92 必殺! バスター岩石落とし!
「か、海賊船だー!」
その叫びが上がった直後、船員たちが慌ただしく動き出す。子供たちも、不安そうな顔で箸を止めてしまった。
くそっ。せっかくフランが楽しそうだったのに! 許さん!
すぐに双子の下に、レンギル船長が説明のためにやってきた。
「海賊船団に捕捉されました」
「船団? 相手の数は?」
「8隻です」
8隻か、多いな。
「逃げ切ることは?」
「無理です。海賊船は小型の快速艇で構成されておりますので……」
「では、戦うしかないか」
「殿下方には、脱出艇で逃げていただきます」
「その脱出艇で全員逃げられないのか?」
「数はありますが、海賊を引き付けておくために、戦う者が必要です。殿下方と、子供たち、あとは数人のお付きだけで逃げていただきます」
「ダメだ。臣下を残して我らだけで逃げ出すなど許さん」
「そうです。逃げるなら全員で」
うーん。立派な志だ。普通に考えれば、ここは部下を囮にして逃げるべきなんだろう。それが王族の務めだと思うし。この二人は甘すぎる。
でも、俺はこの2人が気に入ったぞ。こういう甘々な王族が居たっていいじゃないか。
「わしも反対ですな」
「セリドもそう思うか。やはり皆で逃げるべきだ」
「いえ、ここは降伏するべきでしょう」
「馬鹿な! 海賊に降伏など通じん!」
セリドの思わぬ提案に、サルートが悲鳴を上げる。
「だが、戦って勝てるのかね?」
「だからお2人だけでも逃がそうと……」
「この大海原に小舟で漕ぎ出して、無事に済むとは思えんがね? ならば、こちらの身分を明かして降伏する。奴らとて国を敵に回そうとは思わんだろう。ならば、身代金を払えば解放されるはずだ。そのためにも、無駄に抵抗するな。下手に抗戦して、相手を怒らせては交渉すらできなくなるかもしれん」
それはそれで一理ありそうだが……。そう上手く行くとは思えないな。
「私は反対だ!」
「分をわきまえろサルート。騎士如きが口を挟む問題ではない」
「私はお2人の護衛だ! こういった場合の裁量が与えられている」
「ふん。殿下の護衛だからと増長しおって!」
「増長などしておらん! お2人のお命を守ることこそ我が使命! そのために、全力を傾けているだけだ!」
「王妃様に取り入っただけの他国人が! その言葉が本心なのか怪しいものだな!」
「セリド殿! 我を侮辱するか!」
「わざわざ危険な策を推すのだ、疑いたくもなるわ! レイドス王国を出奔したなどと言うのも本当かどうか! 大方、我が国の神剣を狙っているのではないのか?」
「神剣があるの?」
神剣の言葉に反応したフランが、オッサンたちの言い争いに割り込んだ。
「あ、ああ。我が国には神剣があるが」
「貴様が我が国と言うな! レイドス人!」
「なんだと!」
またオッサン同士が言い争いを始めたな。うーん、不毛だ。というか、時間の無駄遣いな気がする。
『フラン、面倒だし、とっとと片づけちまおうぜ? そんで、神剣の話をゆっくり聞こう』
(ん。そうする)
『食事も途中だしな』
(お寿司うま)
『ウルシはここで王子様たちの護衛な?』
(オン!)
(あと、私の分のお寿司の確保も)
(オオン!)
『いや、そんな気に入ったのか?』
(ん! カレーの次に美味しい食べ物は、お寿司。堂々の2位にランクイン)
カレーには敵わないのか。
「フラン? どこに行くんだ?」
「ん? ちょっと沈めてくる」
「は? ちょっと待つんだ! 無謀だ!」
フルト王子が止めようとしてくるが、フランはその手をするりと躱して、船べりに足をかけた。
「じゃあ、行ってくる」
そして、飛び出す。
「きゃー! フランさん!」
「フラン!」
子供たちが慌てて駆け寄ってくる。海に飛び込んだと思ったようだ。いやいや、さすがのフランでも泳いで海賊船に乗り込むとか難しいから。甲板から眼下を見下ろした彼らが見た物は、波間に漂う黒猫族の少女ではなく、不思議な力で宙を飛び跳ねるフランの姿だった。
「うわぁ!」
「すごい!」
「フラン空飛んでる!」
さらに、俺の念動エアライドが発動し、フランは波に乗る様に、空を進んでいく。
30秒もかからず、海賊船の上空に到達した。旗にドクロって、こんなテンプレな海賊が生息してるんだな。
ただ、なんかボロい。すでにどこかで戦闘をしてきたみたいに、船は傷だらけだった。1隻など、船縁に大きな穴が開いている。
『どういうことだ?』
「さあ?」
『うーん、でも大砲の準備とかしてるし、見逃すわけにもいかないな』
「一番大きな船を残して、後は沈める?」
『そうだな、それで行こう』
「ん、じゃあ行く」
『あ、ちょっと待った。1回あの船に行こう』
「1番大きい船?」
『ああ、その船に本当に船団の長が乗っているかどうか確かめないと。他を沈める前に聞きたいこともあるし』
「わかった」
ということで、まずは旗艦と思しき船にフランは向かった。海賊たちは口を開けてポカーンとしてるな。
「いく」
『おう。船長は斬るなよ』
「ん」
フランが俺から飛び降りた。俺はその後を追い、空中のフランの手に納まる。そして、フランが海賊船団の旗艦に降り立った。その直後、周囲にいた海賊たちを瞬く間に切り捨てる。
あとは蹂躙の時間だ。そこそこ腕の立つ奴もいたが、フランの敵ではない。海賊たちの放つ矢も魔術も、魔力障壁で弾かれ、フランが攻撃に転じれば1撃で倒されていく。
「な、何者だお前!」
「冒険者」
「く、非常識が!」
「しねぇ!」
「そっちがね」
「ぎゃぁ!」
あっと言う間に立っているのは船長だけになってしまった。
「化け物め!」
うーん、気に入らないな。気に入らないぞ。
(師匠不満そう?)
