870 聖なる国の騎士
塔の入り口で大声を上げている男たちは、神聖騎士団と名乗っていた。
確か、聖国シラードから派遣されている、精鋭で構成された騎士団の名前だったはずだ。所属する騎士は聖騎士と呼ばれるらしい。
聖国と聖女。もしかして、両者の間には何か関係が?
フランがソフィを見る。だが、ソフィは困惑の表情で、首を横に振っていた。
「知らないわ。聖国なんて行ったこともないし、聖女なんて周りの人が勝手に言い出しただけだもの」
まあ、言ってしまえば自称聖女だもんな。いや、それがマズいのか?
未だに殺気などは感じないが、かなり強引に中に入ろうとしている。一応、警備兵が押し留めようとはしているが、5人いる聖騎士たちは全員がかなりの手練れだ。
特に先頭の男。見るだけで、達人だと分かる。このままだと、そのうち警備兵が押し切られてしまうだろう。
下手したら戦闘が発生する。
最悪の事態を考えて、聖騎士たちを鑑定してみた。
さすがに神剣の所持者はいないようだが、全員が魔剣装備――いや、聖剣の使い手だ。名前が聖剣になっているということは、特殊な作り方をされているのかもしれない。
対邪特効装備であった。
鎧も魔法鎧だし、魔術のレベルも高い。
聖の文字を冠しているくらいだから回復魔術が使えるのかと思ったが、そうではないらしい。ただ、聖剣を装備している騎士って意味なんだろう。
警備兵が応援を呼びに行ったようだが、その前にこちらの存在に気づかれてしまった。
「そこにいらっしゃるのは、もしや聖女様ではありませんか?」
周囲の視線のせいだろう。周りにいる人たちが、縋るような眼でソフィを見ていたのだ。
「そこの金髪のお方です!」
「と、止まれ!」
「くそ!」
警備兵たちが槍を突き付けて動きを止めようとするが、無理だった。槍は素早い身のこなしでするりと躱され、男の手が警備兵たちを左右へと押し出す。
一応、手加減をしていたのだろう。それが、聖女を発見して居ても立ってもいられなくなったらしい。
警備兵たちを突破した男が、道を開けた患者たちの間を抜け、ズンズンとこちらへと歩いてくる。
その目は、ソフィが聖女であることを確信しているようであった。事前に容姿の情報などを仕入れていたのだろう。
フランがいつでも俺を抜けるように、軽く身構える。
「そこで止まる」
「ふん……」
聖騎士がフランの間合いのすぐ外で足を止めた。一瞬、不快気な顔でこちらを睨んだが、すぐに見下すような眼で見てくる。
「腕のよい護衛をお持ちですね? しかし、私は聖女様と重要な話があるのです。そこをどきなさい」
「護衛じゃない」
「ならば、余計に関係ないでしょう? 部外者は黙っていなさい」
ソフィとフランに対する態度の落差が凄まじいな。これだけ瞬時に笑顔と睨み顔を切り替えられるなんて、逆に感心してしまう。
「友達だから部外者じゃない」
「友人ならば、聖女様の邪魔をするな。下がりなさい。聖騎士たる私の前に立ちふさがるなど、無礼な」
「ここはお前の国じゃない。無礼なのは、勝手に話しかけてきたそっち」
「獣人の娘、この私が引っ込めと言っているのが分からないのか?」
友人と名乗ったフランにこれだけ居丈高な態度をとって、ソフィがどう思うか想像してないのか?
それとも、わざと? フランを怒らせて無礼だなんだと因縁をつけ、それをきっかけに交渉を有利に進めるつもりとか?
『フラン。お前を怒らせようとしているかもしれん。まずは用件を聞こう』
「……そこでも用件は言える」
フランを睨みつけていた聖騎士だったが、ソフィが自分を見る冷めた目に気づいたのだろう。
取り繕うように薄く笑うと、その場でペラペラと喋り出した。冒険者か獣人への差別主義者だっただけかな?
「私たちは聖国シラードから参りました。目的は聖女様を我が国へとお迎えすることです。我らと共に、聖国へ向かいましょう」
「人違いではないですか?」
「ご謙遜を! 貴女がこの都市で聖女と崇められていること、大陸外にまで知られております。聖女ソフィーリア様」
「……私は、自分で聖女と名乗っているわけではありませんし、称号や職業が聖女というわけでもありません」
ソフィがそう言い返すが、聖騎士は薄気味の悪い笑みを浮かべると、滔々と喋り出した。
「聖女様が、多くの民を無償で癒してきたこと、分かっております。素晴らしいお志です。尊敬の念に堪えません! あなたは、このような町にいていいお方ではないのです。ぜひ、我が国でその力を存分にお振るい下さい。もう、裏社会の者たちなどに関わる必要はないのです。我が国の勇敢な騎士や、高貴なる方々があなたを歓迎することでしょう。貴女の名は、真なる聖女として語り継がれるはずです」
聖騎士の言葉に、ソフィの顔が歪んだ。怒っている。
まあ、丁寧に言っているけど、内容は酷いからな。
要約すると、こんな汚い町なんか助ける必要はない。それよりも、聖国シラードの騎士や貴族のために力を振るえ。ああ、名誉はくれてやるよ? うちの国の力で、正式に聖女って認めてやるからさ。ありがたく、馬車馬のように働けよな?
こんな感じか? しかも、この男は本気でソフィが喜ぶと思っているようだ。聖国シラードに仕えることを、誰もが有難く思うと信じ込んでいるのだろう。
「……私は、ここにいます」
「なんと馬鹿なことを! このような薄汚い違法な町。聖女たるあなたに相応しくありません! 聖国シラードで、聖女として何不自由ない暮らしができるのですよ?」
本当にソフィを連れて帰りたいのか? そう思ってしまうほどに、ソフィの神経を逆なでしている。
しかも、噓を判別して分かったが、こいつは内心ソフィを敬っていないらしい。ソフィを褒める言葉はほとんど嘘だった。
国へと連れ帰ってしまえば、どうとでもなると考えているのかもしれない。下手したら、奴隷にして自動回復装置扱いにしようとしているんじゃないか?
ソフィと騎士のやり取りを、周囲の人間は固唾をのんで見守っている。怒っている者も多いが、どこか寂し気な表情を浮かべている者も多い。
どうやら、聖騎士の言葉を聞いて一理あると考えてしまったようだ。清らかなる聖女の居場所として、違法都市は相応しくない。その言葉に納得してしまったのだろう。
皮肉なことに、ソフィへの信仰心が高ければ高いほど、そう思ってしまうようだった。
「さあ、聖女様。あなたに相応しい場所へ!」
「……それが聖国シラードだと?」
「そのとおりです! 聖なる国、シラード! あなた様の居場所として、これ以上相応しき国はございません!」
「……」
黙ってしまったソフィを見て、自分の言葉に心が動かされたとでも勘違いしたのだろう。聖騎士が酷く厭らしく見える笑みを浮かべた。
だが、俺やフランには分かっている。握り締められたソフィの拳が、その怒りの強さを表しているということを。




