973 ショルツの巨人型
ショルツの町で暴れる巨人型は、サーテの巨人型とはフォルムからして違っていた。
「なんか、トゲトゲ」
『それに手足のバランスもかなり違うぞ』
サーテの巨人型はヒョロッとしたチンパンジー体型だったのに対し、ショルツの巨人型は棘の付いた鎧を着たマッチョって感じだ。
手足も太く、明らかにパワーは上だろう。しかも、身長が明らかに高かった。それがハッキリと分かるほどに、違いがあるのである。
巨人型によって種類が違う? いや、育ったのか?
動く前が赤子のようなものだとすれば、吸収した魔力によって成長するのかもしれない。そして、サーテよりも大きいこの町の方が人も多く、魔力吸収で奪える力も膨大だろう。
その結果だと考えれば、サーテとの違いも納得できた。
「イザリオ、どうする?」
「サーテの時みたいに、町の外に引きずり出さにゃならんなぁ。嬢ちゃん、また囮役を頼めるかい?」
「任せて」
イザリオは躊躇なく、フランに危険な役を振ってくる。周囲の冒険者たちも、それに反対するようなこともない。
フランが、完全に一人の上級冒険者として認められているということだった。それが分かるため、フランも危険な任務を振られたのに嬉しそうだ。
『フラン。サーテの巨人型よりも手強そうだ。気を抜くなよ』
「ん」
とは言え、やり方は同じだ。
フランとウルシが距離を取って挑発し、その後ろに控える兵士たちが城壁外から遠距離攻撃で攻撃。そのまま、巨人型を誘導して、一斉攻撃で仕留めるのだ。
既に一度経験しているだけあり、第二部隊の展開は素早かった。
幸い、巨人型は壁の近くにいる。これがもっと町の中心にいられると、都市外へ誘い出すまでに相当時間がかかっただろう。
サーテの避難民たちが十分に離れたことを確認し、俺たちは動き出した。
「はぁっ!」
「ウオォォン!」
フランが巨人型に威圧スキルをぶつけ、ウルシが咆哮スキルで挑発する。デカブツに効果はないだろうが、攻撃的な魔力をぶつけられたとは分かるはずだ。
「ルゥオオオォォォォ!」
「こっち気づいた」
『よし、性格はかなり好戦的みたいだな』
「オン!」
フランとウルシを捕捉した巨人型は、足元の町を踏み壊しながら迫ってくる。歩幅が大きい分、サーテの巨人型よりも速い。
『ウルシ、気を付けろよ!』
「オンオン!」
攻撃をぶつける必要もなく、巨人型はさらに速度を上げて俺たちを追ってきていた。このままなら、あと十数秒程度でこいつを城壁の外に誘導できるだろう。
伸ばされる手に注意を払いながら挑発を続け、あと数歩で巨人型が城壁へ達するというその時だった。
「ルウウウアァァアアアアアァァ!」
「かがんだ?」
「オフ!」
『な、なんだぁ?』
巨人型が、突如その腰を横に折っていた。走る速度は落ちたが、器用に腰を曲げ、右手を伸ばして地面にガリガリと爪を突き立てる。
サーテで見た巨人型の固い動きが頭にあったので、これほど柔軟な動きを見せるとは思わなかった。
起き上がったショルツの巨人型は、驚く俺たちを尻目に右手を振り上げる。その体勢はまるで、野球の投球フォームのようだ。いや、実際、それは物を投げるための動作であった。
「ルアッ!」
『っ!』
サーテと同じで、瓦礫を投擲してきたのである。だが、腕力任せだったサーテの巨人型と違い、この瓦礫は濃密な魔力に包まれている。威力も段違いだろう。
しかも、その速度は比べ物にならなかった。奴が腕を振り下ろしたと思ったら、もう目の前に無数の岩が迫っていたのだ。
直撃コースの岩を咄嗟に収納しつつ、周囲の岩に念動をぶつける。
