929 クイナの行動
説明を聞き終わったクイナが、俺にも分かる驚きの表情を浮かべている。いや、普通の人には分からんだろうが、日々フランの表情を読んでいる俺には、同じタイプのクイナの表情も分かるようになっていたのだ。
(では、聖女ソフィーリアが神剣の持ち主であったと?)
『ああ。まさか、あのラウダっていうハープの正体が、神剣・オラトリオだったとは思ってもみなかったよ』
ただ、以前見た神剣の情報によると、チャリオットやエクスプローラーという神剣も、剣の形ではないらしい。チャリオットは指揮杖、エクスプローラーに至ってはモノクルだ。
神級鍛冶師が鍛えた兵器が慣習として神剣と呼ばれているだけで、その形は剣でないことも多いのかもしれない。
(神剣によって強化された魔曲による、能力の覚醒ですか……。それは、ちょっとやそっとの強化ではなさそうですね)
『ああ、凄かったぞ。うちのフランは神獣化っていうスキルを発現してたし、メアは白獣化っていう状態だった。それに、リンドも完全に神剣として覚醒してたしな』
(反動の大きさが分からないということでしたが……。小さくはなさそうですね)
クイナはそう呟き、眠るメアを心配そうに見つめた。日頃毒舌を吐いていても、やはりメアを思いやっているのだろう。
フェンリルたちのお陰で反動が少なくて済む俺たちと違い、メアやゼフメートはどうなるか分からないからな。
そんな彼女に、気になったことを聞いてみた。
『クイナはどこにいたんだ? ずっとメアとは別行動だったみたいだけど』
(師匠さんならいいでしょう。私は、闇奴隷商人の組織を調査していました)
メアたちの目的は、闇奴隷組織に与する獣人の調査と殲滅だったはずだ。目立つメアたちは獣人会を調べ、隠密行動が得意なクイナが裏での調査を担当していたらしい。
『何か分かったのか?』
(ええ。この騒ぎに乗じて、数人の構成員も捕縛してありますよ。やはり、青猫族の組織が裏にいましたね)
闇奴隷商人たちは、冒険者と市民、商人としての身分を隠れ蓑にして、コソコソと活動をしていたらしい。遥か昔から活動しているため、様々な場所に耳目を潜ませているようだった。
(派手な仕事はせずに、疑われないことを第一に動く。奴隷を捕らえるのは、抗魔の季節などの正体が割れにくいタイミングだけ。だからこそ、長年隠れ潜んでいられたのでしょう)
だが、現在の獣王による取り締まりの強化は、組織に大きな変化をもたらしていた。奴隷を売るルートがいくつも潰されたせいで、新規ルートを開拓せざるを得なかったのだ。
その新規ルートの情報隠蔽が甘く、クイナも組織に辿り着いたらしい。
『新ルートって?』
(竜人族を介した、レイドス王国への出荷です)
レイドス王国が奴隷を買い集めている話は、聞いたことがある。実験やら鉱山労働やら、色々と使い道があるからだろう。
フランだって、俺と出会わなければレイドスに送られていたかもしれないのだ。その派手な動きはゴルディシア大陸にも影響を及ぼしており、闇奴隷商人が自身の痕跡を隠蔽しきれなくなってきているという。
『なあ、闇奴隷商人の情報、俺たちにも教えてもらえないか?』
(フランさんは元闇奴隷でしたね……)
『ああ。俺たちも闇奴隷商人どもを追っているんだが、なかなか情報が手に入らなくてな』
(いいでしょう。私たちも、組織のトップを狙うには、戦力の増強が必要だとは思っておりましたので。その代わり、手伝っていただきますよ?)
『もちろんだ。それにしても、トップの情報ももう手に入れているのか?』
(はい。とはいえ、居場所はこれからですが。ただ、その人物自体は分かっておりますね)
『誰なんだ?』
(竜人王を自称している、竜人です)
『竜人王ゲオルグか!』
ここでも名前を聞くことになるとはな!
(元々は青猫族主体だった組織を、竜人族の武力を使って無理やり乗っ取ったのですよ。師匠さんは竜人王の情報をお持ちなのですか?)
『ああ。竜人を使って、この都市を滅ぼそうとしてやがった』
俺は、地下で見つけた邪水晶や、その危険性について語る。すると、クイナから驚くべき言葉が飛び出していた。
(他にも、あの邪気を放つ水晶があったのですね)
『なんだと? 他にもって、センディアの中にか?』
(はい)
なんと、クイナたちも邪水晶の設置された地下室を発見し、潰していたのだ。邪水晶は協力者に預けているらしい。
『協力者って、獣王の配下か?』
(いえ。結界屋と呼ばれる冒険者です)
『セリアドットがクイナの仲間? まじかよ!』
セリアドットの同族を獣人国で保護しており、協力関係にあるらしい。今回の場所にセリアドットが居合わせたのは偶然だが、快く手を貸してくれたそうだ。
軽く、彼女の事情を説明してくれるクイナ。
『ローレライ……。その生き残りか……』
その境遇は、どこか黒猫族に重なる部分があった。闇奴隷を恨む気持ちは、フランと同じものがあるだろう。
セリアドットはこれまでも、闇奴隷商人の情報を集め、獣人国へと報告していたらしい。
ソフィがセリアドットの行方が分からないと言っていたが、クイナと共に密かに町を守っていたようだ。
彼女は自分の結界がどこに張られているかを感知できるため、その力で怪しい地下室などを探し出すことも可能らしい。隠蔽している結界そのものを探せるなら、確かに地下室だろうが何だろうが探せるだろう。
しかも、彼女たちが竜人を尋問して手に入れた情報は、俺たちよりも詳しかった。獏の獣人であるクイナは、相手を催眠状態に陥らせ、情報を引き出すことができるからだ。
(自称竜人王は、実際に特別な力を持っているようです)
『神竜化か?』
(いえ、そうではなく、2種類の属性を持っているんだとか)
竜人王は火竜でありながら、邪竜でもあるそうだ。そのため、邪水晶を操ることができるのだろう。複数属性を持つものは特別に扱われるため、ゲオルグが竜人王を自称することも黙認されているようだった。
また、今回の抗魔の猛攻も、竜人王の仕業だという。配下を使って周囲の抗魔をセンディアに集め、滅ぼそうと画策したらしい。
『竜人王が闇奴隷商人の組織のトップになったのは、最近なのか?』
(彼の者が元締めになって20年ほどだそうですよ。フランさんですか?)
『ああ』
(確実に、竜人王の配下たちの仕業でしょうね)
『そうか……』
そうか、フランを闇奴隷に落としたのは、竜人王たちで間違いないのか……。
俺の殺すリストの1番に、掲載決定だな。こいつらは何があっても、殺す。絶対にだ。
(師匠さん! 剣なのに殺気を出さないでください! フランさんたちが悪夢見ますよ)
『おっと、すまん』
クイナがちょっと焦るほどの殺気が出てしまっていたらしい。
『クイナ。竜人王の情報。詳しく分かったら教えてくれよな?』
(……了解しました)
『くくくく……』
次回は9/9更新予定です。
 




