Scene.4
陸上大会の地区予選会場が二高に決まったことは、大会の始まる一ヶ月以上前から部内でも話題にされていた。
市立二高は、かねてから交通の便の良さや広い敷地などが注目されていて、何らかの大規模なイベントが行えないかと多くの打診があったらしい。
しかし、男子が敬遠されがちな女子校だった事が災いして、それらの打診をことごとく断ってきた。
それも、三年前の共学化に伴って緩和され、多くの屋外運動部が大会の開催校としてこぞって推薦していた。
結局、女子陸上部が二高にも存在しているという理由で、陸上大会での使用が決定されたのだ。
さらに嬉しいことに、二次予選会場としても使われることが決まった。一高陸上部も団体での県大会出場の望みが大きくなり、部内の活気も程よく高まっている。
「どう修哉? コンディションは」
放課後練習の時間。仮設テントの下で、ビニールシートに寝転び、お茶を飲む祐樹が言った。
「春大会辺りの状態には戻ってきてるよ、あとなんか一つ掴めないけどさ」
「駄目じゃんそれ。霧島部長、県大会しか見えてないんだぜ、リレーにも出るお前がそんなんじゃ、二次予選も危うい」
「たかが会場が同じになったくらいで夢見すぎなんだよ、強豪はどこに行ってもやっぱり強豪だ」
素っ気なく言った修哉に、祐樹は苦笑いした。
「まあ、夢見がちなのもわかるわな。チーム状況は、メンバーにしてもモチベーションにしても最近10年間の中では一番安定してんだろ? いまだかつて一高陸上部の県大会出場はなしえていないんだから、もし出場出来たらやっぱ嬉しいでしょ」
修哉は立ち上がって伸びをした。背中の怪我が少しだけ痛む。台風一過の晴れの下今日は郁美は来るだろうか、修哉はそんなことを考える。
「わかってるよそんなことは。ただ、そうやって夢が少し近くなると、人間って誰しもそれを意識するようになるだろ。夢と自分との距離とかさ、そうすると逆に距離があるような気がしてしまって、萎えてくるんだ」
伸びを終えて深呼吸。伸びをしてまた深呼吸。それを何度か繰り返していると部室から霧島部長がやってきた。
「おい、朝倉と渡辺。明日大会出るメンバーだけで二高に下見行くから、それで無くなった時間を土曜で埋め合わせすることにした。午前練と合わせて午後も開けとけ」
「ええ!? 先輩、祭は……」
部長の発言に祐樹が反駁すると、部長は鋭い目で祐樹を見た。
「大会二週間前だぞ? 日曜の午後は練習は無しにしてやるから、それで我慢しろ」
「先輩! 日曜の午前もあるんですか?」
「ああ。別にいいだろ」
「良くないですよ!」
「わーかった。祐樹、お前が今日1500で三分半切ったら無しにしてやる」
「無理ですよそんなの! オリンピック選手じゃないですか!」
「じゃあ諦めろ」
そう言って祐樹を一蹴すると、部長は踵を返してそそくさと戻っていく。
「ごめん修哉、お前と山田さんを一緒に祭に行かせるつもりだったのに……」
「絶対そんなつもりじゃなかったろ」
「えー、そこちょっとくらい信じてくれても良いじゃんか」
「お前の場合ナンパがしたいだけだろ」
「心外だなー、本当言うと高校入ってから一人もいないんだぞ」
「だからナンパしたいんだろ?」
「うぐ……」
祐樹が閉口すると、短距離走を取り纏める三年の先輩が修哉を手招きした。どうやら練習を再開するらしい。
「練習再開するから行くな」
「へいへい、いってらっしゃーい。俺も行かなきゃな、部長が青筋浮かべて待ってる頃だ……」
半ば独り言のように祐樹が言うと、二人はそこで別れた。
その日の帰り道。祐樹は部内での先輩達の横暴な振る舞いについて、散々小言を修哉に聞かせると、堤防の所で、郁美の姿が見えないことに気付いた。
