943 神剣の使い手たち
始神剣・アルファの力を開放したアドルが、たった1人で抗魔の軍勢へと突っ込んだ。
10万対1人。しかし、見ている俺たちに不安はなかった。
聖騎士たちも援護に向かう様子もなく、本当に1人で戦っている。
聖騎士たちは道中の露払い的な感じなのかもしれない。あとは、討ち漏らしの掃討役なのかね?
それに、あのアドルの近くにいたら、完全に巻き込まれそうだ。援護するのも難しいんだろう。
白い魔力を纏ったアドルが神剣を振る度に、津波のような衝撃波が放たれて抗魔を飲み込んでいく。
威力もさることながら、とにかく範囲が広い。フランも飛ぶ斬撃を放つことは可能だが、あれだけ広くにまき散らすことは無理なのだ。
抗魔を薙ぎ払うアドルの顔に、表情はない。神剣開放前のわざとらしい爽やかフェイスも違和感があったが、急に表情がなくなっても違和感があるな。
アドルは抗魔たちを1匹たりとも逃すつもりはないらしく、一気に指揮官個体を狙うような真似はせずに下級抗魔から丁寧に潰していっていた。
波乱など起きない。
神剣の使い手が堅実に力を振るい、敵を端から消滅させていく。そんな光景が、最後までただひたすら続いていった。
「終わった」
『ああ……。本当に、最後の最後まで同じだったな』
つい数秒前に真っ二つにされて倒された指揮官個体は、弱くなかった。神獣化のない今のフランであれば、かなり苦戦したはずだ。
負けるとまでは言わないが、全力を出してもそれなりの時間がかかっただろう。
それが、下級抗魔と変わらぬ感じで瞬殺されていた。
やはり神剣の力はとんでもない。そして、アドルはその力を最大限発揮するために育てられているようだ。
そう考えれば、神剣開放時には世界最強の人間と言っても過言ではないのかもしれない。
(もっと強い奴との戦いを見たい)
『そうだな。センディアにいたクラスの特殊個体だったらどうなるか、興味はある』
(ん)
アドルが神剣を鞘に納めた。周囲にまき散らされていた白い魔力が消え、平原に静寂が訪れる。
アドルはともかく、聖騎士たちも歓声を上げたりはしない。騒いだらみっともないと考えているのだろう。あと、アドルとアルファの力を知っていれば、この程度の相手なら当然だと思っているのかもしれない。
『アルファの恐ろしさは分かったな』
(アドルも、強い)
『ああ』
さすが大国。強い者に神剣を使わせるのではなく、神剣を使った時に最強になる者を育成しているとは……。
こうなるとベルセルクも気になるところだ。あのアルファと双璧を成すというその強さは、どれほどのものなのだろうか?
城壁の上でそんなことを考えていると、こちらに近づいてくる人影に気づいた。防衛役の冒険者ではなさそうだ。
フランよりも少しだけ年上に見える、赤紫の髪をツインテールにした美少女である。しかも、その姿が冒険者らしくない。
黒を基調にした、ゴスロリチックなドレスだったのだ。ドレスアーマーではなく、ミニスカドレスだ。魔物素材を使っているのかもしれないが、見た目は防御力があるとは思えない。
これだけ目立つ相手なら、顔合わせの時点で覚えているだろう。
顔は無表情だが、敵意は感じない。誰だ? 明らかにフランに用事がありそうである。
「……誰?」
「私は、アジサイ。ハガネ将国の者よ」
ハガネ将国? もしかして、老兵たちに守られていた馬車に乗っていた? だとしたらこのアジサイという少女は――。
「……神剣の所持者?」
そうなのだ。あの馬車に何人も乗れるわけじゃないだろうし、指揮官のシキミの他にいたとすれば、それは神剣の使用者である可能性が高かった。
使用すれば確実に暴走し、最後は命を落とすという最悪の神剣ベルセルク。
使用者は、悪く言えば生贄だ。この少女が、その生贄だというのか?
フランの問いかけに対し、アジサイは小首をかしげる。無表情で、感情が読みづらいところはフランによく似ていた。
「どうかしら? そうでもあるし、違うともいえるわ」
「?」
「あなたは冒険者なの?」
「ん。ランクB冒険者のフラン」
「そう。あなたは――」
「アジサイ。ここにいたのですね。そろそろ移動しますよ」
「マツユキ」
アジサイに声をかけてきたのは、彼女によく似た顔立ちの少女だった。こちらは少し年上だろう。アジサイが15歳、マツユキが18歳ってところかな?
雪のように白い長髪を、左右に大きく分けている。右前髪、左前髪、後ろ髪と、3ブロックに分かれているように見えた。
身に着けているのはアジサイに比べるとやや大人しめの、ロングスカートの黒いドレスだ。まあ、結局はフリルの付いたゴスロリドレスなんだけどね。
こちらの少女はアジサイと違って、微笑を浮かべている。しかし、そんなマツユキよりも、アジサイの方が親しみを持てるのは何故だろう? マツユキの笑みが、明らかに作ったものだからかもしれない。
「アジサイのお姉ちゃん?」
「そうでもあるし、そうでないとも言えるわ」
「またそれ」
「本当なのだから仕方がないわ」
アジサイは軽く肩を竦めるとその身を翻した。何が目的だったのだろうか? 自分と似たフランと話をしてみたかったとか?
「またね」
「ええ」
フランの言葉に頷くアジサイ。その表情はとてもよく似ていた。
『結局、あの子たちが神剣の使用者なのかどうかは、分からなかったな』
戦闘力は、そこそこだろう。ディギンズくらいだと思う。ただ、アドルを見た後だからな。本人の戦闘力と、神剣の所持者かどうかは関係ない。
ただ、できれば違っていてくれるといいと思う。あんな少女が神剣の生贄だなんて……。だが、フランがボソリと呟く。
「きっとあの子が、神剣の使い手」
『なんでそう思った?』
「なんとなく」
アジサイの背中を見送るフランの目には、微かに悲しみの色が浮かんでいるようだった。




