955 異変と竜人
「嬢ちゃんがこの大陸にきた理由は分かった。ただ、1つ忠告だ」
「なに?」
「この大陸に長居しない方がいい。ここは、嬢ちゃんみたいな未来がある人間が、居ていい場所じゃない」
イザリオは、真剣な顔でそう呟いた。彼が、心の底から気遣ってくれているのが分かる。
しかし、フランは納得いかないようだった。
「イザリオはずっとここにいる」
「俺は、嬢ちゃんとは違うさ。さっきも言ったが、神剣を持ってるだけの凡人だ」
やはりイザリオの自己評価は低いな。さっきの話を聞けば、分からなくもないが。
ただ、この大陸で何十年も戦っている間に、ランクSに相応しいほど強くなっているとは思うんだけどな……。人間、年を取ってしまうと中々変われないってことなのかもしれない。
イザリオが才無しを名乗ってダメ親父を演じて――まあ、半分くらいは素だろうが、ダメっぽい姿をあえて人前で見せるのも、『神剣を手に入れなかったら自分はこうなっていたはず』という気持ちがあるからだろう。
あと、ガイアやイグニスに選ばれる使い手の特徴に気づいた。多分、神剣を手に入れても調子に乗らず、むしろ神剣を邪険にするような人間が選ばれるのではなかろうか?
結果的に、そういう人間なら神剣を乱用したり、私利私欲で使う可能性は低いだろうしな。それだけじゃないだろうが、そういう精神面の資質みたいな部分が重要なのは間違いないと思う。
「さ、休憩はこのくらいにして、そろそろいこうか」
「ん」
フランは素直にうなずくと、立ち上がる。解毒の魔術を使おうとしたのだが、その前にイザリオが自身に解毒の術をかけていた。
こいつ、回復魔術使えたのか。
「魔術?」
「酒飲みの必須だろ?」
いやいや、酒のために回復魔術って! この親父、剣の才能はいまいちでも、それ以外が凄いんじゃ……? 確か、回復魔術って、使い手がかなり少ないんだよな?
「いいの? お酒抜いたら、調子悪くならない?」
「あー、その、大丈夫だ! 調査依頼だしな。さ、酒なんか入れるまでもないっていうか、臭いがない方がいいだろ? な?」
アルコールを抜いたイザリオが、焦った様子で言い募る。嘘だったとは言い辛いんだろう。なんか必死過ぎて可哀そうになってきたし、ちょっと援護してやるとするか。
『フラン。イザリオの言うことも一理ある。酒臭いと、敵に見つかるかもしれんぞ』
「なるほど。わかった」
「お、おう! そういうこった」
遥か格上のはずなのに、何故か可哀そうになってしまった。半分は演じているって思ったけど、8割くらいは素なのかもしれん。
とりあえず調査に向けて再出発した俺たちだったが、すぐに異変に直面していた。イザリオも、ちょっとだけ真面目そうな顔である。
「ありゃあ、竜人の部隊だな」
「ん。30人くらいいそう」
「うーむ。ギルドの情報では、この辺に竜人たちを派遣するなんて情報はなかったが……」
イレギュラーな、竜人の部隊を発見したのだ。もしかして、竜人王の配下か?
だが、トリスメギストスの居城周辺以外で、明確に立ち入り禁止の土地はない。自分たちの判断でこの辺にやってきたとしても罪ではないし、おかしくもなかった。
「仕方ねぇ。とりあえず接触してみるか。例の反乱竜人どもだとしたら、一戦やり合うことになるかもな」
「腕が鳴る」
「元気なこって」
イザリオが茶化すような感じで肩を竦めるが、その目は笑っていない。フランから放たれる、殺気にも似た闘志に気づいたのだろう。
竜人王が闇奴隷商人たちの元締めであるという話は、冒険者ギルドに伝えてある。当然、イザリオの耳にも入っているだろう。
先ほどの生い立ちの話と合わせれば、フランが竜人王の配下であるかもしれない相手に対して、穏やかではいられない理由も分かっているはずだ。
「一応、向こうが手を出すまでは、攻撃すんなよ? 敵対したら、好きにやっていいから」
「ん!」
「マジで頼むぜ」
3分後。
近づいてくるフランたちに気づいた竜人たちが駆け寄ってきたこともあり、両者は早々に接触することになっていた。
念のため、ウルシは陰に隠れている。いざという時は奇襲で相手をかく乱するためだ。
「止まれ!」
「何者だ!」
竜人たちは、非常に若い者が多かった。明らかにヤンチャな感じだ。このままもう少し育ったら、チンピラになるだろう。
戦闘力も竜人としてはさほど高くはなく、こちらの実力も見抜けていないようだった。それでいて、自分たちの優位を疑っていない様子だ。
こちらを恫喝するように怒鳴っている数人以外は、ニヤニヤとした顔でこちらを嘲笑っていた。
「いきなり物騒だねぇ。おたくら、どこの居留地の竜人だい?」
「答える必要はない。この先は立ち入り禁止だ。大人しく帰るならば、見逃してやる」
「へぇ? 立ち入り禁止? 俺たちはこれでも冒険者ギルドの依頼で調査にきていてねぇ? そんな重要な情報ギルドには入ってないけどなぁ? 一体、どこの誰が立ち入り禁止なんて決めたんだい?」
「……ちっ」
自分たちを恐れる様子もないイザリオを見て、リーダー格の青年が舌打ちをする。それに、イザリオの言葉にも引っ掛かったらしい。
獲物を求めて徘徊する、普通の冒険者だと思っていたのだろう。それが、ギルドの正式な調査員だとすれば、自分たちの方が悪者である。
しかし、竜人たちの態度は頑なであった。
「ここは俺たち竜人の大陸だ! 俺たちが決めたことが、この大陸の法だ!」
「うーん? ここが竜人の持ち物だなんて、決まってないと思うよ? 君たちのせいで滅んだわけだし、権利を主張されてもねぇ?」
イザリオが、相手の神経を逆なでするような口調で、挑発的な言葉を口にした。明らかに、怒らせようとしている。
情報を収集するために、判断力を低下させようとしているのだろう。もしくは相手に手を出させて、正当防衛を成立させるつもりかもしれない。
ともかく、こいつらとまともな交渉はできないと判断したようだった。
「ほらほら、やんちゃ坊主たちは怪我する前にお家へとお帰りよ。ここで謝れば、おじさん見逃してあげるから」
「貴様ぁ! 俺たちを子ども扱いするな!」
「そういうこと言ってる内は、子供なんだよ。僕ちゃん?」
「この爺を殺せぇ!」