「山田さん今日もいないな」
「ああ、喘息らしいぞ。台風のせいで酷くなったって」
「あれ? 山田さん喘息持ちだったんだ」
祐樹も郁美が喘息持ちの事を知らなかったらしい。
「ちょっと心配だなあ。帰ってから志保にでも聞いてみるか」
「志保?」
耳慣れない名前に、修哉は反射的に聞き返した。
「あれ、知らない? 中学のときいたじゃん。山田さんといっつも一緒にいた女子」
「……知らない」
「おいおい、どんだけ女子に疎いんだ?」
修哉の発言に祐樹は苦笑いを浮かべる。
「とにかく志保とは仲いいからメールで聞いてみるよ」
「ん。なんかあったら教えてくれ」
修哉の言葉に若干間を開けた祐樹が不思議そうな目で修哉を見る。
「なんか、変わったな修哉……」
「何が?」
「なんだろ、なんか恋焦がれてる男子、って感じで、今までの修哉とは全然違うんだよ」
「そうか? 俺は全然わかんないが」
「変わった変わった。異性に対して勇気が出て来たんだな」
「お前が言うとちょっと危ない発言に聞こえるぞそれ」
「心外だなそれは。俺は真剣に話してんだぞー」
「冗談冗談、悪い」
遊歩道にはいつもと変わらない人の姿がある。その中で個人個人は刻々と変わり続けている。そんな当たり前の変化に修哉は今気付いたような気がした。
踏み出せない自分は、心のどこかに閉まっておこう。そして、今この時に踏み出せるだけ、変われるだけ、前に進んでみよう。
この数日間で郁美とあった出来事は修哉を限りなく前向きにしていた。ただ、まだ何も郁美に言い出せていない事に修哉はわだかまりを感じずにいられなかった。
金曜の放課後、部長が予定したとおりに一高陸上部は、顧問と副顧問の車に乗り込んで、市立二高を目指した。
「400mと800mリレーのメンバーは、春大会と一緒だ。刈谷、中田、朝倉、市田。順番もこのまんまな」
車内で部長が出場者名簿を確認していく。今日はグラウンドを少し借りてリレーのバトン練習もする予定だった。
「おいおい、修哉。リレーメンバーの中で一人だけ二年じゃんか。出世したなー」
「三山がどうしても間に合わなかった。完治したのは一ヶ月前だが、筋力も落ちてるし調子も最悪だった。名簿出す前日に自分から辞退したよ」
部長が春大会前に交通事故でレギュラーを離脱した先輩の名前を上げた。およそ三十名の部員を有する一高陸上部は三年生は短距離と投擲系、二年生は長距離と幅跳び、高飛びに選手が集中している。春先に先輩の事故があって、当時幅跳び選手の中で一番100mの速かった修哉が急遽リレーで走ることになり、そこで修哉が思わぬファイトを見せ、今に至っている。
修哉は自分が先輩を退けてしまったのではないかと一瞬負い目を感じていたが、県大会も見据えている今の状況ではやむなしと思うことにした。きっと三山先輩も県大会出場のために席を譲ったのだろう。
そう考えれば、修哉は自然とやる気に火をつけることが出来る。三山先輩の無念を自分の足で晴らしてやる。そう思うのだった。
「よーし着いた。皆荷物持って中入れ。霧島、先に挨拶に行け」
顧問の先生が車を駐車場に停めて言った。部長が一番先に下りて校内に入っていく。祐樹と終夜は車の後方に回って先生から荷物を受け取った。祐樹は周りをいくつかビルが囲む、大きな校庭と校舎を見る。
「相変わらず大きい学校だよな」
「まあな、都市開発される以前からあるしな」
東門から中に入ると、校舎の全貌は一高とさほど差異は無かった。左手にグラウンド右手に校舎、さらにその右には体育館がある。ただグラウンドの大きさは一高とは比べ物にならなかった。単純に見積もっても一高の1.5倍はある。サッカーコートが一つ入って、さらに中くらいの観客席が設けれるほどの広さだ。
