925 黒虎雷咆
「るああああああああぁぁ!」
「シイィィ! シギィ?!」
「はっ! てやぁ!」
神速と言える領域へと突入している、フランと三本角の戦い。人の目には影さえ残らぬほどの速度で動き回りながら、互いに斬撃を繰り出し合う。
一見互角だったが、戦いの趨勢はフランへと傾いていた。神獣化を使いこなせているとは言い難いのだろうが、それでも最強クラスの抗魔を凌駕している。
超高速で振り回される三本角の刀を回避しつつ、自身の斬撃を的確に当てていくフラン。その回数は一気に増え、すぐにフランが一方的に斬り続けるようになっていた。
三本角の再生力がどれだけ高くとも、神属性を込められた黒雷と斬撃の前に、すぐに再生が追い付かなくなっていく。
引き延ばされた時間の中、百を超える斬撃によって細切れにされていく三本角。その閃く幾重もの剣筋は、まるで剣でできた虫籠のようであった。
「ふぅぅぅぅぅ……!」
ザザッという地面を擦る音とともに、フランが足を止める。
その行動が合図となったかのように、三本角は崩れ落ち、大地に細切れとなった肉体がばら撒かれた。
だが、まだ倒せてはいない。
抗魔の残骸が、必死に動こうとしているのが見えたのだ。このまま放置すれば、再生していずれ動きだすだろう。
さすが最上位の特殊個体。カステルの捻じれ角並のしぶとさだ。そんな抗魔を前に、フランが右掌を相手に向けるように突き出した。
フランの集中に呼応するように、纏う魔力が黒雷に変換されて周辺を荒れ狂う。そして、湧き出した大量の黒雷は、フランの掌の前に集まって収縮していった。
いつしかそこには、凝縮した黒雷によって生み出された、漆黒の球が浮かんでいる。まるで小さなブラックホールのようにも見える、漆黒の球体だ。
今にも弾けそうなほどに激しく蠢き、ヂヂヂヂヂ! という甲高い音を上げている。
黒雷球の放つ威圧感と存在感は、俺ですら震えがくるほどだった。もし暴走でもしたら、辺り一帯が消し飛ぶのではないか? そんな心配すらしてしまう。
だが、フランは一切不安に思う様子すらなく、涼しい顔で力を解き放った。
「黒虎雷咆!」
黒雷の球を叩き付けるというよりも、溜めに溜めた黒雷を一気に解放するという感じだ。
突如出現した黒い龍のような極太の黒雷が、三本角はおろかその周辺の抗魔たちをも飲み込んで突き進む。黒雷の奔流はまさに大河のような流れとなって、平原に長く深い傷跡を刻んだのだった。
遠目から見れば、本当に黒い龍が突進していったように見えただろう。幅20メートル近い溝が、遥か彼方まで延々と続いている。
しかも、撒き散らされた黒雷によって、その痕の周辺の抗魔も一掃されていた。
凄まじい威力だ。黒虎雷咆だったか? あれが、神獣化した黒天虎の奥の手なんだろう。
「つかれた……」
『力配分を間違えたな』
得たばかりで慣れていない力を、全力全開で使い過ぎたのだ。フランの体力と魔力は、スッカラカンである。
ソフィたちの歌の力があっても、戦闘可能まで回復するには多少時間がかかりそうだ。倒れないのが不思議なほど、フランの動きは緩慢だった。
『でも、よくやったな』
「ん!」
フランは全体力を使い果たしたが、俺はまだ戦える。フランの纏う神属性に耐えるためにかなり力を使ってしまったが、魔術をばら撒く程度は問題ないのだ。
遠距離攻撃で仲間の援護を――そう考えたのだが、ウルシの強い眼差しは手助けを拒否していた。
ウルシが向き合うのは、長い角の生えた深紅の巨獅子だ。5メートル強の巨体が戦場を駆け回りながら、攻撃をしあっている。
どうやら、ウルシは自力での決着を望んでいるようだった。自分と同じ4足歩行の敵に、対抗心を燃やしているらしい。
魔力ではウルシが勝るが、単純な身体能力では角獅子に軍配が上がる。
互いに噛みつき合い、爪を振るう中で、角獅子の攻撃が何度もウルシに直撃していた。接近戦では相手に分があるようだ。
だが、ウルシは意地になったかのように、超接近戦を挑むのを止めなかった。両者が絡み合いながら転げまわり、多くの抗魔が巻き込まれて消滅していく。
そして、唐突に戦闘が終了した。
「グルアアアアアアア!」
「ギィッ――」
ウルシが突き立てた牙が角獅子の首を深々と穿ち、叩き付けた前足がその胴体をゴッソリと抉ったのだ。
黄昏スキルの効果だった。ウルシが無理にでも接近戦にこだわったのは、黄昏の闇を角獅子に浴びせ続けるためだったのだ。
長時間、黄昏のデバフ効果を受け続けた角獅子は、ステータスや装甲が弱体化し続けてしまったのだろう。結果、今までは軽傷で済んでいた攻撃が致命傷となり、倒されたのだ。
まさに、肉を切らせて骨を断つを地で行く戦法だった。
四肢を砕かれた角獅子が、ウルシの放った魔術の闇に呑み込まれていく。その気配は完全に消滅していた。
「ウオオオォォォォォォン!」
ウルシの雄叫びが戦場に響き渡る。
「ウルシ、やった」
『ああ! 頑張ったな!』
「オン!」
近寄ったフランがその足を軽く撫でてやると、ウルシが誇らしげに鳴く。全身から未だに血を流しているほどの激戦だったが、痛みよりも嬉しさの方が勝っているんだろう。
バッサバッサと振られた尻尾が、強風を起こしていた。




