910 竜人到着
首のチョーカーを外したソフィが、そっと目を閉じる。
両手は祈るかのように握り合わされ、その小さな口が大きく息を吸った。
そして、天使の歌声が響き渡る。
「ラアーー~~♪」
歌詞はない。それなのに、それが讃美歌であると思えた。それほどに優しく、荘厳だったのだ。高い城壁の端に立ち、空に向かって声を放つ少女。その姿は、見惚れるほどに美しい。
そんなソフィの歌声に反応して、空間が光に包まれた。広がる音に、今まで以上に強力な魔力が乗っているのだろう。
抗魔たちの動きが鈍る。どうやら、歌声の効果によって、ダメージを受けているらしい。それに対し、フランとウルシの体力は回復し始めていた。
魔曲よりも、魔歌の方が効果が強い? それとも、単に曲の違いによるものか?
これだけの回復効果があれば、今までは長時間戦うために温存していた、消耗の大きい大技もバンバン使っていけるかもしれない。
ただ、この状態が長続きしないのは明白だ。永久に歌い続けることなど、人間にはできやしないからな。ましてや魔歌。ソフィの身に降りかかる負荷がどれほどのものになるか、想像もできなかった。
ソフィの限界が来るまでに、抗魔に大きな痛手を与えなくてはならない。やはり、狙うのは指揮官だ。
フランとウルシは魔力を練り上げ、俺は魔力察知で強い個体を探す。
だが、俺の感覚が、抗魔とも違う新たな気配を捉えていた。
町中から、猛スピードでこちらに近づいてくる、30人ほどの魔力。数は少ないが、1人1人は非常に強かった。
この戦力が到着すれば、かなり楽になるだろう。そう思ったんだが――。
その部隊は、俺の想像とは全く違う動きをした。
なんと、ソフィのいる城壁の上まで駆け上がると、その周囲にいた冒険者たちを攻撃し始めたのだ。
その姿を見て、俺は納得してしまう。
援軍ではなかった。そこにいたのは、竜人たちであったのだ。おそらく、竜人王の手下がまだ町の中にいたのだろう。
聖騎士といい、竜人王といい、自分勝手に邪魔ばかりしやがって!
竜人の一人に腕を掴まれ、ソフィの歌が止まってしまう。当然ながら抗魔たちへの攻撃も止まり、再度動き出していた。フランに対し、再び群がってくる。千載一遇のチャンスから一転、最悪の事態へと突き進もうとしていた。
「ソフィを守る! どけぇ!」
「ガル!」
転移でソフィを救出に戻ろうと、俺は魔力を練り上げた。ここでフランがいなくなれば、抗魔は町へと到達するだろう。
だが、ソフィからの援護がなくなれば、遅かれ早かれ突破されるのだ。ならば、ソフィを助ける方が後々反撃をしやすくなる。
俺はそう考えたのだが、転移を発動することはなかった。
「このような馬鹿なことをしている者たちと同族だなんて……。恥ずかしくて仕方がないわ」
「そうだな」
突如出現した新たな人影が、ソフィに襲い掛かっていた竜人たちを斬り捨てたのだ。それは、襲撃者と同じ竜人であった。水色の髪と、黒い髪の毛が見える。
(ベルメリアとフレデリックが助けにきてくれた!)
『ああ、ソフィも怪我してないし、助かったな』
(ん!)
いきなり現れたのは、フレデリックの影魔術によるものだろう。気配を消して、一気に忍び寄ったのだ。
それにしても、ベルメリアがメチャクチャ強くなってないか? 再会した時もそう感じたが、戦闘を見て分かった。
神竜化している時とは比べるべくもないが、出会った頃のベルメリアと比べたら、段違いに強くなっている。
以前がランクC冒険者の下位相当だったとしたら、今は最低でもランクBクラスだろう。短期間でこれほど強くなるとは、驚きだ。
また、それはフレデリックもだった。以前のフレデリックは、そのスキルの強さに反比例して、ステータスの数値が非常に低かった。
衰弱という状態異常のせいだ。それが、治っている。つまり、元々の強さを取り戻しているということだった。
こちらもやはり、最低でもランクB相当。場合によってはそれ以上かもしれなかった。
その証拠に、たった2人で襲撃犯たちを蹴散らしている。いや、たった2人ではない。ベルメリアたちに遅れること1分。
彼女の部下と思われる竜人たちが参戦し、襲撃犯たちを一気に排除したのだ。今度こそ、本当に援軍だった。
「聖女様! フランへの援護を!」
「わ、分かったわ!」
「フレデリック、ここの指揮を任せるわ」
「分かった」
部下や冒険者たちの指揮をフレデリックに任せ、ベルメリアが飛んだ。文字通り、背に翼を生やして空を飛んでいる。
かなりの速度だ。その状態で水魔術を放ち、広範囲の抗魔を吹き飛ばした。
竜人にあんな大きな翼なんてあったっけ? それに、ベルメリアの右腕。竜化を使っているわけでもないのに、水色の鱗に覆われている。
彼女の外見は、もっと人間寄りだったはずだ。あれでは、フレデリックと同じ先祖返りのようだった。
もしかして、神竜化の影響が残っている? 確か、クランゼル王国の王都でアースラースと殺し合った時、彼女には翼も鱗も生えていたはずだ。
「師匠?」
『すまん。ベルメリアが急に強くなってたから、驚いただけだ』
「ん。凄い。負けてられない」
『そうだな』
フランは空中から抗魔に襲い掛かるベルメリアを見ながら、決意も新たに俺を握り締める。
そこに、ベルメリアが近づいてきた。
「フラン。ごめんなさい。遅れたわ! 老害どもの排除に手間取ってしまって!」
「だいじょぶ」
「私も、少しは戦えるようになったの。それを見せてあげる」
「楽しみにしてる」
「ええ!」
「ん!」
フランとベルメリアは同時に頷くと、地獄の真ん中でニッと笑い合った。




