96 一難去ってまた一難
ウルシに取り押さえられたままのサルートは、憎々しげな眼でフランを睨んでいた。
「神剣は――我が国にこそ――!」
やっぱ目的は神剣か。噂だとそれだけで国家間のバランスを崩しかねない超兵器らしいし。レイドスみたいな国は、狙ってくるよな。
だが、俺達はそれ以上の詳しい話は聞き出すことができなかった。どうも、さっきの言葉は咄嗟に出てしまったみたいだが、それ以降は口を閉ざしてしまったのだ。たとえ捕まっても口を割らないのがスパイってもんだしね。それは仕方がない。
いや、拷問でもすれば最終的には喋らせることも出来たかもしれんが、子供もいる前ではちょっとね。
それに、そういうのはセリドたちの仕事だろう。下手にサルートの目的とか聞いて、国同士のいざこざとかに巻き込まれたら最悪だし。いや、すでに片足突っ込んじゃったから、これ以上は勘弁したいのだ。
「サルートが……なぜ」
「ずっと私たちを騙していたなんて」
双子はショックで塞ぎ込んでしまった。聞くところによると、5年も前から双子の護衛をしていたらしいしね。
なんか、8年程前にレイドス王国を追放されたと言って、ふらりとフィリアースに現れたらしい。王妃様が賊に襲われたところを救ったことから、すんなりと受け入れられたんだと。その後はまじめに働いて信用を得て、遂には王族の護衛にまで任じられるようになったという。
胡散臭すぎない? 賊に襲われた王妃様を、傷つきながらも単騎で守ったとか言ってるけど、マッチポンプの匂いがプンプンする。
にしても王族なのにガード甘すぎないか? いくら命を助けられたからと言って、レイドス王国の騎士だった男を王族の護衛にするとかさ。
ただ一応、心当たりはある。サルートの装備していた魔道具だ。
名称:絆の指輪
効果:人との絆を育みやすくなる。長く接している相手程、効果が高い。
正直、それほど気にはしていなかった。まあ、人と仲良くなりやすいとか、その程度だと思っていたんだが……。この指輪の効果は思ったより強力だったみたいだ。天眼、魔力感知、魔法使いスキルを駆使して改めて魔力を探ってみると、かなりの力を内包しているのが分かった。
多分、洗脳とまでは行かなくても、警戒心などをかなり和らげるくらいの効果はあるだろう。
「これ?」
「何をしている! やめ――ぐっ!」
「オウ!」
大事なものみたいだな。奪われまいとサルートが暴れるが、ウルシに再び潰された。
なんか、肉球でサルートをグニグニするのが面白くなって来たらしく、ウルシは時おり押さえつける足を代えては、サルートをグニグニしている。押すたびに「ぐえっ」とか「うげっ」とか呻き声が上がるのが楽しいみたいだ。
「どうしたのだフラン殿」
「ん。この指輪が、怪しい」
サルートの指から無理やり指輪を抜き取り、セリドに渡してやった。この焦り様、俺の考えは正しかったみたいだな。
この後、とりあえず兵士たちにいくつか質問をしてみて、サルートの仲間がまだ混じっていないかは確かめてみた。1匹いたら100匹いるのがゴキブリだし。スパイなんて、似た様な物だ。結果として、さらに2人の裏切り者をあぶり出すことに成功した。
俺たちにできるのはここまでだな。ようやく一段落ついた。俺は再び元の姿に戻り、フランの背に納まる。
あとはバルボラへ向かう――前に、海賊のお宝を接収だ。都合のよいことに海賊たちのアジトは、こことバルボラの進路上にある孤島群に隠されているらしい。
結構ため込んでいるようだし、楽しみだ。色々頑張ったんだし、これくらいのご褒美はないとね!
