966 イザリオの挑発
「その広場の先にある宿に、シラードの騎士たちが泊っているわ」
メアとの情報交換を済ませたフランは、ソフィとも無事に再会を果たし、彼女の案内でアドルに会うために移動していた。
ベルメリアとフレデリックは、竜人王の居場所を探るために既に町を出たそうだ。
移動しながらソフィにも話を聞いたが、再び神剣が使えなくなったままであるらしい。
「鑑定していい?」
「フランは鑑定が使えるの? いいわ、見てちょうだい?」
「ん」
許可をもらって鑑定すると、神剣開放の部分が■■■■となってしまっている。そう話すと、メアも自分を見て欲しいと言ってきた。
今更隠すことなどないってことなのだろう。
メアのステータスには、■■■■の表記すらなかった。同じ神剣使いでこの差はなんだ?
ただ、考えてみると、神剣に認められているかどうかの違いがあるように思えた。
ソフィの場合、神剣の開放に至るだけの実力はあるが、様々な理由で神剣開放を使いこなせていないだけだ。話を聞いた感じ、精神的な理由っぽい。
しかし、ソフィは焦っていないように見える。必要な時には使えるようになるという、確信めいたものがあるらしい。
メアの場合は、普通にまだ本人の実力が足りておらず、神剣開放そのものを使う資格がないのだろう。
「む、アドル」
『グッドタイミングだったな』
目的の宿に入るまでもなく、アドルと聖騎士たちは宿の前にいた。町を出るという風でもないから、どこかへ出かけるつもりであったらしい。
近づいてくるフランたちに気づいたのか、聖騎士たちに緊張が走る。
「ここは我に任せろ」
「だいじょぶ?」
「心配するな。奴らを落ち着かせるだけだ。アドル殿を守るためだろうが、妙に攻撃的な奴らだからな」
そんな彼らに笑顔で近づきながら、メアが笑顔で手を振った。すると、向こうもメアの顔を覚えていたのか、緊張が解かれる。
だが、その代わりにこちらを見下すような雰囲気が生まれていた。
「聖国シラードの御一行! どこかへお出かけですかな?」
「怒鳴り声を上げなくとも聞こえている。薄汚い犯罪組織の者が何の用だ? 魔剣を売る気になったのか?」
どうやら、メアの正体を知らないらしい。王女だと分かっていれば外聞を気にしてもう少しまともな対応になるだろうし、剣を売れなんて言わないだろう。リンドのことも神剣であるとはバレていないようだ。
「まあ、いい。丁度良いところにきた。聖女の下へ案内しろ」
「……なぜ?」
「あの回復能力は、我が国に相応しい。連れていくことにしたのだよ」
何が連れていくことにしただ! フランも内心では相当イラついているな。ただ、神剣使いだとは分かっていないっぽいか? 本当に神剣使いを無理にでも連れていくと決めたのなら、もっと慎重に行動するだろう。
聖国の鑑定士たちでは、ソフィの能力を見破れなかったのかもしれない。
「そうですか。ですが、聖女様はこの都市に残ると宣言されておりましたので、交渉は無駄かと思いますよ?」
「それは貴様が決めることではない」
「まあ、交渉は後にしてください。冒険者ギルドからの使者をお連れしたので」
「ふん。使者だと?」
聖騎士が不満気に鼻を鳴らして、離れた場所に立つフランたちに視線を向けた。自分たちと対等のように振舞うメアの態度が気に食わないのだろう。
しかし、すぐにその顔が驚愕に染まる。
「紅蓮刃……!」
聖騎士たちはさすがにイザリオの顔を知っていたらしい。それに、あまり仲が良いとも言えないんだろう。ノクタでも大分余所余所しい態度だったのだ。
「この都市を救ったそうじゃないか? 傍若無人を絵にかいたようなお前さんらにしちゃ、珍しいことをするねぇ?」
