905 センディアのサブマスター
フランが冒険者ギルドに到着すると、そこには多くの冒険者が集まっていた。襲撃事件のことを今知った者も多いらしく、変わり果てた冒険者ギルドの姿に呆然としている。
そんな冒険者の1人が、フランに気づいたらしい。慌てた様子で近づいてきた。
「黒雷姫の姐さん!」
ここでも姐さん呼びか。多分、竜人による襲撃事件の時に、ギルドにいた冒険者だろう。見覚えがあった。
「ソフィは?」
「じ、獣人会で負傷者がたくさん出たって報告があって、そっちの治療に行くと……!」
そういえば、獣人会も竜人に襲われたって話だったのだ。
ソフィはその報告を聞き、怪我人と連絡役を残して治療に行ったらしい。治療院がまともに機能しているか分からない現状、彼らを見捨てられなかったのだろう。
ここの冒険者をどうしようか? フランが指揮を執るのがいいのか?
ただ、ここにいるのは強い冒険者ばかりではない。弱い冒険者を守りながら戦うよりは、できればソロで動きたいところだ。
悩んでいると、新たな集団が駆けつけてきた。10人ほどの冒険者だが、先頭にいる壮年の男の装備は文官風である。
「な、なんということだ! 本部が!」
「サブマス! 嘆く気持ちは分かるが、指示を出さねぇと!」
「う、うるさい! 分かっておる!」
どうやら、このギルドのサブマスターであるらしい。普段は都市内の支部で仕事をしているのだろう。
サブマスターが偉そうな態度で、冒険者たちに声をかけ始める。ここはこのおっさんに任せてしまえばいいかな?
ただ、さすがに一声もかけずに、離れる訳にもいかない。一応、フランは高位冒険者なわけだし。
「サブマスター?」
「む? お主は……黒雷姫か?」
「ん」
「おお、いいぞ! 神はまだ儂を見捨てていなかったか!」
これは、フランを指揮下に入れる気満々っぽい。ズカズカと近寄ってきたサブマスが、フランの肩をガシッと掴もうとしたが、躱されてつんのめった。
「な、何をする!」
「こっちのセリフ」
「むぅぅぅ。ま、まあいい! お主はここで儂を守れ!」
「ん? ここで?」
「そうだ!」
フランの疑問に、サブマスは大きく頷いた。最高戦力のフランを、ここに留める? どこかが危機に陥った際の、救援戦力扱いってことか?
だが、それも違っていた。
「竜人どもがギルドを襲ってきたというではないか! 獣人どもも信頼できん。儂が殺されれば、冒険者ギルドをまとめる者がいなくなってしまうのだぞ? そうなれば大混乱だ! それは防がねばならん! お主には、儂を守るという大役を与える! ぜ、絶対に儂を守るのだぞ! 他の有象無象など無視しておけ!」
自分の命が惜しいだけでしたー。自分だけ助かりたい感が駄々洩れだ。
『この町のギルドには、まともな上役がいないのか?』
(ん。こいつ嫌い)
『俺もだ』
だが、この命令を「嫌だ」という理由だけで断るのは難しい。冒険者には、緊急時にはギルドの指示に従わなくてはならないという最低限の原則があるからだ。
戦争への参加義務はないが、滞在中の町が盗賊やモンスターに襲われた際には防衛に参加せねばならない。
それが、ギルドマスターの私利私欲を満たすためとしか思えない命令なら断ることもできるだろうが……。
ギルドの指揮系統の混乱を防ぐために最高責任者を守るために働けという命令は、ナシよりのアリの可能性があった。
これを断ったら、後々問題になる可能性があるだろう。断るにしても、言葉を選ばにゃならん。
「私は攻めるのは得意でも、守るのは下手。無理」
「異名持ちが何を言う! 儂の護衛を任せられるのはお主しかおらん!」
「護衛も下手だし、襲ってくる相手からサブマスターを守れる自信がない。だから、ここにいる冒険者たちを護衛にするべき」
「むぅ。だが……」
「たくさんの人間で守るのが、絶対にいい。有能なサブマスなら、分かるでしょ?」
「ま、まあ。分からんでもないぞ! 儂は有能だからなぁ!」
「ん。だから、私は抗魔を迎撃に向かう」
「待て待て!」
言い訳に加えておだててみたけど、この程度の言い訳じゃダメか。背を向けようとしたフランを、サブマスが慌てて止めた。
仕方ない、違う方面からアプローチだ。
「私は、現状で最高戦力」
「うむ。その通りだ! だからこそ、儂を守るのだ!」
「その最高戦力を出し惜しみして被害が出たら、サブマスの責任問題になるかも」
「な、なに?」
「サブマスが自分の身が可愛いあまり、最高戦力を出さなかった。抗魔の被害が大きかったのは、サブマスのせいだ。そう言われるかもしれない」
「そ、そんなこと……」
「ありえる。あの壁を越えて抗魔がくるかも。プレアールが死んじゃったから、全部の責任はサブマスのせいになる」
「ま、まて! プレアール様は、本当に死んだのか?」
ああ、そういうことか。こいつ、プレアールはどっかに隠れてるとでも思ってたんだろう。で、何かあってもプレアールが責任を取ると、簡単に考えていたっぽい。
「ん。本当。これ」
「ほ、ほほ、本当に死んでるじゃないかっ! 竜人に殺されたというのは、本当なのか?」
プレアールの遺体を取り出して見せると、サブマスが大声をあげた。そのせいで、周囲の目が一斉にこちらを向く。
これで、竜人への憎悪を煽るような話の持って行き方はマズいだろう。本当のことを全て語るわけにもいかない。
プレアールのやり方を真似るようで嫌だが、多少の誤魔化しは必要である。今だけは一致団結せねばならないのだ。
「半分、本当」
「どういうことだね?」
「犯人は竜人だけど、命令してるのはどこのどいつかは調べ中。仇は取ったけど、竜人のせいにしようとした黒幕がいる」
「どういうことだね?」
「私もわからない。でも、竜人全員が敵じゃない。竜人の裏切り者が、本当の敵。他の竜人は味方」
「ううむ。にわかには信じがたいが……」
サブマスとしては、かなり荒唐無稽に聞こえるのだろう。竜王会が覇権を握るために暴れているという方が、信じられるらしい。
だが、強者であるフランの言葉も、嘘だと断定はできないようだ。頭を抱えてしまった。
「ともかく、私は戦場に出る。護衛は他の奴らに頼んで」
「え?」
サブマスが混乱している最中に行ってしまおう。フランはプレアールの遺体をしまい込むと、さっさとギルドを飛び出すのであった。
少々忙しく、次回は14日更新とさせてください。




