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917 Side ソフィーリア 上


 ウルシの背に乗って、センディアの中を駆ける。その脚力は想像以上で、建物の壁を垂直に上り、最短距離を駆け抜けることができていた。


 でも、その成果は芳しくない。


 私たちが最初に向かったのは、当然のことながら塔だった。そこで、兵士のみんなに助けを求めようとしたのだけど……。


 もう、ほとんどの兵士は各門へと向かってしまった直後だった。しかも、セリアドットの姿もない。


 代わりに指揮を執っていた兵士長は、私を見て顔を歪める。どう見ても、私を邪魔だと思っている目だった。


 彼にどれだけ頼んでも、兵士の派遣を許可はしてくれない。この塔を守る? 他の勢力が信用できない? この町が滅ぼうという時に、何を言っているの?


 塔に残っていた兵士に直接訴えても、彼らは兵士長の命令だからと動いてはくれない。自分の配下の人間だけを、塔に残したのだろう。


 彼らが何をやっているかと思えば、様々な貴重品の避難だ。お金や宝飾品、薬などを避難用のアイテム袋に詰めて運び出していた。


 この危機的な状況で、お金? なんて愚かな。最早、ここを頼りにすることはできない。


 せめてもの救いは、患者さんがほとんど残っていないことだろう。セリアドットが、避難を指示してくれたらしい。


 私は塔からの支援を諦め、他の場所を目指すことにした。獣人会と竜王会は、メアさん、ベルメリアさんが纏めていたはず。ならば、次は冒険者ギルドだ。そう思ったのだけど……。


 ギルドには人がほとんどいなかった。多くの冒険者はすでに門の守備へと出払っているらしい。


 しかも、そちらにも少なくない抗魔が押し寄せ、戦力を減らすような余裕はないそうだ。残っている冒険者は、ギルドの守りのために減らせないと言われた。


 都市が滅べば、組織なんて関係ないというのに……。ここでもなの?


 兵力が必要だとさらに訴えたら、サブマスターという男性に怒鳴られた。どうやら、この都市から逃げ出す算段をつけているようだ。その護衛として、配下の冒険者を残しているらしい。


 こんな時に、自分たちだけ逃げ出そうとするだなんて……。冒険者ギルドも頼れない。ならば、小さい組織の協力をと思ったのだけど……。


「聖女さん。済まねぇが、無理だ。出せるだけの人数がいねぇ」

「厳しいのは分かります! でも、この町の危機なのですよ!」

「うちの割り当て分の戦力はしっかり出してまさぁ」

「いつも通りでは無理なんです! ここにいる人を数人でもいいですから!」

「ここの警備は減らせんのですよ。他の組が戦力を出すと確約するなら、わしらも従いましょう」


 他の組織を信用できず、火事場泥棒を警戒しているらしい。どこに行っても、同じような対応だ。門前払いのところもあった。どこの組織も、自分たちの戦力だけは必要以上に減らしたくはないのだろう。


 それどころか、逃げる準備をしている組織さえあった。中には人を送ると約束してくれた組織もあるが、本当に少数だ。


 そうやって小さい組織を回ったけど、結局大きな成果は上がらなかった。これ以上、時間は無駄にしていられない。


「……なんで? この都市を守りたくないの?」

「オン」

「慰めてくれるの?」

「クゥン」


 ウルシが頬を舐めてくれる。隣に寄り添う鼓動に、気分が落ち着くのが分かった。それに、主人であるフランを残してきたウルシだって、焦る気持ちはあるはずなのだ。


 私がこんなところで足を止めるわけにはいかなかった。


 だが、ここで事態が急転する。なんと、凄まじい破壊音と共に、東の城壁が破壊されてしまったのだ。


 フランたちは無事なのだろうか? 無事だったとしても、あれでは抗魔の侵攻を防ぐことはできないだろう。


「オン!」

「そ、そうね。諦めちゃだめよね」


 絶対に助けが必要だ。そう決意してさらに組織を回ったが、援軍の約束を取り付けることはできなかった。


 破壊された城壁を見て、誰もが逃げることを考え始めてしまったからだ。戦うという私を馬鹿にするような者もいた。


「……情けないっ!」


 建物から外に出た時に、思わず涙が出てしまう。


 自分の不甲斐なさも、いつもは威張っているくせにいざという時には逃げ出そうと考える者たちも、それに縋らなくてはならない状況も、全てが情けない。


「あの、聖女様……? 大丈夫ですか?」

「え?」


 そんな私に声をかけてきたのは、数人の男性たちだ。この都市に暮らす、一般の人たちだろう。その背には、大きな布袋を背負っている。


 都市を脱出する途中であるようだった。それを見て、さらに涙が出た。都市に住む人たちが、もう陥落が免れないと思ってしまっている。


 そんな都市を、フランは命懸けで守ってくれているのだ。


 そこで、ふと男性たちの背負っている槍が目に入る。この都市の人々は誰もが当たり前に武器を持っていた。


 それは、犯罪者に対抗するためである。いくら組織同士が一般市民に手を出さないという取り決めをしていても、守らない者もいるからだ。それに、先祖から受け継いでいるという人も多いだろう。


