90 奥歯に仕込んだ毒って、間違えて飲んじゃいそうじゃない?
深夜だというのに、宿の食堂にはそれなりに豪華な食事が用意されていた。具だくさんの海鮮スープ、柔らかいバターパン、大振りの鶏もも肉のステーキ。
風呂から上がったら、この夜食が用意されていたのだ。突然増えた子供たちにもこのもてなし。侮れんな高級宿。
元々おっさんの俺からしたら、ちょっと重たすぎないかと思ったが、腹を減らした少年少女にはちょうど良かったらしい。最初は遠慮していた子供たちも、一口食べれば止まらなかった。皆一心不乱に食事をしている。
そんな時でも、双子の気遣いは見事だった。子供たちに帰る場所はあるのか尋ね、あれば明日には家に送ると約束し、無いという子供には悪いようにはしないと安心させてやる。普通の13歳にはなかなかできない気遣いだ。
そして、自分たちを救い出したフランに対しては、キチンと頭を下げることもできる。王子の名前はフルト。王女の名前はサティア。2人とも、揃って頭を下げる様は双子だけあって息があっているな。
フランも彼らを気に入ったようで、質問にも短いながらもきちんと受け答えをしていた。いやー、嬉しいね。フランが同年代の少年少女と仲良く喋っている。それを見れただけでも、彼らを助けた甲斐があったぜ。
フランに宛がわれたのは、豪華な個室だった。前世でも、こんな豪華な部屋に泊まったことないぞ。シャンデリアに、天蓋付きのベッドに、フッカフカの絨毯。一泊どれくらいするのか。
あ、こら! フランもウルシもベッドに飛び込むな! 汚して弁償なんてことになったら、どれだけ取られるか分からないんだぞ!
はしゃぐ気持ちは分かるけどさ。というか、俺だってその布団で寝てみたいぞ!
「おやすみ」
「オン」
『……お休み』
はい、現場の師匠です。今、私は高級宿の屋根裏部屋からリポートしています。
私の目の前には、気配を消してコソコソと動き回る鼠がいますねー。職業暗殺者。完全に黒ですねー。私には全然気付いてませんねー。
という事で、サイレンスからの風魔術で意識を刈り取り、身柄を確保した。そのまま、フランにあてがわれた部屋へと暗殺者を連れ込む。
『捕まえたぞー』
「大物」
『まずは背後関係をしゃべらせてから、王子たちに引き渡すか』
「ん」
こいつは人間だし、闇奴隷商人たちとは関係なさそうだが、とりあえず話を聞いておく。万が一、青猫族と関係があったら、色々聞きたいし。
フランが暗殺者の頬を何度かはたいて、覚醒させる。
「うぁ……?」
「目が覚めた?」
「! 俺に何をした!」
「気絶させて、縛った」
「いつの間に……!」
「いくつか聞きたいことがある。素直に話せば痛くしないよ?」
「グルルルル」
魔糸でグルグル巻きにされた上、目の前に剣を突き付けられた状態だ。しかも、巨大な狼が見下ろしている。
どうしようもないと悟ったのだろう。
「――っ」
『あ! こいつ毒飲みやがった!』
奥歯に仕込んであった毒を飲み込んだようだった。しかし、本当にこんなことするんだな。なんか、奥歯に仕込んだ毒って、間違えて飲んじゃいそうじゃない? それも訓練するのかね? 状態が王毒になっているから、なかなかやばい毒を仕込んでたみたいだし。
『――ミドルヒール』
「――アンチドート」
だが、俺達を前にそんな物無意味だけどな。毒も消え、HPも満タンだ。
「残念。無理」
「馬鹿なっ……。王毒を無効化するだと……?」
「回復魔術は得意なほう」
「ぐ――」
諦めないね。今度は舌を噛み切りおったよ。
「――ミドルヒール」
「くそっ」
「痛い目、みとく?」
結局、暗殺者は知ってることを吐いた。死ぬ覚悟はあっても、拷問をされ続ける覚悟はなかったようだ。
