7 夜間飛行
うーむ。台座はどっちだ?
ゴブリンの巣を潰して、意気揚々と穴から飛び出したのだが……。
すでに夜の闇が辺りを包み、方向感覚が失われている。
『えーと、銀の月があっちだから……?』
わからん。こっちの世界の月の昇る方角とか、知らんしね。月明かりを頼ったとしても、当然のことながら昼間程には見通すことができない。完璧に迷子だった。
『今日は帰宅を諦めようか……』
台座は、俺にとって一応、家認定の場所だ。できれば毎日帰りたい。それに、台座にスポッと収まっていると、なんだか安心できるし。
だが、どうやっても帰れそうにはなかった。
しゃーない、夜の狩りとしゃれ込もう。今まで、夜の平原に出るのはちょっとだけ怖かったので、夜の探索は躊躇っていたのだが、こうなっては選択肢が残っていない。
俺は魔獣の姿を探して、舞い上がった。地面が視界に入る、ギリギリの高度を維持。これは、高い位置から魔獣を探すためであり、空からの奇襲を受けた際には、素早く地表に降りることができる高さでもあった。
『遠目で見た感じ、空を飛んでるやつには、結構デカイのもいたしな』
見たことはないけど、ドラゴンとかの超絶強いやつに襲われでもしたら最悪だ。目だけではなく、五感全てを使って警戒するのだ。まあ、肉体はないから、五感っぽいものなのだが。
とは言え、夜だからと言って魔獣の強さが跳ね上がるようなこともなかった。むしろ、闇に紛れて行動するという事は、あまり強くないということだ。
発見するのに時間はかかっても、戦闘自体は一瞬でけりがつくことが多かった。
『いいねいいね! 反響定位に気配察知! 便利スキルが大量だ!』
夜のモンスターは、探査系のスキルが充実している。
特に反響定位だ。音と魔力の跳ね返りで、地形や魔獣の位置を把握できるスキルだが、かなり詳細に周辺を探ることができた。
『このまま魔石値を溜めて、ランクアップしちゃおうかね!』
はい、調子に乗ってました。昼には見たこともない、夜行性の魔獣たちを仕留めることに成功し、有頂天で周りが見えていなかった。ただひたすらに、獲物を追う事しか考えていませんでした。
「ギャルルォォォォォ!」
耳元でいきなり、巨大な咆哮が鳴り響いた。音の発生源を見上げると、これまで出会った最大の魔獣であるジャイアント・バットを遥かに超える、巨大な影が直上にせまっていた。
『ばかな! 反響定位に反応はなかったぞ!』
少し前に使用した反響定位では、影も形もなかったはずだ。
「ギャギャオォ!」
『うおっと!』
巨大な影が、俺の真横を超高速で通過して行く。
ギャリィッ!
『ぬあっ!』
何かが俺の刀身とこすれ合い、甲高い金属音を響かせた。その衝撃は凄まじく、キリモミしながら10メートル近く吹っ飛ばされる。それだけではない。ステータスを確認してみると、僅か1回の軽い接触で、耐久値は30も削られていた。
『くそ! 不意打ちなんて卑怯だぞ!』
お前も不意打ちがメインだって? 俺はいいんだよ。だって、剣だし。何で剣なら良いのかって? とにかく、剣なら許される! なにせ剣だしね!
でも相手にやられたらメチャクチャムカつくな!