「おーい、おまえら早く来い」
二高陸上部の顧問に挨拶を終えた部長が修哉達を呼んだ。副顧問に荷物を預けると、顧問と部員がグラウンドに入る。
「男子も増えたんだな」
祐樹が部長に気付かれないように修哉に耳打ちした。
「ああ、まあ三年にもなれば、こんなもんだろ」
共学なってから三年しか経っていない二高は、男子の数が全生徒数の三分の一弱とまだまだ少ない。二年前から設立されたと聞いている男子陸上部は全員で15人程度のあまり大きな部活とはいえないものだった。しかし女子と合わせると、40人は超えるので全体的には大きい。
「一高陸上部の皆さん二高にようこそ。部長の柏木です。そっちにいるのが女子の部長の山寺です。今日はよろしくお願いします」
精悍な顔立ちの男子が言った。すぐ隣の女子も頭を下げる。
「こちらこそ。今日はよろしくお願いします」
霧島部長が粗相の無いように言って、頭を下げた。部員達全員がそれに続く。
「よし、じゃあ一高の皆さんは荷物をまとめたらグラウンドに集まってくれ、準備運動をした後、それぞれの種目に分かれて合同練習だ」
サングラスを掛けた二高の顧問が、落ち着き払った声で言った。男女どちらの部活をもまとめる顧問は、厳しさの裏に優しさを兼ね備えた。そんな形容があてはまる、存在感のある顧問だった。
一同に集まっていた両校の陸上部は、二高顧問の一声で、それぞれの準備のためにグラウンドを散開していった。
「予想通り、どの種目もおおむねこっちの勝ちだな」
校庭の端の花壇に腰を掛け、400mリレーの結果を聞いてプリントにメモした部長が満足げに言った。
「どの走者も0.5秒から1秒程度こっちの方が速いですね」
スプリットタイムを見た修哉が部長に話しかける。
「そうだな。この調子で行けば一次予選なら苦労せずにいけるはずだ。あとはバトンパスに磨きを掛ければ一秒は縮められるな」
部長は頷くと、力強く言った。
修哉はふと周りを見回すと、グラウンドの外から小走りで走って来る祐樹が見えた。
「部長。長距離の方も計測終わったんで、ちょっと休憩してきますね」
「タイムは?」
部長は抜かりなく聞いた。祐樹は少々間の悪い顔をすると、部長から目を逸らした。
「1500は4分17でした。他の奴は後で記録が来ると思います」
「おいおい、落ちたなー。練習不足が祟ってるぞ。どうにか大会までに4分10は切れるようにしとかないとな。休憩してもいいが、終わったらすぐ練習だ」
「はーい」
あまり乗り気ではない返事をして、祐樹は部長との話を切り上げると、修哉のほうに近寄ってきた。
「修哉。トイレ行かね?」
「ああ? 良いけどどこの?」
「校舎のに決まってんだろ」
言って、祐樹はそそくさと校舎のほうに駆けていく。修哉は戸惑いながらも祐樹に着いて行った。
人気の無い廊下に夕日が差し込むと、そこには寂寥と名の着いた、活発とか快気のような言葉とは対極に位置している、そんな雰囲気を醸し出してしまう。
昇降口から校舎の中に入った修哉と祐樹は、すぐ近くの男子便所の外で、少しの間時間を潰していた。
「なあ、ぶっちゃけ最近どうなのよ」
「主語をきちんと入れるように」
修哉は祐樹の質問をひとけりすると、校舎の中を見回した。窓には生徒会や部活関連の広告が張られている。その多くが大会の応援者を集めるための広告で、文化祭の有志企画の募集なども少なからず含まれている。
「だから、山田さんとだよ」
「別に進展があったような無いような……」
