937 イザリオの戦い方
「死ねやぁぁぁ!」
「死なないよ」
「くそっ! ちょこまかと!」
「かこめかこめ!」
戦いが始まっても、イザリオは武器を抜かない。それどころか攻撃もせず、ズバルブたちの攻撃を回避し続けていた。
ヘラヘラと笑いながら、ズバルブの斧や、仲間の剣を紙一重で躱していくイザリオ。軽やかな身のこなしだが、ここまではさほど驚くことじゃない。フランだって同じことができるだろう。
ただ、顔がね。酔ったままの赤ら顔で、非常にイラっとさせられる顔なのだ。見ている俺がそうなのだから、相手をしているズバルブはもっと苛立っているだろう。
そんな相手に対し、ズバルブがさらにヒートアップしていく。頭に血が上っていても、その動きは鋭さを失わなかった。ランクCと言っていたが、戦闘力だけはランクBに近い。
「おらっ! 死ね! くそがぁぁ!」
「ほいほい。もうちょっとで当たりそうだよ。ほら頑張れ若人よ」
「ちくしょぉぉ!」
ついにズバルブが武技を使用した。纏う気によって白く輝く斧が、横薙ぎに繰り出される。すると、初めてイザリオが回避以外の動きを見せた。
腰の神剣に手をやったのだ。
やっと神剣を拝めるかと思ったのだが、期待は裏切られる。イザリオは剣を抜かなかったのだ。
鞘ごと剣を持ち上げると、柄で斧を受け止めていた。さすが神剣。柄もまた段違いの強度を誇るらしい。
自分の渾身の一撃をあっさり受け止められたズバルブが、顔を引きつらせている。自信をもって繰り出した必殺の技が、柄で受け止められたことが信じられないのだろう。
「実力差は分かっただろう? もうやめにしない?」
「ざ、ざけんじゃねぇぇ! どんなペテンを使いやがった!」
まあ、ランクSを倒しにわざわざこんなところまでやってくる男だ。これで大人しく引き下がるわけがなかった。
しかし、ペテンねぇ。相手の実力が見ぬけないほどの雑魚ではないんだが……。頭に血が上って正常な判断ができなくなっているらしかった。
そこからはもう、狂ったように斧を繰り出すズバルブ。仲間はもう、戸惑った様子で足を止めている。こいつらは実力差を理解して、心が折れたらしい。
「うらうらうらうるらぁぁぁ!」
「よっほっそい」
「ぬがああぁぁぁ!」
「はは、力み過ぎだ」
「ぐおぬおおおおぉぉぉ!」
両者の熱量が違い過ぎて、ズバルブがちょっとかわいそうになってきた。俺だけじゃなくて、他の冒険者もそう思い始めたようだ。微妙な表情でズバルブを見守っている。
それが伝わったんだろう。ズバルブがさらに苛立ち始めた。
「俺は、あのズバルブ様だぞ! リーシュガの町一番の! 馬鹿にするんじゃねぇ!」
「馬鹿にされたくなければ、もっと頑張りなよ。ほらほら」
相変わらずの調子で、イザリオは攻撃を捌いている。時には躱し、時には受け、掠ることすらさせない。
イザリオの腕ならば全て躱せると思うんだが、あえて攻撃を受けているのはなんでだ? 疑問に思いながら観察していると、ようやくイザリオの動きの意味が分かってきた。
どうやら普通の攻撃は回避し、周囲に被害が出るかもしれない強力な武技だけは受け、衝撃波などを相殺しているようだ。
弾け飛ぶ魔力の残滓を見れば、ズバルブが放っているのは上級の武技なのだと分かる。それこそ、普通に放たれれば観戦者に大怪我をする人間が出るレベルだろう。
イザリオの軽い雰囲気のせいで簡単なように見えるが、非常に高度なことをやっている。
まずはその凄まじい回避力。そして、斧に力負けしない膂力。範囲技だけを見極める眼力に、その技の詳細を見抜く知識力。咄嗟に動くための瞬発力に、衝撃を受け流す技術力。
その全てが、高レベルで備わっていなくては不可能な業だった。
(すごい)
『ああ。ありゃあ、フランでもできるかどうか』
(……難しい)
フランは負けず嫌いなので無理とは言わんが、かなり難しいことは確かだろう。
ズバルブもかなり頑張っていたのだが、5分もすると動きが鈍ってきた。そして、唐突に戦闘が終わる。
「ぐ、が……?」
「はい終わりー。これ以上はおじさん疲れちゃうからねぇ」
「な……?」
ズバルブの足がいきなり止まり、その巨体が前のめりに倒れ込んだのだ。激しく呼吸を繰り返すその姿からは、体力が枯渇したのだと分かる。
攻めることに集中し過ぎて、自身の状態を把握できなかったのだろう。もしかしたら、イザリオがダメ押しで何かをした可能性もあるが、俺たちにはそれが何なのか分からなかった。
「君たち、彼を運んでおいてね? できればもう絡んでこないでくれると嬉しいなぁ。次は少し痛い目にあってもらうよ?」
「ひぃ! わ、分かりました!」
「もうあんたの前には現れねぇ! だから許してくれ!」
「うんうん。物分かりがいい子は好きだよ」
結局、イザリオの威圧に怯えた子分たちによって、ズバルブは引きずられて行って退散することになったのであった。
ランクSに絡んでおいて、これだけで済むなんて運のいい奴らだ。
「ねぇ! 私とも模擬戦!」
「ダメダメ」
「なんで? あいつとは戦った!」
「お嬢ちゃんみたいに強い子と戦ったら、疲れちゃうだろ?」
ズバルブ程度なら、疲れずに倒せるということなんだろう。
「むぅ」
「じゃ、おじさんはギルマスと打ち合わせがあるからもう行くよ。またね」
「ん……」
結局、ヒラヒラと手を振りながら去っていくイザリオを、見送ることしかできなかった。そんなフランを慰めるように、冒険者の一人が声をかけてくる。
「紅蓮刃の旦那にあそこまで言わせるとは、すげーな肉の嬢ちゃん!」
「ぐれんじん?」
「知らねーのかよ? 炎の神剣を使うイザリオの旦那の異名さ」
「才無しじゃないの?」
「あー、あれか」
冒険者は苦笑しつつも、イザリオについて教えてくれた。なんでも、冒険者になりたての頃、剣の才能がないと揶揄されて才無しと呼ばれていたらしい。
それから強くなってランクSに上り詰めた今でも、何故かその時のあだ名を異名のように名乗っているのだとか。
「あの人もまともに見えて、高位冒険者だからな。まあ、普通じゃねーのさ。悪い人じゃないんだがな」
「ふーん」
明日、転剣12巻、コミックス10巻、スピンオフ3冊が同時発売です。
来週、ワクチン2回目の接種がついにやってきました。副反応が大きくなる懸念もあり、少しお休みをいただきます。
25日の更新の次は、10/3の更新予定です。




