915 Side 抗魔戦
Side 西門・ドルーレイ
ヴァン!
犬鳴の矢が唸り声を上げながら、抗魔数匹を貫いて消滅させる。竜人の膂力から放たれる矢の威力は、一撃必殺の名に相応しいだろう。
今は仲間だと分かっちゃいても、横を通るたびに身震いしちまいそうになる。
部下どもには、マジでビビっちまっているやつらもいた。最初に、音がしない矢はないのかとミランレリュに尋ねたら、いい笑顔で「ない!」と返されちまったんだよなぁ。
なんでもあの矢には、色々と意味があるらしい。ミランレリュ曰く「あたしの矢は、竜の咆哮と同じなのさ! 聞いた敵はビビり、味方は鼓舞される!」だそうだ。竜の咆哮は、味方もビビると思うがなぁ?
まあ、分からなくはねぇ。あの音がする度に人が死ぬとなりゃあ、敵は怖気づくだろう。いずれ、似た音がする度に恐慌を来たすかもしれん。
同時に、味方の士気は上がるだろう。だが、抗魔にはその効力が半減する。何せ、奴らに怯えるなんて高尚な感情はねぇからな。
味方だって、今までは敵対してたんだ。いつ背中から狙われて、あの矢が自分にぶっ刺さるかって気にしてる奴も多い。
とは言え、あの女が最高戦力であることは間違いなかった。
今回の抗魔どもはいつもの数倍規模だからな。下手なことをして、やる気をなくされても困る。
ありゃあ、自分の拘りを否定されたら、絶対にへそを曲げるタイプだ。間違いない。だったら好きにさせるしかねぇんだが……。
「仕方ねぇ。俺も前に出る。指揮は任せるぞ」
「う、うす! お気をつけて、兄貴!」
これでも俺は、血牙隊の第三席。接近戦にゃ自信がある。前線で派手に戦って、部下どもの士気を上げるくらいはお手の物だ。
「ショート・ジャンプ!」
短距離転移を使い、敵のど真ん中に躍り出る。正直、俺程度の転移術じゃ実戦では大した使い道はない。詠唱も溜めも、メチャクチャ長いからな。
だが、希少な術の使い手が仲間にいるってだけで、味方のテンションがあがるのだ。
「うおおぉぉぉ! ドルーレイの兄貴につづけぇ!」
舎弟どもの勢いにつられて、他の組の奴らも突っ込んでくる。抗魔の数が多いんだ、このくらいの勢いがなきゃ押し切られちまうだろう。
ブヴァン!
また、犬鳴の矢が飛んでいく。おいおい、今のは俺の真横だったぞ? 狙ってやってんじゃねぇだろうな?
「おい。伝令だ」
「うす!」
「犬鳴に伝えてこい。もっとガンガン撃ちまくれってな!」
こうなりゃトコトンやってやらぁ!
Side 南門・ゲフ
「サボってんじゃねぇぞ! ワンチャンよぉ!」
「こっちのセリフだ! トカゲ野郎!」
「あぁ?」
「ああぁ?」
まさかこの犬っころと同じ持ち場になっちまうとは、ついてねぇぜ! いつもいつも俺様に突っかかってきやがってよぉ!
ここは、キッチリと俺様の方が上だと、教えてやらなきゃならねぇようだな!
「おいぃぃ! 犬っころ! 勝負だ!」
「望むところだトカゲ野郎!」
「どっちがこの戦いで抗魔を多くぶっ殺すか! ポイントで勝負だ!」
「いいぜ! 不正すんじゃねぇぞ!」
「するか! てめぇじゃあるまいし!」
「こっちのセリフだ! ボケ!」
俺たちは互いの抗魔カードを見せ合うと、そのまま散開した。近くにいちゃ、相手にもポイントが入っちまうからな。
犬っころに負ける訳にゃいかねぇ! 最初から全開だ! 今回は抗魔どもが異様に多いし、ブチ殺す相手にゃ不自由しねぇ!
「しゃぁぁ! 邪旋衝ぉぉ!」
俺が使ったのは、邪気を利用した範囲攻撃だ。半邪竜人以外には使い手がほとんどいねぇ技である。いたとしても、この大陸の外じゃ、外道、邪法扱いだがな。
邪気が抗魔どもの魔力をかき乱し、その防御力を低下させる。一緒に放った衝撃波がそこに直撃し、抗魔の体を砕いていった。
魔法生物に近い生態をもつ抗魔どもは、俺にとっちゃいい鴨よ。このまま抗魔をぶち殺しまくって、俺の勝ちだ!
「うおおぉぉぉぉぉおん!」
ちっ! 気分よく抗魔どもをぶっ殺してたのによぉ。ワンゴンのやつ、ケモノ臭ぇ覚醒を使いやがった。ああなった犬っころは、マジで侮れねぇ。
奴の咆哮は、俺の邪気と同じように魔力を乱す性質を持っているからな。
「キャンキャンうるせぇんだよ! 躾がなってねぇ野良犬か!」
「そっちこそ、そのクソウゼェ黒いのひっこめろ! 抗魔ごとやってやろうか?」
「ああぁっ?」
「ああぁん?」
「……はぁ。兄貴たち、毎度毎度飽きないっすねぇ」
俺がクソ犬を躾けてやっていると、部下の口が何やら動いた気がした。
「何か言ったか?」
「な、なんでもありやせん」
「はははは! ついに耳が遠くなったらしいな!」
「うるせぇ! 盗み聞きしてんじゃねぇ! これだから野良犬はよぉ!」
「だまれ! 黒トカゲ!」
「ああん?」
「ああぁん?」
「……兄貴たち、やっぱ仲いいっすよねぇ」
また何か言ったか?
