934 再びノクタで宴会
前話を予約ミスして、更新時間がいつもと違っていました。まだ前話を読んでいない方は、先にそちらからお読みください。
「おばちゃん……」
ムルサニの屋敷へ向かったフランは、名を告げただけですぐに中へと招き入れられた。フランのことは商会の者たちに伝達されているらしい。
ムルサニは仕事でいなかったが、メイドさんがナディアの部屋へと案内してくれた。
こぢんまりとしていて、豪華さもない。だが、掃除と手入れが行き届いた、丁重に扱ってくれていることが分かる部屋だった。
ナディアの趣味なども考えたうえで、最もいい部屋をあてがってくれたのだろう。
「目、覚まさない」
『鑑定した感じ、異常はないんだがな……』
治癒魔術や生命魔術を使っても、ナディアの状態に変化はなかった。センディア防衛戦後のフランたちと同じだ。いや、ナディアの方がより内部がボロボロで、酷く消耗しているのだろう。
「……」
フランはベッド脇の椅子に座って、黙ってナディアの顔を見つめる。ほんの少しの間、優しい時間が流れた。だが、フランは決意を新たにした表情で、スッと立ち上がる。
「師匠、ギルドいこう」
『もういいのか?』
「ん。仕事サボったら、おばちゃんに怒られる」
『そうか』
フランは最後にナディアの顔を軽く撫でると、ベッドに背を向けた。
「おばちゃん。いってくるね」
フランが、静かにやる気をたぎらせているのが分かる。竜人王の暗躍が続けば、このノクタだって危ういかもしれない。
ナディアを守るためにも、仕事を果たすべきだ。そして、竜人王と闇奴隷商人どもを叩き潰し、この大陸に平穏を取り戻す。
そう決意したのだろう。
屋敷を出たフランは買い食いもせずにギルドへ急いだ。
ただ、手紙を渡すだけでは済まない。当然ながら、直接センディアで活動していたフランから、話を聞きたいと要請されたのだ。
そしてフランは、拙いながらも自分の言葉で状況を説明していた。まあ、基本は竜人王の行動に関することだが。
「情報提供感謝するわぁ。こっちでも、竜人王について探ってみるから」
「ん。お願い」
「それにしても、センディアがそこまで追いつめられていたとは……。正確な情報は助かりますぞ。正直、情報が錯綜し過ぎていて、何が正しいか分からぬ状況なのです」
戦闘終結からかなり時間が経っているので、ノクタにも様々な情報がもたらされているようだ。しかし、明らかに矛盾する情報なども混じっており、どれが本当かも分からないそうだ。
神剣使いが出現した。神竜化した竜人が現れた。100万の抗魔に攻められて滅びた。聖女が死んだ。いや死んだのはセンディアの支配者だ。獣人が頑張った。竜人も頑張ったらしい。
馬鹿馬鹿しいものから、真実を語っているものまで、情報が多すぎだ。しかも、今回は荒唐無稽な情報の方が、真実だからややこしい。
しかし、これだけ適当な情報が混じっていると、心配していたほどフランたちの情報は広まっていないかもしれなかった。
特に、フランやメアの場合、外見ではどんな状態だったのかは分からない。少なくとも神獣化や白獣化の情報が出回ることはなさそうだった。
俺たちは神剣や神獣化のことはぼやかして、竜人王の悪行を報告したのであった。
全てをいきなり信じてはくれないだろうが、冒険者ギルドはこちらの味方と言ってもいいだろう。センディアのギルマスが竜人に殺されたことは間違いないのだ。
明らかに、敵対状況にあった。
まあ、ダメ押ししておくけど。
「……お肉、卸す?」
「いいのっ?」
「それは有難い!」
やはり肉への食いつきが半端ない。賄賂ってわけじゃないが、格安で肉を提供しておこう。
そして、肉があれば当然宴会。それが冒険者だ。
まあ、今回は、ギルマスたちからのお願いだが。連戦続きの冒険者たちが不満を抱く前に、ガス抜きをしたいらしい。
明日にも近隣都市への応援に出撃するというから、酒は控えめにしておいた。少しは出してるけどね。
「「「わははははは!」」」
「「「肉の嬢ちゃんに!」」」
「「「かんぱーい!」」」
ただ、冒険者の数が増えていることを忘れていた。また、前回の宴会に参加し損ねた奴らが、続々と駆け込んできてもいたのだ。
仲間や知人に、宴会が開かれそうだったら連絡するようにと、頼んでいたんだろう。魔族やドワーフの冒険者も加わり、その数は前回の倍以上だった。
その分、必要な量を解体するのに時間もかかる。その間に、よりたくさんの冒険者が集まってきたのだろう。
ギルマスからは言い値を出すからガンガン肉を出してほしいと言われているので、手加減はしないけどな!
ギルドの建物全体を使って、飲んで歌ってのドンチャン騒ぎだ。
「「「俺たちゃ冒険者~♪」」」
「「「黄金の冒険者~♪」」」
あの歌の合唱が始まれば、そこにフランも加わる。戦いの最中、ずっと聞き続けていた歌であり、今やフランが一番好きな歌だ。歌詞は完璧だった。
肉を焼きながら、一緒に歌う。ああ、焼きながらも、一番食ってるのはフランとウルシだ。むしろ、自分たちの分を焼く片手間で、冒険者たちに焼いてやっている感じである。
そうして大宴会を行っていると、1人の男が地下の訓練場に入ってくるのが見えた。
これだけいる冒険者の中で、俺たちがそいつに気づけたのには理由がある。
(師匠、あの剣……)
(オン)
『間違いない。神剣だ』
ガイアにリンドヴルムにオラトリオ。いくつもの神剣を見てきた俺たちは、いつの間にか神剣の気配を感じ取れるようになっていたらしい。
まあ、半ば勘のようなものだが、今回は間違いないだろう。何せ、3人が同じように感じているのだから。
ボサボサの灰色髪の男が腰に下げた長剣は、間違いなく神剣だった。
そんな男が、悠然とした足取りでこちらへ歩いてくる。
(……強い?)
『分からん。分からんが……神剣の所持者が弱いわけない』
(ん)
俺たちは男を見つめたが、その強さがいまいち理解できない。強そうにも弱そうにも見えた。つまり、俺たちであってもその実力を見抜けぬほどの格上ということだろう。
化け物という言葉が、頭に浮かぶ。
そんな化け物が、目の前にいた。
今月24日に、原作12巻、コミカライズ10巻、スピンオフ3巻が同時発売されます。
メロンブックス様などでは同時購入特典が付くそうなので、よろしくお願いいたします。




