962 フラン対巨大抗魔
寝落ちしてしまい8時の更新に合いませんでした。申し訳ありません。
冒険者たちと連携しながら、ブルトーリに群がっていた抗魔を駆逐することに成功した俺たち。
しかし、まだ大物が残っていた。炎を消したイザリオの隣に降り立ったフランに、ぼやきのような声をかけてくる。
「あのデカブツが残っている限り、抗魔が湧き出ると思った方が良さそうだなぁ」
「ん。あれ、どうする?」
「嬢ちゃんがやるかい?」
「いいの?」
フランの目から迸るやる気が伝わったのだろう。イザリオが軽く肩を竦める。
「ま、おじさんは楽できるなら文句はないよ。それに、奴はいささか町に近すぎる。それに、やりたいんだろ?」
「ん!」
「なら、頑張って頂戴よ」
日に2度の神剣開放は、イザリオにとってもかなりリスキーなんだろう。レベル低下だけではなく、反動も相当なものであるはずだ。
それに、イザリオが言う通り、ここは町に近すぎた。被害が出ないように制御するのは、イザリオにしても少々面倒なのだろう。
フランが倒せればそれでよし。ダメでも、ダメージを与えていれば神剣開放なしで、イザリオが止めを刺せるかもしれない。
少なくとも、フランに任せて悪くなることはないと判断したらしかった。
(師匠、やる!)
『そうだな。イザリオに頼ってばかりじゃいられないしな』
(ん! 何度も神剣使わせたら、イザリオでもきっと危険)
フランも、イザリオが本調子ではないと分かっているんだろう。上手く隠しているけれど、確実に反動が残っている。
俺たちだって、この大陸にきてからの激戦の消耗が癒えているとは言い難い。しかし、今のイザリオよりは遥かにましだろう。フランが眠っている間に、かなり回復したしな。
『弱い攻撃は、あの羊水もどきに防がれるかもしれん。あれもかなり魔力を含んでいるからな。だから、溜めて溜めて、全力の一撃を放つ』
「ん。わかった」
フランは決意を秘めた顔で頷くと、俺を肩に担いだ。そして、背後をチラリと振り返る。
フランを見守るように居並ぶ冒険者たちとイザリオ。だが、フランが気にしているのは彼らだけではない。
『フラン、どうした?』
(いっぱい、死んだ)
『……そうだな』
(だから、だから……うーん?)
フランが見ているのは城門、そしてその向こうで寝ている冒険者たちだろう。もう二度と起き上がることはない、冒険者たち。
今までのフランはその他大勢の冒険者に対して、せいぜいが同業者程度の意識しかなかった。仲間というほど、強い思い入れはなかっただろう。
しかし、冒険者たちと共に戦い、歌い、宴で盛り上がった結果、冒険者に対する仲間意識が生まれたようだった。
そして、そんな冒険者たちが大勢亡くなったことで、フランの中に彼らに対する不思議な気持ちが湧き上がったらしい。フラン自身も、何故そんな気持ちになるのか、分かっていないようだ。
自分の気持ちを言語化できず、首を捻っている。しかし、決して嫌な気分ではないのだろう。改めて巨大抗魔を見つめると、気合を入れ直したようだ。
(……この町は、絶対に守る!)
『ああ、そうだな』
巨大抗魔に向かって歩きながら、フランはゆっくりと魔力を練り上げていく。
時間がいくらでもあるとは言えんが、数分程度で破滅が訪れるほど切羽詰まっているわけでもない。
じっくり力を溜め、本気の一撃を準備するくらいの余裕はあるのだ。
俺もまた、フランと同じように魔力をひたすら高めていく。
ゆっくり歩くフランの周囲に、時折抗魔が湧き出す。だが、出現した抗魔たちは姿を見せた直後、後方から打ち出された火炎によって瞬殺されていった。
最強の援護だ。これほど安心できる後衛もそうはないだろう。
「ふぅぅぅ……はぁぁぁ……」
フランは抗魔の気配に意識を乱すこともなく、同じ歩幅で歩き続けた。呼吸が段々と深くなり、その度にフランの内側で魔力が異常なほどに高まっていく。
それでいながら、外には欠片も魔力が漏れていなかった。一切の無駄なく、自身の魔力を完全に集中することができている証である。
巨大抗魔との距離が残り100メートルほどに縮まった時、俺はフランを転移させた。フランがそうしてほしいと思っていたからだ。
転移と同時に落下し始めるフラン。
ほんの少しだけ高度を下げ始めた橙色の太陽を背に、真下にいる巨大抗魔を鋭い目で見据えている。
「覚醒、閃華迅雷……。ウルシ!」
「オン!」
「まだ疲れてる?」
「ガルォォ!」
「なら、力を貸して」
「ガル!」
ウルシは全身に疲労感を滲ませているが、前足を振ることができる程度には回復したらしい。フランとウルシは空中跳躍で飛び上がると、阿吽の呼吸でタイミングを合わせた。
「ガァルルォォォ!」
「はぁぁぁ!」
ウルシの前足によって、フランが打ち下ろされる。狼式抜刀術だ。
冷たい空気に満たされた高空から、巨大抗魔目がけて加速していくフラン。刹那、俺の刀身が黒い雷に包まれていた。
微かな神気を帯びた、黒雷だ。ただ俺に付与されたのではなく、収束した黒雷が俺の魔力と混ざり合い、攻撃力を高めているのが分かった。
「黒雷神爪っ!」
黒雷を使った技の中でも、特に難度が高い、必殺技である。
狼式抜刀術に黒雷神爪を組み合わせた、フランの放てる中でも特に強力な攻撃の一つだろう。成功すれば、だが。
「はぁっ!」
鋭い呼気と共に斬撃が繰り出され――巨大抗魔が羊水もまとめて一刀両断されていた。
ドン!
同時に、解き放たれた膨大な黒雷がその全身を焼き焦がす。凄まじい熱量によって、巨大抗魔を包んでいた羊水が一瞬で蒸発していた。周囲に漂う白い霧。
これを吸い込んで大丈夫か? とりあえず、風の結界で周囲を覆っておこう。
黒雷の衝撃で、真っ二つにされた巨大抗魔の体が左右へと倒れていく。
俺の転移によってやや離れた場所に降り立ったフランは、片膝を突いたまま悔し気な呻き声をあげた。
「……っ」
巨大抗魔からは、まだ僅かに魔力が感じられていたのだ。切り裂かれた断面がゆっくりと盛り上がっていくのも見える。
俺たちの渾身の一撃でも、巨大抗魔を倒しきることはできていなかった。いや、想定通りの威力が出ていれば、倒せたかもしれない。
しかし、繰り出す瞬間に黒雷神爪の制御がやや甘くなり、斬撃の威力が下がってしまったのだ。巨大抗魔を相当消耗はさせたが、未だに再生しようとしている。
ただ、俺もフランも無念ではあるが、心配はしていなかった。
ゴウゥッ!
俺たちの見ている前で、無数の火炎が巨大抗魔へと降り注ぐのが見えた。奴を倒すという目標は達成できなかったが、イザリオの負担を軽減するという最低限の役目はこなすことができたのである。
神剣の気配はない。開放せずともいけると判断したのだろう。結果、赤い炎が両断された巨大抗魔を燃やし尽くし、灰へと変えたのであった。