だが、範囲重視で広げた念動の膜では、高速で飛来する岩を止めきることはできなかった。多少威力は落ちただろうが、ほとんどの岩が念動を突き抜けて俺たちの背後へと飛んでいく。
フランとウルシもいくつかは叩き落しただろうが、せいぜいが10個くらいだ。巨人型の投擲した岩の散弾は、後方にいる兵士たちへと降り注いでいた。
ショルツの巨人型が200メートル以上の高さから真っすぐ投げ下ろした岩石群は、最早降り注ぐ流星だ。
シキミが大地魔術で生み出した壁がいくつかを受け止め、そして砕かれるのが見えた。イザリオも神剣で弾いたようだが、全部を防ぐことはできていない。
結局、10ほどの岩が第二部隊へと突き刺さり、その10倍以上の兵士が死傷していた。何人もの兵士が押し潰され、枯葉のように宙を舞うのが見える。
「ルウウゥゥゥ」
『またくるぞ!』
「みんなを守る! ウルシ! 全速力!」
「ガル!」
俺としては、第二部隊の下に戻って、守りを固めるのが最善だと思う。だが、フランは攻撃動作そのものを潰そうと考えたようだった。
巨人型が振り上げた巨大な腕に向かって、ウルシを駆けさせる。
「はぁぁぁ!」
「ガアァァ!」
『カンナカムイィィ!』
俺の放った魔術が巨人型の腕に直撃したが、砕くまでにはいかなかった。なんと、魔力を腕に集中させることで、ダメージを軽減させたらしい。
ただ、ダメージを再生させるため、投擲が止まっていた。そこに、高速で駆けるウルシの背から、フランの斬撃が繰り出されていた。
金属同士がぶつかり合うような甲高い音と共に、フランの顔が顰められる。
「か、たい!」
『マジか!』
剣神化や閃華迅雷は使っていなくとも、ウルシの速度が乗っているのだ。その斬撃は相当な威力があったはずだ。実際、サーテの巨人型の腕は半分以上まで裂けていた。
だが、魔力を集中させているショルツの巨人型は、その防御力が桁違いであったらしい。なんと、僅かに10分の1程度までしか切り裂けずにいた。
「ウルシ! もういちど!」
「オン!」
すれ違ったウルシを反転させるが、すでに巨人型の腕が振り下ろされ始めていた。
「ルウウウォォォォォォォ!」
『やばい! あの位置じゃ収納できない!』
「はぁぁぁ!」
「ガルルルル!」
フランたちが動きを阻害しようと放った魔術も、その剛腕によって吹き散らされる。そして、再びその掌中に握られた無数の岩が、超高速で放たれた。
真下に向かって。
凄まじい轟音と共に、巨人型の足元に無数の岩石が突き刺さっている。投擲失敗であった。
「師匠、なにかした?」
『おう! 念動でちょいとな』
俺がやったのは、念動で巨人型の手を包み込んだだけだ。練り上げも甘く、巨人の動きをほんの一瞬阻害できただけである。
だが、それで十分だった。
キャッチボールをするとき、失敗してワンバウンドのボールを投げてしまったり、酷い時には真下に向かって投げてしまうことがある。
あれは、理想的なリリースポイントでボールを離せず、もっと先でボールを投げてしまう場合に起きる失敗だ。
俺は、念動を使って巨人の手が開くタイミングを一瞬でも遅らせることで、リリースポイントを狂わせたのである。
巨人型の膂力の前に、念動での阻害がどれほど効くか不安だったのだが、想像以上の成果が上がっていた。
考えてみたら、何かを投げる時に拳に不必要な力は入れない。むしろ力まないことが重要だろう。そのため、大きく広げた念動でも、拳の開きを想像以上に邪魔できたのだ。
何をされたか分からずとも、フランが邪魔をしたと考えたんだろう。
「ルウウゥゥゥ!」
『こっち見てやがるな! 羽虫から、敵に格上げされたっぽいぞ!』
「のぞむところ!」




