直後、さっきまで波風がいたところから、大きな龍の咢が現れた。
「お前の目には何が視える。」
波風が聞いてきた。
「大きな黒い龍だ。」
「倒せそう?」
「お前に倒せないものなんてないだろう。」
俺がそう信じているんだ。お前にできないことなんてないさ。
「波風、ごめんな。」
俺は謝る。
「どうして謝るんだ。」
「俺はお前の心に土足で入り込んだ。だから――」
「嬉しかったわ。」
「なんて?」
「もう言わないわ。」
「そうか。」
なら、俺も聞かなかったことにしよう。波風が嬉しかったなんて言うはずがないもんな。
「てりゃあああ。」
波風は大きく跳び、龍を一閃。龍は糸くずとなり、宙へと舞う。
『あと、三秒』
三秒も要らなかった。もうハリセンは男の胴を捉えて、空高く弾き飛ばした。
「うおっ。」
変な音とともに、俺と波風は元の姿に戻る。
「いやあ、流石だ。二人とも。」
「あれは一体何だったんですか。」
俺は高坂先輩に言う。
「まあ、一夜限りの奇跡、みたいなものさ。」
「答えになってませんよ。」
高坂先輩は答える気がないようだった。
「お互い裸になって話し合っただろう?仲直りできたか?」
俺と波風は目を合わせる。急に恥ずかしくなって俺と波風は目を離す。どうないしろっちゅうんじゃ。
「波風。お前の力が必要なんだ。助けてくれ。頼む。」
俺は土下座する。
「ま、なあ、犬が芸をしながら頼むんだから、頼まれてやってもいいわ。犬なんだし、裸を見ても、見られても恥ずかしくないわよ。」
「じゃあ、一緒にお風呂に入ろうワン。」
波風に蹴られる。さっきのは俺が言ったんじゃない。言った張本人はおかしそうに腹を抱えている。
「さて、一件落着だな。私も参加させてもらおう。」
「よし、これでメンバーは揃った。」
「八人か。少ないけど仕方はないわね。」
「はい?」
「なに腑抜けた面をしてるの?」
「波風と、高坂先輩、朝露夜霧ペアで計九人だぞ?」
「私が出るって言ったかしら?」
「ちょっと待て。訳がわからない。」
「私は監督。あなたたちは八人で出るの?」
はい?
「お前ら、そろそろ起きろ。」
俺は生徒たちの顔に乗っている仮面を蹴飛ばすように顔を蹴る。仮面が飛んでいく。仮面の下の顔を何処かで見たような気がした。
「まさか、野球部員か。」
もう一人の男子も野球部員だった。
「黒江銀。コイツの処分は私に任せてもらっていいかしら。」
「別に構わないよ。」
銀髪の小さな女子が理科室の入り口に立っていた。
「処分って、どうするつもりだ。波風。」
俺は勇気を振り絞って聞く。
「悪いようにはしないわ。」
波風は男の元に向かって行く。
「セバスチャン。狸寝入りは良くないわ。」
「お嬢様。私は自分が恥ずかしい。まさか、お嬢様に手を出すことになるとは。」
「そうね。恥じでしょう。昔の私なら優しかったから、今すぐにでも殺してあげたわ。でも、今は甘くないの。私の奴隷となりなさい。虫けら。」
「喜んで。」
セバスチャンは仰向けで倒れながら、涙を流していた。いや、涙を流すところだろうか。
「さ、行くわよ。」
「どこに。」
「練習よ。まさか、あなた、前日練習を休むつもり?」
「え?今って昼じゃ・・・」
「もう放課後よ。昼休みからずっと犬が吠えないから心配してたの。」
「すまない。」
「私が聞きたいのはそんな言葉じゃないわ。」
「ありがとう。」
「よろしい。」
そうして俺たちはグラウンドに向かった。
「ちゃっかり何もなかったように参加してますね?」
「「なにか?」」
「いえ。文句も出ないっす。」
朝露夜霧先輩は何事もなかったように練習に参加していた。
「全員集合!」
「はい。」
波風監督は選手たちを呼び寄せる。
「では、明日のポジション、ならびに打席番号を言い渡す。」
そして、監督は俺たちにポジションと番号を言い渡す。
「正気ですか?」
しずくがみんなを代表して言う。
「ああ。全てを総合的に判断した結果だ。異議があるか?」
「いいえ。」
「では、これで今日の練習は終了だ。今日は早く帰って休息をとるように。では、解散。」
俺たちは部室に戻っていく。
「しずく。良かったのか?」
「なんで?」
「いや、波風が急に監督やるとか言って、不満じゃないのかなって。」
「そんなことないよ。」
いや、絶対不満なはずだ。何も知らない素人が急に取り仕切り始めたんだぞ。
「波風さんはきっと私よりよく見てたはずだから。」
「はい?」
「なっちゃん、気がついてなかったの?波風さん、教室の窓からずっとこっちを見てたんだよ。暗くなるまでずっと。」