 そこまで考えて、ふと思った。彼らは戦えないのだろうか? 武器を持っているなら、下級抗魔くらいは――。


 普通に考えれば、無理な話だ。そもそも、そう考えることすらしなかっただろう。でも、追いつめられた私は、思わず口を開いていた。


「この都市を守るために、戦っている人たちがいます」

「え? はあ?」

「でも、このままだと、この都市が滅ぶかもしれません。一緒に戦ってくれませんか?」

「え? いやいや、無理ですよ!」

「そうそう。俺たち、実戦経験もないんですよ!」

「お願いします!」

「いやいや、無理ですから!」

「そうそう!」

「戦ってくれている人たちも、全滅するかもしれないんです!」


 当然ながら、私がどれだけ頼んでみても、男性たちは言い訳するばかりだった。当たり前である。


 彼らは戦うための力も、心構えもないのだから。彼らは、守られる側なのだから。


「だ、だいたい、戦うのなんて戦いたい奴らに任せておきゃいいんだよ! 俺たちが戦えって命令したわけじゃないんだ! 知ったことじゃねぇよ!」

「そ、そうだ! 奴らは、それが仕事なんだからな! 死んだって、自己責任だろ!」

「恩着せがましく言われたくねぇよ!」


 これが、この都市の人間……。こんなやつらを助けるために、フランたちは……。


 絶望。その一言に尽きた。


 もう、無理だ。この都市は滅ぶ。だったら、せめてフランたちを助けに行って、彼女たちの脱出を手助けしよう。


 そう考えた、その時だった。


「何ふざけたこと抜かしてるんだい! この宿六がぁ!」

「ぶげぇ! か、母ちゃん!」

「聖女様に向かって、腐った言い訳をしやがって……! 兵隊さんたちのことを、知ったこっちゃない? いつも守ってもらっておいて、その言い分は何だい!」

「だ、だってよう」

「黙りな! だいたい、アタシらを置いて自分たちだけで逃げようとしていたねぇ? このクズ野郎が!」

「ぐぼ!」


 えっと、このおばさんは、この男性の奥さんなのだろうか? 急に言い争いを始めたと思ったら、男性を殴って黙らせてしまった。


 他の男性たちの奥さんもいたらしく、やはり殴られて顔がボコボコだ。治す気も起きないけど。


「あの、あなたたちは?」

「すみませんねぇ聖女様! あたしは、第三地区婦人会長のアンナっていうもんです!」

「私は第二商店街婦人会長のメリーですわ」

「第五地区婦人会長のバッサです!」


 次々に頭を下げてくるご婦人たち。そして、その背後から、たくさんの人間が駆けてくる気配がしていた。


 その足音は数千にも上るだろう。見ると、大通りを埋め尽くす数の人々が、勇ましい表情を浮かべてこちらへと向かってくる。


 その手に、思い思いの武器を握って。


「この身勝手なボケナスどもの言葉は忘れてください」

「こんな意見は、ほんの一部ですから!」

「そうそう。役立たずだとは思ってたけど、ここまでクズだったなんて……。戻ったら離縁ですよ!」

「うちもだよ! むしろこのまま連れて行って最前線に放り出してやろうかね!」


 た、頼もしい。


「あたしらだって、この都市の人間なんだ! 人に戦わせておいて、自分らだけ逃げるなんてできるかい! いざという時くらい、戦うよ!」

「そうさ! みんなも、同じ気持ちだよ! 戦ってくれてる人らを、見捨てるもんか!」

「聖女様、一緒に行こう! あんたのお友達が、頑張ってくれてるんだろう? 助けるよ!」

「はい……はい!」


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― 新着の感想 ―
善意の押し付けという表現は全く正しくないと思うが。 ソフィーが悪いというのも偏りすぎた感想では?あなたの考えは分かるがそれなら誰が悪いとかはそもそもないだろう。 そもそも君が擁護してるのは助けを強く求…
[一言] ソフィーが善意の協力者を求めるのは、自分が救いたいから。できる力があるなら、やりたい。そういう性格だから。 いろんな感想があるけど、正解の性格はないのだよなぁ。自分の命優先で逃げるのも正しい…
[気になる点] こんな情けない男たちが、 勇ましいご婦人方をどうやって口説き落としたのか知りたいよ 陰キャオタクでもカースト上位のギャルを落せるような、 とんでもないスーパーテクがあるに違いない
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