931 得た力、失った力
「よっ。ほっ」
『フラン、あまり張り切り過ぎるなよ? まだ本調子じゃないんだからな?』
「だいじょぶ」
フランは塔の庭で俺を振っている。
『筋肉痛はどうだ?』
「いたい。けどへいき」
やはり、メアやベルメリアと比べて、反動が恐ろしく軽いな。
メアやゼフメートはステータスの減少と、覚醒の使用不可。それに加えて凄まじい筋肉痛が代償であるようだった。
目覚めた初日など、ベッドから起き上がれなかったほどだ。メアはともかく、ゼフメートが「うぎゃぁぁ!」という悲鳴を上げていたほどだから余程なのだろう。
そんなメアたちに対して、フランはすでに起き上がって、素振りができていた。
寝たきりのせいで体がなまってはいるが、ステータスは変わらないし、覚醒も使える。筋肉痛も軽微で、動くことに問題はない。胃もすでに元通りで、以前と同じような食欲を発揮していた。
オラトリオの力を借りて無理やり神獣化した反動と考えれば、非常に軽いだろう。まあ、冷静に考えれば、10日も昏睡したままっていうのは軽くはないが。
1人だったらその間は無防備になるし、餓死する可能性もある。カレーの匂いをかがせても無反応だったので、余程深い眠りだったのだろう。
本来はメアたちと同レベルの代償を支払わねばならなかったことを考えると、フェンリルたちには感謝しかないのだ。
まあ、気づいていないだけで、実は酷い代償が――なんてことがないとも限らない。しばらくは気を付けた方がいいだろう。
フランは現在、全身の筋肉痛に耐えながら剣を振っている。自身の状態を確かめるためでもあるが、神獣化の時の感覚を少しでも覚え込ませようとしているようにも見えた。
ゆっくりと、だが一振りずつ真剣に、見えない敵を斬っている。
すでに、神獣化のスキルは消えてしまっていた。やはり、オラトリオの助けがなくてはあれほどの力は発揮できないらしい。
フランが噛みしめるような声で、呟く。
「……覚醒の上があった」
『そうだな』
「修行すれば、また使えるかな?」
『うーん、どうだろうなぁ』
神獣化は黒天虎ですら霞むほどの、ぶっちぎりの伝説上のスキルだ。最早、御伽噺の類に近い。そんな幻のスキルを、修練だけで手に入れられるのだろうか?
ただ強くなるだけではなく、何らかの特殊な鍵が必要な可能性もあった。そう、簡単にはいかないだろう。
だが、フランが諦めることはない。あの力があれば、フラン単独でも黒猫族全体の呪いを解けるかもしれないのだ。
その希望を見つけてしまったフランが、歩みを止めるわけがなかった。
「しっ。はぁ!」
俺をゆっくりと振りながら、あの時の感覚を体に沁み込ませようとしているフラン。だが、すぐに俺を見下ろして、首を傾げた。
「師匠は、へいき?」
俺の状態が気になったようだ。
『俺も大丈夫だ。フェンリルとアナウンスさんが助けてくれたからな』
「そう」
『ああ』
俺の代償については、自動修復の速度が遅くなったくらいである。それも、この10日でかなり改善した。
おかげで、眠り続けるフランを見守ることができたのだ。その代わり、フェンリルたちは眠りについてしまったがな。
「アナウンスさんたちが起きたら、お礼言う」
『ああ、きっと喜ぶよ』
アナウンスさんもフェンリルも、フランのことを気にかけていた。フランが元気な姿を見せるだけでも、喜んでくれるだろう。
それどころか、新しく得た力もあった。王狼、智慧に関しては、フェンリル、アナウンスさんの力を借りていただけなので、彼らが眠ったことで使えなくなっている。
だが、合魔討ちが金式のまま残り、新たに邪気奔流、伝信というスキルを得ていた。
オラトリオによって活性化したオーバーグロウスの残滓がもたらした、金喰スキル。それをアナウンスさんが俺たち用に改編してくれたのが金式スキルだ。抗魔に大ダメージを与えることが可能な金式スキルは、今後この大陸で戦うには非常に役立つだろう。
伝信は、形状変化などを使った際に、より自身の意思を末端まで伝えることが可能になるというスキルだ。ファナティクスの力を、スキル化したものだろう。
アナウンスさんが眠る前に、残していってくれたのだと思う。
それに、得たものがあったのは俺だけではない。フランとウルシも、レベルが上がってステータスが上昇していた。
現在は、両者ともにレベル70。世界的に見ても、上位に入るだろう。RPGだったら、余裕をもってラストダンジョンに挑むことができるレベルだ。
『フランの場合、ステータスの伸びが凄いんだよな』
「ん」
なんと、魔力と敏捷が300以上伸びていた。他の能力も、軒並み100以上は上昇している。それに伴い、HPとMPも上昇し、ついに1000を突破していた。
どうも、様々な要因が重なったことによる急成長であるらしい。
まずはレベル。70以上になると、一気にステータスの伸びが良くなるらしかった。その代わり、レベルがとんでもなく上がり難くなるのだろう。
それに加え、神獣化の影響だ。スキルは消えたが、超越者としての動きを経験したことで、肉体や感覚の最適化が行われたのだろう。
しかも、ステータスに現れない部分としては、雷鳴魔術の扱いが明らかに上達していた。これも、黒雷を思うがままに操ったことによる、好影響だろう。
まだ試していないが、黒雷の操作も上手くなっているはずだ。
さらに、称号の効果も影響していた。新たに手に入れた『万夫不当』の称号である。これが、メチャクチャ強かった。
万夫不当:一定以上の力を持つものが、30万以上の敵が存在する戦場で一定時間戦い続け、3万体以上の敵を撃破した場合に与えられる称号。
効果:HP+200、MP+200、腕力+100、体力+100、敏捷+100、魔力+100。
これらが合わさり、一気にステータスが伸びたようだ。覚醒すればさらに強化されるのだから、もう完全にランクAでも上位の領域だろう。
獣王やアースラースのステータスを見て、追いつくなど不可能だと思っていた。だが、今のフランなら、いつか届くと確信できた。
メアとベルメリアも、この称号を得たそうだ。ただ、ゼフメートは得ていないらしい。聖獣化しておいて一定以上の力がないとは考えられないので、撃破数が届かなかったのだろう。
範囲攻撃が不得手なうえ、囮や援護に徹する場面もあったからな。
「ウルシも強くなった」
「オン!」
フランの言葉に、ご褒美の激辛カレーを食べていたウルシが、顔を上げた。相変わらず口周りをベッタベタにしながら、嬉しそうに声を上げる。
ウルシの場合、フランほどの伸びはなかったが、それでもレベルアップによってステータスが上昇していた。
また、ウルシも新たに手に入れた称号が強力なのだ。
無尽の捕食者:ひたすらに喰らった魔獣が得る称号。
効果:全ての捕食行動にボーナス。
少々効果が曖昧だが、だからこそこの称号の格の高さが窺える。エクストラスキルなどと同じだからだ。
多分、捕食同化などのスキルの効果が上昇するということなのだろう。ウルシにとっては非常に有用なスキルだった。
「私たちは、まだ強くなれる」
「オン!」
フランは、そう言って拳を握り締める。まだまだ上があることが分かり、強さに貪欲なフランは燃えているのだ。
まあ、その視線はウルシのカレーに釘付けだけど。最初は素振りに集中していたのだが、ついに我慢しきれなくなったらしい。
フランは食べることにも貪欲なのだ。