海賊にアジトまで案内させていると、レンギル船長が海賊に質問を投げかけた。
「しかし、船を襲って、王族を殺害するなどと、海賊らしからぬ仕事を受けた物だな」
どういうことだ? むしろ、かなり海賊っぽい仕事だと思うが。
「どういうこと?」
フランも俺と同じ疑問を持ったらしい。レンギル船長に尋ねている。
「海賊と言うのは、確かに荒くれ者です。船を襲い、抵抗すれば命を奪う。ですが、降伏した者を害することはないのですよ」
「そうなの?」
「ええ。船を襲うというのは非常にリスクの高い仕事です。護衛の冒険者や傭兵に抵抗されることも多いですし、襲った船に何が積まれているかも不確定」
そうだよな。場合によっちゃ、収入より支出の方が多い可能性もあるだろう。
「ですから、彼らは人質を取り、身代金を要求します。その方が確実に収入がありますから。その代わり、人質の無事は保証する。海賊に信用と言うのもおかしな話ですが、身代金の支払いは信用が大事ですからね」
「なるほど」
「ですから、王族を殺害するなど、海賊としては有り得ないのです。そのことが明るみに出れば、信用を失い、国から討伐隊を差し向けられる。はっきり言って、海賊を廃業せねばならなくなるでしょう」
「じゃあ、セリドが言ってた、降伏した方が良いっていうのは、正解?」
「ええ。普通の海賊相手であれば、降伏するのが最適な判断だったと思います」
そうだったのか。すまんセリド。サルートの口車に乗って、怪しいと思っちゃったよ。
「……どうしても金が必要だったんだよ! どうせ証拠なんざねーし、上手く行くと思ったのに!」
実は、依頼自体は1週間も前から打診されていたらしい。まあ、サルートにとってみたら、幾つか用意した殺害手段の一つだったんだろう。
サルートの手引きがあれば、上手く行く可能性は高かったはずだ。俺たちが居なければ、成功してたかもな。サルートにしたら、フランを雇ったことによって墓穴を掘ったわけだ。
まあ、フランを護衛に雇うっていうのは、双子が言いだしたことなんだが。仲良くなったフランと、もっと一緒にいたかったんだろう。
不確定要素であるフランを雇うのは、サルートにとっても博打だったはずだ。だが護衛船を付けなかったせいで、魔獣への守りが薄いのは確か。船が沈んだら自分たちの身だって危うい。そのための守りとして雇うことにしたんだろうが……海賊船団をあっさりと沈める程強いとは思わなかったんだろう。
「金が必要だった? どうして?」
「……お前は、俺達の船を見たか?」
「ん」
すでに戦闘をしてきたみたいだったな。中には、甲板に穴が開いたままの船もあった。
「あれを修理する金がどうしても必要だったんだ」
「どうしてあんなにボロボロだった?」
「あれは、7日前のことだった」
おいおい、なんか語り出したぞ。
「俺達はいつも通り、獲物を求めてアジトを出発した」
なんか遠い目で語り続ける。心底どーでもいいな。なので、ダイジェストでお届けだ。
奴らは襲う相手を求めて出発し、なんやかやあって、巨大な魔獣に遭遇。そして、あっと言う間に4隻が沈められ、2隻が大破。残った船も大なり小なり傷ついたらしい。
「魔獣?」
「ああ、見たこともない、巨大な化け物だった。海蛇系の魔獣だったとは思うが」
「どのくらい?」
「全貌を見たわけじゃないが、胴回りだけで船と同じくらいはあっただろう」
そりゃあ、デカイ。海蛇系魔獣で、胴回りが船と同じ? それって、全長だけで何百メートルあるんだ?
