954 イザリオの過去
ゴルディシア大陸にきた理由をイザリオに尋ねられたフランは、素直に答えを口にしていた。
「ベリオス王国に雇われてる。でも、本当はトリスメギストスに会いに。あと、お墓参り」
「トリスメギストス? 奴に会って、どうすんだい?」
「秘密。でも、絶対に会わなきゃならない」
「……そうかい」
不審そうではあるが、無理に聞き出すつもりはないのだろう。肩を竦めて、流してくれた。ただ、忠告は忘れない。
「奴は、化け物だ。能力ではなく、その精神と在り方が、化け物なんだ。会う前に、覚悟はしとくんだな」
「精神が化け物……?」
「会えばわかるさ。いや、一見すると分からんか? ただ、生かされ続けた人間の行き着く先っていうのは、ああいうものなのかもしれん。せいぜい気を許さないようにするんだな」
「ん。気を付ける」
フランがそう返すと、イザリオが満足げに頷いた。なんだかんだで、面倒見がいいおっさんだ。
「墓参りっていうのは?」
「お父さんとお母さんのお墓参り。2人とも、この大陸で死んだから……」
フランは自分の身の上を語って聞かせた。進化を目指す両親と共に旅をし、この大陸に腰を落ち着かせたこと。一時の幸せな生活の後、抗魔に襲われ、奴隷にされたこと。師匠に救われ、強くなってこの大陸に戻ってきたこと。
「カステルにお墓がある」
「……なるほどなぁ」
話を聞いたイザリオは、短く呟くと軽く俯く。そして、フランに対して頭を下げた。
「すまん」
「どうしたの?」
「変なことを聞いちまったからよ。それに、馬鹿な嫉妬をしてたこととかな」
「嫉妬?」
嫉妬って、イザリオがか? フランに対して? 俺もフランも意味が分からず、疑問符を浮かべてしまう。
謝られなきゃいけないほどの嫉妬心なんて、イザリオから感じたことはなかった。
「……俺は凡人だ。ろくに才能もないし、思考も普通だ。俺の43年の人生なんざ、嬢ちゃんの生きてきた十数年に比べたら薄っぺらいもんだろうよ」
「ランクSで神剣持ってるのに?」
「くく、神剣を持ってるだけさ」
イザリオが、自嘲気味な笑みを浮かべながら肩を竦める。
「才能の無いどうしようもない男が、神剣のお陰で崇められているだけさ」
「……」
自分を卑下し過ぎじゃないか? フランもどう声をかけていいか分からないらしい。
「冒険者になりたての頃。俺は才無しなんて呼ばれていた」
「異名?」
「蔑称だ。その通り、才能の無い奴って意味のな」
イザリオが生まれたのは、辺境の寒村だった。
日々食べる物にも事欠く、貧しく厳しい村だ。そんな村での生活に耐えきれなくなったイザリオは、友人たちとともに飛び出し、冒険者になったらしい。
貧乏な村でもさらに貧乏な、小作人の倅たちだ。魔術など使える訳もなく、彼らは剣士として腕を磨いた。それくらいしか、選択肢がなかったのだ。
それに、この世界では剣が尊ばれる。神話で、剣の神が邪神を倒したことに由来するのだろう。武器といえば、とりあえず剣。そんな風潮があった。
また、その考えが長年続けば、世界中に剣そのものが増えるので、安く簡単に手に入るようになるし、教えてくれる人間も多くなる、結果、剣士がより増えるという流れができあがっているのだろう。
若き日のイザリオたちも御多分に漏れず、木刀や、ゴブリンから奪った錆びた剣を手に、下級冒険者として活動を続けていく。
だが、その仲間たちの中でも、イザリオは特に剣の才能がなかった。仲間が順調にスキルレベルを上げる中、イザリオのスキルレベルだけが上がらなかったのだ。
人には、厳然とした才能の差がある。同じように修行しても、スキルやステータスの伸びに違いが出てしまうのだ。
イザリオは、特に剣の才能がなかったらしい。しかし、貧乏な彼らに武器を買い替える余裕などなく、剣を使い続けるしかなかった。
そして、ようやく少し余裕ができる頃、冒険者ランクがアップする瞬間が訪れる。イザリオ以外の仲間たちだけに。
基礎能力が劣っているという理由から、イザリオだけランクアップできなかったのだ。不得手な武器を使わされてきた彼だけ、弱いままだった。
結果、仲間たちはイザリオとのパーティを解消する。より稼ぐため、より強い冒険者とパーティを組み直すためだ。
