891 急展開
「……私は、闇奴隷だった」
「……!」
フランが自身の身の上を口にすると、プレアールが驚きの表情を浮かべる。この情報は入ってきていなかったらしい。
「鎖につながれて、毎日殴られた」
フランが淡々と、奴隷だった頃のことを語り出す。プレアールは何も言えないらしい。固まったまま、フランを見つめていた。
「いつもお腹を空かせて、自分の臭いに顔をしかめて、それでも生きてきた」
「……」
「勉強させられたことを覚えられなければ殴られるから、必死になって色々なことを覚えた」
フランの語り口が変わったわけではない。しかし、何かを感じたのだろう。プレアールがやや身じろぎした。
「人じゃないみたいに扱われて、それでも生きるために我慢した」
フランが深い怒りを感じさせる目で、プレアールを見つめた。
「闇奴隷が必要な犠牲? ふざけるなっ!」
「……ぬぅ」
抑えきれない殺気が、プレアールの肌を撫でる。
プレアールの目が見開かれ、半開きの口から聞こえるのは情けない呻き声だ。
演技ではなく、心の底から恐怖を感じているようだった。
「同族のためだけじゃない。私は私のために、闇奴隷商人を絶対に許さない」
「……だが……だが……っ!」
何か言い返そうと口をモゴモゴと動かすプレアールだったが、言葉が出てこないようだった。
どんな言葉を使おうとも、闇奴隷だった過去を持つフランを言いくるめることなどできないと理解したのだろう。
プレアールの全身から力が抜けた。色々と諦めて、投げやりになったらしい。
「……はぁぁ。分かった。分かったよ。お前さんが止まらんということは、十分に……」
力のない口調で、そう呟く。しかし、直ぐに顔を上げると、懇願してくる。
「だが、今の時期だけは勘弁してくれ! この通りだ!」
「……」
「闇奴隷商人どもに関しては、抗魔を退けたら調べる! 情報も全て渡す!」
「信用できない。それに、セリアドットのこと、黙ってた」
「あいつは、ここのギルドを通さずに雇われてるし、挨拶にも来てねぇ。いざという時の戦力には数えられねぇんだよ」
プレアールは嘘を吐いていなかった。怪しいと感じてからは、ずっとプレアールに対して虚言の理を使っている。
しかし、一貫して嘘は言っていない。
だが、そんなこと有り得るか? この胡散臭い男が?
そう思って疑ってみると、嘘は言っていなくとも、真実は語っていないのではないかと思った。
嘘看破系のスキルを警戒して、どちらともとれるような言葉しか使っていないのだ。
闇奴隷商人に関しては、調べるとか、手に入れた情報を伝えると言っていた。だが、自分が闇奴隷商人と繋がりがあったとしても、調べたり、情報を伝えることはできるだろう。
そこで、確実にプレアールの白黒がハッキリと分かる質問をぶつけることにした。
「プレアールは闇奴隷商人と繋がりがあるの?」
「はぁ? 言ってくれるじゃねぇか。そう見えるかい?」
やはり直接の回答は避けるか。
「はい、いいえ。どちらかで答える」
「ああ? 俺を疑ってるっていうのかい?」
「ん」
「……答える必要性を感じん! これ以上、下らん質問で俺をイラつかせるんじゃねぇ! 出てけ!」
やはり答えないか。怒ったふりをして、フランを追い出そうとする。明らかに、黒だ。
しかし、フランは背中の俺に手を伸ばそうとして、止めた。
『どうしたフラン?』
(師匠。プレアール、この町の存続が一番だって言った。それは嘘じゃなかった?)
『うん? ああ、それは間違いないみたいだな』
(そう……)
フランはソフィを見た。
ずっと不安げな顔で、フランとプレアールの会話を見守っていたのだ。この町を守りたいソフィにとっては、この話し合いは非常に重要だからな。
いつ決裂して、戦闘になってしまうのか。気が気ではなかったのだろう。
プレアールに斬りかかるか、ソフィの想いを汲むか。珍しくフランが葛藤しているらしい。
緊張に包まれる、執務室。
だが、フランの葛藤は長続きしなかった。斬りかかったわけでも、見逃すと決めたわけでもない。
「襲撃だぁっ!」
「り、竜人どもがっ!」
「やばい! こいつら強すぎる!」
酒場の方から、悲鳴と物が壊れる音が連続で響いていた。何かが爆発する音も聞こえる。ただの喧嘩ではなさそうだ。
俺たちは酒場の様子を確認するため、執務室から出る。すると、ギルドの入り口付近で10人を超える竜人たちと、冒険者が本気の斬り合いをしていた。
竜人たちは全員顔を覆面で隠し、身元が分からないようにしている。ただ、全員がかなりの手練れだった。
特に、リーダー格と思われる腕に赤い鱗の生えた竜人は、油断できない実力を持っている。
最も小柄で、一見すると子供のようにすら見える姿だ。しかし、見ただけでガズオルよりも格上だと分かる。
そんな奴らが、なぜギルドを襲撃するんだ?
冒険者にはすでに被害が出ているのが見えた。
「師匠、まずはこいつらを捕まえる」
『ああ、リーダーを押さえよう』
「ん!」
『ウルシは冒険者たちの援護に回れ!』
「オン!」
「ソフィ、冒険者を助けて」
「分かったわ!」
ここを放置して、プレアールを尋問なんてできるはずもなかった。
フランが俺を抜いて前に出ると、冒険者たちがホッとした様子を見せる。フランの実力がすでに知られているのだろう。
対する竜人のリーダーは、覆面の下でニヤリと笑うのが分かった。細められた目が、フランを見つめている。
「ほう? 強いな」
小柄なのに、口を開けば、だみ声のオッサンだ。
「そっちも」
「ぐははは! こい! 相手をしてやる!」
「それはこっちのセリフ」
「面白い! 退屈な仕事だと思ったら、こんな特典があったとはな!」
戦闘狂の竜人が、剣を構えてフランに向かってくる。恨んでいるような素振りもないし、仕事と言ったか? いったい、何が目的なんだろうな?
(ぶちのめして、話を聞く)
『ああ、そうだな!』
レビューをいただきました。ありがとうございます。
そう、一番大事なことは、フランが可愛いってことですよね。分かります。
良作という褒められ方、たくさんの作品を読んできた方がしっかり褒めてくれてるような感じがして、嫌いじゃありません。
これからも良作と言っていただけるよう、頑張ります。




