904 Side セリアドット 下
「そう。ローレライの生き残りじゃよ。闇奴隷たちに滅ぼされた、哀れな種族の数少ない、な。まあ、その闇奴隷たちに罪はないがのう。憎むべきはその背後にいたものよ」
儂らローレライの国は、闇奴隷商人の一党によって滅ぼされた。
種として絶えたわけではないが、元々が少数しかいない種族であったのだ。今では如何ほど生きておるか分からぬ。
滅んだと言われるほど儂らローレライが数を減らした理由は、闇奴隷狩り。
ある日、凄まじい強さの軍勢が攻めてきて、あっという間に儂らの国は滅んだ。国と言っても、クローム大陸の奥地にあった、小さな湖だったがのう。
多くの者が、闇奴隷によって構成されたその軍勢と戦って非業の死を迎え、残った者たちは捕まってしまった。逃げ出せたのは10人に満たないであろう。
闇奴隷を率いていたのは、毒を操る恐ろしく強い男だった。今の儂でも、足元にも及ばぬだろう。だが、奴を許すわけにはいかん。
儂は、未だに捕らえられている同族たちを救うため、憎き毒の男を探し出すため、冒険者として活動しておる。各地を渡り歩いてローレライを探し、助けて回っておるのだ。
金に汚いと言われるのは、同族を買い戻すための金が必要だからだ。
国が滅ぼされた後、奴隷狩りから身を隠しつつ傷を癒し、自身を鍛え上げるのに30年もかかってしまった。その間に、正式な奴隷になっている者も多かったのである。無理に取り返すわけにもいかず、金を積むしかなかった。
問題は、闇奴隷として捕らえられている者たちだ。
その長い寿命から、特定の国や組織、貴族家などに未だ隷属させられたままの同族が少数ながらいるのである。
そういった者たちの情報を集めるには、非合法な組織との接触も必要だ。そのせいで、儂は金に汚く、そのためなら裏の依頼も受けると言われるようになってしまった。
この大陸にやってきたのは、同族をこの大陸に売ったという情報を、潰した闇奴隷商人から得たからだ。
それに、闇奴隷商人の組織について知るならば、奴らが多く集まるこの大陸にくる必要があると元々考えてもいたのである。また、時折聞こえてくる聖女の噂も大きかった。
ローレライ族は、生まれ落ちたその時から歌い始めると言われるほど、音楽に秀でた種族だ。
その歌声は精霊を喜ばせ、奏でる楽器は天上の音色。しかも、その見目は麗しいとなれば、奴隷としての価値は計り知れないのだろう。
聖女の噂を聞いて、もしや同族かと思ったのだ。儂の勘は半分当たっていた。
聖女は、純血のローレライではなかったのだ。数代前に我らの血が混じったようだが、今ではほとんど人間だろう。ただ、その音楽の才能はローレライ並――どころか、我らを凌ぐ。
ローレライである儂さえもがうっとりとするほどの、至高の演奏者であり、最高の歌い手であった。一度、ちゃんとその演奏を聞いてみたいものだ。
不愉快な女の護衛を務めた甲斐があり、ある程度闇奴隷商人どもの情報も集まったし、竜人王の計画も知ることができた。
フィルリアは、儂が気づいていないと思って調子に乗っていたが、結界魔石をばら撒いていることは知っていたのだ。
何せ、あの結界で得た情報は儂にも入るのである。おかげで、耳寄りな情報がいくつも手に入った。特に、狂った竜人王に関する話は、非常にありがたい。
どうにか潰さねばならんと思っていた竜人王の地下の施設は黒雷姫たちが制圧したようなので、任せてもよいかな?
