933 メアからの頼み
フランが目覚めて5日。
筋肉痛が完全に治るまでは、ここでゆっくりと静養したかったのだが、周囲はフランを放っておいてはくれなかった。
話を持ち込んできたのは、朝から訪れているメアだ。毎日顔を合わせてはいるんだが、今日は真面目そうな顔である。
「フラン、頼みがある」
「いいよ。何?」
「……い、いいのか? まだ何も話しておらんぞ?」
「メアの頼みだったら、無理なことじゃなければ聞くから。先に頷いておいた」
「ふははは! さすが我が友よ! なに、そこまで無謀なことではない。我とて、いつも無茶を言うばかりではないのだ!」
そう言って笑ったメアは、フランの隣にいるウルシに目を向けた。
「フランというよりは、ウルシに頼みという方がいいかもしれん。ノクタへの伝令を頼みたいのだ」
「オン?」
『伝令? 魔道具じゃダメなのか?』
「今回の騒動で、ギルドと竜王会、塔にあった魔道具は全部壊れてしまった。竜人王はそれも狙っていたんだろうよ。伝令を使うしか連絡方法がないのだ」
メアとソフィ、ベルメリア。他にも商店会長や婦人会長などの町の有力者も交えた協議の結果、竜人王の所業を広く訴えようということになったらしい。
そこで、信用ができて足の速い者を連絡要員として、複数の都市に派遣することになったようだ。
「リンドがようやく復活したからな。我も遠方への伝令として出る」
「リンド、また呼べるようになったの?」
「うむ! だからこそ、この町から早く出たいのだ」
『あー、まだ酷いのか?』
「むしろ、リンドが復活したことでより酷くなったわ」
メアの剣が神剣であるということは、もう広く知られてしまった。神剣を狙って襲ってくる者や泥棒が、100人以上湧いて出たというのだから、さすが神剣といったところだろう。
ただ、より激しい反応を示したのは、竜人たちであった。彼らにとって暴竜剣・リンドヴルムはただの兵器ではなく、まさに御神体に近い存在に見えたらしい。
多くの竜人が、剣を見せて欲しいとメアの下に押しかけていた。最初は獣人会の発言力を上げるためにその流れを利用していたメアとクイナだったが、すぐにしつこ過ぎる竜人たちに辟易するようになったようだ。
また、ただ拝むだけならともかく、中には竜人に献上しろとか言い出す者もいたという。
「クイナが排除したがな」
『あー』
この大陸では身分などあってないようなものだが、一応王女様だからね。王族の持つ神剣を寄こせというのは、さすがに無視できないんだろう。
もしかして、どっかの反抗的な竜人組織に、生首が届けられたとかいう話……。噂だと思ってたけど、真実かもしれない! こわ!
「どうした師匠?」
『いや、なんでもない。クイナには逆らわないようにしようって思っただけだから』
「おお、ようやく師匠もその域に達したか! うむ、あ奴には逆らわんほうがいいぞ。どんな酷いお仕置きをされるか、分からんからな!」
とか言いつつ、周囲をチラチラ見まわすメア。完全にクイナに調教されてますな。
「クイナの話はおいといて、本題に戻るぞ? ウルシの足があるフランには、ノクタへと向かって欲しい。どうだ?」
「師匠。受けてもいい? おばちゃんのことも気になる」
『フランも筋肉痛が治ってきたし、大丈夫だろ』
「オンオン!」
ウルシが「任せておけ」とでも言うように、胸を反らせて鳴いた。塔の中でダラダラとする生活に飽きてきていたのだろう。
「では、後で運んでもらう手紙を持ってこさせる。出発は、できるだけ早く頼む」
「ん。わかった」
『任せておけ』
「あと、センディアに戻る戻らないは好きにしていい。最早この周辺に抗魔はほとんどおらぬし、フランにとっては退屈だろうからな」
「わかった」
「我も体が動けばなぁ……。我の分まで、抗魔をぶっ飛ばしてきてくれ」
「ん! 任せて!」
そこからは早かった。
1時間もせずに、額にアイアンクローの跡と思われる痣を付けたメアが戻ってきて、複数の手紙を手渡される。何かやらかして、クイナにお仕置きされたらしい。
どうも、クイナの恐ろしさが俺にも伝わった的な軽口を叩いたようだ。お、俺に怒ってたりしないよね? とりあえず、ほとぼりが冷めるまではセンディアに戻らないでおこう。
「じゃあ、いく」
「時空魔術持ちはいいよなぁ。すぐに動けるのだからなぁ」
「ふふん。便利」
「フラン、師匠、ウルシ。頼んだぞ!」
それから丸1日。
ウルシの背に乗って一路ノクタを目指す俺たちの視界に、見覚えのある巨大な城壁が見えてくる。
「ノクタ見えた」
「オン!」
『前と同じだな』
センディアもあれだけの大群に攻められたのだ。ノクタももしかして……なんて不安を抱いていたのだが、以前と変わらぬ姿がそこにはあった。
抗魔を見事に跳ね返したらしい。冒険者も兵士も、センディアの何十倍もいるわけだし、当然だろう。
中に入ると、こちらも以前と変わらぬ賑わいを見せていた。いや、それどころか、以前よりも人が多いか?
明らかに、道を歩く人が増えている。どうやら、カステルのような違法村などからの避難民と、ここを拠点にするつもりの冒険者が大量に流入したようだ。
それに、ドワーフと魔族の姿もちらほら見える。彼らの女王がこの都市にいると聞きつけて、集まってきているのかもしれない。
町に、戦後という雰囲気は全くなかった。もしかして、ノクタは襲われなかったのか?
周囲を観察しながら、冒険者ギルドへと向かう。すると、そこで馴染みの顔に出会った。
「姐さん!」
「ディギンズ」
嬉しそうな顔でこちらに走り寄ってくるのは、熊人のランクB冒険者、ディギンズである。カステルでは共に戦い、死線を潜った仲間でもあった。
フランもディギンズに再会できて、喜んでいるのが分かる。戦友という扱いなんだろう。
「ノクタに残ってたの?」
「ナディアさんのことを頼まれた以上、途中で放り出せるわきゃないじゃないっすか!」
なんと、ナディアのことを守るために、ノクタに残ってくれていたらしい。
「ノクタは抗魔、大丈夫だった?」
「1度襲撃はありやしたが、皆で乗り切りましたね! ただ、今回の抗魔の季節、妙に抗魔の分布がおかしいんですよねぇ。ノクタへの襲撃が妙に少ないっていうか……」
どうやら竜人王の部下たちは、ノクタの周辺にいた抗魔まで、センディアへと誘導していたらしい。そりゃあ、あれだけの数にもなるだろう。
「おばちゃんは?」
「ナディアさんは、まだ目を覚ましてやせん」
「そう……」
「今は、ムルサニの旦那の屋敷にいらっしゃいやすねぇ」
(師匠。先におばちゃんのとこ行っていい?)
『ああ、俺も彼女の状態が知りたい。行こう』
「ん。ディギンズありがと」
「また冒険者ギルドで会いやしょう!」
予約投稿の日時を間違えておりました。申し訳ありません。




