885 余裕のフィルリア
前話の予約をミスってしまい、いつもより遅い時間に更新しております。
そちらを読んでいない方は、前話からお読みください。
『フィルリアの奴! 警備兵を使うんじゃなくて、一般人を動かしやがった!』
周辺にいた患者たちが、フィルリアの言葉に煽られて叫び声をあげている。
それにしても、人々の戦意に火が付くまでが早かったな。
フィルリアが余程信頼されているからか? それとも、扇動系のスキル? 魔力が発せられたりはしなかったと思うが……。
どちらにせよ。自分の手を汚さない、一番厭らしい手だ。
一般人を盾にしつつ、こちらに嫌がらせをする。ここで一般人を攻撃すればこちらが完全に犯罪者だし、この町の諸勢力からの心象も悪くなるだろう。人々を大切に思うソフィも、いい気はしないはずだ。
フィルリアはそれを分かっていた。
自分がフランたちに直接狙われる可能性も考えているはずだが、余程セリアドットの結界に自信があるのだろう。
むしろ、自分を攻撃させることで、フランたちをより追い込むくらいのことは考えているはずだ。どう転ぼうが、自分が有利に立てると分かっている顔だった。
余裕の顔で見下ろすフィルリアに、フランの苛立ちが頂点に達している。据わった目で、歯を食いしばっていた。
(師匠。あいつ、斬る)
『おう。死んでなけりゃ、俺が治してやる! 一発やってやれ』
(ん!)
『ただ、まずは、一般人の制圧だ』
(わかった)
がさつで大雑把なミランレリュたちに一般人の相手をさせては、大怪我をさせてしまうかもしれない。
襲い掛かってきているとはいえ、フィルリアに煽られているだけの一般人だ。怪我をさせたくはなかった。
当然ながら、善意だけではない。ソフィを気遣ってのことだ。一般人が傷つく姿を見た彼女が気に病むかもしれないし、ソフィから恨まれる可能性も減らしておきたかった。
「はぁぁ!」
フランが威圧スキルを発動する。仲間には影響が出ず、一般人だけの動きを封じる。その程度にコントロールしたいんだが……。
まあまあ上手く行ったかな?
効果が少し弱かったらしく、元冒険者風の男たちは動けているが、多くの人間が恐怖に身を竦ませている。
元冒険者はミランレリュとブライネに任せればいいだろう。
(次はあいつ!)
『ああ!』
一瞬で扇動した人々が無力化され、フィルリアが苦々しげな表情を浮かべている。何もできないとでも思っていたのなら、フランを舐めすぎだ!
フランに殺気をぶつけられても、フィルリアの様子に変わりはない。戦場に出るタイプでもないのに、随分と精神力が強いな。
いや、先程の威圧も全く効いていないようだったし、結界がそういった影響も防いでくれているのかもしれない。相当高性能な結界なのだろう。
フィルリアが自信満々なだけはある。
だが、フィルリアはフランの実力と、怒りの深さを見誤っていた。闇奴隷商人と繋がりのある敵を前にして、そろそろフランの怒りが抑えられそうもない。
フィルリアが闇奴隷商人に繋がる貴重な手がかりである以上、殺すことはできない。だが、半殺しにして、身柄を拘束することは可能だった。
そんなフランの怒りに気づいているのかいないのか分からんが、フィルリアが余裕の態度で高い場所から言葉を投げかけてくる。
「罪なき人々に手を出したわね! その罪はもう、誤魔化しきれないわよ!」
「……」
「言い返せないのかしら?」
フランはもう、フィルリアとの会話を諦めたらしい。どうせ口から出るのは欺瞞に満ちた言葉だけだし、話す価値を見出せないのだろう。言い返すこともしない。だが、フィルリアはそれをいいように解釈したようだった。
勝ち誇った顔をしている。本当にムカつく顔だな。フランも、より憎しみが増したらしい。俺を握る手に、いつも以上に力が入っている。
ここでフィルリアに手を出してしまえばこの都市で追われることになるかもしれないが、いまさらである。
(いく!)
『ああ! 跳ぶぞ!』
転移したフランが、フィルリアに背後から斬りかかった。声もなく斬りかかったんだが、結界に弾かれる。
「ひっ!」
いきなり後ろから剣を叩き付けられ、フィルリアが悲鳴を上げた。やはり戦闘経験がないらしく、完全に無防備だ。
青い顔で背後を振り返ったが、すぐに歪んだ笑みを浮かべる。
「あ、あはは! お、驚いたけれど、私にはセリアドットの結界があるのよ! む、無駄なことは止めなさい!」
魔力も込めて、かなり本気で斬ったはずなんだが……。それこそ、地下の扉の結界なら切り裂けていたと思う。
やはり、フィルリアの身を守る結界は、特別製なんだろう。この結界を突破するには、覚醒してからの本気の斬撃が必要になりそうだった。
まあ、どれだけの強度があろうが、魔力攪乱スキルの前には無力だけどな!
『フラン。本気で魔力攪乱を使う』
(わかった)
俺は、魔力攪乱を全力で発動する。今まで時間をかけて弱い出力で使っていたのは、それだと自分たちにまで影響が出てしまうからだ。様々な感覚が狂ってしまい、戦闘時には使いづらかった。
だが、今は時間優先だ。
「……何を睨んでいるの?」
「ふん。笑ってられるのも今のうち」
剣を構えたまま動かないフランに、不審気な目を向けるフィルリア。自身の身に纏う結界に穴が開きつつあることに、気づけていないらしい。
『フラン!』
「ん!」
「何度やっても無駄――ぎゃあぁぁぁ!」
無駄じゃないんだよ!
「う、腕っ! 私のうでぇぇぇぇ!」
フィルリアは、肘から先を斬り飛ばされた右腕の傷を押さえながら、みっともなく悲鳴を上げるのであった。




