963 ブルトーリの被害
前話を、いつもと違う時間に更新しております。
未読の方は、そちらからお読みください。
「……」
消滅していく巨大抗魔を、フランは不機嫌な表情で見つめている。
自身の力だけで倒せなかったことが、悔しくて仕方がないのだろう。
(……倒せなかった)
『まだ黒雷神爪は使いこなせないか?』
(ん……難しい)
攻撃の瞬間、黒雷の収束が不安定になり、周辺に無駄に拡散したのだ。
結果、放った攻撃の力が巨大抗魔だけに集中しなかった。
以前、似たことをしようとした時も、黒雷の収束に失敗してしまっていた。他の技と組み合わせることが非常に難しいらしい。
神獣化や潜在能力解放状態ならば容易く操ることが可能な力だが、普段では途轍もない集中力が必要となる。
そんな奥義を、高速で動きながら、しかも大量のスキルを使用している状態で放つのは今のフランでも難儀するのだろう。
なまじっか神獣化していた時の記憶があるため、思い通りに黒雷を操れない今の状態を不甲斐なく思ってしまうらしい。
拳を握り締めて、数秒の間俯いていた。
だが、フランのこの悔しさは、彼女だけのせいではない。
『正直俺も、少し失敗してた』
(そうなの?)
『ああ、金式や神気操作の制御がかなり難しくてな……』
金式スキルは、アナウンスさんが残してくれた対抗魔用の新スキルだ。もっと使いこなせていれば、巨大抗魔に対してもっとダメージを与えられたかもしれない。いや、確実に与えられただろう。
自分でも、金式を使いこなせていなかった感覚があるのだ。神気操作も同様だ。
この2つのスキルは、今後もっと使い方を練習しないといけないだろう。あとは邪気支配もだ。
自分の中にいる邪神の欠片だけではなく、巨大抗魔から吸収した邪気を魔力や神力に変換できれば、一石二鳥である。
旅の途中でゴブリンなどに対して使用して実験をしたことはあるが、格上の相手には使ったことがない。この大陸で、もっと使いまくっていこうと思う。
ただ、スキルを失敗したおかげで、俺の刀身への負担が減ったことも確かだった。
フランの黒雷神爪と、俺のスキルの制御が完璧だったら、俺の刀身はもっと酷い惨状になっていただろう。それが、多少のヒビと耐久値の半減程度で済んでいるのは、俺たちが失敗したからなのだ。
(もっともっと、修行が必要)
『そうだな。でも、無理は厳禁だ。やれることから、地道にやっていこう』
(ん)
『それに、フランはちゃんと成長してる』
(ほんと?)
『ああ』
以前黒雷神爪を失敗した時は、発動さえしなかった。それが、今回はダメージが半減したとしても発動していたのである。
それは確かな成長であった。
それでもなお浮かない表情をしているフランに、人影が近づいてくる。
「おーい、嬢ちゃん!」
「イザリオ」
「おいおい、何しけた顔してるんだ? もしかして、なんか失敗したかい?」
「……ん」
フランのシュンとした雰囲気を見て、結果に納得していないと分かったのだろう。イザリオがフランの肩を軽く叩く。
「若いうちは挑戦して失敗してってことを繰り返すもんさ。それに、嬢ちゃんのお陰で、俺もかなり楽ができた。ありがとうよ」
「ん」
フランを慰めてくれるのは、イザリオの言葉だけではなかった。
「お嬢さん、すごいですね!」
「さすが黒雷姫さんだ!」
「うおおぉぉ! 助かったぁぁ!」
命を拾った冒険者たちが、口々に歓声を上げている。自分たちの命を救ったのが、イザリオだけではないと彼らも分かっているのだ。
駆け寄ってくるむさい男たちを見て、フランは嬉しそうに微笑む。
『ブルトーリを守れたんだ。今はそれを喜んでおこう』
(ん)
落ち着いたフランとともに町へと戻ると、そこでも冒険者たちから歓迎を受ける。フランが癒したところを、皆がしっかり見ていたからな。
口々に礼を言ってくるし、馴れ馴れしい奴らは肩や頭を叩いて乱暴に感謝の念を示してくる。少し迷惑そうな、しかし楽しそうな顔で、フランは彼らを受け入れていた。
少しの間みんなで勝利を喜んでいたが、すぐにイザリオが指示を出し始める。冒険者たちで、町の見回りを行ったのだ。
結果、巨大抗魔の魔力吸収で命を落とした者は、元々弱っていた老人や病人が数人で、他の大勢の人々は無事であった。一日寝れば、魔力枯渇も邪気酔いも良くなるだろう。
あれだけの戦力に襲われた町としては、非常に少ない被害と言える。冒険者たちが命を懸けて戦った結果であった。
巨大抗魔撃破から数時間後。
日は落ち、夜の帳がゴルディシアの大地を包み込んでいる。
だが、ブルトーリの一画は、夜とは思えないほどの輝きに包まれていた。
亡くなった人々の亡骸を、イザリオが焼いているのだ。
土地が限られるこの大陸では、土葬は現実的ではない。普段から火葬が主流であるらしい。しかも個別の墓はなく、大勢が纏められる大きな墓に入れられるそうだ。
浄化の力を持った暖かな炎の中で、遺体が蒸発するように解け、骨だけになっていく。そして、その骨も次第に形を変え、最後は砂のようにサラサラと崩れていった。
完全な灰と化した骨を集め、遺族や仲間が墓へと運んでいく。
「さて、この後どうするかだな。他の町がどうなっているか、分からない」
「ノクタとセンディア、心配」
「まあ、まずはノクタに戻って、情報を仕入れるのがいいとは思うけどねぇ。お嬢ちゃんの狼は、走れるかい?」
「だいじょぶ。ウルシが疲れても、し――剣で飛べる」
「ああ、あれかい。だったら、夜のうちにブルトーリを出て、ノクタを目指すか」
「ん!」
巨大抗魔が各地に出現しているとしたら、場合によっては大きな被害が出ているかもしれない。どう動くにせよ、情報が必要だった。
 




