897 抗争阻止
ギルドから最も近い竜王会の支部に向かった俺たちは、道中で混乱の大きさを思い知っていた。
この町の人間は、基本的に他者に対して無関心だ。訳有りの者が多く、過去を気にしないという暗黙のルールが、その根底にはあるのだろう。
それでも、町の中で上がった巨大な火柱と、走り回る冒険者たちの姿が気にならないはずがなかった。
多くの住人が通りに出て、不安げな顔で囁き合っている。
上から見下ろすと分かるが、通りが住人たちで渋滞していた。
抗魔の先遣隊が襲ってきたときだって、これほどの混乱は起きていなかったのだ。
『あの竜人たちは、何者だったんだ……?』
「竜王会?」
『だとしても、ギルドを襲う理由が分からん』
竜王会が争っていたのは獣人会のはずだし、赤鱗は仕事とか言ってたよな?
竜人たちにはギルドを憎悪するような素振りもなかったし、抗争の延長って感じじゃなかったのだ。
「じゃあ、フィルリアの仲間」
『その可能性もある』
フィルリアは抗争を煽っていたしな。
とはいえ、上層部に命じられた竜王会の戦士たちという可能性もある。結局は、下手人を見つけるしか、真実を知る手掛かりはなかった。
「争ってる気配」
『間に合わなかったか!』
「オン」
センディアの空を駆け抜け、竜王会の建物に近づく。すると、怒号と剣戟の音が聞こえてきた。
既に、大勢の人間が戦闘状態に入ってしまっているらしい。
竜王会の周辺の通りでは、かなり激しい戦闘が行われていた。ただ、どうも様子がおかしい。
「獣人がいっぱい」
『ドルーレイがいるな。獣人会みたいだ』
「なんで?」
フランが呟いたように、何故だ? 獣人会が冒険者たちと連携している? いや、よく見ると、冒険者と獣人が戦っている場所もあるな。
三つ巴の戦いが繰り広げられているようだ。
これは、放置するのはマズいんじゃないか? だが、ここまで広がってしまった争いをどう止めればいいか……。
「止める」
『どうやってだ』
「まずは、口で言ってみる!」
『口で?』
「ん!」
大きく頷いたフランが、風魔術を使った。サウンドスプレッドという、音を増幅して周囲に拡散する術だ。
要は、超大声を出すための術だった。それを魔力全開で発動したフランが、大きく息を吸い込む。そして、フラン史上最大の大声で、叫んでいた。
魔術によって増幅された声が、周辺に響き渡る。
「いますぐ! 喧嘩をやめるっ!」
『うおぉぉっ?』
「ギャワン!」
凄まじい音量だった。俺の刀身がビリビリと震え、ウルシが悲鳴を上げる。フラン自身も驚いているようだ。
『ヒール。ウルシ、大丈夫か?』
「クゥン……」
「ウルシ、ごめん」
「オフ」
頑丈なウルシも、耳元で不意に爆音を鳴らされたらダメージを受けるらしい。
フランの想いが届いたというよりは、いきなり降ってきた大声に驚いたのだろう。多くの者たちが警戒する素振りで、動きを止めていた。
だが、頭に血が上り過ぎて、声が聞こえていない者たちもいる。再度フランが叫ぶが、無駄だった。
ああ、今度はきっちり音を遮断しておいたから、俺もフランもウルシも無事だ。
「むぅ。やめない」
『どうする?』
「無理やり止める」
宣言したフランは俺を引き抜くと、最後の警告を言い放った。
「喧嘩を止めないなら、実力行使!」
ここまでの警告で止まらない奴らが、同じような大声で止まるはずもない。
完全に戦闘を止めた奴らが3割。睨み合いつつも、フランを警戒して一応止まった奴らが3割。様々な理由で止まらない奴らが4割ってところだろう。
それを確認したフランは、コクリとひとつ頷いて行動を開始する。
「スタンボルトッ!」
『あー、やっぱこうなるか!』
だが、3つの組織に大量の死人が出て、抗争が激化するよりはマシだろう。死人が出れば、どの組織も後に引けなくなってしまうのだ。
攻撃はフランとウルシに任せて、俺は回復に専念しよう。
生命感知と鑑定で、弱ってる奴がいそうな場所に範囲回復魔術をぶち込んでいく。以前は自分を中心にしか使えなかったエリアヒールも、今なら遠くの場所を起点に発動できるのだ。
関係ない奴らも回復してしまうが、回復漏れが出るよりはそっちの方がいい。
フランは空中から雷鳴魔術をばら撒いていたが、中には効かない奴らもいた。そこは、ぶん殴って止めるしかない。
空中から一気に降下すると、拳と峰打ちで黙らせていった。
幸いなことに、暴れているやつらに実力者はいない。そもそも、ある程度の実力があるやつらは、フランが警告した時点で止まっているからだ。
5分もかからず、争いはとりあえずの終息を見せる。半分は呆然としていて、半分は意識を失って倒れているが。
フランは竜王会の支部の前へと降り立ち、再び風魔術を使い叫んだ。
「全員、集合! こなかった奴は、殴る! 動けないやつは担いで!」
明らかに怒っている声だ。それを聞き、冒険者とアウトローたちが一斉に動き出していた。
まだ風邪が治らないので、次回は26日更新とさせてください。