はっきりと喋らない修哉に痺れを切らしたのか、座っていた祐樹は立ち上がって修哉に詰め寄る。
「悠長に言ってんなって! 明日は燈野祭だろ?」
祐樹にしては珍しく声を荒げた。さすがに修哉も驚く
「祭っていたって、どうすりゃあ良いんだよ。誘うにしたって、理由とか……無いし」
「あー! もう。お前は骨の髄まで奥手なのか! 理由なんていらねえだろ! 最近随分喋りやすくなってるし、燈野祭一緒に行かない? って言えば済む話だ」
「そうは言っても、この場にいる訳じゃないし……」
かなりの剣幕で食って掛かる祐樹に、なんと言って良いのかわからず修哉は一層どもった。
「優柔不断もここまで来ると苛々するぞ、修哉」
少々怒気を孕ませた声で祐樹が言った。修哉はおっかなびっくり後ずさる
「ちょっとついて来い」
唐突にそう言って修哉の腕を掴むと、祐樹は強引に歩き出した。
「ちょっ! おい、どこ行くんだよ」
「美術室。山田さん、美術部だろ」
場所を聞いて修哉は焦った。祐樹はわざわざ敵の本拠地に行こうとしているのだ。
「待て待て待て待て。ちょっと待て!!」
「待てるか!!」
祐樹は力と声で修哉を説き伏せると、修哉を引っ張り続ける。
勢いよく階段を上がって辿り着いたのは、二階の廊下の西端。閉められた扉には美術室と書かれた札がつけられていた。
「なんでまたわざわざ……」
修哉は諦念も半ばに溜息を吐いた。
「失礼します!!」
祐樹はそう言うと扉を開けた。物音のしない廊下に、扉の横滑りする音が豪快に響いた。
祐樹と修哉は中に入る。修哉は教室内を見て、目を瞠った。
「誰も、いない?」
室内は無人で南側のカーテンがすべて閉められている。西側から差し込む減量した夕日が、室内を薄暗く照らし、西側の窓の前にはいくつかカンバスが立てられていた。
「これだな」
祐樹が手前から二つ目のカンバスの前に立った。修哉は祐樹がそれを選んだ意図が看破できなくて怪訝そうな顔をした。
「見てみろよ修哉、これ山田さんのだ」
祐樹に近づいて、修哉もそのカンバスを覗いた。
「これって……燈野川?」
全体的に淡いオレンジで彩られた画面は、一目で夕暮れ時を想起させた。やや右よりの場所に燈野川が滔々とその水を上方へと送り、燈野川の左側には河川敷と遊歩道が、そこを歩く人々や車と一緒に描かれていた。遠くには燈野大橋が見え、そこを行き交う車は画面左側、中層建築が立ち並ぶ東岸へと吸い込まれていく。
一つ一つの色が重なり合い、繋がり合って生まれた一枚の絵。緻密に切り抜かれた風景は、美術に疎い修哉でさえも、言葉を失ってしまうほどの、美しさだった。
しかし、どうして郁美はこの場面を絵にしたのだろう。田舎でも、都会でもない犬崎の、言ってしまえばありきたりな風景をモチーフにするのは、修哉にはあまり良い選択とは思えなかった。
「修哉、普通なら犬崎の風景なんか描かないよな?」
祐樹はカンバスから目を逸らさずに言った。
「ああ」
「もしかして、もしかすると山田さんは……」
「違う。そんなんじゃない」
発言の内容を察した修哉が祐樹を止めた
「どうしてだよ?」
祐樹が修哉を見た。その表情は真剣そのものだった。
「そんなのは安易すぎる。俺達が再会したのは一週間前だ」
「台風の時期に堤防へ来なかったのは、絵を描いていたからかもしれないだろ?」
「そんなのはわかってる、ただ、認めたくないだけだ……」
修哉が静かに言った。祐樹はみるみる内に眉間に皺を寄せていく。
「訳わかんねえよ!! いい加減にしろよ、修哉!! 後ろを向いてるのも大概にしろ、時間は待ってちゃくれねえんだ!! 伝えて来いよ!!」
