93 疑惑
「勝手な真似をしてくれたな!」
海賊船団を沈めて戻ってきた俺たちを出迎えたのは、セリドの怒鳴り声だった。
「?」
「誰が勝手に攻撃して良いと言った!」
「全部沈めた。問題ない」
「そうだぞ、セリド。何を怒っている?」
「護衛の仕事を放り出して、勝手に戦闘行動をしたのだ! これは問題だぞ!」
フランが何をやったって気に入らないんだろう。もしかしたらこうやって貶して、手柄を貶める作戦なのか?
「しかも、あのような方法で……。海賊船を沈めたことは褒めてやる! だが、貴様の落とした岩が起こした波のせいで、この船が転覆しかけたのだぞ! 水魔術師がなんとか防いだから良かったものの……。殿下方に何かあったらどうするつもりだったのだ!」
うん。それは全然考えてなかった。いや、これは俺らが悪いんだが……。くそ、攻撃する材料を自分たちから与えるとは。
『とりあえず謝っとけ』
「ん。ごめんなさい」
「ふん、分かればよいのだ!」
勝ち誇った顔しやがって! その顔に1発ぶち込めたらスカッとするだろうな~。
「……うぁ?」
「起きた?」
騒ぎのせいか、足元に転がっていた海賊が目を覚ました。
「て、てめぇは! ここは何処だ!」
「船の上」
「俺の部下たちはどうした?」
「沈めた。今頃海のもずく」
『藻屑だ!』
「ん、もくず」
「おい、何を暢気に話している!」
のほほんと海賊と話しているフランに、セリドが苛立った様に怒鳴る。
「それは海賊か?」
「ん。尋問する」
「では、こちらで尋問する。とっとと引き渡せ。おい」
「はっ」
セリドが部下に声をかけると、脇にいた兵士が海賊の腕を掴み、立たせようとした。こいつ、手柄を独り占めするつもりか? というか、どこに連れて行くつもりだ?
「どこに連れてく?」
「我が船室だ。貴様らはついてこなくて良いぞ」
「私が尋問する」
「ふん、貴様などに任せておけるか!」
いやいや、どう考えてもおかしいだろ! 俺達がせっかく捕まえてきた海賊を横から掻っ攫うつもりか! それに、俺達を締め出す理由は何だ? 単なる嫌がらせ? それとも、尋問によって得た情報を、俺たちに知らせる訳にはいかないとか? 怪しい。
そもそも、宿の暗殺者だって、誰かの手引きを受けていた可能性があった。宿の警備に穴を作り出すなんて、それなりに権力がある奴じゃないと無理だろうし。この船だって、船足を優先したとしても、護衛船の1隻もないのは不自然じゃないか? セリドなら、どれも手引きが可能だ。
考えれば考える程、怪しく思えてきたぞ。ただ、証拠がないんだよな。嘘を見抜くスキルがあるって言っても、ここでそのスキルがあると証明できない以上、それは証拠にならないだろうし。拷問で得た自白も、完璧な証拠とは言えない気がする。
にらみ合うフランと兵士たち。
だが、その緊迫した状況を破ったのは、海賊の上げた不敵な笑い声だった。
「ははははは! お前のこと知ってるぞ! フィリアース王国の侍従、セリドだろう?」
「な、何を急に……!」
「海賊だからって、地上に伝手が無いとでも思ったのか? 依頼相手の素性くらい、調べさせるさ」
聞き捨てならない台詞だね。セリドが依頼主だって? 海賊に何を依頼したって言うんだ?
