972 サーテの生き残り
魔法陣を止めるため、邪水晶を収納する。すると、魔法陣が今まで以上に輝き出した。
エネルギーの供給源を失ったのに、なんでだ! いや、解除された時のための、ブービートラップか?
『フラン! 転移するぞ!』
「わかった!」
転移で一気に穴を脱出する。その直後、穴の底で大爆発が起きた。
魔法陣を破壊するため、転移の直前にフランが火炎魔術を放ったのだ。底では真っ赤な業火が渦を巻き、無数の火の粉が穴の縁まで上がってきている。
しかし、邪気は相変わらず濃くなっていた。今の爆発でも、破壊できなかったらしい。
それから数秒後、穴から立ち上る黒いオーロラのような邪気が、急に姿を消す。だが、邪気が消滅したわけではない。
穴の中に、強力な邪気を放つ何かが出現したのだ。縁から、見下ろす。
「……邪人?」
『イビルバーサーカーってなってるな』
見た目は、邪気をこねくり回して人型に固めた、人形のような感じである。輪郭がゆらゆらと揺らめき、ゴーストなどと近い性質を持っているようだ。
バーサーカーと名付けられているだけあり、召喚されると死ぬまで暴れ狂うらしかった。魔法陣の発動を邪魔した相手を殺すための、罠なのだろう。
それにしても、異様に殺意が高いというか、執拗な気がする。この魔法陣で巨人型を含めた抗魔を呼び寄せ、暴れさせるだけでも被害は十分なはずだ。
しかも、巨人型が邪水晶や魔法陣を破壊してしまった場合でも、現れたイビルバーサーカーが暴れ回る。何が何でも、都市を破壊しようという執念のようなものが感じられた。
「ホオオオオォォォォォォ!」
「声にも邪気混じってる」
『放置したら、後続部隊が危険に陥るかもしれん。仕方ない。倒すぞ』
「ん!」
近寄るだけで邪気酔いを起こしそうなほどの、濃密な邪気を撒き散らすイビルバーサーカー。普通の冒険者からすれば、十分に即死トラップとなるだろう。
だが、相手が悪かったな。
『穴から出る前に、ハリネズミにしてやるぜ!』
俺は飾り紐を変形させ、無数の槍を作り出す。そして、躱す隙間もないほどに、四方八方からイビルバーサーカーへと襲い掛からせた。
しかも、フランが上から雷鳴魔術を降らせ続けている。麻痺などが効く相手ではないだろうが、魔術を連続でぶつけられていることで動きが鈍い。
結局、ろくに回避を試みることもできず、イビルバーサーカーはその全身を俺の生み出した槍によって貫かれていた。ただ、普通の生命体ではない以上、それだけで致命傷にはならない。
槍から伝わってくる感触も、まるで泡か糠でも貫いたかのようだった。魔力を纏わせているおかげで少しは触れているが、それをしていなければただすり抜けるだけだったろう。
まあ、これも想定内だ。そもそも、一撃で倒しちまわないように、あえて破邪顕正を発動させなかったのだ。
俺は一気に邪気支配を使用して、イビルバーサーカーの邪気を吸収していく。スキルに慣れてきたからか、かなりうまくやれていた。邪気でその体が構成されている以上、邪気吸収はこいつにとって致命的な能力だ。
槍をすり抜けて逃げようとしていたイビルバーサーカーの足が止まり、苦悶の声を上げている。そして、あっという間にその身に纏う邪気が減少し、1分もせずに消滅するのであった。
『あれだけの邪気だったのに、魔力は500くらいしか回復しなかったな』
邪気を魔力に変換する効率が悪いらしい。ただ、邪人から吸い取ることは可能だと分かったのは大収穫だろう。
魔法陣から邪気が完全に消え去ったことを確認し、俺たちは本隊の下へと戻ることにした。
邪水晶と魔法陣について報告すると、難しい顔をしている。この異変に、竜人王が関わっている可能性が高まったからだろう。
他の冒険者たちも戻ってきていたが、やはり生き残りは発見できなかったようだ。
イザリオもシキミも、住人が抗魔によって全滅させられてしまったと結論付けたらしい。第二部隊は調査を切り上げ、ここから最も近い町へと向かうことになった。補給と情報共有のためだ。
出発から1日。あと少しで町へと到着するというあたりで、俺たちは大量の人間が集まっている気配を感じ取っていた。
(む。なにかいる……!)
『人の気配だな! かなりの数だぞ!』
どっかの軍勢か? それにしては、足が相当遅い。俺たちと同じ方向へと向かっているようだが、その速度は一般市民が混じっているかのようだ。
「嬢ちゃん。どこの者か確認を頼んでいいか?」
「わかった」
「戦闘になるかもしれんから、足の速いのを数人連れていけ」
イザリオたちも前方の集団に気づいたらしく、フランを含めた数人を偵察に出撃させた。冒険者の中から斥候系の職業の者が選抜され、フランと共に出発する。
いざとなればフランが敵を引きつけ、冒険者たちにイザリオの下へと走ってもらうことになるだろう。そう考えていたんだが、相手は敵などではなかった。
冒険者や兵士もいるが、大多数が最初に感じた通り一般人だったのだ。1000人は超えているだろう。できるだけ刺激しないよう、ウルシも影に隠れてもらいフランだけで近づく。
こっちの姿を確認した冒険者たちも、相手が子供だと知って肩の力を抜いたのが分かった。リーダー格であるらしい冒険者が、離れた場所から声をかけてくる。
「君、サーテの町の方から来たのかい? もしそうなら、あの町にいた巨大な抗魔がどうなったか、知らないかい?」
「ん! 私たちが倒した」
「え? ど、どういうことだ……? その人数で……?」
「あなたたちは、どこの誰?」
「あ、ああ。僕らはサーテの町の住人だ。避難の途中なんだ……」
町は滅んだが、住人には生き延びた者たちがいたらしい。抗魔によって多くの住人が犠牲になったが、半数ほどは難を逃れていたのだ。
色々と知りたいこともあるようだが、ここは危険である。とりあえず軍勢で来ていることを説明し、この先の町まで一緒に移動することになったのであった。
『この先にあるっていう町、無事でいてくれるといいんだけどな……』
「ん」
だが、その願いも空しく、進んだ俺たちの目に入ってきたのは、サーテと同じく巨大抗魔によって蹂躙された町の姿であった。
(ここも、巨人型……!)
サーテの4、5倍はある都市であっても、あの巨体には為す術がないらしい。
「あ、ああ……ショルツの町が……」
ようやっとたどり着いた隣町が巨人型に蹂躙される光景を見て、サーテからの避難民たちの足が止まってしまう。中には、跪いて嗚咽する者もいた。心が折れて、絶望してしまったのだろう。




