979 中央へ
竜人王の手先に連れ去られてしまったベルメリアを救って欲しいと、フランに嘆願するフレデリック。
彼の悲痛な言葉を聞き、フランが首を横に振るわけがなかった。
だが、すぐには頷けない。
今の俺たちは、第二部隊の一員として行動しているのだ。勝手に部隊を離れる訳にはいかなかった。
フランはイザリオを振り返り、口を開こうとする。
「イザリオ、私――」
「いいぜ? ただし、条件がある」
「条件?」
いくらノリが軽いイザリオでも、ここで頷くほどお調子者ではなかったか。むしろ、条件付きでも離脱を許してくれるのを、有難いと思わなくては。
だが、イザリオの口から出たのは思いがけない言葉であった。
「俺たちもお前さんに同行する。それなら、許可しよう」
「ん? イザリオたちも一緒? なんで?」
「竜人王にトリスメギストスに竜の巫女。そこまで聞いちまって、無視はできねぇよ」
「そうですね。それに、巨人型と魔法陣の関係を考えれば、竜人王の関与を疑わないわけにはいきません。確認をせねば」
イザリオだけではなく、シキミも乗り気だった。
「いいの?」
「抗魔を操れるかもしれないなど、放置はできません。最悪の可能性として、深淵喰らいを操ることすらできるかもしれないのですよ?」
「世界の危機と言っても、言い過ぎじゃないかもしれん」
抗魔の大元となる、脅威度S魔獣『深淵喰らい』。神々が結界で封じ込めなければ、世界が呑み込まれていたかもしれないという。
抗魔を操れるのであれば、確かに深淵喰らいも操れる可能性はあるか? まあ、操るは言い過ぎでも、干渉は可能かもしれない。
言われてみると、大ごとであった。
「分かった。フレデリックも、それでいい?」
「無論。むしろ、有難い」
「それじゃあ、案内を頼むぜ?」
「先導する。付いてきてくれ」
そう言って、フレデリックが翼を羽ばたかせた。魔力が放出され、その体が浮き上がる。
「フレデリック、それ生えたの?」
「ああ。少々無茶をしたがな」
竜人には、後天的に肉体を竜へと近づける術が存在するのかね?
なぜ他の竜人はそれを行わないのかと思ったが、かなり危険であるようだ。フレデリックも命を落とす覚悟で、自身の肉体を変形させたらしかった。
今まで以上の強行軍で、大陸中央部へと進み続ける。フレデリックは相当焦っているらしく、気を抜くと俺たち以外が置いて行かれそうになるのだ。
しかし、冒険者も兵士も、文句は言わなかった。精鋭としての自負もあるのだろうし、竜人王を止めるという使命感もあるからだろう。
道中の小休止中、俺たちはフレデリックに気になることを尋ねてみた。
「ねぇ。なんで私の居場所わかった?」
「俺の持つ、固有スキルだ。占術と直感を併せたような力だな」
「おおー、凄い」
『便利そうだな!』
失せ物探し的な力であるらしい。ただ、そこまで便利ではないようだった。
相手が意識して身を隠そうとしていたり、誰かが意図して隠そうとしたアイテムに関しては、著しく探査精度が落ちるそうだ。
そのため、竜人王や、邪水晶は上手く探せないし、ティラナリアなども完全な居場所は分からないという。
フランの場合は、特に隠れているわけでもなかったので、その居場所を探し当てることができたらしい。
王都で出会った頃のフレデリックにそんな力はなかったから、邪竜人の力が増したことで得たスキルなんだろう。
「この力を使いこなせば、ベルメリアやティラナリア様の居場所も分かるんだがな……」
本人たちに隠れる意図はなくとも、彼女たちを隠したいと考える何者かの意志により、固有スキルが発動できないようだった。確かに、意外と使いづらそうだな。
フレデリックとの邂逅から一日。
第二部隊は大陸の中央部へと足を踏み入れる。下草さえ姿を消し、動物の気配もない。抗魔に食い尽くされてしまうのだろう。
「なんかいる」
「竜人の気配だねぇ。あーやだやだ。敵意剥き出しじゃないか」
その前に立ち塞がったのは、やはり竜人の集団であった。こちらの気配を察知したのか、その進路上に陣取っている。
明らかに敵対的ではあるが、いきなり攻撃を仕掛ける訳にもいかない。部隊に戦闘準備をさせつつも、イザリオが進み出た。
「俺たちはこの先に用がある! そこにいられると邪魔なんだがねぇ?」
「……この先へは何人たりとも立ち入ることは許されん」
「誰が決めたんだい?」
「我らが王だ」
「あんたら竜人に王なんかいたかね? トリスメギストスの事か?」
「違う! 我らが王はゲオルグ様のみ! あのような愚物が、我らの王? ふざけるな! 貴様らはもう許さぬぞ、我らが聖地を穢す、愚昧な劣等種ども!」
そう叫んだ竜人たちが、一斉に武器を構えた。もう、戦うしかなさそうだ。
イザリオがため息をつきながらも、竜人たちに対して剣を向けた。
「仕方ないねぇ。相手をしてやろう。ああ、安心するといい。その程度の人数に、後ろの手助けは借りんからな」
イザリオが竜人たちを挑発する。彼にとっては乱戦になるよりも、自分一人で竜人たちと戦う方がやりやすいのだろう。
ただ、フランが心配そうに声をかける。巨人型戦直後よりはマシになったが、まだ疲労が残っているように見えるのだ。
「イザリオ、だいじょぶ?」
「ははは! 本調子じゃなくったって、こいつら程度なら問題ないさ」
挑発スキルの効果も相まっているのか、竜人たちの怒りが一気に頂点に達するのが分かった。
「き、貴様! 劣等種の癖に我らを愚弄するか!」
それにしても、沸点が低すぎる気がする。どう見てもまともな精神状態には見えない。
精神操作を受けているのか? それに、この大陸に住む竜人が、イザリオのことを分かっていないのも気になる。
その姿を知らずとも、イグニスを抜けば分かりそうなものなんだがな。まともな判断能力を喪失しているのかもしれなかった。
「怒ったかい? でも、弱い者いじめは本当に嫌だからねぇ。俺だけで戦ってやるよ。だから、安心してかかってきな?」
「こ、殺す! ぜったいに殺してやるぞ! 赤毛猿がぁぁ!」
「はははは! 色々な呼ばれ方をするが、赤毛猿は初めて言われたね」
「ころしてぶらっしゃぁぁぁ!」
途中から言葉が言えてないぞ。やはり、どこかおかしいっぽいな。