どうやら、闇奴隷商人たちとは無関係だったようだ。フリーの暗殺者で、依頼に基づいて王子と王女を暗殺しに来たらしい。依頼者は知らないが、侵入経路などの指示は事前に受けており、簡単に宿の中に入り込めたという。
依頼料は前金でもらっており、依頼主に関しては詳しいことは知らなかった。
『俺たちにはあまり意味ない相手だったな』
「ん」
『サルートに引き渡そう』
「ウルシ、見張ってて」
「オン!」
フランはサルートを部屋に呼んできた。もうすぐ明け方だが、寝ずに番をしていたみたいだな。
「こやつが、暗殺者なのか?」
「ん」
という事で、暗殺者に再度尋問が行われた。もう諦めの極致なのか、大概の質問に素直に答える。虚言の理で、本当なのは確かだ。
「ふむ……嘘ではなさそうだな。いったい誰の差し金なのか……」
サルートの頭の中では、様々な可能性が検討されているのだろう。俺達には分からない、色々な容疑者を思い描いているに違いない。
「とりあえずこの男は引き取ろう」
「ん」
「今後のことは明日話そう。謝礼も出すから、楽しみにしていてくれ」
「それよりも、朝ごはんが楽しみ」
「はっはっは。食べ放題だからな、好きなだけ楽しんでくれ!」
翌日の昼。遅く起きたフランは、朝食と昼食を同時に食べるという荒業を披露し、皆を驚かせていた。猫じゃなくてリスの獣人なのかと思うほど、頬にパンパンに料理が詰め込まれている。
まるで次元収納に放り込むみたいに、食事が消えていく。サルートも目を丸くしているな。
「フラン、今後の予定はどうなっているのだ?」
「?」
「どこか、目的地があるのですか?」
「ふゅふゅむゆ」
「……申し訳ない。質問は食事の後にしましょう」
「にゅ」
そして、フランが10人前近くを腹に収め、膨れた腹をポンポンしていると、フルト王子が改めて口を開いた。
「フランは旅をしていると聞いたが、目的地がある旅なのか?」
「ん。ウルムット」
「では、船で?」
「ん。まずはバルボラ」
「そうか……。船の手配は済んでいるのか? 月宴祭に向かう者たちが多い故、客船は既に埋まってしまっていると思うが」
「まじ?」
「バルボラの月宴祭は、クランゼルでも屈指の規模だからな」
「王都よりも賑やかなのですよ?」
知らなかったぜ。じゃあ、あと数日はバルボラに向かえないってことか。宿が埋まっている時点で、想像しておくべきだったな。国屈指の規模の祭りとか、ぜひフランに見せてやりたかったが。
「知らなかった」
「ただ、船に乗る方法があるぞ?」
「?」
「我らの護衛として雇われないか? バルボラまででいい」
「報酬は払います。私たちの目的はバルボラの月宴祭ですから、お祭りには間に合いますよ」
フルト王子とサティア王女が口々に提案してくる。悪くないんじゃないか?
今から船を探してもまともな船を見つけられるか分からんし。王子たちの乗る船なら、期待できる。それに、せっかく知り合ったフランと同年代の相手だ。ここで別れるのは惜しい。
「特にお願いしたいのは、魔獣への備えです」
「騎士もいるのに?」
どうやら、近海で大型の魔獣の姿が確認されたらしい。平時であれば問題ない戦力を揃えているが、大型の魔獣となると少々不安だ。
なので、念のために腕の立つ戦力を確保しておきたいらしい。そして、サルートよりも腕が立ち、暗殺者である恐れがないフランに白羽の矢が立ったという訳だった。
「殿下! 勝手をされては困ります! このような氏素性の分からぬものを護衛として雇うなど!」
侍従のセリドは何も聞かされていなかったのだろう。突然のことに怒りの声を上げている。
だが、王子たちに睨まれて、悔し気に黙ってしまった。めっちゃ睨んでるね。
(師匠、受けていい?)
おお、フランはやる気だ。
『いいんじゃないか? 船に乗れるのはデカイ』
「ん。受けてもいい」
「おお、助かる」
という事で、俺達は王族の護衛をすることになったのだった。




