940 神剣との合同依頼
「自己紹介も終わったところでぇ、フランにはお願いがあるのよ」
「お願い?」
「ええ。実はぁ、ノクタから東に行ったところにあるブルトーリという町がぁ、抗魔に襲われそうなのよ」
「偵察した者の話では、数日以内にでも10万を超える抗魔がブルトーリへと襲いかかるのではないかということでした」
抗魔が周辺から集まってきており、もう少し数が増えた段階で一斉にブルトーリへと襲い掛かると推測されているそうだ。
「センディアと同じ?」
また何者かの作為が裏にあるのかと思ったが、今回はそうではなかった。
「センディアとは違って、自然発生と思われます。センディア防衛戦ほどの脅威ではないでしょうが、ブルトーリはさほど大きい町ではありません。このままでは確実に滅びます」
「でぇ、そこへの救援に向かって欲しいっていうわけねぇ。ここの面々と協力してもらって、ね」
なんと、神剣所持者たちとの合同依頼の話であった。というか、フラン必要か? 神剣が3本もあれば、十分だろう。
ただ、そう簡単な話ではないらしい。イザリオは冒険者だが、この大陸の伝説的な人物だ。彼が動いたとしても、それが単純に冒険者ギルドの功績とはならないのだ。
そこで、もう少し知名度が低く、それでいて神剣使いたちの足手まといにならない。そんな冒険者を、この依頼に同行させようという話になったようだった。
イザリオ以外にも有望株がおり、しっかりと働いているということを喧伝したいのだろう。いいように使われている気がしないでもないが、報酬はいい。ポイントではなく、現金での報酬なのだ。
なにより、神剣使いたちの戦いを間近で見られるチャンスでもあった。そんな機会をフランが逃すはずもない。
「わかった。その依頼受ける」
即答なのだ。
そうして、冒険者ギルドからの依頼を受理してから1時間後。フランの姿はノクタの東門にあった。
その周辺には多くの冒険者たちが待機している。今回の冒険者部隊の隊長を、ギルマスから押し付けられてしまったのだ。
最初は断ったよ? だが、高位冒険者がフラン以外には熊のディギンズしかいなかったのだ。そして、彼がフランを差し置いて部隊長なんぞやるわけがない。
イザリオがいるじゃないかと思ったが、あの親父には常にソロで好きに動いていいという約束で、この大陸にいてもらっているらしい。ギルドであっても、その行動を縛ることはできないという。
結局、他に適任者もおらず、フランが部隊長をやるしかなかった。
他の冒険者もすでにフランの噂を聞いており、文句の声はほとんど上がらなかったしね。それでも文句を言う奴は、副長を自任するディギンズが黙らせてしまったので、もう存在しないのである。
フランも妙にやる気だし、冒険者の指揮をするしかなさそうだった。
「聖騎士」
『ああ、随分まともそうに見えるな』
ブルトーリへの救援は、冒険者、聖国シラードの騎士、ハガネ将国の兵士。それにイザリオという陣容だ。
基本的には二大国とイザリオがメインであり、冒険者はその後詰のような扱いらしい。一緒に戦ったという事実が重要なのだろう。
聖騎士隊100名は、センディアで見た奴らに比べてかなり普通に見えた。しっかりと陣形を組み、私語もない。良くも悪くも普通の騎士たちだ。
ただ、その戦闘力はセンディアで見た奴らよりも低いだろう。あんな奴らでも、もしかしたら騎士隊長的な存在だったのかもしれない。
ただ、冒険者を見る目には明らかに見下す色があるので、性格は似たようなものなんだろう。こいつらと連携なんかできるわけなさそうだし、後詰扱いはむしろありがたかった。
聖騎士たちとはまた違った意味で連携し辛そうなのが、ハガネ将国の兵士団だ。こちらもまた、私語もなくビシッと並んでいる。ただ、その内に秘めた熱気のようなものが凄かった。
冒険者を見下していない分、聖騎士たちよりはましかもしれないが……。自分たちがやってやるぜ感が凄いのだ。冒険者を邪魔に思っているのは、こっちの老兵たちも同じだろう。
「調子はどうだい? お嬢ちゃん」
「イザリオ。その変なのなに?」
「変なのっていうのは酷いねぇ。一応、魔道具なんだよ?」
フランが変なのといったのは、イザリオが背中に背負う板の事だ。まあ、フランにとっては確かに見慣れぬ道具だろう。
ただ、俺にはその板の使い道が想像できてしまった。形に見覚えがあったのだ。まあ、地球でのことだけどね。
「こいつは移動用の魔道具なんだぜ? 上に乗って魔力を流すと少しだけ浮くのさ。空までは飛べないけど、便利なんだ」
「それが、浮くの」
「ああ。おじさんも最近は寄る年波には勝てなくてねぇ。少し走るだけで疲れちゃうから、重宝してるよ」
どこまで本当の事かは分からんが、やはりスケートボード的なアイテムだったか。車輪はなく、僅かに地面から浮き上がることが可能であるらしい。ホバー的な感じなのか?
普通の冒険者であれば、食い付くアイテムなんだろう。目をキラキラさせて「すげー!」という筈だ。
だが、フランの反応はイザリオが期待しているであろうものとは全く違っていた。
「ふーん」
「……それだけかい?」
「ん?」
念動エアライドに空中跳躍にウルシと、空を往く方法が豊富なフランにとって、ちょっと浮くくらいの魔道具は驚くに値しないのだ。
むしろ、その顔には「その程度か」と書かれている。
「どこに行ってもちびっ子からは大人気なんだけどねぇ? 乗せて乗せてーって、囲まれるもんさ」
イザリオ的には、無表情で不愛想なフランを驚かせてやろうって気持ちがあったらしい。あわよくば尊敬の念を勝ち取ろうとでも思っていたんだろう。
いい年したおっさんが頬を膨らませて拗ねている。そんなイザリオに対して、フランはさらにマウントを取りに行こうと考えたらしい。
(師匠)
『わざわざ見せるのか?』
(あの板よりも師匠の方が凄いってわからせる)
『まあ、いいけどさ』
「ん。イザリオ、見てて」
「うん?」
フランはイザリオに一声かけて、俺を宙に放り投げた。クルクルと回転しながら宙を舞う俺を追って、フランが空中跳躍で駆け上がる。
そのまま宙でフランが足を乗せた瞬間、俺は念動を発動した。出力は抑えているが、イザリオの前をスイーッと進む。
「おー! その剣、空を飛ぶのか!」
「ふふん。最高の剣」
念動エアライドでサーフィンのように宙を駆け回るフランを見たイザリオの反応は、まるで子供のようであった。だが、その分析力はとんでもない。
「なるほど、念動系の能力で宙を……」
一見しただけで、念動エアライドの仕組みを看破したらしい。
「剣に乗って飛ぶなんて発想、どっからくるんだよ。これだから天才ってやつらはよぉ」
そうぼやくイザリオの声には、本気の羨望が込められているようだった。




