977 バーハル
超巨人型を撃破した第二部隊は、そのままショルツの町へ入ろうとしたが、結局諦めるしかなかった。
町中を、大量の抗魔が徘徊していたのだ。生きた人間の気配はなく、完全に陥落してしまっていた。しかも、今の俺たちはサーテの避難民を連れているうえ、最高戦力であるイザリオとマツユキは消耗でフラフラである。
無理なことはできなかった。ここも竜人王の仕掛けた魔法陣があると思われるが、広すぎて短時間で探すことは難しい。今回は放置するしかないだろう。
「シキミ、どうする?」
「本来であれば、ここから更に西進してバーハルの町へと向かう予定でしたが……」
「さっきの巨人型、西からきた」
「そうなのです。あの巨人型はバーハルからやってきた可能性があります……」
とは言え、憶測だけで滅んだと決めつけることはできない。
まずはバーハルへと向かうことにした。無事ならそこでサーテの住人を預け、滅んでいればそこから最も近い町へと向かうのだ。
それが最も無難だろう。
問題は、あの巨人型がバーハルからやってきた個体ではなく、バーハルが未だに巨人型に襲われていた場合だ。イザリオたちが本調子ではない状態で戦闘に入らねばならなかった。
シキミが、その際はベルセルクを開放すると言っていたが、それはつまり――。
フランが、並走する馬車を見つめている。俺と同じことを考えていたんだろう。その目には、深い憂いが浮かんでいた。
(……師匠。もし巨人型がいたら、絶対に私たちで倒す。絶対)
『……絶対か?』
(ん。絶対)
フランの決意は固そうだ。
イザリオにこれ以上神剣を使わせるのは危険だろうし、マツユキが神剣開放すれば確実に命を落とすのは分かっている。
フランは自分が巨人型を倒せさえすれば、誰も危険に陥らないと思っているようだった。
俺としてはフランが危険じゃないかと言いたいが、その決意はもう覆らないだろう。
『……まずは、バーハルの町に巨人型がいるかどうかだな』
(ん)
不安と焦りを抱えながらバーハルを目指す第二部隊であったが、サーテの避難民がいることでその歩みは非常に遅かった。
元々が一般人であるため体力はないし、ここまでの道中で疲労困憊なのだ。しかも、頻繁に抗魔の襲撃もある。速度を上げたくとも、疲れ果てた避難民のトボトボとした足取りを速めることは不可能だった。
俺たちだけなら1日の道のりも、倍以上の時間がかかってしまうのは仕方がない。
それに、俺たちから見てもサーテの人々は十分我慢強かった。
寝具も着替えもなく、休憩も多くはない。そんな道行でも、文句ひとつ言わないのだ。だが、この先も同じかは分からない。食料に少々不安があるのである。
魔術師がいるお陰で水はどうにかなるのだが、食料はさすがに生み出すことはできない。住人も多少は持ち出してはいたが、全員分を賄うには足らないだろう。
初日は各部隊の食料を分けてあげたのだが、それも限界が近かった。元々、部隊の食料に余裕なんかないのだ。
ただ、戦闘員の食料を減らし過ぎるわけにはいかない。戦える人間が腹を空かせてしまっては、避難民を守ることもできなくなるからだ。
しかし、自分たちが腹を空かせている横で、戦闘員だけが食事をしていれば腹も立つだろう。そんな状態が続けば、部隊の雰囲気も悪くなるのは確実だった。
バーハルで補給できなければ、かなりマズいだろう。まあ、俺やフランの次元収納がなければ、だが。
肉だけでも、1000人分の食料を数日間賄う分はある。ただ、この人数に食わせるとなると、後々どこに請求すればいいのだろうか?
委員会が出してくれるか? サーテは違法都市だし、正式な住民扱いじゃないのが心配なんだよな。
そりゃあ、餓死させるつもりはないし、フランはいざとなったらタダでもいいというだろう。
でも、タダで食料を出すと評判になったら、集ろうとする奴らが現れるかもしれない。この大陸では特に。そうなったら面倒なのだ。
『バーハルで食料を仕入れられたら一番いいんだけどな』
「ん」
本当はショルツで食料を確保できればよかったのだが、広すぎて食料の備蓄庫がどこにあるのか分からなかった。そもそも、抗魔の数が多すぎて、ほとんど探索できなかったしな。
食料を少し節約しつつも、さらに2日かけてバーハルへと辿り着く。
遮るものがない平地であるがゆえに、否でもバーハルの惨状が目に入ってくる。サーテやショルツと同じように城壁の一部が破壊され、明らかに巨人型に襲われたのだと分かった。
すでに巨人型の姿はないが、城壁の向こうからは無数の抗魔の気配が感じられる。どう考えても、無事ではなかった。
「シキミ、どうする?」
「巨人型がいないことは幸いですが……。あの町で休憩は無理でしょうね。ですが、食料の確保は急務です」
「ん。じゃあ、また私たちで見てくる?」
「お願いできますか? 万が一発見できなかった場合は、黒雷姫殿に頼ることになると思いますが、その際は我が国が代金をお支払いしますので」
実は昨晩、シキミとは相談済みであった。食料の確保に焦る彼女に、上級魔獣の肉なら出せると伝えておいたのだ。
すると、彼女はタダで出せなどとは言わず、しっかりと代金を支払うと約束してくれた。上級魔獣の肉ともなれば相当高価だが、評判を買うためなら安いと笑っていたのである。
半分は本当だろう。でも、サーテの住民を保護したことで、評判は十分高まっている。半分は、フランに対する気遣いだろう。気兼ねなく食料を提供できるようにしてくれたのだ。
シラードと比べるまでもなく、ハガネ将国って結構まともだよな。こっちの都合もちゃんと考えてくれるし。
(師匠、いこう)
『ああ、デカい施設を中心に食料を探してみよう。どっかに備蓄されてたらラッキーだ』
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
次回は1/11更新予定です。