出発前に聞いた、近海に出現した大型魔獣っていうのはそいつの事だろう。
遭遇するかは分からんが、一応気を付けておこうかな。どんだけ強い魔獣かもわからんし。
うん? これってもしかしてフラグか? いやいや、そんなまさか――。
「前方の海中に巨大な影を確認!」
はい、フラグでしたー。
「師匠」
『おう、行くぞ。ウルシ!』
「オン!」
海賊の船団をあっさりと壊滅させるような魔獣だ。何もしなかったら、この船だってヤバイだろう。
「レンギル船長」
「おお、フラン殿。あれを!」
レンギル船長が指差した方を見ると、確かに海中に巨大な影が蠢いていた。まだ100メートル以上離れているが……。
「どうやら、この船を追ってきている様です」
「逃げ切れない?」
「ええ。向こうの方が僅かに速い」
じゃあ、戦うしかないか。こらこら、フラン。そんなに目を輝かせるな。ピンチなんだぞ!
「先手必勝」
『はぁ、仕方がない。最大の攻撃を叩きこむぞ』
「ん」
ただ、海中にいる相手に、攻撃が届くかね?
『ウルシ、奴を挑発して、海面におびき出せるか?』
「グルルルゥ!」
おお、やる気だ。フランといい、ウルシといい、本当に好戦的だよな。やる気があるのは良いことだけどさ。
さて、俺とフランは攻撃の準備をするか。あの巨体。出し惜しみは無しだ。
『念動カタパルトだな。フランは風魔術と投擲、属性剣で威力の上乗せを頼む』
「了解」
まずは形態変形だ。より威力を高める様に、その姿を変形させる。イメージは弾丸。余分な部分をそぎ落とし、螺旋状の溝をその身に刻む。
どっかで見たことある形だな。あれだ、弓兵のカラドボルグにそっくりだった。まあ、貫通力は高そうだし、いいか。
次いで、属性剣・火炎、風魔術、振動牙、硬化を発動させる。並列思考のおかげで、問題なく発動できるな。
『フラン、準備は良いか?』
(ん。いつでも)
『よし』
俺の念動も準備オーケーだ。
そして、ついにその時がきた。
「ギャギャガガガガオオオオォォオ!」
「オーン!」
「ウルシがやった」
水面からちょっかいをかけていたウルシが、魔獣を釣り出すことに成功したらしい。空中跳躍で上昇していくウルシを追って、海中から巨大な首が飛び出してきた。シロナガスクジラくらいは簡単に丸呑みできそうだ。
姿形は海蛇っていうよりは、ミミズっぽいかな。口は牙が並んだイソギンチャクみたいな形だった。
「いく!」
『おう!』
フランが全力で俺を投擲した。それだけでも、レッサーワイバーン程度なら貫通するほどの威力を持っているだろう。
だが、俺は溜めに溜めた念動を解放して、さらに加速する。
『うおおおぉぉぉぉ!』
直後、凄まじい衝撃と共に、俺は魔獣の胴体に着弾した。首? の辺りに直径10メートルほどのクレーターが穿たれている。
衝突した衝撃で空中に弾き飛ばされる俺。刀身は半壊し、残った部分にも細かくヒビが入っている。やはり魔法使いスキルでのオーバーブーストは負担が大きすぎるな。
だが、俺には自爆ダメージを嘆いている様な余裕はなかった。
『馬鹿な、なんだこいつ!』
魔獣の鑑定結果が衝撃過ぎたのだ。
種族名:ミドガルズオルム:海蛇:魔獣 Lv60
HP:35991/38709 MP:531 腕力:4019 体力:4669 敏捷:102 知力:5 魔力:109 器用:24
スキル
吸収:Lv2、再生:Lv2、捕食
説明:無限に成長するとさえ言われる、海の厄介者。知能は低く、本能で生きている。動く者はなんでも口に入れ、飲み込んでしまう。特殊な能力はなく、ただただ巨大なだけだが、その巨大さが最も厄介で危険。島を飲み込んだという逸話も残っている。殺しきることは難しく、脅威度はA。魔石位置は心臓。
HP3万オーバー? あの傷で1割も削れてないとか……。しかも脅威度Aだと?
スキルとかは少ないし、そこだけ見れば下級魔獣並なのに。デカイだけの単細胞だ。だが、そのデカさが規格外すぎる。
『ちぃっ! 厄介な!』




