920 神獣化の力
「神獣化ぁぁぁぁ!」
その言葉と共に、神力が吹き上がる。同時に、その力が黒雷に変換され、フランに巻き付いて包みこんだ。
フランの周囲を幾重にも包み込む黒雷は、黒い蓮の蕾のようにも見えた。バヂバヂという鈍い音を響かせる黒い蕾の内側では、恐ろしい勢いで力が膨れ上がっていく。
数瞬後、黒い雷が弾けて消えた時、そこには新たな力を得たフランが立っていた。
神獣化。それが、フランが使った力――スキルの正体らしい。言葉面からすれば、竜人の神竜化と同系統のスキルだろう。
ただ、ベルメリアの神竜化ほどの大きな変化はない。
髪の毛と爪、牙が少し伸びたくらいだろう。体に毛皮が生えたりするようなことはなさそうだった。魔法少女の変身シーンみたいな演出だった割には、地味である。
だが、地味なのは外見だけだ。その内側で渦巻く凶悪な力を感じられるものには、どこが地味なのだと怒られてしまうだろう。
派手とか、そんなレベルではない。
存在感が圧倒的に違う。放つ雰囲気は超越者に相応しい超然としたものだし、纏う黒雷の強さも段違いだ。
今までの数倍はある龍のような黒い雷が、フランの周囲でうねり、弾けている。まるで、黒い雷の化身が形を得て、そこに立っているかのようだった。
ステータス面も破格だ。種族に神獣が追加され、状態が神獣化となっている。そして、腕力、体力が1000超え、敏捷、魔力に至っては2000を超えていた。
素の状態でこれだ。スキルなどで強化されれば、さらにその能力は高まるだろう。
「ふむ?」
フランは何かを確かめるように、掌を抗魔たちに向けた。
「むん」
『うぉ!』
フランが軽く気合を入れた瞬間、その掌から極太の黒雷が勢いよく打ち出された。それこそ、電信柱くらいの太さがあるだろう。
黒い雷は空気と抗魔を焼き焦がしながら、20メートルほど突き進んで、弾けて消える。その跡には、大量の抗魔が消滅したことでできた、空白地帯が生まれていた。
「おー、すごい」
『あ、ああ。やばいな』
フラン的には、軽く気合を込めたくらいの感覚だったのだろう。だが、それだけで凄まじい魔力が動いたのが分かった。
フラン自身が自分の掌を見つめ、驚いている。だが、すぐに真剣な表情になった。フランは、再度掌を突き出す。
今度は、集中しているのが分かった。
「はっ!」
短い呼気とともに先程以上の魔力が蠢き、黒雷が放たれる。
人間なんぞ軽く呑み込めるほどの太さの黒い雷が、のたうち回る大蛇のように、抗魔の群れの中で暴れ回っていた。
『おおおお! すっげぇ……』
「ふふん」
たったの一発で、100以上の上級抗魔が消滅しただろう。奥の手の1つである黒雷招来と同等の威力がある。
だが、使用したら覚醒が解けてしまう黒雷招来と違って、こちらの攻撃は連発できていた。
俺の驚きに、どや顔で応えてくれるフラン。だが、今のフランの真価は、黒雷だけではなかった。
次にフランは、軽く膝を折って身構えた。魔力の次は、身体能力を試そうというのだ。
「ふっ!」
軽く前に飛んだだけで、周囲の景色が驚くべき速度で流れていく。黒と赤の線は、抗魔の色だろう。
俺は慌てて時空魔術を使用した。自分の時間を今まで以上に加速させて、ようやく景色が認識できる。
さっきまでだって、自己加速は使っていたのだ。だが、フランはその俺でさえ付いていけないほどの、速さを手に入れていた。
「おっとと」
『だ、だいじょうぶかフラン!』
「だいじょぶ」
フラン自身でさえ制御を誤るほどの加速力だ。少し動くだけのつもりだったのだろうが、50メートル近く移動し、間にいた抗魔たちを体当たりで弾き飛ばしていた。
フランに怪我はない。身に纏う魔力が、障壁並に分厚いからだろう。
抗魔をぶちかましでなぎ倒したフランは、手をグーパーさせながら何度も頷いている。どうやら、自分の力を正確に認識したらしい。
「ん」
『メチャクチャ強くなったな!』
「これなら、みんなを守れる!」
ああ、そうだな。そう相槌を打とうとしたのに、俺は声が出なかった。
代わりに、アナウンスさんの声が聞こえてくる。
《個体名・師匠の名称が一時的に変化可能となりました》
え? アナウンスさん? どういうこと!
《王狼剣・フェンリル――命名条件未達成。命名が破棄されます》
な、何が起きてる?
王狼剣・フェンリルって、まるで神剣みたいな名前なんですけど!
ちょっと、誰か説明して!