「だ、黙れ! 訳の分からん事を言いおって! おい、この海賊を黙らせろ!」
兵士が剣を構える。それを遮るように、フランが立ちふさがった。
「もう少し話を聞きたい」
「そのような出任せ! 聞く価値などないわ!」
「出任せかどうかは、聞いてから判断する」
「貴様……もしや、海賊と結託して、私を嵌めるつもりか? おい、この娘を捕えろ!」
「セリド殿、何のつもりです!」
「か、海賊と結託して我らに混乱を招こうとする反逆者を捕えるのだ! サルート、邪魔するのであれば貴様も同罪とみなす!」
ほほう。言いがかりを付けてくるねぇ。
それにしても、まだフランのことを外見で侮っているみたいだな。まあ、さっきのを見たら魔術師だと思うかもしれん。接近して取り囲めば、どうにかなると判断したのだろう。
「10秒以内に剣を下ろせば、許す」
「こ、この小娘! いきがるなよ!」
「この数に囲まれて、勝てると思っているのか!」
フランが俺を構える。兵士たちは実力差が分からないようで、フランを見下した顔をしているな。こいつら、セリドの護衛だから、ずっと船室にこもってたし。フランやウルシの活躍を全然知らないんだろう。船を沈めたのも、魔術と魔道具のお陰とか思ってそうだし。
だが、王子たちはフランの危険性を十分理解していた。フランの為と言うよりは、兵士の命を守るため、決死の顔で間に割り込んでくる。
「双方剣をおさめよ! セリド、何を馬鹿な真似をしているのだ!」
「殿下、反逆者の粛清です」
「フランに勝てるわけないだろ! 殺される前に剣を下ろせ!」
「はっはっは! 冗談が上手いですな。このような小娘に我が国の兵たちが負けると?」
「そうだ!」
「王子、その言葉、問題ですぞ。ならば、見せて差し上げましょう。フィリアース王国の兵士たちの勇猛さを。相手がこのような小娘なのは残念ですが」
「や、やめるんだ!」
「止めませぬ! おい、やれ!」
「はっ」
兵士たちは王子の言葉よりも、セリドの言葉に従うようだ。一斉にフランに襲い掛かってきた。殺すつもりはなさそうだが、手足の一本は仕方ないと思っている顔だ。動きも悪くなさそうだ。
「仕方ない」
「オン」
そして、戦闘が一瞬で終わった。フランが2人斬り、俺の魔術が2人吹き飛ばし、ウルシが1人を押さえつけている。残りはセリドだけだ。
「ば、馬鹿な……!」
驚いて固まっているセリドは無視して、フランは海賊に向き直った。船員や、他の兵士たちは突然の戦闘に驚いて、フランを黙って見る事しかできないようだ。
「色々吐いてもらう」
「……命を助けてくれるなら、何でも喋るぜ?」
「ん、わかった。命は助ける」
「へっへっへ。交渉成立だ」
「まず、セリドとの関係は?」
「奴が俺たちに依頼をしてきたのさ」
「黙れ! 嘘を――」
「うるさい」
「ぐぺ」
海賊の言葉を遮ろうとしたセリドは、フランの1撃で沈んだ。暫く眠っていてもらおう。その方が静かでいい。
「で?」
「お、おう。2日前の夜なんだが――」
こいつら、陸の情報を集めたり、物資を買うためにダーズにもアジトを持っているらしい。そこに、依頼があると言って、接触してきた奴がいたという。
依頼の内容は、フィリアースの王族が乗っている船を襲撃し、王子たちをさらって殺害すること。また、一緒に乗っている他の者たちは出来るだけ殺さないように言われたという。しかも、護衛船などはなく、直ぐに降伏するはずだと教えられたらしい。
「その依頼主がセリド?」
「ああ。碌でもない依頼だったからな。依頼をしてきた相手の素性くらい探るさ。で、依頼をしてきた奴が、このクソ侍従の部下だって所までは調べたんだ」
「それでも、依頼を受けたの?」
「依頼料が破格だったんだ。それに、セリドを脅せば、さらに金をふんだくれるとも思ったんだが……」
つまり、権力争いなのか? しかし、継承権の低い双子を、ここまでして殺すか?
これは、もう少し話を聞く必要がありそうだな。




