898 襲撃犯の足取り
フランが抗争を力ずくで止めてから5分後。
竜王会の支部前に、100人を超える冒険者、アウトローたちが並ばされていた。中には意識を失っている者もいるが、フランの命令通り仲間に担がれている。
落ち着かない様子の男たちの前で、フランが腕を組んでお怒りの様子だ。その威圧感を受けて、誰もが悄然としている。
完全にフランを上位者と認めているようだった。抗議の声はほとんど上がらない。中には食って掛かろうとする者もいたんだが、兄貴分に止められているのだ。
実力者たちは、フランの恐ろしさをより分かっているだろうからな。
「ドルーレイ、こっちくる」
「へ、へい」
呼ばれたドルーレイが、ヘコヘコしながら前に出てくる。以前は一応タメ口だったはずなんだが、口調も完全にへりくだっていた。
獣人たちのリーダー格だったはずだが、威厳も何もない。
若い獣人が失望したような眼をしているが、ドルーレイにとってはフランの怒りの方が重大なのだろう。
ヘコヘコと頭の兎耳を何度も揺らしながら、フランの前に出てきた。
「……正座」
「へ?」
「正座する」
「わ、わかりやした!」
そそくさと正座したドルーレイを満足げに見ると、今度は冒険者たちが固まっている一角を睨んだ。
ビクリと震える冒険者たちをしばらく観察すると、1人の戦士を指さした。この中で一番強い冒険者だ。
「冒険者は、お前。こっちきて、正座」
「う、うす」
指名された男は、青い顔で前に出てくる。止めるどころか、他の冒険者も男の背中をグイグイと押していた。
フランが怒り出す前に早くしろってことなのだろう。
男はトボトボと前に出てくると、自然な動作で正座をする。
「竜人で一番偉い奴は?」
「お、俺だ」
「こい」
「う……」
少しは抵抗するかと思ったが、こいつも素直だ。フランの言葉に従い、正座した。
「……なんで、喧嘩してた? ドルーレイ」
「あー、その、竜王会のカチコミがあったんで、その仕返しに……」
その言葉に、数人の竜人が声を上げようとした。聞き捨てならなかったのだろう。
しかし、誰も口を開くことはできなかった。
フランにギンと睨みつけられ、動けなくなったのだ。
結果、誰も言葉を発することはできなかった。下級冒険者や下っ端アウトローたちの中には、腰を抜かしてしまっている奴らもいるな。
まあ、その方が静かだろうし、放置しておこう。
「カチコミ? 竜人に襲われた?」
「そうでさ! 竜人が10人くらいで攻めてきやがったんだ!」
「それで、なんで竜王会って思った? 竜人なんて、たくさんいる」
「奴らの中に、竜王会の奴がいたんでさぁ! 有名な槍使いで、見間違う訳がねぇ!」
「ふーん。じゃあ、次はお前」
「は、はい」
そうやって、3人から話を聞いていくフラン。
まとめてみると、やはり犯人は竜王会の構成員であるらしかった。最初は否定していた竜人たちも、襲撃犯の特徴を聞いて否定できなくなったらしい。
ただ、彼らもその竜人たちが、この町で襲撃事件を繰り返した理由は分からないそうだ。
そもそも、その竜人たちは竜王会の所属ではあっても、この町の人間ではないという。他の町で活動する、竜王直属の戦士たちであった。
この町に来ていることすら知らず、竜王会のやつらでも今どこにいるかは分からないようだ。
獣人たちの言葉を信じるなら、この周辺まで追跡できていたことは間違いないらしい。
『ウルシ。匂いはどうだ?』
(オン!)
『分かるのか?』
なんと、ウルシの鼻は臭いを未だに捉えていたらしい。
「ウルシ。近いの?」
「オン!」
フランは男たちを完全放置で、ウルシの後を追って歩き出す。
ただ、その歩みは15メートルほどで止まってしまった。ウルシが向かったのは、竜王会の家屋の隣の建物だったのだ。
「ねぇ。ここはなに?」
「う、うちの倉庫です」
近くにいた竜人に聞くと、物置に近い場所であるようだった。
フランは何の躊躇もなく、その倉庫に入る。だが、そこには誰もいなかった。まあ、気配察知に何の反応もないし、当然だが。
しかし、ウルシは確信の籠った足取りで、そのまま中へと進んでいった。
ウルシが足を止めたのは、突き当りの壁の前だ。その場所を、前足でカリカリとひっかいている。
『隠し通路か』
「任せて」
フランが壁に蹴りを入れる。すると、大きな穴が開き、地下へと下る階段が姿を現していた。フランとウルシは、その階段を下りていく。
その後ろには、ドルーレイたちが付いてきていた。付いてこいと言ったわけではないが、彼らも気になるんだろう。
そうして長い階段を降りること、約100段。その先には小さな部屋があり、そこから一本の道が延びている。
この通路、なんとなく見覚えがあった。治療院の地下と繋がっていた、あの地下通路にそっくりだったのだ。サイズや壁の材質もよく似ている。
同時期に作られたものであるのかもしれなかった。
『この通路を使って逃げたのか』
「ん。追う」
「オフ」
「ウルシ?」
「クゥン」
だが、ウルシはその通路を進もうとはせず、階段下の小部屋をウロウロとしていた。どうやら、匂いは通路に続いておらず、この小部屋で途切れているようだ。
さらに、フランも首を傾げる。
『どうした?』
「ん……。何か、変。セリアドットの結界みたいな……」
『なんだと?』
ここにも結界魔石が? 俺はとりあえず、部屋全域に魔力攪乱スキルを使ってみることにした。すると、右手の壁に異変が現れる。
なんと、そこには通路が存在していたのだ。結界魔石と幻覚を被せる魔道具により、隠されていたらしい。魔力攪乱で幻覚も破壊できたようだった。
その通路は地面がむき出しの状態で、明らかに後から何者かによって掘られたと分かる姿をしている。
「オン!」
ウルシが嬉しそうに吠える。再び臭いを追えるようになったらしい。
襲撃者はこの奥に逃げたということで間違いなさそうだった。