「分かってるって言ってんだろ!!」
修哉はあらん限りの大声で祐樹に怒鳴った。度肝を抜かれた祐樹は途端に閉口する。
「こんな形で認めたくないから、自分から行くんだ」
静かなのに力強い、そんな声音だった。
「どうするんだよ」
「……郁美に会ってくる」
修哉は部屋から出るように扉へ歩くと、そこで立ち止まった。
「霧島部長に適当な理由つけて、言っといてくれ」
修哉は振り返らずに言った。
「……ああ。任せとけ」
祐樹はそれだけを言った。修哉はいつかの日の様に覚悟を決め、猛然と走り出す。
祐樹が美術室を出ると、廊下に志保が立っていた。祐樹は別段驚いた様子も見せず、志保を見る。
「居たのか……」
「まあね。本当に世話が焼けるなーって思ってたよ」
「婆さんみたいなこと言うなよ」
二人は苦笑いをした。祐樹は志保とは向かいの壁に座ると溜息を吐いた。
「あいつと付き合ってた中で、一番疲れたよ」
「そうだろうね。私もだよ」
「まあ、あとは太陽が沈む前にあいつが間に合うかどうかだな」
祐樹は窓を見上げた。陽はかなり傾いて、犬崎に夜が近づきつつあった。
「大丈夫だよ」
「……? なんで?」
祐樹が解せない様子で聞く。すると志保は笑って答えた。
「あの子きっと今日は、待ってるから」
修哉は市街地を脇目も振らずに走っていた。校門を出た後で荷物を持っていないことに気付き、その後で祐樹が処理してくれるだろうと勝手に思い込んだ。
西の空に太陽の姿はもう無い、空の半分は夜が覆ってしまっている。
いつもより一時間以上も遅いこの時間では、郁美が堤防に居る可能性は限りなく低くなっていた。陽光が消えれば尚更で、過ぎていく時間に、落ちていく空の明かりに、修哉は焦燥を隠さずには居られなかった。
道行く人を掻き分けながら走り、迫るような暑さの空気を意に介さず、信号が赤になれば止まることなく曲がった。自宅であるマンション近くを通り越し、建物の間を一心不乱に駆け抜ける。十字路で車と居合わせクラクションを鳴らされても、一瞬立ち止まって頭を下げたら、運転手の顔も見ずに走り去った。
遠くに、小高い堤防が見えた。
階段を三段飛ばしで駆け上がる。危なげに道路を渡ると遊歩道へ転げ落ちるように駆け下りた。失速できずにたたらを踏んで踏みとどまると遥か南に見える大橋へ向かって遮二無二走る。そして、彼女を見つけた。
いつもと同じ階段で、いつもと同じ姿勢のままで、いつもと同じ少し寂しげな表情を浮かべながら、郁美は、祭りの準備に明け暮れる燈野川を見つめていた。
「……大丈夫?」
郁美は立ち上がって心配そうに修哉を見た。修哉は膝に手をついて、必死に息を喘いでいる。
濁流のように流れ出る汗が地面に落ちて、すぐさま乾く。止まることのない鼓動が、修哉の意識をどうにかここに繋ぎ止めているようだった。
「……郁美」
「うん? 何?」
郁美は一層修哉に寄り添った。修哉の顔に自分の顔を近づけ、呟くように出される修哉の声に耳をそば立てた。
「燈野祭りに……、一緒に……、行って欲しいんだ」
「どうしたの? 急に」
修哉は顔を上げた。玉のような汗を袖で拭う。乱れる息を何とか整えると郁美の大きな瞳を見つめる。
「俺と一緒に……、燈野祭に行こう」
郁美はおかしそうな笑みをこぼす。修哉は自分が何を言っているのか分からなくなった。意識が朦朧とする中、自分は考えていたことを伝えられているだろうか、変な事を言っていないだろうか、そんな不安にかられた。
そんな修哉を郁美は見上げる。混じりけのない純粋な、満面の笑みで、言った。
「うん!」
太陽は西の空に沈みきっている。僅かに残っていた空の明かりが、今、消えた気がした。