遅くなるなと言ってたくせにお前が遅くまでいてどうするんだよ。
「そうなのか。」
「だから、私の知らない私の癖とか、そういうのも観察して、あのオーダーなんだと思う。」
「そう・・・かな。」
しずくは波風を信用し過ぎている。まあ、波風はやすやすと負けるタマではないから、本気で勝ちに行こうとするだろうが。
「なっちゃん。」
「なんだ?」
「本当にありがとう。」
しずくは急に頭を下げる。ちょっと、驚くじゃないか。
「なっちゃんがいなければ、練習試合はできませんでした。だから。私にはこんなことしかできないけれど。」
「十分だよ。」
俺はしずくの頭に手を置く。
「それより、明日、頑張ろうぜ。絶対に勝とうな。」
「流石だね、なっちゃんは。」
「しずくも勝ちたいだろ。」
「うん。S高校が相手でも絶対に勝とう。」
え、ちょっと。聞いてないぞ、俺。
「S高校ってあのS高校だよな。」
「あのS高校しかないけど?」
「甲子園に何度も出場してる?」
「うん。そのS高校。」
「何かの間違いでは?」
「私もそう思って十回は電話したよ。」
「そうか。うん。頑張ろうな。」
そんな強豪校相手に勝つ気がしねえ。でも、勝つって決めたしな。
「なっちゃん。」
しずくの声が裏返る。
「なんだ?」
「いや、あの、その。」
しずくは下の方ばかり向いている。もしかして、俺は蟻でも踏んでしまったか?セバスチャン、すまない。お前の同族を――
「いや、いいや。明日、試合が終わってから話す。」
そう言ってしずくは部室に入って行く。もうみんな着替えを始めたのだろうか。
ポツンと一つ、部室に俺の荷物が置いてあった。なるほど。外で着替えろと。いいよ。俺の裸がみたけりゃ見せてやるよ。
「三人一緒とは。初めてじゃないか?」
帰ってくるなり麻怜さんは俺たちを見てそう言う。
「おかえり、だろ。」
「はいはい。早くご飯。」
「ガキかよ。」
ねねが飛び出してくる。
「ただいま、ねね。」
俺はねねに抱きつこうとするが、身をかわされる。
「汗臭い。」
ひどっ。俺、ねねに嫌われた?
「ねねちゃんはみんなの前でギュっとされるのが恥ずかしいんだよね。」
由実はそうフォローしてくれる。
「そういうことにしとく。」
お兄ちゃん、悲しいぜ。
「早くご飯作るわよ。」
「私もお手伝いしていいかな。波風さん。」
「俺も手伝う。」
「いらないわよ。」
「どうして?」
由実が波風の目をじっと見つめる。
「どうしてって・・・」
波風は観念したようである。
「一人でしか作ったことないから、勝手がわからないのよ。」
「なーんだ。」
大した理由じゃないじゃないか。
「よし、手伝うか、由実。」
「うん。」
「だから、邪魔だって言ってるじゃない。」
だからって、波風は俺たちを邪険に追い払うことはせず、俺たちはみんなでご飯を作った。
「どうした。ねね。」
「ううん。何でもない。」
ねねは何故かずっとにこにこしている。それも誰かを安心させるため取り繕った笑顔でなく、心から嬉しそうな、裸になった笑顔。
「初めての合作にしてはよくできたと思うわよ。」
俺もなんだかうれしくなる。
「そう言えば、家庭科の授業とかで一緒に作ることはなかったのか?」
俺は疑問に思って口にする。
「私を舐めてるの?」
「どういうことだよ。」
まあ、簡単に予想はつくが。きっと一人一品ずつ作っていたんだろう。
「お魚、美味しいね。」
由実も満面の笑みだ。俺は気付いていなかったが、波風が夕飯を作るようになってから、魚料理が増えた。魚は日持ちがしないから避けていたんだが。
「私は肉がいいけどね。」
「太るよ?」
「はい。」
ねねの的確な言葉にぐうの音も出ない麻怜さんであった。
「明日、頑張ろうね。」
由実が言う。
「あ、うん。」
俺はねねの方を見る。
「お兄ちゃん、頑張ってね。」
「どうして・・・」
ねねは笑顔で言う。取り繕った笑顔。俺は波風を見る。
「私じゃないわ。」
由実には話していない。ということは。
「子どもってのはしっかりと話せばわかってくれるもんなの。むしろ、何もかも秘密にしてると、懐いてくれないわよ。」
麻怜さんだった。
「でも・・・」
「間に合わせるんでしょ?私の努力を無駄にしないでね。」
若いもんは、と大人のようなことを言う。
「私、言ったらいけないことを言った?」
由実は悲し気な顔をしている。
「いや。大丈夫。」
「間に合わせればいいのよ。ねねだって、お兄ちゃんを信用してるんだから。」
