97 ミミズ? 蛇?
「ギュオオオオオオォォォッ!」
ミドガルズオルムが威嚇しながらこっちを見ているな。ミミズっぽい頭部のどこに目があるかは分からないが。確かに視線を感じた。俺が自分の体を傷つけたのだと理解しているのだろう。
しかし、貫通するつもりだったんだがな……。分厚い皮膚と、分厚い筋肉の壁のせいで、思った以上に念動カタパルトの威力が殺されてしまったらしい。
『でけーな』
海面から出ている部分だけでも、30メートル以上あるだろう。
刀身の破損を回復しつつ、奴を観察する。傷がふさがり始めているな。再生のレベルは高くないが、元の生命力が高い分、回復する値も大きいんだろう。
「ギャガルオォォォ!」
『うお!』
ミドガルズオルムが何かを吐き出した。狙いも結構正確で、回避しなければ直撃していただろう。どうやら、消化液を固めて砲弾の様に吐き出したみたいだな。海賊船に穴を開けたのもこれだろう。
『まだまだ元気って訳か』
威力が殺されたとはいえ、頭部に大穴が空いてるんだぞ? それでも、全然動きが鈍る気配がないな。
こいつのHPを削りきるのは難しそうだ。だが、それだけがこいつを倒す唯一の方法ではない。
例えば、急所を潰すとかね。出来れば魔石を破壊したいところだが、この巨体のどこに魔石や心臓があるのか? 探し出すのは難しい。しかし、もっと簡単に潰せる急所が目の前にあるのだ。
『うおらぁ!』
俺は再びオーバーブースト念動カタパルトを放った。
凄まじい衝撃と、削られる俺の耐久値。だが、奴の頭にも2つ目のクレーターが穿たれた。フランの手助けがない分、少々威力が弱いが、それでも直径8メートルほどの穴が空いている。
『ふははは、どうだ!』
「ギュウウウゥゥ!」
『ちっ。まだ動くか』
ならば、もう一度叩き込んでやるさ。魔力はまだ8割は残っている。回復に使う分を考えても、あと5発は打つことができる計算だ。
『おらぁ!』
「ギュアアァァァァ!」
まじで丈夫な野郎だ。すでに頭部の半分が削り取られているというのに、まだ動きやがる。
鑑定してみると、奴のHPはまだ3万以上残っていた。こいつ、頭が弱点じゃないのか?
いや、とりあえず、もう2、3発ぶち込んでみよう。
『死ねぇぇ!』
「ギョギャァァァァ――」
そして、ミドガルズオルムの頭部が完全に消滅した。もう口も脳も残っていない。残っていないんだが……。
『なんで死なないんだよ!』
普通に動いてやがる。いや、動きが鈍ったのは確かだが、死ぬ気配はない。それどころか、吹き飛んだ頭部の断面の肉が盛り上がり、再生し始めたではないか。
これだからファンタジー生物は! 頭潰されたら死ねよ! この巨大さに、異常な生命力。
『ふ、不死身かよ』
というか、本当にワームの仲間なのかもな。ロックワームなんかも、かなり生命力が強かったし。真っ二つにしたくらいじゃ、全然倒せなかった。
『魔力も使いすぎたか……』
仕方ない、このままじゃジリ貧だし、1度フランの下に戻ろう。
俺は船に向けて飛んだ。そして、フランの手に引き寄せられたような動きを演出しつつ、その手に納まる。
(師匠、どうだった?)
『念動カタパルトで仕留めきるのは無理だ』
(そう)
『だが、俺に考えがある』
(どうする?)
『――』
(師匠?)
『――魔剣・デスゲイズを使う……』
(なるほど)
これなら、相手がデカかろうが、生命力が高かろうが、即死させる可能性がある。即死が発動する可能性は低いが、30回も斬れば、1度くらいは発動するだろう。
苦渋の決断だがな。剣である俺が、他の剣に頼るなんて!
料理人が娘の結婚式の料理を他の料理人に頼むというか。心臓外科医が親の心臓の手術を他の心臓外科医に頼むというか。負けた気持ちでいっぱいだ。
ただ、今はそんなことを言っている場合じゃないしな……。仕方ない……。くそっ!
(はい、師匠)
フランが次元収納からデスゲイズを取り出す。船員たちがそれを見て息を飲んだ。
「そ、それは?」
「なんか寒気が……」
闇のような真っ黒な刀身に、血管みたいな赤い線が走り、禍々しさ全開だしな。
「魔剣デスゲイズ。即死能力がある」
「なるほど、それで奴を倒すという訳ですな」
そう言うこった。だが、レンギル船長が難しい顔で考え込んでしまった。何だ?
