892 赤鱗の竜人
「どりゃあああああ!」
「てやぁっ!」
冒険者ギルドの酒場で、赤鱗の竜人とフランが激突する。場所的には、フランが大分不利だろう。
向こうは周囲の冒険者を巻き込むような攻撃が可能で、フランは被害を抑えねばならないからだ。
さらに、赤鱗の身のこなしは、恐ろしく速かった。何発か魔術を放ったんだが、受けと回避で完全に躱されてしまう。
タップダンスのような不思議な歩法と、天井などを使った三次元の動きを組み合わせ、想像もできないようなトリッキーな動きをしている。
完全に、室内戦闘に特化した動きだ。
回避できないほどの広範囲の魔術を使えば、冒険者たちを巻き込むだろう。
それだけではない。
「スタンボルト」
「おらぁ!」
「え――ぎゃあぁ!」
『あの野郎! 人を盾に!』
なんと、近くにいた冒険者を引き寄せて、盾にしていた。軽戦士タイプとはいえ、竜人だ。腕力も相当なものである。下級冒険者では抗えないのだろう。
これで、さらに魔術が使いづらくなってしまった。
ならばと、フランが一気に近づいて斬撃を放つ。だが、それが思いがけない結果を引き起こしていた。
なんと、赤鱗の腕の傷口から、炎が噴き出したのである。それほど勢いがあるわけではないが、手持ち花火よりは十分強い。
それに、魔力を含んでいるのが分かった。純粋な炎と違い、消えにくいだろう。
狭い室内では、十分脅威だった。
「ぐはははは! 火気厳禁じゃねぇのかい?」
赤鱗は痛がる様子もなく、テーブルに燃え移った火を消す冒険者たちをニヤニヤと眺めている。
『こいつ、痛覚無効と高速再生。あと、竜血っていうスキルを持ってる。血を媒介にして、自分の属性を発現させるスキルっぽい!』
血が燃えているわけではなく、血を媒介して魔術を放つような感じだろう。面倒なのは、こいつの血が周囲に撒き散らされるほど、奴にとって攻撃方法が増えるってことだ。
血を流さずに無力化しないと、厄介なことになりそうだった。
援護は期待できそうもない。冒険者たちは他の竜人の相手で手いっぱいで、こっちを見る余裕などない。
手が空いている者は、実力差を感じて後ろに下がった弱い冒険者ばかりである。こいつらに手を出されたら、むしろ邪魔だろう。
それどころか――。
「ぐははは! いい子ちゃんは雑魚どもを見捨てられんか!」
「むぅ」
赤鱗の竜人は、積極的に周囲の冒険者へと攻撃をする素振りを見せ始めた。
赤鱗の竜人が実際に冒険者を攻撃せずとも、フランはそれを防ぐために動かなくてはならない。
その隙を見逃さない実力が、相手にはあった。
「どるぁぁぁ!」
「はぁぁぁっ!」
それでも、フランは負けていない。竜人の剣を弾き、好きにはさせなかった。
これだけ自分が有利な状況で、互角以上に自分とやり合うフランが信じられないのだろう。目を丸くして、すぐに破顔する。
「お主、やるなぁ!」
強い相手に会えて、純粋に嬉しいらしい。自分が負けるわけがないと思っているのも、余裕の理由だろうが。
単純な斬り合いなら、フランの勝ちだ。しかし、冒険者を庇わなくてはならず、全方位に気を配らねばならなかった。
しかも、下手な牽制で血を流させると、建物に火が着いてしまうかもしれない。先ほどの火は、ギルドの石床にも燃え移っていたからな。多分、魔力を纏った炎だからだろう。
そのせいで、受けに回らざるを得なくなってしまっていた。
冒険者たちもこの場から逃げ出そうとしているが、入り口を竜人の集団に塞がれているせいで逃げ道がない。結局、武器を構えて、竜人を威嚇することしかできなかった。
ここは、消耗を覚悟で覚醒や剣神化を使うべきか?
そこに、プレアールが現れる。
強い魔力を纏った革のローブを羽織り、手にはこれまた強力な魔力を放つ錫杖を持っていた。
一瞬、嫌な予感が頭の片隅をよぎる。しかし、それは杞憂であった。
「何してる! 小娘の邪魔になるだろうが! 逃げろ!」
「む、無理ですよぉ!」
「ちっ! 腰抜けどもめ!」
一応、フランを援護するつもりであるようだ。敵の間を抜けて逃げるだけの気概がない下級冒険者たちを見て、眉をひそめる。
「なら、もっと端によってろ! 邪魔だ!」
冒険者たちに喝を入れると、プレアールが錫杖を掲げた。詠唱を聞く限り、暗黒系統の術だろう。
数秒後、入り口を固める竜人たちの動きが鈍った。デバフをかけて動きを遅くしたらしい。だが、これではいつ入り口が開くかも分からないな。
そこで、俺はあることを思いついた。逃げるだけなら、別に入り口からじゃなくたっていいだろう。
『俺に任せろ!』
(ん!)
俺は事態を打開するため、冒険者ギルドの両サイドの壁に向かい、火魔術エクスプロージョンをぶっ放す。
ここは、俺の魔力コントロールの見せ所だ。爆風の向きを調節することで室内に被害を与えず、壁だけに衝撃を集中させることに成功していた。
爆音の大きさに比例せず、室内への被害は近くのテーブルや椅子が壊れたくらいだろう。
冒険者たちの視線が一斉に、爆心地へと向く。そこには、人が通れるほどの大きさの穴が開いていた。
これが他の町なら、そこから外に脱出することが可能になるだろう。だが、建物が密集しているこの都市では、隣の建物の壁が見えるだけである。
まあ、それも想定済みだがな!
俺は再度、エクスプロージョンを両サイドに放った。
「ぬぁぁ! 小娘! 弁償だからなっ!」
「緊急事態。仕方がない」
「くっ……」
「ふん。お前はそっちの竜人を牽制してろ。変な動きをしたら、斬る」
「い、威圧するんじゃねぇ小娘!」
「黙って動け。働き次第では、殺さずにいてやる」
「……くそっ!」
そうだそうだ! 黙ってフランのために働け! プレアールめ! 敵対しかけたからか、フランを小娘呼ばわりしやがって!
竜人を片付けたら、しっかりお話を聞くからな!