「ありがとう、麻怜さん。」
「私に言ってどうするのよ。」
それもそうか。俺はねねに向かう。
「絶対勝ってね。応援してるから。」
「大丈夫。勝って、授業参観行くからな。」
「無理はしないで。ねねは大丈夫だから。」
何が大丈夫だ。今にも泣きそうじゃないか。
「やくそく、だ。絶対にやくそく、だからな。」
俺はねねに小指を差し出す。
「信じてるから。だから、絶対に来てね。」
ねねは俺の小指に自分の小指を絡める。
「はりせんぼん飲ます。だ。」
「本当に飲んでくれるのかしら?」
波風が口を挟む。心底嬉しそうだな。
「いや、針はちょっと。」
波風は本気にしそうだから、ちょっとハードルを下げる。
「そんなんじゃダメだよね。ねねちゃん。」
由実、止めてくれ。
「はりせんぼん。」
ねねは笑顔で呟く。
「わかったよ。飲むよ。でも、大丈夫。飲まないから。約束を果たせばいいんだからな。」
男は度胸だ。
「針を千本買うとなるとどのくらいするのかしら?」
「さあ。私が明日、買ってくるわ。」
波風と麻怜さんが物騒な会話をしている。
「よかったね。なっちゃん。」
全然よくねえよ。由実まで波風に染まってきてしまっている。
これはますます、頑張らないとな。
「今日、お兄ちゃんと寝ていい?」
寝る支度を済ませたねねが言う。
「いいぞ。」
ねねと俺だけで寝るのは久々だ。でも、今日は構わないだろう、と俺は女性陣に目で尋ねる。
「居間で布団を敷いて寝なさい。」
「いたずらされたら大声で助けを呼んでね。私、飛んでいくから。」
由実まで。別に、そんなことしないってば。
「お兄ちゃん。ここにちょうどいい縄が。」
「冗談だよね、ねね。それと、どっからそれを調達してきたの?」
「使えると思って理科室から。」
あの時の縄かよ。というか、波風の思考回路はどうなってるんだ。
「波風。」
「あの時のことは忘れなさい。消火器で殴るわよ。」
「分かった。もう忘れたから。目が血走ってる。」
今日のことはなかったことにしよう。オーバーテクノロジーとか、平凡な俺には関係ない話だ。そんなのはラノベの主人公に任せておけばいい。
「とりあえず、寝るから。明日、寝坊するなよ。」
「言ってなさい。」
とはいえ、明日は早起きになる。ねねの支度は麻怜さんに任せてある。なにかと不安だが、誰かに頼るのも悪くはない。それだけ信用できる人がいるのは悪いことじゃない。
「俺もアラームをかけないと。」
目覚まし時計をセットし、次いで、携帯電話のアラームもセットする。そうだ。こうしておけばよかったじゃないか。
「明日、よろしく頼むぞ。」
「うん。」
「あいよ。」
由実と麻怜さんは答えてくれる。だが、波風は答えない。
「どうした?」
まさか、やめるとか言いださないよな。今さら。
「私が頼むのよ。」
言ってることはよく分からない。波風を全て理解するのは無理なのだろう。
「頑張りなさい。真杉夏彦。」
「おう。頼まれた。」
そうして俺たちは眠りにつく。もっとねねと話したかったけど、疲れて寝てしまった。
握ったこの手は決して離さない。みんなでつないだんだから。離してしまうことがあってはならないんだ。
カミサマーAについて
没ネタだと思った?残念。ガチネタでした!と、どうでもいいことは置いておいて。元ネタはビビッドレッド・オペレーション。システムについて説明すると、目に見えない領域に存在する並行世界への壁に針で穴を開ける。その穴の向こうは別の並行世界との狭間にある世界で、多大なエネルギーが眠っている。そこは新たな世界を創り出す空間なのだから当たり前だ。だが、それ故に穴は三分しか維持できない。別に維持できないわけではない。三分以上エネルギーを供給できる。しかし、三分以上使用していると、穴が塞がらなくなる。どんどん穴は開いていき、終いにはその世界を滅ぼす。並行世界と並行世界の間にはいくつもの世界を生み出すエネルギーがあるのだから、当然だ。ビッグバンの何倍ものエネルギーが流れ込んでくるということ。それ故に三分以上の行使はシステム上できない。AIは実はそちらの制御、ならびにカミサマーA本体へのエネルギー供給のために容量を使ってしまっている。波風は脳波によるコントロールで八個ものバーニアを制御しているのだから、普通にありえない。きっとニュータイプなんだ。多分。
今後カミサマーAは登場することはないだろう。その代り、第二世代のカミサマーα、β、γが出てくるかも。誰が使うのかは知りません。続編の予定もありません。




