944 聖騎士の警戒
城壁の上から広場を見下ろしていると、アジサイとマツユキが馬車に乗り込む姿が見えた。やはり、ハガネ将国の馬車に乗っていたのはあの2人であるらしい。
ベルセルクの装備者はどちらだ? アジサイ、マツユキ両方? 使用者が死亡するということを考えれば、使用できる人間を複数用意している可能性はあるだろう。
だとすると、彼女たちが神剣への生贄か。あまり、フランと彼女たちを関わらせたくないな。いずれ死ぬからといって、彼女たちとの付き合いに意味がないとは言わない。
むしろ、フランとアジサイは相性が良さそうだった。仲の良い友人になれるかもしれない。
だが、それはつまり、失ったときの痛みが、傷口が、より大きく深くなってしまうということだった。
俺は、フランに傷ついてほしくはないのである。
もう、遅いかもしれないが。先ほどの短い間で、フランはアジサイにシンパシーのようなものを感じていたようだったのだ。
複雑な思いで馬車を見ていると、ハガネ将国の部隊が動き出した。馬車を黒槍兵たちが囲み、ゆっくりと進みだす。
どうやらこの広場から引き上げるつもりであるらしい。
シラードの部隊を出迎えたりしなくていいのだろうか? 仲が悪い国同士ならば、そういった細かいことで喧嘩をしそうだ。
いや、出迎えると下手に出たように見られるから、あえて先に引き上げることにしたのかもしれない。
ハガネ将国の部隊が消えて広くなった広場に、シラードの聖騎士が凱旋してくる。出迎えるのは、歓声を上げる市民たちだ。
聖騎士たちも軽く手を振って応えるが、肝心の神剣騎士アドルの動きは鈍かった。足を微かに引きずりながら、手を振り返すこともせずに歩いている。自力で歩いているのは、最後の意地なんだろう。どこからどう見ても疲労困憊であるようだ。
長時間の神剣開放が可能という話なので、反動が少ないものだと勝手に思い込んでいた。
だが、実際にはそうではなかったらしい。可能と簡単は違っていた。短時間の使用であれほど消耗するなら、何時間も使ってしまったら死ぬのでは?
そう思ってしまうほど、アドルがグッタリしている。
(アドル、辛そう)
『フランもそう思うか?』
(ん。神剣を使うには弱すぎるせい?)
『あー、なるほど。それはあるかもしれん』
アドルは神剣の力を最大限に引き出すために、スキルの習得を最優先しているようだ。鍛えているとはいっても、アースラースやイザリオとは雲泥の差があるだろう。
そのせいで、神剣の反動に耐えきれないのかもしれない。国は分かっているのか? だとしたら、アドルもまた使い捨て扱いなのだろうか?
『うーん。デカい国ともなると、裏にはいろいろと汚い真実があるのかもな』
アドルみたいな戦士を何人も作り上げて、死んだら次の奴に神剣を使わせるくらいはやっているかもしれなかった。
『次はベルセルクの発動を見たいと思っていたけど……』
(……見なくていい)
『そうか』
「ん」
ベルセルクが使用されるということは、アジサイが死ぬということだ。友人になったわけではないが、やはりアジサイが死ぬのは嫌だと思ったらしい。
城壁の上からアドルたちを見ていると、悲鳴のような声が上がるのが聞こえた。
よく見ると、数人の市民が突き飛ばされたように尻もちをついている。どうやら、聖騎士に近づきすぎたらしい。
聖騎士は選民意識が高そうだし、平民が近寄ったら平気で酷いことをしそうだ。ただ、そこに流れる雰囲気は、想像よりもかなり殺伐としたものだった。
殺気が漂っていると言ってもいい。
実際、野次馬たちを突き飛ばした聖騎士だけではなく、周囲の騎士たちまで剣の柄に手をかけていた。
市民たちが下手に動けば、切り捨てられるだろう。脅しではないと分かるほどに、聖騎士たちの放つ気配は物騒だった。
まるで、敵がそこにいるかのような気配を発しながら、ただの一般市民を威嚇している。
「な、なにをするんですか!」
「うるさい! それ以上近寄るならば斬る! 消え失せろ!」
「お、俺たちはただ……」
「我らは消えろと言ったのだ。何か近づかねばならぬような目的でもあるのか?」
結局、聖騎士たちの態度が軟化することはなく、怯えた野次馬たちは逃げるように散っていった。聖騎士たちはその背を油断なく睨み続けている。
最初は、やり過ぎだと思った。しかし、すぐに彼らの警戒の理由に思い至る。神剣開放によって消耗し、動きが鈍くなっているアドルを守っているのだ。
何せ、彼は神剣の使い手だ。命を狙われる理由には事欠かない。その心当たりは両手の指どころか、100を超えるだろう。
アドルを狙うには、今がチャンスだ。彼ら自身もそのことが分かっているので、警戒しているのである。
ハガネ将国がこの広場から出たのも、この状態のシラードと無駄な騒ぎを起こさないためだろう。
最も命を狙ってくる可能性があるのが、ハガネ将国だろうからな。自分たちが疑われていることを、ハガネ将国側もしっかりと理解しているのだ。
騒いでいた市民たちが、微妙な表情で離れていく。聖騎士たちも微妙な表情だが、謝るような真似はしなかった。人気取りも大事だが、アドルの安全が最も重要だからだろう。
『俺たちも近づくのはよそう。あと、他の冒険者にも近づかないように言っておく方がいい』
「わかった」
馬鹿な冒険者とか、聖騎士相手に普通にブチギレて問題を起こしそうだからな。今のシラードに、冗談は通じないだろう。
死者が出ては、互いに退けなくなってしまうのだ。
 




