989 Side 東の狂人と南の豚
「バルフォン様! 南征公シギュラルド様、お連れいたしました!」
「入れ」
「ブホホォ。久しぶりだな東征公よ」
「キシシ、よく来た南のぉ」
「わざわざ呼びつけて、何の用だ? 西征公の動向についてか?」
「西のがどうした?」
「シードランをほぼ手中に収めたことで、水竜艦も手に入れたはずだ。これで制海権はほぼこちらのものと言ってもよい。例の計画の最終的な打ち合わせをせねばならぬだろう?」
「キシシ。それはまた今度だ。俺も南のも、準備が整ったとは言い難いからなぁ。だろう?」
「では、例のハエどものことか?」
「ハエ? どちらのことだ? 赤騎士どもか?」
「違う。妙に強い爺と、半蟲人の傭兵団のほうだ。仲間を解放するようにと触れ回りながら、時には武力行使も辞さん」
「南部領内は、随分とやられているみたいだなぁ? キシシシ」
「ブフン。神出鬼没なのだ。必ず領内に協力者がいる。まずはそいつらを炙り出さねばならんだろう」
「なんなら手を貸してやろうか?」
「ブフゥゥ。いらん。どうせ、あの薄気味悪い人造超人とやらだろう? 制御もできん戦力を生み出してどうする」
「キッシッシ! クランゼル、シードラン、ベリオスに続き、ゴルディシアでも良いデータが取れた。我が研究の真の完成も間近だ! それに、薄気味悪さはお前のアンデッドも大概だろうよ!」
「アンデッドほど使い勝手がいい兵はおらんぞ? 無駄口も不満も文句もなく、魔力が続く限り永久に動き続けるのだ。それに、死人の埋葬費も浮く。ブッフォッフォ! まさに得しかないわい!」
「まるで西ののようなことを言うなぁ?」
「ブフン! 守銭奴よりはマシだ!」
「それに、文句がない? アレらは違うだろう?」
「奴らとて、所詮は他の不死者と同じよ。契約で縛っておるからな!」
「ネームレスと言ったか? あれを契約で縛れるとは思えんが?」
「バハハ! 新型の術式よぉ。浮遊島の資料を無駄にせずにすんだわ」
「ほう? それは面白そうな話だぁ」
「それに、奴らが崇める聖母はこちらの手の内だ。契約がなくても逆らわんさ」
「キシシシ。理性あるアンデッドどもの母体となる、特殊なアンデッドだったか?」
「うむ。この世で唯一、子を産むアンデッド。ああ、赤剣のシビュラの、母親とも言える存在でもあったな」
「シビュラか! キシシシ! あれはいい! あれこそまさに超人よ! 研究所が潰されたのは痛手であったなぁ。まあ、データは引き上げたからいいが」
「ブフゥン……。我が領内にあったおかげで、今でも儂が主導した研究だと思われておるのだぞ?」
「それは済まんな。だが、共同研究だったのだから、仕方ないだろう?」
「赤騎士どもに恨まれる身にもなってみよ。それに、赤剣騎士団は研究所の生き残りどもが多く所属している。奴らが何をするか分からんのだぞ?」
「例の傭兵団の後ろにいる者たちの1つは、確実に赤剣騎士団だろうな。であれば、長引きそうだなぁ」
「ブッフゥ。宰相の犬どもが! せっかくアレッサへの侵攻を狙っておったというのに……。まずは領内の平定が先だ!」
「キッシッシ。いつでも手を貸すぞ?」
「例の計画のためにも、早々に潰さねばならんな。それで? いい加減呼び出した理由を教えろ。儂も暇ではないのだぞ?」
「呼んだ理由は、お前に頼まれていたゴルディシアの廃棄神剣の話だ」
「進展があったのか! アンデッドはあの大陸には入れんからな。手出しができんかったが、ようやくか!」
「違う」
「ブフ? だが、話というのは廃棄神剣の事なのだろう?」