俺は、不意打ちでぶっ飛ばされながらも、何とか空中で姿勢を安定させることに成功する。ただ、相手の姿を正確に捉えることができなかった。
速い! その一言だ。
そして、反響定位で姿を捉えられなかった理由が分かった。
影の主と接触してからまだ5秒と経過していないのに、すでにその距離は遥か遠くに離れている。奴が速すぎるのだ。
反響定位を常時使用しているわけではなく、1分くらいに1度使って、周辺を調べているわけだ。だが、あれ程の速度を持っている相手なら、範囲外である30メートル以上離れた場所から侵入してきて、俺にたどり着くまでに2秒と掛からないだろう。
「ギョオオォ!」
『くそっ、また来やがる!』
突進してくる相手をギリギリでかわしながら、鑑定を試みる。
種族名:レッサー・ワイバーン:劣化亜竜:魔獣 Lv21
HP:223 MP:95 腕力:122 体力:98 敏捷:142 知力:26 魔力:63 器用:37
スキル
威嚇:Lv2、隠密:Lv2、火炎耐性:Lv3、気流操作:Lv3、毒耐性:Lv3、鱗硬化、嗅覚強化、吸収強化、視覚強化
強いな! ドラゴンの劣化種であるワイバーンの、さらに劣化種のくせに、いままで見た魔獣で一番強い。スキルも格段に多いし。
回避に専念したおかげで、直撃は免れたが、風圧だけで、全身が揺さぶられた。凄まじい突風が俺を襲う。
この世界を舐めてたわ、俺。全然苦戦したことがなかったし、ドラゴンくらい、余裕なんじゃない? とか思ってたよ。
『ちくしょう!』
こちらよりも速く動ける、格上の相手。
無理ゲーじゃね? いや、待てよ。諦めたらそこでゲームは終了なのだ。諦めるにはまだ早い。いざとなったら、地表スレスレに逃げれば、どうにかなるさ。多分。その前に、チャレンジしよう。というか、何もせずに逃げても逃げ切れそうにない。こっちも反撃できることを見せつけて、少しでも隙を作らないと。
よし、とりあえず、奴の突進に合わせてカウンターを試みよう。速度を逆に利用してやるのだ。そんで、同時に逃走も試みる。生き残り優先で。
ということで、レッサー・ワイバーンの突進を待つ。高速すぎるため、1度突進すると、方向転換や姿勢制御に時間がかかるらしい。大きく旋回しながら、こちらに頭を向けようとしている。そのため、連続で突進される心配がないのが、唯一の救いか。
『きやがった!』
「グルギャオオォ!」
狙いは、柔らかそうな腹部だ。突進をスレスレで下に躱し、一気に剣先を振り上げて、腹を切り裂く。上手くいくかわからないが、とりあえずやってみよう。ダメージを喰らったら、逃げの一手だ。
グングン近づいてくる巨体。だが、俺は意外に冷静でいられた。確かに速いが、車やバイクよりも圧倒的に速いという事はないし、動きも案外直線的だし。これなら、行けるかも?
『そおい!』
「グラァ!」
はい、失敗しました。確かに、奴の突進は躱した。だが、思ったよりも大きく動いてしまったのだ。自分では落ち着いているつもりだったけど、潜在意識では恐怖を感じていたのかも。振り上げた剣先は、レッサー・ワイバーンの腹を、少し斬っただけだった。あの巨体じゃ、かすり傷だろう。傷を与えられることが分かったのは良かったけどな。
「グルルルゥゥ!」
『やばっ! 超怒ってない?』
ダメージはほとんど入っていないのに、怒りはマックスみたいだ。ヤブヘビだったか? 旋回しながらも、その憎々しげな眼は、俺を睨んだまま固定されている。
『ちょっとまずいかも?』
そして、再びの突進。俺は奴を躱そうとして――やられた。
『ぐぁ!』
「ギャギャウウゥオォォォ!」
『ちくしょう! やりやがったな蜥蜴野郎! でも、一発入れたったぞ!』
先程の攻防で、俺がカウンターを狙っていることを理解したのだろう。レッサー・ワイバーンは俺との接触の直前、尻尾を振った遠心力でコースを変えるという、アクロバットを披露してくれやがったのだ。俺は後ろ足の鉤爪の直撃を、もろに受けてしまった。
だが、俺もただやられた訳じゃない。鉤爪で跳ね上げられた時、ちょうど目の前に来た奴の右目に、思い切り突っ込んでやった。まあ、そのせいで負荷がかかり、刀身の先っぽが折れてしまったが。奴の右目には、俺の刀身の欠片が残ったままになっているだろう。ざまあみやがれ!
