959 イグニスの輝き
フランはイザリオから急いで距離を取り、巨大抗魔と相対する彼を見守る。それを確認したのか、イザリオから赤い魔力が立ち上るのが見えた。
その魔力の迸りを追うように、イザリオの体から炎が吹き上がる。煌々と燃え盛る火焔が周囲を威嚇するかのように激しく渦を巻き、一気にイザリオの右手に向かって収束した。
その右手には、以前見たのと同じように、真紅の輝きを放つ炎の塊が握られている。
道中で突破してきた抗魔たちが追い付いてきたが、イザリオに近づくだけで燃え上がって消滅していった。それなりに強い黒抗魔が、篝火に群がる蛾と変わらない。
「神剣……やっぱすごい」
「オン」
『ああ』
「それに、イザリオも」
『神剣使いなんだ。やはり普通じゃないんだろうな』
見た目は相変わらずのダメ親父だが、その存在感は圧倒的である。神剣だけではない。その神剣を使うイザリオ自身が、強烈な輝きを放っているのだ。
相対する巨大抗魔と比べても、その力強さで劣ってはいない。
「イザリオ、動いた」
『一応、いつでも逃げられるように気を抜くなよ?』
「ん。わかってる」
俺たちがいる場所も、安全か分からない。それほどの魔力だ。
万を超える抗魔を相手にした時よりも、今の方が本気に見える。巨大抗魔をそれだけの相手とみているのだ。
それに、相手が未だに動かないということも大きいだろう。ただでさえ強力な神剣の力を、しっかりと練り上げて放つことが可能なのである。
「はぁぁぁぁ……ふぅぅぅぅ……」
イザリオの呼吸と共に、片手上段に構えられた煌炎剣・イグニスが輝きを増していく。その輝きは太陽のごとく強暴で猛々しく、フランが軽く目を細めなければならないほどだ。
以前、ファナティクスに操られたベルメリアが王都で放った、上位の火炎魔術を見たことがある。あの時俺は、その烈しい炎を太陽に例えた。
だが、今のイグニスが纏う輝きの強さは、あの時の炎を遥かに超えているだろう。
フランとウルシの重心が、僅かに後ろに傾く。無意識に、いつでも逃げられるように準備をしたのだ。
そして、人では直視できぬ程の輝きに包まれたイグニスが、大上段から振り下ろされた。
なるほど、才無しか。
イザリオの放った攻撃は、斬撃と考えればそこそこの一撃だ。達人級と言われる剣聖術に届いてはいるだろう。
だが、そこまでだ。決して、隔絶した才能を感じさせるような攻撃ではない。イグニスに、剣王術付与の能力はないのだろう。
しかし、膨大な練習と、剣に対する執念が見える斬撃ではあった。練磨の果てに手に入れた丁寧なその一振りは、尊い。
自分の力の限界を知り、だからこそ誠実に、全ての力を一撃に込めているのだ。
確かに、イザリオ自身の力は、神剣の持つ攻撃力からすれば何の意味もないかもしれない。元々10万の攻撃力が10万1になるだけなのかもしれない。振り下ろし方がもっと雑で適当でも、問題ないのかもしれない。
しかし、そうだとしても、神剣の一撃をこれだけ真摯に放てるからこそ、イザリオはイグニスに認められたのではないだろうか?
神剣というモノの力と重さを理解しながらも、溺れることなく努力し続けられるイザリオの精神力は、尊敬に値する。
フランの視線にも、畏敬の念が浮かんでいるようだった。俺と同じ気持ちなのだろう。
そんな俺たちの眼下で、光線が奔った。
余りにも眩しすぎるせいで、その炎は白く見えてしまう。百メートルを超える炎の刃が巨大抗魔を切り裂き、その先の大地に深々と溝を穿った。
「イイイイイイイイイイイイイイイィィィィイィィィィ!」
左右に真っ二つにされた巨大抗魔が、凄まじい悲鳴を上げる。業務用の拡声器をいくつも並べて、金切り声を上げたとでも表現すればいいだろうか?
上空にいるフランとウルシが耳を塞ぐほどの、大音声だった。
イザリオは大丈夫か? 周囲の大地を広範囲に渡って抉るほどの声は、もはや音波攻撃だ。
ただ、そこはやはり神剣使い。特にダメージを受けた様子もなく、悠然とその場に立っていた。
『終わりだな』
「ん」
イグニスによって切り裂かれた断面から炎が上がり、巨大抗魔の全身を蝕んでいく。上級抗魔の再生力を発揮する間もなく、そのビルのごとき巨体は僅かな時間で灰となって消滅していった。
あの巨大抗魔がどのような目的で生み出されたのかは分からない。何かが生み出したのか、抗魔自身の意思だったのか。ただ、まだ完成形でなかったことは間違いないだろう。
無防備に見える状態で、地上に出てきた理由は分からない。多少の攻撃を食らっても問題ないのか、地下ではこれ以上の巨大化が難しいのか。
ともかく、現状では周囲を攻撃するようなそぶりはなかった。いや、普通であれば、あの魔力吸収能力が敵を干上がらせ、自らを成長させる、攻防一体の能力なのだろう。
敵が多い場合は魔力吸収で成長のための餌食とし、強力な敵からは巨体に備わった生命力と防御力で身を守る。
あれは、そういう存在なのだと思う。
しかし、相手が悪すぎた。
魔力吸収はものともせず、どれだけの巨体だろうがものともしない殲滅力の持ち主を前にした時に、なす術がないのである。
「イザリオ、呼んでる」
「オン!」
完全に終わったと判断したのだろう。イザリオがこっちに向かって手を振っている。
彼の下に戻ると、周囲の熱が凄まじい。攻撃の余波のせいだ。
イザリオがこの大陸にいるのは、イグニスで巻き込む相手が少なくて済むからなのかもしれないな。元々死の大地と呼ばれるここなら、多少地形を変えたところで、大きな問題にはなりにくいのだ。
「だいじょぶ? 疲れてる?」
「はっはっは、ちょいと本気出したからなぁ」
フランが心配する通り、イザリオは疲労している様子であった。額に汗をかいている。歩けないほどではないらしいが、かなりつらそうだ。
しかし、フランが気になったのはそこではないらしい。
「……代償はへいき?」
「おっと、情報通だな。だいじょうぶさ。おじさん、これでも神剣使って長いからねぇ。どれくらい使えばどれくらいの代償になるのか、感覚的に分かってるよ」
「ならいい」
「ま、レベルの1や2であんだけの攻撃放てるんだから、文句はないさ」
イグニスの代償はレベルだったようだ。フランにその気はないけど、知ってる風を装って上手く聞き出せてしまったな。