「ああ。廃棄神剣の話ではあるが、進展があったわけではない。いや、事態が進んだと言えば、進んだのかもしれんがなぁ」
「……何があった?」
「まずは、金喰剣・オーバーグロウスだが、破壊された」
「な、なんだとっ! 神剣には及ばんといえ、廃棄神剣だぞ! しかも、長年に渡って力を溜め込んだ! それが破壊された? そんな馬鹿な……!」
「本当の事だ。現在の持ち主であった冒険者の女が、上級抗魔との戦いの最中に何かが起き、壊されたと思われる」
「その冒険者が、嘘を吐いているのではないか?」
「半分抗魔化していた肉体が元に戻り、神剣の気配が全くない。まず間違いなさそうだ」
「エビル・イータに続き、オーバーグロウスまで……。それでは、残る廃棄神剣はフォールダウンだけということか?」
「そうだ。だが、そちらも問題が起きた」
「なんだ?」
「潜り込ませていた手の者が、全て消息を絶った」
「なっ! それでは、フォールダウンを追えんではないか!」
「キシシ、これはこちらの落ち度だ。謝ろう。済まんな」
「済まんですむか! 我が最強の兵団の野望が!」
「俺とて、廃棄神剣のデータはぜひとも欲しかったのだ。悔しいのは同じだ。エビル・イータが消息を絶った今、フォールダウンは邪気を操るための唯一の手掛かりだったのだぞ?」
「持ち主とは、協力関係を構築していたのではなかったのか?」
「うむ。あの小娘にこちらの思惑に気づかれたか、元々使い捨てのつもりだったのか……」
「ブフゥン。上手く行かぬものだ」
「キシシシ、全くだなぁ。ともかく、ゴルディシアにいる者たちを動かして動向を探らせる。その情報待ちだ」
「……仕方あるまい。できるだけ急がせろよ?」
「分かっている。それに、神剣の情報はいくつか集めた。後で資料を渡すさ」
「ほう? それは楽しみだぁ。では、こちらからの調査報告も伝えておこう。まずは王の様子からでいいか?」
「なんだ、仕事しているのではないか」
「当然だ。まあ、王は相変わらずだな。政務は宰相に任せて、日々学んでおられる。フン、いい身分であるな」
「王だからな」
「分かっておるわ。儂とて、王を弑逆するつもりはない。だが、あの宰相はいかん。いずれ排除せねば。相も変わらず、コソコソと動いておるしのう」
「キシシシシ! それには同意するぞ! 今更他国と仲良しこよしなどできるか! 我が先祖たちが、どれだけの血を流してきたと思っているのだ!」
「ブフン。その通りだ。そして、最大の障害になりかねん北征公であるが……。相変わらず何も分からん」
「北のはどう動くか予測できんのだよなぁ」
「うむ。だが、奴らは敵にできぬ」
「キシッシ! 北征騎士団ときたら、まさに叩き上げの最強集団だからな! どうすればあれほど精強な騎士を揃えられるのか……。秘訣を聞きたいものだ」
「ブフフ。聞いたことがあるぞ? 朝から晩まで魔獣を刈り続けることを一生続けていれば、誰でも強くなる。だそうだ」
「キシシシシシ! 我よりもよほど狂っておるわなぁ!」
「然り。本人の持つあの宝剣も恐ろしく強い。北の地であれに勝つのは無理であろう。試すことすら愚かだ」
「うむ。それにしても、北のに、赤剣のシビュラに、緋眼のシュゼッカ。ハイエルフのウィーナレーンに、死霊使いのジャンに、ディアボロス直下の悪魔騎士ども。内も外も厄介な者ばかりだぁなぁ」
「いずれ、我が最強の兵団が全てを呑み込む日がくるわい」
「自信満々だなぁ、南の。何か策が?」
「ブフォフォ! いずれ分かる」
「キシシシ、それは楽しみだぁ」