「ギィギイィアァァァァァァァッ!」
激痛に身をよじりながら、めちゃくちゃに飛び回っているな。
『それよりも、俺、大丈夫か?』
刀身が3分の2くらいしか残ってないんだけど。見事にポッキリいっている。当然痛みとかはないけど、このままで平気なのだろうか。
飛行に問題はなさそうだ。元々、念動と浮遊で飛んでるんだし、空気抵抗とかは関係ないのだろう。形が変わった程度で、影響はなかった。
欠けた刀身の断面から、魔力が漏れたりもしていない。
驚くほどに、平気だった。あとは、自己再生のスキルがどの程度まで修復してくれるのか。さすがに、ずっと欠けたままは嫌なんだが……。
とか思っていたら、刀身の断面が僅かに輝き始めた。そして、ほんの数ミリだが、断面がウニョーンと盛り上がり始める。多分修復が始まっているのだろう。
ふーっ。自己修復はちゃんと働いてくれそうだ。
『くそ、この蜥蜴野郎! よくもやってくれたな!』
自分の無事が確認できたら、途端に怒りがわいてきた。白くて美しかった俺の刀身は、見るも無残な姿だ。許さん。
奴もこっちを逃がすつもりがないようだった。憎しみに歪んだ形相で、がむしゃらに飛びかかってきた。理性もぶっ飛んでいるようで、ただただ、俺を噛み砕くために延々と追ってくる。
怪我で動きが悪くなっているとはいえ、まだ俺よりは速い。
『いいぜ、やってやるよ!』
肉を切らせて骨を断つ。刀身が欠けた程度なら、活動に制限がかからないことは分かった。なら、もっとやりようはある。
まずは、やや速度を落として、奴から離れる進路を取った。それを見て、逃げようとしていると勘違いしたのだろう。蜥蜴野郎は、一直線に飛びかかってきた。
馬鹿め! かかりおったわ!
俺は咄嗟に身をひるがえすと、奴の翼めがけて加速し、体当たりをした。まっすぐ向かってきていた蜥蜴野郎は、俺を躱しきることはできない。
そして、互いに加速した両者は、凄まじい勢いで衝突した。俺の刀身なんて、ほぼ全損だ。残っている刀身は、10分の1程度だろう。ただ、その甲斐あってか、レッサー・ワイバーンは左翼を根本から切り飛ばされ、地面へと落下していった。
俺の誘導によって、高度は30メートルを超えている。さすがの亜竜種でも、この高さから落下してはただでは済まなかった。
地面に落下したレッサー・ワイバーンに近寄ると、首が変な方に曲がり、口からは大量の血や嘔吐物をまき散らしている。未だに体がピクピクと痙攣しているが、絶命するのは時間の問題だろう。
『ふー、何とか勝ったかー』
危なかった。最初の一撃でもう少しダメージをもらっていたら、やられていたかもしれない。耐久値は残り23。本当にギリギリだったな。
『さて、倒したのはいいんだけど……。魔石どうしよう』
そう、俺の最大の目的である魔石だが、刀身の大半を失った俺では、目の前に横たわる蜥蜴野郎から、取り出すことが難しい。どうにかならんもんか。
自己修復の遅さを見るに、完全回復までは結構時間がかかるだろう。多分、一晩じゃ修復されない。
その間、他の飢えた魔獣たちがウヨウヨいるこの平原で、レッサー・ワイバーンの死骸が無事だとは思えなかった。
『どうにかならんかね……』
自己修復による回復は、折れた断面からボンドみたいなものがジワーッと染み出てくる様にも見える。
『ぬぬぬぬ』
気合を込めてみる。これで押し出されて、染み出る速度が上がったりしないかね。うん、何を馬鹿なことやってるんだ俺は。
『おやおや?』
なんと、刀身の輝きが増した気がする。これって、もしかして……。おおう。刀身の修復速度が格段に上がったよ。マジですか。
なるほど、自動回復系のスキルであっても、自分の意思で使用すれば、効力を高めることも可能ってことなのか。その分、保有魔力が凄まじい速度で減っていく。1秒で1点の速度だ。だが、その甲斐もあって、200程消費した時点で、刀身の完全修復は完了したのだった。
『色々と勉強になる闘いだったな』
そして、魔石までいただける。苦戦しただけの実入りはあっただろう。1個で魔石値が20ももらえたし。
レッサー・ワイバーンの魔石は、首の根元にあった。ここなら、戦闘中に狙えたかもな。
『とりあえず、今日は茂みにでも隠れて休もう』