「さて、いくつか聞きたいことがあるでな、教えてもらおうか」
「……ふん」
「くくく。儂が闇奴隷商人と繋がりのある相手に、優しく接するなどと思うなよ? これでも長命種なのでな。色々と経験している。それなりに、体に話を聞くための技能は持っているぞ?」
「……っ」
儂の脅しに、フィルリアが怯えの表情を見せる。この女、やはり愚かだな。ここで恐怖するくらいなら、キャンキャン吠えて噛みつかねばいいものを。
「それに、お主……。ローレライを買ったことがあるな? わざわざ帳簿に残しておくとは、律儀なことよのう?」
「わ、私の部屋に……?」
「ふん。自分の結界を解除することなど、朝飯前だからな。忍び込み放題だったわ。さて、儂の同族をどうしたのか……。どんな方法を使っても、聞かせてもらうぞ?」
「ひぃっ!」
おっと、それほど恐ろしい顔をしておったかのう? ついつい、同族のことを考えると暴走気味になってしまうのが儂の悪い癖じゃな。
「貴様の知っておる闇奴隷商の情報、全て語るのじゃ。それ以外に、お主が生き残る方法はないと知れ」
「ひいぃぃぃ……!」
15分もすれば、欲しい情報はだいたい手に入った。本当に軟弱な女じゃな。
「あ、あぁぁ……」
呆けた顔で、床に寝転んでおる。まあ、痛みを増幅してやったゆえ、しばらくはあのままであろう。
「やはり冒険者ギルドも闇奴隷商人と繋がりを持っておったか」
青猫族を多く抱える冒険者ギルドは絶好の隠れ蓑だ。少なからず繋がっていると思っていたが、ギルドマスターが関与しているとは思っていなかった。
それに竜王会。獣人会が大元と思っておったが、竜人たちが黒幕だとはな……。何を企んでいるかは分からんが、接触する必要があるだろう。
得た情報を整理していると、大きな衝撃が塔を襲っていた。
「なんだ……?」
窓から外を見る。すると、外壁の一部が大きく崩れているのが見えた。
「あれは! 何があったのだ!」
「ひひひ……。ゲオルグよ。ゲオルグが動き出したのよ!」
「どういうことじゃ!」
「ゲオルグは、この都市を滅ぼしたいって言ってたもの! その時が来たのよ!」
「ちっ、竜人王は何を考えてそんなことをした! この都市には、奴の部下の竜人たちも多くいるのだぞ!」
「ひひ……みんな滅べばいいのよ! 私と一緒にねぇ!」
聖女様も医長もいない状況はマズい。他の治癒術師たちや兵士たちが、組織立って動けなくなってしまうのだ。
簡単にでも指揮をとらねば……。とりあえずこの女は後で信頼できる筋に突き出す。それまではこの部屋に捕らえておくとしよう。
儂はフィルリアの手足を縛ったうえで、ベッドの上に放り投げる。
「そこで大人しくしておれ」
「あはははははは……!」
儂は部屋に改めて結界を張り、1階へと急いだ。案の定、塔は大混乱していた。
私は治癒術師の1人に声をかける。
「状況は!」
「護衛殿! フィルリア様は?」
「錯乱しておる故、お休みいただいた。それよりも、壁が崩れたのは知っておるな? 抗魔との戦いが始まるぞ! 迎え入れる準備をせねば!」
「わ、分かり――」
「待て! お前は護衛のはずだ! なに、勝手に指示を出している!」
「お主は?」
話に割り込んできたのは、フィルリアの配下の1人であった。腹の立つ顔で、儂を見下ろしておる。
「医長も聖女様もいないのであれば、私か衛兵長が指揮を執る! 護衛は引っ込んでおれ!」
「そのようなことを言うておる場合か!」
「このような時だからこそ、混乱を防ぐために指揮系統をしっかりとせねばならん! そちらこそ、勝手な真似をするな」
医長がいない状況を見て、権勢欲が湧いて出たか? だが、今はこいつと言い争っている場合ではない。
「ぐぬ……。ならば、さっさと指示を出せ! 患者の迎え入れ準備に、兵士の派遣もせねばならんだろう!」
「うるさい! だから、貴様が口を出すことではないわ! それに、兵士の派遣などできるか! 抗魔だけではなく、獣人や竜人からも塔を守らねばならぬのだ! ここの守りに付かせる!」
「馬鹿なことを言うな!」
「いいから貴様は口を閉じていろ!」
周囲を見ると、儂とこやつ、どちらの言うことを聞くべきか、多くの者が困惑の表情を浮かべておる。
塔の戦力が動かなければ、戦闘はかなり不利になるぞ! これは、マズいのではないか?