975 融合巨人
ショルツの巨人型と相対している俺たちに、新たな巨人型が接近してきていた。西の方角から、凄まじい勢いで駆けてくる。
「シキミ?」
「間に合いません!」
『だよなー!』
ハガネ将国による儀式呪文の完成には、もう少し時間がかかるようだ。イザリオは、ショルツの巨人型にかかりっきりである。
どうする? イザリオの神剣開放に頼るしかないのか?
だが、それではイザリオに負担がかかり過ぎるだろう。
「……やる!」
『それしかないか!』
俺とフランで新たに現れた巨人型を足止めするのだ。仕留めることができれば一番いいんだが、ショルツの巨人型と同じで成長していた。あれを倒しきるには、俺たちの全力でも足りるかどうか……。
しかし、俺たちが動き出すよりも早く、事態が進行してしまう。
「ルオオオオオォォォォォ!」
「ルウウウゥゥゥゥゥ!」
巨人型たちが突如として、咆哮し始めた。まるで共鳴するように、ほぼ同時に叫び声を上げ始めたのだ。
直後、巨人型たちの姿が揺らめいた。ノイズが走るようにその輪郭が歪み、溶けるように体が崩れ始める。
イザリオが牽制するように炎を放つが、それで変化が止まることはなかった。多少魔力は削れているのだろうが、それだけだ。
そのまま10秒もかからずに、2体の巨人型は黒い霧のようになって実体を失ってしまう。一見すれば消滅しそうになっているようにも見えるが、そうではないことは未だ衰えない魔力を見れば明らかだった。
黒い霧が、意思を持つかのように流れだす。どうやら黒い霧同士で惹き合っているらしい。二体分の黒い霧が合流し、渦を巻きながら一塊になっていった。
何が起きているんだ?
「放て!」
儀式魔術を完成させたハガネ将国から、いくつもの光線が放たれ、黒い霧の内外でいくつもの爆発が起こる。
しかし、効いているようには見えなかった。実際、感じ取れる生命力も魔力も減ってはいない。
「ちっ! 燃えとけ!」
危機感を覚えたのか、イザリオが本格的に攻撃に転じた。牽制ではなく、足を止めての砲撃だ。
直径10メートルを超える火炎球が10個。黒い霧へと降り注ぎ、大爆発を起こす。かなりの量の黒い霧が消し飛び、魔力も削れた。
しかし、それでも、渦巻く黒い霧は動きを止めることはなかった。むしろ、その動きがより加速し、まるで竜巻のようだ。
「ルウウアァァアアアア……」
戦場に、再び巨人の声が響き渡った。黒い霧の中で、巨大な質量が蠢くのが分かる。どうやら、新たに巨人型が生み出されようとしているらしい。
どう考えても、融合を果たした強化型だろう。
「ウウウァァアァォオオオオオォォォォォ!」
『で、でかくなりやがった!』
「魔力も、すごい」
「オフ!」
急激に薄まった霧の中から、新たな巨人型が姿を現す。ショルツの巨人型と比べても、さらに背が高い。魔力も増加しているだろう。
しかも、変形はこれで終わらなかった。その体がボゴボゴと音を立てながら、凄まじい勢いで膨張していく。
まるで、ゴム風船に一気に息が吹き込まれたかのような速度だ。
タダでさえ巨大だったその体が、さらに巨大になっていた。最終的な身長は、ショルツの巨人型の5割増しくらいだろうか? 体積に至っては倍以上だろう。手足がさらに太く長くなっているのだ。
「ブラアアァァァァ!」
だが、最も成長したのは、内包する魔力と邪気である。ただでさえ化け物であったショルツの巨人型に比べて、3倍近くまで跳ね上がっていた。イザリオが削っていなければ、どれほど強くなっていたことか……。
「逃げろおおぉぉ!」
イザリオの叫び声など、初めて聞いたかもしれない。だが、それも無理はない。
左腕を振り上げる超巨人型の視線は、明らかに第二部隊へと向いていた。
「ブグルアアァァァ!」
「皆! 逃げるのです!」
イザリオとシキミの警告を聞き、第二部隊が動き出す。だが、時すでに遅しだ。
超巨人型がその腕を振り下ろし、魔力弾を放っていた。直径20メートルはありそうな、巨大な魔力と邪気の砲弾だ。
アレが直撃すれば、第二部隊は全滅してしまうかもしれない。
イザリオの放った火炎も間に合わないだろう。シキミが大地魔術で壁を作り出したが、防ぎきれるとは思えない。
俺は咄嗟に魔力吸収と邪気操作で攻撃の威力を下げようとしたが、大きさが僅かに縮む程度にしかならなかった。
「……!」
本気でマズい。フランの焦燥が伝わってくる。だが、俺にできるのは、焼け石に水だと分かっていても、大地魔術でさらに壁を張ることくらいだった。
俺たちの目の前で、魔力弾に触れた大地の壁が蒸発するように消滅していく。
このままでは――。
しかし、恐れていた事態は訪れなかった。
なんと、第二部隊に着弾する直前、巨大魔力弾が急激に萎むと、弾けて消えてしまったのだ。
「え?」
『なんだ?』
本当に一瞬の出来事過ぎて、何が起きたのか分からない。ここ数分、突然の急展開が続きすぎて、驚きっぱなしだな!