「その即死剣ですが、あの魔獣には通用しないかもしれません」
「なんで?」
「これは聞いた話ですが、ミドガルズオルムは複数の心臓を持っているそうです。もしかしたら、即死能力でも殺しきれない可能性があります」
まじか。複数の心臓ね。確かに、即死がどこまで効くのか未知数だな。まあ、それでも心臓が何千個もある訳じゃないだろう。だったら、殺しきるまで攻撃してやるさ。
(じゃあ、いく)
『おう』
ということで、俺は再び出撃することにした。無論、俺自身が飛んでいるのではなく、フランが操っている様に見せかけて。
「操剣演舞」
「おおー!」
フランが両手を突き出して、集中する様なそぶりを見せる。時おり捻ったり、「むむ」とか言ったりして、ノリノリだ。まあ、実際は単なる振りで、俺がいつも通り念動で自分とデスゲイズを飛ばしてるだけだが。
傍から見れば、フランが謎のスキルで剣を飛ばし、自在に操っている様に見えるだろう。結構無防備だが、ウルシが居れば問題ないし。
(師匠、がんば)
(オン)
『任せとけ!』
と言っても、ミドガルズオルムの攻撃を躱しつつ、即死が発動するまで斬りまくるだけだが。
『ひゃっはー!』
「ギャオアァァァァァ!」
ちっ。単に切っただけじゃ、分厚い皮膚に刃が通らん。念動でそれなりに勢いを付けないとダメか。まあ、念動カタパルトに比べれば、微々たるもんだがな。
そうして、魔力を込めたデスゲイズで20回ほど斬りつけただろうか。デスゲイズの刀身が真紅に輝き、即死効果が発動したと分かった。
「ギャアアアアアアアア――」
よっしゃ。ミドガルズオルムの動きが止まったぞ。
だが、俺の喜びは一瞬だった。
「――――グガガォォ」
『な! 死んでねぇ!』
「ギャオオオオオォォオ!」
レンギル船長の予想が的中しちまったか。即死では、複数心臓の魔獣を殺しきれないらしい。
『なら、全部の心臓を潰してやる! かかってこいや!』
「ギョオオォォ……」
『おい! どうした? 俺はこっちだぞ!』
「ギャオオオウウウゥゥゥゥゥ!」
なんと、ミドガルズオルムが俺を無視して、船に向かって泳ぎ出したではないか。
『このデカぶつ! ほら、敵はこっちだぞ!』
デスゲイズを巨体に叩きつける。だが、ミドガルズオルムが俺に向き直ることはなかった。考えてみりゃ、俺は無機物だしな。危険な無機物より、簡単に食える生命体の方が、こいつの気を引いちまうのは仕方がないのかもしれない。
何度もデスゲイズで攻撃していると、再び即死が発動した。一瞬、デカブツの動きが止まる。だが、数十秒もすると、何事もなかったように泳ぎ出した。
しかも、かなりの速度だ。フランたちの乗る船もこいつから逃げる進路をとっているが、直ぐに追いつかれてしまうだろう。これは、デスゲイズで殺しきれないかもしれない。
『くそ、どうする? 毒は効果が期待できんし』
デスゲイズでの攻撃に加えて、俺自身の魔毒牙での攻撃も行ったが、全然毒になる気配がない。毒耐性はないはずなのだが……。あまりにも巨体過ぎて、いくら強力でも少量の毒では意味がないんだろう。やはりここでも、大きさの差が立ち塞がる。
せめて、こいつの足を鈍らせることが出来ればな。でかい傷はすぐに治っちまうし……。なにか、重りでも付けるとか? いやいや、どうやって?
『そうだ!』
そして、直ぐに閃いた。まあ、一か八かだが、もう思いついたことは何でもやってみるしかない。
『魔力障壁全開! 念動解放!』
俺はミドガルズオルムの前方に回り込むと、再び念動カタパルトを使用した。だが、標的はこいつの体ではない。狙うは再生しかかっている口。その内部だ。
『名付けて一寸法師作戦!』
そのまんまだけどね。外からじゃダメなら、中から攻撃してやろうって作戦だ。
『うわ! グロ!』
ミドガルズオルムの内部は、内臓感丸出しで、メチャクチャ気持ち悪かった。しかも、凄まじい勢いで耐久値が減少していく。体内では胃とか関係なく消化液が分泌されている様だ。魔力障壁が無ければ、あっと言う間に溶かされていただろう。危なかったぜ。
本当は内部で暴れまくってやりたかったのだが、とっとと目的を済ませて脱出しないと本気でヤバそうだ。
ただ、俺の考えた作戦を行うには、もう少し奥に進んだ方が良さそうなんだよな。俺は再度念動を全開にし、奴の体内を突き進んだ。耐久値が半分を切ったな。そろそろいいか。
『次元収納発動!』
俺が取り出したのは、海賊船を潰した時にも利用した巨石たちだった。中に収納していた岩を、一気に吐き出す。
口の近くで出しても、吐き出されてたかもしれないからな。これだけ奥でやってやれば、簡単には吐き出せまい!
以前から収納の肥やしになっていた毒池の水に関しては、ここでは使わないことにした。このままこいつの体内に吸収されればいいけどさ。もし吐き出されたりしたら、毒が海に撒かれることになっちゃうし。大海原に比べればほんのちょっとの量だが、一応陸地に近い海域だしね。危険な真似はしない方が良いという判断だ。
『うわ! 耐久値やば! ――ショートジャンプ!』
消化液と、ゴリゴリと擦り合わされる巨石の圧力で、耐久値の減りが加速していた。大慌てで時空魔術を唱えて、短距離転移する。狙い通り、海中に出ることができたな。
残り耐久値はおよそ100。ギリギリだったぜ。
『破裂させられれば良かったんだけどな』
腹の一部が10倍近くに膨れているが、そこから破裂するような気配はない。まあ、ヘビなんかは、自分よりも遥かにでかい獲物を丸呑みしたりするし、こいつもこの程度なら問題にならないのかもな。
だが、あれだけの数の巨岩が体内に存在しているのだ。動きが鈍るのは確実だろう。
海上から確認すると、泳ぐ速度は確実に遅くなっている。
これならあの岩を消化しきる前に、船で逃げられるだろう。
『よっしゃ、とっとと、この海域を離脱だ!』