イザリオは怒り、恨み、嘆き、それでも冒険者を続ける決心をした。
それしか生き方を知らなかったから。いや、村に帰って畑を手伝うという選択肢もあったはずだ。だが、彼のちっぽけなプライドが、村へ逃げ帰ることをよしとしなかった。
仲間たちへの当てつけや、反骨心もあったのだろう。
ソロのまま下級依頼を受け続けて、少しずつ自身の腕を磨いていった。
相変わらず剣術スキルの上りは遅かったが、2、3、4と成長していく。普通なら、剣聖術に届いていてもおかしくはないほどの修行を積んではいたが……。だが、彼は諦めない。
そして、イザリオはようやく自身の才の一端を知る。それは防御の才。攻撃は相変わらず下手だったが、剣を使った受け流しや止めは、スキルレベルを超える冴えを見せることがあったのだ。
いつしか、彼のスキルに『受け』や『流し』、『止め』が個別に出現し、あっという間に剣術のレベルを抜いていった。
もしかしたら、大盾やソードブレイカーでも使っていたら、仲間に見捨てられることもなかったのかもしれない。それでもイザリオは、剣を好んだ。
もう、自分でも何故か分からないほど、剣に執着し、拘り、捨てられなくなっていたのである。
イザリオがようやくソロでランクEになった頃、仲間が若くしてランクCになったという噂を聞いた。彼が25歳になる直前のことだった。
その知らせを聞いて、イザリオは理解する。やはり、才能がないのは自分だけで、仲間たちは天才だったのだ。自分などが、彼らのパーティにいてはいけなかったのだ。寂しさと悔しさ、そして僅かな祝福の気持ちとともに、ようやく納得できた。
しかし、運命というのは、本当に不可思議で残酷なものである。運命を司る神という者がいるとは聞いたことがないが、居たら絶対に悪戯好きの性悪なのだろう。
イザリオはある日、ガラクタを売る蚤の市の片隅で、出会いを果たす。誰も装備することができず、埃をかぶっていた謎の魔剣を、何故か装備できてしまったのだ。
それが、神剣・イグニスとの出会いであった。
彼がなぜ選ばれたのか、イザリオ自身にも分からない。ただ、神剣を装備し、その力を使うことができてしまった。
才無しのイザリオが紅蓮刃のイザリオになり、冒険者ランクが一気にSに上がる。神剣の所持者に対する優遇は、冒険者ギルドの規約でも許されているらしい。神剣使いを普通の冒険者にはしておけないってことなのだろう。
一気に立場が上がり、周囲の見る目が変わり、人々が掌を返した。同時に、高ランクの依頼が舞い込んでくるようになる。
依頼の多くは、今までは戦うことさえ考えられぬような高位魔獣の駆除であったが、達成するのに大した苦労はしなかった。
元々、ランクに似合わない高い防御の技術は持っていたのだ。そこに神剣の攻撃力が加われば?
いや、そもそも、神剣さえあれば防御力など必要なかった。抜けば勝ちなのだから。
受ける称賛の多さとは裏腹に、彼の心を空しさが覆っていく。なにせ、今までの修行が無駄になったのだ。イザリオが強かろうが弱かろうが、神剣さえあれば関係がない。人々の反応もそうだった。
誰もイザリオなど見ていない。イザリオではなく、神剣使いが求められているだけだった。
「かつての仲間たちと再会した時に、愕然としたよ」
不満と嫉妬と欲望に塗れた瞳と、それに反するへりくだった態度。かつて憎んだ天才たちは、神剣の前では単なる小物に成り下がり、自身は神剣を所持しているだけで王様になれた。
その滑稽さに気づいてしまったイザリオは、紅蓮刃の名を自身で名乗ることを止める。『才無し』。それが、彼が忘れてはならぬ、本当の姿。だからこそ、頑なに名乗り続ける。
「俺は、才無しのイザリオさ。少しばかり防御が上手いだけの凡人が、たまたま神剣を持っているだけなのさ」
だからこそ彼は、自分にはない天賦の才を持つように見えたフランに嫉妬した。実力に裏打ちされた自信を備え、輝かしい過去と未来に彩られた今を謳歌する、天才児である、と。
「本当に、器が小さいおっさんだよなぁ。無駄に歳食ってるだけでよぉ。勝手に思い込んで、勝手に嫉妬して、勝手に謝って……。あーあ、嫌になるぜ」
イザリオはそう言って、自嘲するように天を仰いだ。