Side 北門・ガズオル
「ブライネよ。儂が前に出る。援護を頼めるか?」
「おう、任せとけ! おめぇと同じ戦場じゃあ、楽ができそうだな」
「何を言っておるか。どうせすぐに、地獄のような忙しさになるわい」
「分かってらぁ! 冗談だよ、冗談!」
ヒラヒラと手を振ってニヤリと笑う男は、血牙隊第一席、ブライネ。好戦的で粗野な男だが、情に厚く、戦場でこれほど頼りになる者もそういないだろう。
殺し合ったこともある相手ではあるが、因縁に引きずられて、判断を誤る様な相手ではない。安心して、背中を任せられた。
この男、戦士としても強いのだが、その本領は中衛での指揮にあった。風魔術を使った遠距離攻撃に、固有スキル『呪撃』による敵の弱体化。
さらには、複数の指揮系スキルによって仲間を鼓舞し、能力を底上げすることまでできた。単純な戦闘力では儂の方が上だろうが、戦闘指揮官としてはブライネの方が圧倒的に完成されている。
「風鱗よぉ! 例のアレ、いくぜぇ?」
「うむ! いつでもよいぞ!」
「はぁぁ! ぶっ飛べやぁぁ!」
ブライネが、儂に向かって風魔術を放つ。だが、誤射ではなかった。儂の風壁は風魔術を取り込み、その厚さを増す能力を持っている。
それを知っているブライネが、儂に攻撃魔術を放ったのだ。以前、抗魔からの防衛戦でも共闘する機会があり、同じことをやったのだ。
「ちっ! 相変わらず硬いな! 俺の風が完全に飲み込まれちまった!」
「ふははは! 我が風壁を風魔術で破るには、相当な腕が必要よ!」
「いずれ、ぶっ飛ばしてやんよ!」
そう言いながらも、ブライネはすでにわしの周囲にいる抗魔を排除し始めていた。相変わらず口では文句を言いながらも、仕事が早い。
こやつのような者を、つんでれというのだろう? そう思うと、こいつの凶悪な面も可愛く思えるから不思議よ。
「なんだよ? 戦場でニヤニヤしてんじゃねぇよ」
「おっと。すまんすまん」
「まじめにやってくれよなぁ!」
「はっはっは! 分かっておるよ!」
そんなやり取りをしておると、凄まじい轟音が鳴り響いた。城壁の上の部下からの報告では、東側の都市壁が破壊されてしまったという。
「むぅぅ。どうするべきか。ブライネよ! ここから少しでも援軍を送るべきだと思うか?」
「無理だろ! こっちだって、手いっぱいだぞ! それに、向こうにゃ姐御たちがいってんだ、心配ねぇ!」
ブライネの言う通り、ここの防衛とて余裕があるわけではない。此度の抗魔の季節は、いつもとは規模が違っていた。
ここ数回は、4、5万ほどの抗魔の襲撃が1度ある程度だったのだ。楽に防衛できるとは言わんが、センディアの戦力であれば確実に撃退できていた。
それが今年は、各門に5万近い。それどころか、東門にはさらに多くの抗魔が集っているようだ。
「風鱗の! まずはここの防衛に集中するしかねぇ!」
「うむ! 致し方ないか!」
儂らにできることは、せめてここの抗魔を引きつけ、門を守ること! それが、聖女様や黒雷姫殿への援護となる!
「死んでも、ここは死守する!」
「はっはぁ! その通りだぜ!」
Side アースラース
「さて、ここは俺がやるしかねぇな」
違法都市センディアから少し西へといった平地。そこには、10万を超える抗魔の群れが、東へ向かって進軍していた。
最初は、抗魔を誘導するような怪しい動きをする竜人たちを追っていたのだ。数人を捕まえたんだが、そいつらの企みが分かった時にはもう遅かった。
そいつらは、自らを囮として抗魔を集め、センディアへと誘っていたのだ。竜人王の命令だとか抜かしていたが、詳しいことを聞き出している暇はなかった。
すでに、センディアには他の群れが向かっていることが分かっている。ああ、それは、聖騎士どもから聞き出した。
まさか、こんなところであのゴミどもと遭遇するとはなぁ。土の染みになる前に、色々と囀ってもらったのだ。
シラードは俺の神剣を奪うために、刺客を送ってきている。その報復のために、何度もやり合ったことがあった。ぶっちゃけ、敵対していると言ってもいい。
特に聖騎士と呼ばれる奴らは、貴族階級出身のボンボンで占められており、本当に質が悪いことで有名だった。
あれを使わなきゃならないんだから、神剣騎士もご苦労なこった。まあ、あいつのことも嫌いだから、同情はせんがな。
悪人ではないが、自身の行動理由をあまりにも国に預け過ぎている。俺とは合わなすぎるのだ。
「おっと、今は抗魔どもの対処が先決だな」
こいつらが合流したら、いくらあの町でも耐えきれないだろう。
「あの町にゃ、死なせたくない奴らが多いんでな。手加減なしで行くぜぇ?」
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