「な、何を言われるか! 我らは栄えある聖国の騎士! 弱きものを守るが使命である!」
「ふーん? ま、いいけどさ」
自分の言葉を興味なさげに聞き流すイザリオに、聖騎士が怒りの表情を浮かべる。興味なさげって言うか、耳の穴を小指でほじるイザリオのその姿は完全に興味なしだ。
額に青筋を浮かべる聖騎士からは殺気すら感じるが、さすがに神剣使いに対して武力に訴えることはできないのだろう。
未だに聖騎士たちがざわつく中、イザリオが急に真面目な表情に戻り、渋い声で用件を伝えた。
「管理委員会からの緊急要請だ。この大陸の異常に対処するため、各国に戦力提供を呼び掛けている」
「なに?」
「すでに多くの国がその要請に応えると決めている。当然、冒険者ギルドもだ。よもや、聖国が義務を忘れるような真似はせんと思うが、どうかな?」
「あ、当たり前だ! 我々を何だと思っているのだ!」
「おお! それは僥倖!」
イザリオが相手を挑発したのはこのためか。怒らせておいて、話に乗りやすくさせたのだろう。
しかし、そこに待ったがかかる。鑑定士だ。どうやら、聖騎士とはまた違う命令系統で動いているらしく、この部隊でもそれなりに発言権があるようだった。
「待ちなさい! 神剣騎士様はこの大陸で3度も神剣の力を使っている。これ以上の戦闘は許可できない」
鑑定士が言う通り、アドルは本調子には見えない。消耗しているというほどではなさそうだが、ちょっと疲れているって感じか? 徹夜明けの経理みたいな顔をしていた。
戦えないって程ではないだろう。イザリオも、軽く鼻を鳴らして厭味ったらしく言い放つ。
「3回? だったら大丈夫だ。なんせ、俺も同じ神剣使い。しかも、聖国のアルファと俺のイグニスは同じ神級鍛冶師の作。どれほど辛いのかもよーく分かっているさ。3回だったらまだまだいけるはずだ。あー、それとも、神剣騎士なんて大層な名前を名乗っておきながら、たった3度でもう戦えないのかい? そりゃあ弱い。まさかロートルの俺に劣る程度の実力しかないとはなぁ?」
「くっ……!」
イザリオの言葉に、鑑定士は言い返すことができなかった。なんせ、神剣については神剣使いが一番わかっている。イザリオの言ったことを嘘だと言い切ることはできない。
それに、最後の一言は、シラードとしては絶対に聞き逃せないだろう。自分たちの国を強国たらしめている神剣騎士が、「たかが冒険者に劣っているのか?」と問われたのだ。
頷くことは論外だが、否定すればアドルがまだ戦えると肯定することになってしまう。どちらにせよ、デメリットが大きかった。
彼らとしてはこれ以上アドルに無理をさせずに、異変が起きつつあるこの大陸からさっさと逃げ出したかったのだろう。
「ハガネ将国は要請を受け入れたそうだぜ? いやー、さすが大国! 素晴らしい決断だよなぁ?」
「ぐぬ……」
「で? どうするんだい? 断ってくれてもいいぜ? 腰抜けで自分たちの事しか考えていないうえ、神剣騎士が冒険者よりも劣ると証明したいんならな?」
「くそっ!」
結局彼らには、要請に従うと回答するしか道はなかった。力ずくでどうにもならないのであれば、拒否することなど最初からできない案件である。断れば、世界中からシラードが非難されるだろう。
大国であるからこそ、その威信を守らなくてはならなかった。まあ、これほどの挑発、個人で国を上回るイザリオじゃなきゃできんだろうが。
俺が気になったのは、最終的な決定をアドルが下さなかったところだ。上位者扱いされているようではあるが、決定権はアドルにはないらしい。
アドル自身が文句を言わないところを見ても、最高指揮権は鑑定士たちが握っているようだった。




