952 指名調査依頼
神剣の話を聞き終えた俺たちは、銀の女と分かれて冒険者ギルドへとやってきていた。銀の女には、ナディアの様子を見守ってもらうように頼んだ。
彼女にとってもナディアのことは他人事ではないようで、二つ返事で引き受けてくれていた。
戦闘力もあり、機動力もある。いざという時にはナディアを抱えて逃げるくらいは朝飯前だろう。
ブルトーリ周辺の抗魔は始末できたし、ここでの仕事はもう終わりだ。明日にはノクタへ向かって出発できるだろう。フランとしては、早くナディアに会いたいらしい。
早足でギルドに向かって歩いている。
ただ、その行く手を阻むものがあった。まあ、ギルドの入り口で普通に声を掛けられたってだけなんだけど。
しかし、相手が問題だった。
「やあ、お嬢さん。これから冒険者ギルドへ向かうのですか?」
「……ん」
話しかけてきたのは、アドルたちシラード一行だったのだ。アドルは顔色も悪くないし、一見するといつも通りに見える。
ただ、今朝よりも動きが鈍いし、明らかにやせ我慢だ。これもまた、大国としての見栄なんだろう。
避けたかったのだが、入り口で待ち構えられては、どうすることもできなかった。できるだけ気配を消して脇をすり抜けようとしたのだが、やはりフランが目的だったらしい。
銀の女に忠告された直後なので、どんな裏があるのかと勘ぐってしまう。
「綺麗な魔剣ですね? どこで手に入れたのですか?」
「……師匠」
「ほう? 師匠様から受け継がれたと?」
戦闘時の無表情と、今の空虚な作り笑顔。全く違う表情なのに、どっちも同じ印象を受ける。洗脳教育を受けているせいなのか、やはりどこか普通じゃなさそうだ。
「ハガネ将国を信用しないことです。あの国は、人を人とも思わぬ、邪悪を秘めた国なのですよ」
「ふーん」
「哀れな兵士たちを見たでしょう。彼らのような老人を無理矢理徴兵して使い潰すような、国です」
お前らが言うなって感じだ。それに、あの老人たちが無理矢理徴兵されて、哀れ? やる気に満ちて、自分たちで志願したようにしか見えんぞ?
フランはやる気のない顔で、アドルの言葉を聞き流す。その間、アドルだけが喋り、その後ろに控える男たちはジッとこちらを見ていた。
ただ、控えているだけではない。魔力の微かな動きが感じられた。こいつらが、鑑定などを使う人材発掘部隊なのかもしれない。
だが、すぐにこちらを侮るような表情に変わった。多分、鑑定でフランの実力を見抜いた気になって、雑魚認定したんだろう。
「……では、失礼しますね」
「ん」
アドルは、背後の男たちが何も言わないことから、フランに利用価値がないと判断したらしい。急に話を切り上げると、背を向けて去っていった。
ギルマスに呼ばれているという言い訳を使うまでもなかったのだ。
俺たちからしても有難いから文句を言わんが、普通に失礼だからな? あれで、密かに活動しているつもりなのだろうか?
前情報がなくったって、目端の利く奴なら怪しさに気づくと思うが。厄介な相手だから、俺たちみたいに積極的に文句を言ったり、怪しさを指摘したりはせんのだろう。
結果、自分たちの不自然さに気づくこともなく、そのままになっていると。
それに、アドルならフランの実力の高さは分かっていると思うが……。それを口に出すことはなかった。
『うーむ、怖いのか間抜けなのか分からんな。意思疎通というか、連携が上手く行ってないのは分かるが』
(あいつら嫌い)
『ま、興味を失ってくれて助かったな』
「ん」
『今後、できるだけ奴らとは会わないように立ち回ろう』
(わかった)
その後、俺たちは当初の目的である、ギルマスへの帰還報告へと向かったのだが……。
そこでは予想外の人間が待ち受けていた。なんと、ノクタのギルドマスターであるリプレアが待機していたのだ。
挨拶もそこそこに、ブルトーリへとやってきた理由を語るリプレア。補足はブルトーリのマスターだ。
「調査依頼?」
「そうなのよぉ。今回の抗魔の季節、正直想定外のことが起き過ぎだわ」
「異常と言えますな。明らかに、いつもとは違う。強力な個体があまりにも多すぎる」
「そこでぇ、大陸の中央部に調査人員を派遣することになったわけぇ」
「少数精鋭での威力偵察ですな」
フランは、ギルマスたちから指名依頼を提示されていた。ギルドからの直接の指名だ。正当な理由もなしには断れない。
消耗や地理の不案内を理由にはできるだろうが、フランがやる気であった。
頼られて悪い気はしないのだろうし、この大陸の異変はナディアの安全に直接かかわる。自分の仕事でその異変を排除できる可能性があるなら、喜んで引き受けたいのだろう。
(師匠。いい?)
『まあ、調査だしな……』
殲滅や指揮官個体の撃破ならともかく、調査依頼。しかも、成果の有無に関係なく、一定の地域の調査を終えた時点で依頼完了という、こちらに配慮した内容である。断ったら、評価が下がることは間違いなかった。
「私だけで行く?」
「いえ。イザリオ殿と一緒に行ってもらいます」
イザリオと一緒だと、イグニスに巻き込まれるかもしれないんだよな……。でも、わざとこっちを攻撃するような相手じゃないし、いざとなれば転移で距離を取ればいいか。
イザリオと一緒なら、強い抗魔が相手でもかなり安全だろう。むしろ、メリットの方が大きい。
フランに期待されているのは、索敵と伝令であるようだ。いざとなったらイザリオを残し、フランだけで報告に戻れるからね。
「……シラードの奴らは?」
「彼らはもうノルマを達成しているし、ギルドの人間でもないわぁ。調査を頼むのはちょっと無理ねぇ」
これ以上、アドルたちと一緒に行動するなら断ろうかとも思ったが、最大の懸念がなくなったのだ。
「わかった。なら、引き受ける」
「シラードと何かあったぁ? まあ、いい噂聞かないけどぉ」
「まだ何もされてない」
「まだ、ねぇ……。何かあったら、相談にきなさいね? ギルドでも対処するから」
「その時はお願い」
「うふふふふ、任せて。その代わり、調査をお願いね?」
「ん」
誤字報告をしてくださり、誠にありがとうございます。
いつも本当に助かっております。