「マツユキ」
フランの視線を追うと、馬車の上から降りたマツユキが真っ黒な剣を高々と掲げていた。全ての光を吸い込んでしまっているかのような、刃から何から、全てが黒い長剣である。
間違いない。あれが、神剣ベルセルクだろう。
何十メートルも離れているのに、咄嗟に距離を取りたくなるほどの威圧感があった。実際、すぐそばにいる冒険者や騎士たちの中には、腰砕けになっている者や、逃げ出そうとして転んでいるものなどがいる。
巨大魔力弾に恐怖したからではない。彼らの意識は、ベルセルクに向いているのだ。突如近くでベルセルクの気配が湧き出したせいで、混乱しているのだろう。
だが、ハガネ将国の老兵たちだけは全く恐れた様子もなく、マツユキを守るように周りを囲んでいる。
暴走し始める気配はない。神剣開放したわけではないようだ。使ったら死ぬと聞いていたが、開放したら死ぬってことで、通常状態で振るうだけなら死にはしないのだろう。
イグニスだって、開放せずともイザリオに火炎魔術などいくつもの能力を与えているからな。
吸収系の力か? いや、どちらかというと、相殺のように見えたかね? エネルギーを散らして、消したような感じだった。
ベルセルクの能力なのか、マツユキの能力をベルセルクが強化しているのかは分からんが、あの攻撃をほぼ一瞬で消し去るというのは相当強力な能力だろう。
さらに、マツユキはベルセルクの切っ先を地面に突き刺すと、片膝を突いて柄に額を当てる。その姿は、まるで神に祈りをささげる聖女のようにも見えた。
ただし、彼女から放たれる存在感は、儚さのようなものとは正反対の力強さを感じさせる。災害級の魔獣でも顕現したかのような、凶悪で獰猛な魔力が渦巻いていた。
周囲の冒険者たちは、ますます及び腰となる。
対する巨人型は、憎々し気に唸りながら再び腕を振り上げていた。イザリオを無視して兵士たちを蹴散らすつもりが、邪魔されたことで怒っているのだろう。大分人間臭いというか、生物的な知性と感情があるようだ。
その全身から魔力を立ち上らせ、先程以上の魔力弾を放とうと身構える。
「ブルアアアァァ――?」
だが、すぐにその動きが止まり、混乱したような呻き声が上がっていた。よく見ると、巨人型の巨塔のような右足が、段々と黒く変色しているのが分かる。
いつの間にか、ベルセルクからいくつもの帯のような魔力が放たれ、巨人型の足に巻き付いていたのだ。
「ブグガァ……ッ!」
「死んで」
マツユキの呟きが、巨人型の咆哮だけが響き渡る戦場で、不思議と大きく聞こえていた。
そして、巨人型の足が凄まじい勢いで萎んでいく。
どす黒く変色し、植物が枯れるように細く弱弱しくなっていく右足の姿は、まさに異様の一言であった。
巨人型は体を支えようと腕を振り回しているが、急激にバランスを失ったその巨体を支えきることはできなかった。
ついにはボギンという音を響かせて右足がへし折れ、巨人型は仰向けに転倒してしまう。しかも不思議なことに、折れた右足が再生する様子がなかった。
マツユキの「死んで」という呟きの通り、右足だけが死んでしまったかのようだ。
俺たちは戦闘の初めから、再生阻害の生命魔術は使いっぱなしだ。それが巨人型に効く様子もなかったが……。
さすが神剣ってことなんだろう。開放せずとも、圧倒的な力を持っている。
だが、その反動もまた大きいらしい。
「……っ!」
立ち上がろうとしたマツユキが大きくふら付き、再び片膝を突く。その顔は真っ青で、彼女の消耗が尋常ではないと分かった。
レビューをいただきました。ありがとうございます。
5回も読み返していただけるとは……。感激です。
キャラクターの性格や言動を褒めていただけたのも、嬉しいです。
何といっても、一番悩みながら書いている部分ですから。
応援を無駄にしないよう、今後とも頑張ります!