『だって、こいつの格好!』
「?」
海賊と言えば、眼帯に義手とか、髑髏マーク入りの帽子とか、色々あるだろ! 理想はフック船長。次点でジャック・スパ〇ー。なのにこいつと来たら!
『どっからどう見ても普通の戦士にしか見えん!』
そう。この船長、普通の鎧に、普通の兜という、全然面白味のない格好なのだ! 一応マントを付け、豪華な鎧なのだが、海賊の船長には見えない。鑑定が無かったら、気づかなかったかもしれない。
「くそがぁ! 放せ! 放しやがれ!」
とか言っている間に、フランが船長を取り押さえた。小柄なフランが大男を簡単に押さえつけている姿は、かなり奇妙に映るだろう。
『とっとと質問しちゃおうぜ』
(まずは何聞く?)
『こいつがこの船団のボスかどうかかな?』
さあ、尋問の時間だ。フランが質問して、虚言の理で本当かどうか判断するだけだが。
その結果判別できたことは、こいつがこの船団のボスであるということ、本拠地には他に仲間がいないという事、その本拠地から出撃してきたばかりなのでお宝の類は積んでいないという事。
他にも聞きたいことがあったのだが、他の船からこの船への砲撃が始まったため、尋問は中断されてしまった。ボスが捕まっているのに、バシバシ撃ってくるな。
「あいつら、裏切りやがったな!」
ああ、よくある奴かな? ボスが死ねば、俺達がボスだ! 的な?
『まずは他の船を潰そう』
「ん。はっ」
「ぎゅげっ!」
フランが船長の首筋にチョップをかます。いや、今の声ちょっとまずくない? 意識を刈り取られたっていうか、口から泡吹いて白目剥いてるんだけど。
『今の何だ?』
「? かっこいいやつ。大成功」
『……まあ、生きてりゃいいか。こいつは簀巻きにしとこう』
「ん。じゃあ、いく」
フランは船長を小脇に抱えると、再び俺に飛び乗った。こっちにも砲弾が飛んでくるが、的が小さすぎて当たる気配がない。
「じゃあ、やる」
そして、他の船の上に到達したフランが、次元収納を発動した。いや、何も仕舞わないよ? むしろ、取り出したのだ。先日収納した浮遊島の残骸を。
『ふははは! これぞバスター岩石落とし!』
(?)
『いや、こっちの話だ。気にしないでくれ』
「ん」
海賊たちがパニックを起こしているのが見える。まあ、いきなり虚空から船と同じくらい巨大な岩が出現して降ってきたら、パニクるのは当たり前だろうが。
邪魔な岩を処分出来て、一発で相手の船を沈めることもできる、一石二鳥の戦法だ。
岩を捨てるだけなら普通に海に捨てれば良いんだけどさ。なんか不法投棄的なイメージで、ちょっと後ろめたいんだよね。誰も文句言わないとは思うけど。これなら、少しは罪悪感が減る。
ゴゴォン
巨岩が船に直撃した。木材の折れる鈍い音と、装甲板がひしゃげる金属音が響く。そして、船員たちの悲鳴と共に、真っ二つに割れた海賊船は、海の中へと沈んでいった。
「じゃあ、次」
『おう!』
あとは同じことの繰り返しだ。散発的に放たれる弓や魔術は魔力障壁で無効化しながら、岩を落としていく。
5分もかからず、8隻いた海賊船は全て沈んでいった。旗艦も同じ方法で沈めて、岩は3分の2は消費できたかな。
『船に戻るか』
「ん」